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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
第四章 約束
87/144

87 儀式② 温もり

4章 最終話です。



「おう、お前ら悪いな」


 低く渋い、太くでかい男らしい声で謝罪とも受け取れる挨拶をしてきた男性の声。すぐ近くで「親分があやまった」とコソコソと喋っているのも聞こえた。ここまで連れてきた二人の男の声だ。男らしい声の持ち主は相当背がでかいのだろう。二人の背後、高いところから響く声は重厚感がすごい。併せて、パイプから漂う臭い。


「すぐに袋はとってやるから安心しな」


 顔に被せられたのは布の袋。縫い目は荒く外の光が入ってくる。景色が見えるほどではないが、光に乗って色が分かる程度。連れてこられた場所がどこなのか? 風と音で大体の予想がついた。


 お風呂でエレノアと話した海賊の話。船で裏切者を殺すのは白い髭と黒い髭の船長。船から海に向かって一枚の板を出し、そこを歩かせて下には鮫がいっぱいいる海へ落とす。エレノアと二人で読んでよく笑っていたが、いざ当事者になると笑えないものだなと二人はしみじみ感じていた。


 手をしっかりと握ってくるエレノア。離さないぞ!という気持ちの伝わる手がしきりに引っ張られて動いて行く。同時に聞こえる布袋の音。エレノアが袋を被ったままキョロキョロしているのだろうか? 声の聞こえる方向もバラバラだ。背後にいる男に頑張って話しかけている。


「いいよ! ねぇ! のんびり行こう! あたしまだ準備できてないしさ。下にはうじゃうじゃいるんだろ?」


「ああ、そりゃもうたくさんいるぞ。今まで一番集まったな」


「お腹いっぱいじゃないの?」


「何を言ってるんだ。腹を空かして待ってたんだぞ。今にも食いつきそうなやつも多い。これは絶対に骨まで残らない、今日はそういう儀式になるぞ」


「儀式? いいよ、そんな大層なこと」


「おお。本当はな夜にこっそりとやるんだ。けどなぁ、お前らは特別だ。ほら見ろ、食いてぇ! まだか、まだかって待ちわびてやがる」


「そうだ!? あたしが何か作ってあげるっていうのは? そしたらお腹いっぱいになってさ。だから、そのあとやろうよ?」


「何を言ってる? それじゃ意味がねぇ。お前がうまいのはわかってるんだ。まぁ、俺はお前の味をなかったし、これからもないがな。ハハハハ」


 これが海賊。これが親分。二人は背中の高いところから聞こえるその、渋く、低く、重厚で、太くて、でかい笑い声を聞きながら不思議と覚悟を決めていく。エレノアと違いクレアは飛び込んだ後のことを考えていた。


 どうしよう。たくさんいるの? でも、もしかしたら森の動物みたいに話が通じるかもしれないし案外優しいのかも。もしも狂暴なだけだったらどうしよう。そうよ、魔女の力……。あ、もう使えなかったしな。いや、もしかしたらイケるかも。だって、森で闇の魔女が消えて行くのを見たら同じ力を扱えたんですもの。文様が出たのもその時。今度は運よく水の魔女よ。そうね! そうよ! びゅーっといきましょ。びゅーっと! エレノアを吹き飛ばしたみたいな太いの作ってもいい。それにのってビューっと行くの……。でも、そういえば文様は消えたし、そもそもあれって魔女に捕まったあたりからもう出始めてたような気もする。困ったわ。でも、まだ昼前だし、夜に放り込まれるよりマシよね。


 オロオロするエレノア、「ビュー!」っと言っているクレアの背後に立つ男は「こいつら大丈夫か?」と思いながら二人の頭に手を伸ばそうとした。しかし、途中でやめると二人の部下に命令をする。


 コツコツコツ……ゴロゴロゴロ、ガタ、ガタガタ


 床を歩く音、転がしてきた何かを置く音。まずは響き方、床になる板の下に何もないのは明白。下が海のせいだろう。そして、転がしていたのは樽だろう。荷下ろしで聞いた音だ。例の油だろう。きっと船長が言うんだ。「ハハハ! 食われながら焼かれる気持ちはどうだ!? 二つ同時ってのもあるんだぜ!」って。


「準備は出来た。お前らの覚悟も出来た。よし一歩だけ前に出ろ。あ? もっとだ。もっと! それ一歩じゃないだろ。すり足じゃねぇ。そうだ、そこだ。大丈夫だ」


 誘導されるがままに歩いた。軽い音が響く木の床を数歩前に出る。吹き抜ける風をその身に受け、少女二人は布袋を被らされたまま少しずつ覚悟を決めていく。お互いに握り合った手に力がこもっていく。そして頭に手が置かれたのが分かる。ついに来た。袋を取って、まぶしさにくらんでいる間に蹴落とされるんだろう。次に見えるのは下にいる鮫。海に落ちるのと鮫にぶつかるの、どっちがいいのだろうか? 


「準備は出来た。お前らの覚悟も出来た。よし一歩だけ前に出ろ。あ? もっとだ。もっと! それ一歩じゃないだろ。すり足じゃねぇ。そうだ、そこだ。大丈夫だ」


 誘導されるがまま、軽く響く木の床を数歩前に出る。吹き抜ける風。


「よし、お前ら。同時にだぞ。一人ずつじゃかわいそうだからな。同時にだ」


「エレノア」

「クレア」


「いくぞ――。三……」



 二……



 一……



 パパパパパァーン!!


 鳴り響く破裂音。二人は引っ張られた布袋から顔を出すと、突如として目の前に広がる光景に唖然とした。そして、



『お誕生日おめでとうーー!!』



 下から聞こえてくるのは皆の声。飛び交う色とりどりの紙テープに、しきりに並べられた料理の数々。まるで小さな森になったかのような巨大船。隣では破裂音で自分のみに何か起こったのでは? と体をあちこち調べていたエレノアが「お誕生日おめでとう」の声を聞いて振り返っている。


「クレアー! エレノアー! お誕生日おめでとう!」


 二人は唖然としていた。突然の出来事。良そうしなかった出来事。お風呂であんな話をするから、変に想像が膨らんでいったのだ。そう笑いながら二人は見つめあうと渋い声がまた聞こえてきた。


「悪かったな。驚かせたかったんだ。お前らが見つからねぇからヒヤヒヤしたぜ。せっかくの準備が台無しだからな。みられちゃいけねぇってんで袋してたが……。うお、くさ。なんだこれ、おい! ばかやろう! お前これ被っとけ!」


 ドン! と飛び降りる音がする。そこにいたのは三人のドワーフ。皆髭と髪がすごいことになっている。背後でしゃべっていた親分と呼ばれていたのは船長のドワーフで青い髪が特徴だ。背の高いデカい人物だと思っていたが、ただ台の上に乗って喋っていただけだった。


「悪い悪い。ほら、お前ら何か言ってやれ。腹をすかせて待ってたんだ」


 誕生日を忘れていたクレアは、皆の用意したお祝いに感無量だった。少なからず魔女をどうにかしようとしてた、そう頭をよぎっていた自分が恥ずかしかった。それでもそんなことなどすぐに流されてしまうほどに嬉し涙をこぼしていた。下からはそんな彼女の様子をみて「泣いてるのか?」「成功か?」「やった。喜ばしたぞ」という声が聞こえる。彼等のそういう一言、一言が彼女に笑みを浮かばせた。


「みんな! ありがとう! 私の為に! 準備大変だったでしょ!? お腹空いてるでしょ!? さぁ、始めましょ! 私もすぐそっちに行くから! ちゃんと残しておいてよね!」


「「おーー!」」


 色々な声が混じっていた。笑い声、歓声、賛辞。クレアの生やした大きな木には垂れ幕もある。一晩の間に用意したのだろうか?


「お誕生日おめでとうクレア!」


 そう描かれた垂れ幕にはあとから書き足した感が満載な「と、エレノア!」という文字があった。それに気づいたエレノアが、


「ちょぉっとまってぇい! あたしはオマケか!」


「あはははは」


 二人は挨拶を終えると振り返り船長のドワーフに挨拶をする。そういえば最初のころに挨拶しただけで、ほとんど会っていなかった。挨拶をした時も声を聞いていなかったが、こんなに渋い声だとは……。


「ちんちくりん」


「うるせぇ! おめぇは細くてデカいし、いかにもぺったんこでもねぇじゃねぇか」


 エレノアが船長にちょっかいを出すと、船長もエレノアに攻撃をする。彼女は何故か、ドワーフを見かけるとからかい始める。船長も応戦するが、二人の会話はちぐはぐだ。そもそも、ドワーフの価値観はちょっと違う……。


「え!? あたし、細くてデカくてぺったんこじゃない? 褒めんなよ。『チビ』のくせにいいこと言うなぁ」


「あぁ? お前、馬鹿にしたかと思ったら今度は褒めてくるのか? なんだ、そんな手には乗らねぇぞ。野良ネコ」


「そう、あたしは飼いならされないいい女。でも、他の二人より『大きい』ね、船長さん。立派だよ」


「ハハハ、おい! 馬鹿にすんじゃねぇ。俺をデカブツみたいに言うんじゃねぇ! 今度はけなすのか、このやろう」


「どこがけなしたんだよ!? けなすって言うのはね……そう、あんたの髪はごっわごわ! 太くて硬そう! 指も通らなそうな髪してるな!」


 顔を真っ赤にした船長が応戦する。


「ちくしょう! 髪をほめるんじゃねぇ! お前がドワーフの女みたいにもっと、こう、体がぼてっとして小さくまとまってたら、今のはプロポーズだと受け取ってもいいんだぞ!?」


「ふざけんなよ、そんな体にはなりたくないよ。あたしはこの体で十分。これからもっとグラマラスにセクシーになるんだ。それにドワーフはお断りだよ! 皆派手な髪だし」


「ほんとか? 俺の髪は派手か? 類を見ない程か?」


「うわ、近づくな! 渋い顔と声で近づくな! 顔と声と身長がマッチしてないんだよ!!」


 クレアは二人の会話を楽しんで聞いていた。たまに見かける数少ないドワーフは猫のアニムを見ると目をキラキラさせている。理由はここなんだろう。ちょっこいを出す気質に対してドワーフのツボをついてくる一言。皆が「どうやって褒めてくれるんだ?」と見つめる。ドワーフと猫のアニムの一方的な好意はこうやって育まれていったんだろう。


「おい、クレア。こいつらの話を聞いてやってくれ。これをやろうって言いだしのたのもこいつ等なんだ」


 エレノアから離れた船長が「コホン」と気を取り直してクレアに話しかけてくる。そこには数人の人が立っていた。昨日、クレアに物を投げつけてきた人たちだ。

クレアは何か言われるのかと少し心配になったが、無言で彼らの話を聞き始めた。


「その、ごめんね、クレア。俺たち昨日さ、君にひどいことをした。俺たちもどうしてあんなことをしたのかわからない。混乱してたんだと思いたい。君のことを知ってるやつもいたし、俺も……君とは挨拶をする程度だったけど、いつもいろんな人を助けているのも知ってる。そんなクレアにどうしてあんなことをしたのか」


 そこにいる人達はクレアに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。クレアが船にたくさんの木を生やした時、ハっと目が覚めたように気づいたそうだ。そして、二人の少女が消えた後に船の後始末を手伝っていた。誰が言い出したか彼女の誕生日が来ることを知った。それで、謝罪も含め、クレアを喜ばすために始めたそうだ。それは次第に広がり、最終的には全員参加でこういう形になった。


 彼らが話し終えるとクレアは彼の手を握り言った。


「ううん。いいの。怖かったでしょ? みんなそう。私だってエレノアだってそうだったもの。必死に戦うことでそういう気持ちを抑えてた。魔女が暴れて、船が二つに割れたんですもの。ねぇ、知ってる? どんなに優しい森の動物でも怖がっている時は時に自分の身を守るために牙を向けるわ。でもね、落ち着くとやっぱりそう。いつもの子に戻るの。皆、怯えていたんですもの。自分や仲間や、家族を守ろうと必死だったの。だから、貴方が、貴方たちがしたことはそういうこと。皆を守ろうと必死だったんじゃないかな」


「うぅ。本当にすまない。許してくれるかい?」


「うん。私、わかってるの。貴方たちが抱えてた気持ち。だから、安心して。それに今日は私の誕生日よ? 祝ってくれるんでしょ? どうしてあなた達が涙を流して、私が笑ってるの? ほら、皆のところへ。どうせならみんなで笑って、楽しんで、美味しい料理を頂きましょう」


「ありがとう……」


 傍で聞いていたエレノアは、泣く彼を抱いて慰めるクレアと視線を合わせ頷くと、先に下へと降りて行った。エレノアには彼女の言った本当の意味を理解しかけていた。確信はないが、彼女といるといつも起こること。それが初めて視覚にはっきりと見えた瞬間だったんじゃないだろうか? そう考えたのも束の間、会場にたどり着くと歓迎されすぐに祝いの宴にもまれていく。


 昼前から続いた誕生日の祝い。しばらくするとクレアは自分の作り出したマスト代わりの大木に登って休んでいた。海の上なのに、まるで森にいる不思議な感覚。いつもならアルフォンスの座っている場所。彼女はそこの隣に一人で座り、海を、空を、森を、葉を、船を、皆を見ていた。

ふと気づくと、まるで誰かに肩を預けているそんな気持ちになった。アルフォンスの生命と魔女の力を使って作り出した小さな森。ここにはきっと、アルの息吹があるのだろう。そう、考えながら彼女はその何かに肩を預け幸せな気持ちになった。


これはクレアの十四歳の誕生日の出来事。


 彼女はここまでの旅を振り返りふと考える。魔女に感じる特別な感情。魔女に働く不思議な力。森を出て一年という短い間でおこった数々の出来事、出会い、別れ。これが外の世界。彼女は呟く。


「私と魔女……」


 心地よい風が髪や木の葉を揺らし、去っていく。

 目指すは湖の街『ミシエール』

 



     ※ 後日談



 巨大船『海の羊』は予定を大幅に遅れて、ミシエールと同じ大陸の港町「シドア」に到着した。最後の数日は、海の上で現地調達が主流の魚づくしとなっていた。


 港町では皆が目を丸くして驚く。海からやって来たのは森のような船。幾ばくかの帆をつけた大木に、船体には根が這っている。白い実をつけた不思議な船。変わり果てたその船は瞬く間に有名となり、名前も『海の森と羊』と改名された。この船が行き来する港町でのみ販売される塩玉は人気の品となり、船にとっては貴重な収入源となる。


 それは、クレアの作り出した木から採れる塩の実だ。海の水を吸い、塩を実として作り出していた。初めて食べたのはマストで出会った少年タント。いつものようにマスト代わりの大木を上っていると白い果実に気づき、迷わず口にする。するとどうだろう? ほのかな甘みとしょっぱさに驚いていた。


 『ウッドソルト』と名付けられた塩の実。当たりを「クレア風味」と呼び、しょっぱいのを「エレノア風味」と呼ぶのは二人に内緒の船員のおふざけだった。寄港する度に販売する。羊料理に次いで、人気の品となった。


 クレアとエレノアはそんなことも知らず、また街から町、そして村へ馬車や徒歩、時に動物に乗って移動してはミシエールを目指していた。そして、たどり着いたのは数か月後。二人はここで新しい知識と事実を知ることとなった――。



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