88 ★① 二人の魂 ※20200907差し替え
申し訳ございません。別の話と差し替えました。
元、88話 白い魔女のわがまま(又は同等の話)は5章、もしくはそれ以降に変更します。
クレアとエレノアが乗った船で、魔女が死んだ夜。二人の魂はある場所へと向かっていく。これはそのお話。
一つは、妹を探していたエルフの男の魂。少女二人にまた会う約束をした彼の魂はある場所へとたどり着いていた。
二つ目は、光の魔女を捕らえ船で運んでいた五人のうちの一人の魂。彼もまた、ある場所へとたどり着いていた。
それぞれが別の日、別の場所でまた生を受けたお話――。
※
ここはエルフの郷。十何年も前に突如姿を表し、この世界にエルフの存在を確かなものとした。国のないこの世界。名残として残る各ギルドや旅人、商人による噂話と、一部のエルフたちによる一時的な好奇心の旅によって交流はあったもののすぐにそれはまた閉ざされていた。
一時的とはいえ、エルフの服飾技術が流出したことは外の世界の人たちにとっては有益だった。そして、薬学や医学といったものも同じく貴重な知識となっていた。しかし、今はまた門を固く閉じ郷の姿は見えなくなっていた。
その郷にある『生命の大樹』の間。そこに入れるのはごく一部のエルフのみ。透き通る水が床一面に広がり、水面とほぼ同じ高さの石の床。星空のように輝く藍鉱石で出来た空間と澄み渡る水の反響音。よく見ると、小さな魚や草、花がところどころに存在してる。
階段を上がった先には琥珀の塊がいくつか幹にあり、中にはエルフの男性が入っている。一つだけ、その一つだけは他の琥珀と違い小さな泡が出始めていた。そして、しばらくするとゆっくりと中身が減っていく。幹を通ってどこかへ行くのか、体に吸収されているのか。中身がなくなり殻だけになると今度は萎み始め中にいた男性へとまとわりついた。そして、サラサラと溶けだし、木を伝って下の水面へと落ちていく。
響き渡る反響音。水には魚たちが集まっていた。落ちてきた琥珀の殻を食べるためだ。そして、それが食べ終わることにはまた音がなくなり、静かな空間へと変わった。
ゴホゴホと咳をし、起き上がるエルフの男性。足をずらしてかかとを床につけると、呼吸を整えながらゆっくりと大きく、今いる場所の空気を味わっていく。
ハッとしたように自身の胸に手を当てると、困惑した表情を浮かべた。すぐに琥珀の跡を探し「ない、ない」と慌てふためく。荒ぶる呼吸、肩を上下させながら次第に思い出していく。
「そうか。そうだった。はは、ははは」
エルフの男は目を輝かせ、笑顔になると階段を降りていきそのまま水へと入っていった。すぐに魚たちが集まり、彼の体についたものを食べ始めた。ゆっくりと歩き、奥にある階段から床へと上がる頃には魚たちは皆離れていった。
「よくお戻りになりました。残念です」
彼に声をかけたのは一人の騎士。金色の髪は短髪で、青い瞳。顔には傷がありとても強くまっすぐ見る眼をしている。
「ああ。残念だ。死んでしまった。でも、私は今とても気分がいいんだ」
「そのようですね。笑い声が聞こえました。一つお聞きしてもいいですか?」
彼はシルヴェールから手渡されたローブを羽織りながら彼の質問に答え始める。
「ありがとう。聞きたいこととは?」
「次兄様が死ぬようなこととは、一体何があったんでしょうか? 一対一では厳しいでしょうし、たとえ大勢で畳み掛けたとしても人間だけでは。もしかして、オークの軍勢にでも襲われたのですか?」
「ははは。違うと思うよ。思い出せる記憶には断片的な部分も多いけど、殺されたのは確かだ。でも、気にもかけない相手さ。覚えているのは私を油断させるほど見惚れさせた一人の少女。ここで会う約束をしたよ」
「油断させるほど? ここで会う約束とは、持ち帰らなかったペンダントと何か関係があるのですか?」
彼は幸せそうな顔をして今はないペンダントを手で抱き寄せシルヴェールに言った。
「そうさ。それで、シエナはいるかな? 彼女と話がしたい。もちろん君ともね。それに、リードレが見えないが、彼はどこにいるのかな」
「私もそのことで話があります。後ほど――」
二人が生命の大樹の間を出るために入り口の扉へとあるき始めた直後、一人のエルフが仰々しく入ってくる。
「弟よ! あぁ、弟よ! よく戻ったな」
上質なローブには縁取られた装飾。髪飾りで抑えたきれいな髪をすべて後ろに流している。両手を広げ、さも心配していたかのような素振りで近づく男のエルフ。
「兄さん。戻りました」
「おお。おお。よく戻ったな。まさか、こっちから戻ってくるとは思わなかったぞ。さぞ、外は危険なのだろう?」
「そうでもなかったですよ。十年以上をのんびりと過ごさせてもらったので。彼らはとても親切で一生懸命な人たちです」
「そうか。そうか。弱々しい奴らは助け合い、慰め合うのが得意なんだろうな。それでも、お前が死んでしまうほどだ。ましてや今は同じ時間を過ごしている。由々しき自体だぞ」
「そのようですね。ですが、郷を消すことに成功したみたいで何よりです」
「ははは。すごいだろう? 妹がいなくても原理さえわかっていればここまで出来る。それで、どうだ? 妹は見つかったのか?」
「いえ。手がかりすら見つかりませんでした。兄上も『色々と』実験を成功させているようで何よりです」
「ああ、そのとおりだよ。ところでお前には悪いんだが」
「わかってますよ。部屋に一度戻ってもいいですか?」
「そうだな! 悪い、悪い。それでは私が送ろう。積もる話もあるだろう」
「シルヴェール? シエナの妹によろしく伝えておいてくれえ」
次兄は現れた長兄と共に生命の大樹の間をあとにした。去り際にシルヴェールにした目配せと伝言。彼がその視線とシエナにはいない妹の意味に気がついたのは一週間後のことだった。
郷に帰ってきたが体調が悪いということで姿を見せなかった次兄。その後、復活祭として行われた宴に出席した次兄はまるで別人だった。他の人には気づかないことかもしれないが、シルヴェールとシエナだけはそれに気づいていた。
文字通り、それが別人だということに……。
※
もう一つの魂。
それは奇跡であり、かなりの低確率での出来事。場所はある砂漠地帯。森や自然豊かな世界において、わざわざ砂漠に住む人はほとんどいない。鉱石が取れるから、素材があるからという理由でのみ行き来する人間やドワーフ、オーク達が作り上げた街が点在する程度。
そんな場所のさらに人が寄り付かない場所。そこには地下水脈を利用した施設があった。中にいるのは実験体としての人間。それを扱うエルフが数人。
「おお。おお! これを! なんと素晴らしいことか! ついに成功だ! 長兄さまにお知らせせねば。ついにまがい物から、完璧なまがい物が生まれたぞ! 進歩したぞ!」
琥珀の中にある素体に変化が訪れる。それを見ながら白衣を着たエルフ達が大喜びしていた。
「あれは誰だ? 遡って該当するのは例の五人じゃないか? 確か、アリ、ルカ、シルツ、ハサラ、レカンタ。そうだ、こいつらだ。バカ共が魔女の運搬で失敗した約立たずじゃないか」
「そいつらに第四段階まで行ったやつなんかいたか?」
一人が手物とにある資料を見ながら皆に言う。
「アリは第四段階の戦士だ。体を色々いじくってどうにか耐えてたやつだ。ルカは第三段階で魔法耐性の獲得。ハサラも第三段階で身体的特徴。シルツは、こいつはゴミだな。精神を少しやんだ程度だ。それと、レカンタだ。こいつも第四段階だ。ただ、アリと違って不老とアニムに好かれるって程度か」
「全員が死んだ割に、第四が二人もいたのか。さぁ、どっちだ? どっちが戻ってきたんだ? ついに第五段階への昇華だ!」
その場にいた全員が嬉しそうに琥珀に近づき生まれてくる男の様子を探っていた。あーじゃない、こーじゃないと議論をしながら出てきた男を急いで運ぶ。別の部屋で台の上に寝かせられていた男が目覚めたのは翌日のことだった。
「ここは?」
男は起き上がると騒ぐ白衣のエルフたちに気づいた。音がよく聞こえない。まだ、目眩がする。騒ぎ立てる彼らをよそに、今は意識をはっきりさせることに集中していた。そんな中、彼らの話していることが耳に入ってきた。
「やはり、手足を取ってしまおう。バラバラにして一箇所ずつ調べるんだ」
「おいおい、そんなことして次に復活しした時にそのままだったらどうするんだ? お前の首が飛ぶぞ? やはり、しばらくはここで観察しながら資料をつくろうではないか」
どうやら自分の体のことを話しているようだ。昔……以前、ここにいたときはこいつらが何を話していたのかわからなかった。支持や命令で話す人間の言葉だけが頼りだった。そうか、今はコイツラの言葉がわかるのか。どうしてだろう?
男は不思議に思いながらもそばにあった棒。何に使うのかわからない、実験か拷問か、解体か。なぜそれを選んだのかも朦朧していてわからない。そんな棒を掴んでしゃべるエルフの下顎を切り落とした。
「うわああああ」
すぐに別のエルフが何か魔法を使おうとしたのだろう。腕をあげようとしたので切り落として対処した。そして次、驚く顔が苛立たしいので切り離して壁に向けて棚に置いた。
そんなこんなで部屋の中はあっという間に静かになる。通路を歩いて、目につくのは自分と同じく拷問、実験、改造を施されている人間。部屋に入ってはエルフを処分する。そして苦しむ人間も同じように静かにさせる。
ただ、それをひたすらに繰り返した。
ここは実験場。生き残る確率は百人に一人。あとは死ぬまで実験。俺たち五人はそうやって作られた人間とエルフのまがい物。どこにあるのかはわからない。戻った今、これは最後のチャンスだ。そう思ってただひたすらに破壊を続けた。
そして、外に出て後悔する。
ここは、砂漠だ。何もない。地下にも出口はない。だが、これで終わりだ。ここ以外にもあるのかもしれない。それでもいい、俺はけじめをつけた。彼らを殺したのだから、俺もけじめをつけなければ。あとは、運に任せよう。
男は砂漠を布一枚で歩き始めた。長く、ひたすらにあるき続けた。自分への戒めとして、麻痺した痛みを考えながら。そして、次に目覚めたときに自分が死ぬべきか、生きるべきかをまかせようと。
男はついに死んだのだと、目を開ける。するとそこには一人の小さなアニムがいた。五歳ほどか。小さな女の子。一緒にいる大きなトカゲと一生懸命に体を引っ張り、時折水を与えてくれる。
そして、少女が近くの水場まで彼を運ぶと話しかけてきた。
「おじさん。どういてこんなところにいるの?」
「どうしてだろうな。死ぬと思ったんだがな」
「そうなの? おじさんは気楽に死ぬなんて言えていいよね」
「そうだな」
「ほんっと。あたしはアニムだから、死んだら終わり。おじさんはまた生き返るんでしょ? ねぇねぇ、そういう時って記憶はあるの?」
「どういう意味だ?」
「だって、おじさんエルフでしょ? あたし知ってるよ。きれいな肌、きれいな髪、きれいな瞳。エルフは死んでもまた蘇るって」
「俺がエルフ?」
「あ、でも違うかも。だって、エルフってそんなに死んだ人みたいな目してるとはおもえないもの」
男は這いつくばって水面で自分の顔を確認した。そこにはいつもの自分の表情なのに、違う肌、違う髪のエルフが映っていた。
笑い出した男にアニムの少女がしっぽを振りながら聞いた。
「あたしはサンドラ。おじさんの名前は?」




