81 約束⑨ はしれクレア
レカンタ
笑顔が絶えない男
若く、細めで背が小さい男
獣人が好きで、好かれる男
魔女の血を飲ませては少女を弄ぶ男
彼は今、ボコボコになった不細工な顔のままパンツ一丁で片手に棒を握りしめている。ベッドには両手足を縛られたエレノア。彼の大好きなタイプだ。人間と獣人のバランスがいい。鼻と尻尾と気性はアニムなのに、少女の体は人間。耳が獣で骨格がそれとわかる程は好みではない。バランスが大事だ。
「ほら! ほら! どうだ!? 気持ちいいだろ!?」
「あぁっ! 痛いだろ。お前、何がしたいんだよ」
怒りで震えるレカンタは棒をへし折った。
「あぁ!? おま、おま、おまえ! 昨日、自分がしたこと分かってねぇのか!?」
水を飲まされ、幾分マシになったエレノアは、この男が殴った相手に「気持ちいいだろ?」とか叫んでいるのが怖かった。
「え? イヴァーナが男はそれで喜ぶって」
「はぁ!? イヴァーナってなんだよ!? とにかく、今から楽しむかな」
レカンタが手を腰に、パンツを掴んで降ろそうとした時、扉が開いた。
「そいつは?」
扉を開けて入ってきたのはリーダーのアリだった。レカンタは「ちっ」っと舌打ちをすると、素直に答えた。アリには嘘を言うと確実に殺されるからだ。
「こいつはエレノア。ハサラが言うには、俺たちの荷物を嗅ぎまわっていたらしい。倉庫で捕まえて、さっきここへ連れてきた。中身を知ってたらしく、例のフードやろうと繋がりがあるかもってことで尋問中」
「そうか。尋問は構わないが、それはお前が楽しむだけじゃないのか?」
「そうだよ。でも、相手は苦痛だから」
「それも間違いじゃないな」
「で、どうする? 先に楽しんでいい?」
「いや、まずは聞き出そう。不要なら好きにしろ。ただし、問題は起こすなよ」
「へいへい」
アリが表情一つ変えずに部屋の中にある椅子に座ると、レカンタはズボンを拾い履きなおした。外ではルカが通路を見張っていた。元々、ここにはほとんど人が来ないがいつもの流れだ。
様子が変わったことに気づいたエレノア。このアリという男がリーダーなのはすぐに分かった。今までに味わったことのない雰囲気。縛られたまま黙って流れに身を任せた。
「それで、お前に質問がある。先に言っておくが、嘘やふざけた答えはやめることだな。俺はそういうのは好かん。お前は俺たちの欲しい情報を持っているのかもしれない。それを今から質問する。もしも、嘘だとわかればお前の知り合いやお前のことを知ってるやつを殺す。ふざけた答えを言えば、同じようにその中から女子供を先に選んで殺す。何も感じないなら好きにしろ。質問するぞ? わかったか?」
アリの表情を見てエレノアはすぐに悟った。雰囲気は違うがウッドエルフの男達と似たような物言い。ただ、この男には何もないとうことだけが違いだった。無だ。虚無の男。死んだ生き物が動いているような感じだ。
「わかった」
「お前は何人の仲間でこの船に乗った?」
「あたしとクレアの二人だけ」
「目的は?」
「旅をしてる。湖の街っていうのところを目指してる」
「この船に知り合いはいるか?」
「この船に乗って皆と知り合った。元々は知らない人だけ」
「どうして俺たちの荷物を調べてた」
「中身に用事があった」
「中身を知っていたのか?」
「確証はないけど、そう」
「フードを被った人物と接触はしたか?」
「この船に乗ってる間にフードを被った人物とは何人もあってるから、その質問には答えにくい。もっと絞って」
「そうだな。すまない。身長はこのくらい。氷の魔法を使う。種族はわからないが、オークやドワーフではないのは確実だ。知り合いにいるか?」
「知り合いに氷の魔法を使う人はいない」
「この船で魔法を使う人物はいるか?」
「知ってるのはアルフォンスくらい。でも、魔法って言うか笛の力で動物を眠らせるだけ。誰でも知ってること」
「それは俺も聞いたな」
アリが組んだ両手で顎を支え何かを考えていた。視線を戻すと質問が続いた。
「中身を知った方法は?」
「一緒にいるクレアが感じ取った。魔女がいるって」
「感じ取った?」
「そう。感じ取った。だから確証はない。それで忍び込んで調べてた」
「そのクレアは、魔法が使えるのか?」
「使えない」
「種族は?」
「人間」
「前にもあったのか?」
「ない。森で襲われたことが一回だけ」
「襲われた? どうして生きている?」
「死んだから。ちょうどウッドエルフ達が居て一緒に倒してくれた」
「ほお。めずらしいな。ウッドエルフが協力するなんて」
「たまたま。利害の一致ってやつ。それに逃げられる状況じゃなかったから」
エレノアは必死にアリと同じように無感情で話すように心がけていた。他の人たちと関わりがないように、淡々とした流れに沿う。
「まぁ、それは今回は関係ないな。フードの人物に心当たりは?」
「身長だけで言ったらそこかしこにいるし、あんた達をやり込めるほどなんでしょ? あたし達みたいな少女にボロはださないんじゃない?」
「そうか。ルカ? 何人か殺してこい」
「ルカ? 調理場の女でいいんじゃない? こいつそこでしょっちゅう働いているから」
アリの指示にレカンタが上乗せすると、通路にいたルカは片手を挙げ「あいよ」と歩き始めた。
「ちょっと! 知らないっていってるでしょ!?」
「……。そうだな。今のは試しただけだ。レカンタ、こいつはフードの奴とは繋がりがないみたいだぞ? 時間の無駄だな。おれは倉庫へ行く」
「そっかぁ。でも、中身知られてるから処分したほうがいいよね?」
「そうだな。もう一度言うが"問題は起こすなよ"」
「ああ。わかっているよ」
アリの尋問が終わるとレカンタが嬉しそうに近寄ってきた。彼女の髪を掴み耳元に口を近づけ小さな声で囁く。
「なぁエレノア? お腹空いたなぁ。食べる前に腹ごしらえしないと。長い夜になるからね」
アリとルカが居なくなった後、開いたままの扉を閉めようとした彼は部屋に入ってきた人物をみて息が止まる程に凍り付いた。
※
一方、エレノアを運び終わったハサラが腹ごしらえをしつつ倉庫に戻っている頃。木箱の中で必死に魔集鉱石を外そうとしているクレア。
ガリガリと音を立て、石を板から取り外していた。一つ、二つ、三つ、四つと時間をかけ外し終わると次に待っていたのは木の箱を開ける作業だった。彼女にはむしろこっちのほうが大変で、短刀を隙間に入れて蓋を開ける力がなかった。彼女は一生懸命に刃先を隙間に入れようとしたが、力及ばず食い込ませることが出来なかった。
黒い手も一緒に手伝おうとしていたが、まるで力がなく作業は難航していた。目を瞑ればそのたびに意識が飛んでいる気がした。クレアは肝心なことを忘れていた。
そうだ、木を操れば。出っ張りを作って浮かせればいいわ。できるかしら……。
木を操れると言っても森の魔女がやったほどのことはできなかった。ましてやここは森ではない。昨日、エレノアに見せたようにたんこぶ程度の変形や、亀裂を直せる程度の物。それでも彼女は試してみる価値はあると、蓋の隙間にたんこぶを作ろうとした。しかし、固く閉じられた蓋を持ち上げるほどの力はなく隙間を作ることは出来なかった。
そうだ、持ち上げなくったって、隙間をつくればいんだから……
クレアは木箱の小さい一部を変形させ、わずかな隙間を作った。短刀の刃先がわずかに入る、とても小さなものだったがそのままそれを押し込んでいく。魔女の黒い手も一緒に押してくれているような気がした。そして、食い込んだ刃で短刀が動かなくなるのを確認すると、下から上から押しギシ……ギシ……と鳴らしながら木箱の蓋を少しずつ開けていった。
クレアはすでに限界直前だった。足を滑らせながら両手で支えた木箱の蓋を全身で持ち上げる。バキバキと音を立てながら蓋を開けると、中には最後の小さい箱があった。棺桶の半分程度の大きさ。それを見た彼女は、もう、開けられないと考えながらも水瓶を持ち木箱の縁に寄りかかりながらそれを彼女の箱の上に置いた。
半分意識を失いながら、最後の力を振り絞る。地面に手をついてエレノアを探したときのようにお願いした。床に、木に、船に。黒い魔女の手も彼女の手を支える。クレアは遠のいていく意識の中でひたすらお願いしていた。
「アル……、エレノアを、エレ……ノア……」
カタカタと揺れる水瓶がゴトンと倒れると、中に入っていた水が零れ落ちた。箱に沁み込むとそのまま奥へと消えて行く。そして、最後の箱が勢いよく開いた。
パン! パン! パン! と音を出し破片が中で弾ける。音に気が付いたシルツがなんだ? と木箱に近づく。扉の鍵を開け、中の様子を伺うとクレアが入口に倒れていた。一瞬、黒い手が蛇のように光の中を離れていくような気がしたがとりあえず彼は彼女が死なないようにするために急いで水を与えた。
「おい、死ぬなよ。死んだら意味がないからな」
檻の入口にクレアを運び介抱し終わると、今度は閉めた木箱の扉が勢いよく開いた。シルツはそこに明らかに魔女がいることに気が付いた。冷や汗が出たが森での戦闘と同様、彼女の水槍は彼の盾を貫けない。死にかけの光の魔女の魔力では足りないのだ。すぐに剣で盾を数度叩くと灼熱の盾と変わる。超高熱で水などすぐに蒸発させる。
盾を構えながらジリジリと近づく。
ピッ
音は小さい。しかし、高音で一瞬、なのに耳鳴りがする程。結局何だったんだ?と思いながら少しずつ近づいて行った。また、
ピッ
音が聞こえた。そしてそこで彼は気が付いた。脚に痛みを感じたことに。針ほどの穴から血が出ていることに気が付いた。そして、クスクスと笑い声が聞こえる。
「盾。盾。盾。盾。炎ノ盾。ジャマだネ」
ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ――
音がするたびに体に走る痛み。中から飛んでくる細い水の線が体に穴をどんどん空けていく。盾で防ごうにも見えないし、速い。大きな痛みが脛に走った。指程の太さの水の線が刺さっていた。そして、気づいたころにはそれが赤く染まっていることに気が付いた。
「ぐあああああ」
急いで盾でそれを千切ったが、ほとんどの血を持っていかれたようだった。そして、ペタペタと歩く音が聞こえた。シルツは魔女に言う。
「なんだ、それ。光の魔女だろ? なんでお前――」
「あんた達はマチガッテルヨ」
シルツは黒い手に引きずられるように箱の中へと連れていかれた。燃えた盾がガランガランと音を立て回転しながら床に落ち着くとやがてその炎が消えた。木箱の中からはジュルジュルと何か液体を吸い出すような不快な音が聞こえた。
そして、木箱の開いた扉から入る光が照らすギリギリの場所にシルツが滑るように移動してきた。仁王立ちで無言でただ立っていた。木箱の中から外を見ているようだが、見えるのはヘソのあたりから下だけ。
檻の入口に座らせられたクレアがそれを見て小さな声で「だめ……」と嘆いた。
ちょうどアリとルカがエレノアの部屋から出た頃。ハサラが檻へとやって来た。監禁しているはずのクレアが檻に寄りかかってることに気づいた彼は「おいおい」と言いながら走り、斧槍を手に取ると、床に落ちたシルツの盾に気づいた。彼女の元へやってくると、右手一本でクレアの襟元を掴み持ち上げた。
「あんだ、てめぇ。どうやって出たんだ? おい、シルツはどこ行った?」
クレアを揺さぶり、襟元を掴み持ち上げる。「苦しい」とクレアが言っても止めなかった。
「早く答えろ。なんでアイツの盾があそこに落ちたままで……」
ハサラがふと開いた木箱に立っているシルツに気がついた。何も言わず、ただこっちを見て立っている。顔は見えないが真っすぐこちらを見て立っていた。
「おい。どうした? 何があった?」
「……」
「くそ。お前、何してるんだ? 答えろ!?」
「……」
ハサラがクレアのもう一度持ち上げる。
「お前、何か見たんだろ? シルツに何があった? なんでアイツ、あそこで無言で立ってるんだ?」
「わか・ら・ない」
ピーッ
「つっ――」
ハサラはクレアを掴み持ち上げてる腕に何か通過したのを見た。飛んできた方、横に位置する木箱の開いた扉を見ると同時にドサっと音がした。
「あ?」
そして、音の方を見るとクレアが床に倒れている。彼女が必死に自分の腕を取り払おうとしているのを、立ったままのハサラは見ていた。クレアが自分の腕を投げ捨てるのを見た時、頭の理解が追いついた。
「ぐぅあ! くそ!」
クレアを掴んでいた腕を斬り落とされたハサラはもう片方の腕で急いで斧槍を構える。そして、声を張り上げながら入口のシルツもろとも鋭い突きを繰り出した。斧槍の刺さったシルツはあっという間にしぼんでいった。中に入っていた水が全て抜けると、その皮が彼の武器にまとわりついた。
不気味な笑い声が響く中、ハサラはすぐに後退してクレアにも指示をだした。
「おい! 檻から出ろ! 歩けるだろ!?」
クレアは急いで檻から出ると、箱の中から四つの白い石が投げだされたのが分かった。カラン、コロンと軽そうな音を立て転がっていく。ハサラの足元で止まると中から声が聞こえた。
「そう。それは間違えていナイ。デモ、チガウ。カノジョが正解。私はもう死ヌ。デモ、チガウ。殺シテ。そう。殺ス」
「何言ってんだこいつ。意味が分かんねぇ。彼女が正しいって、お前何か――」
ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピッ――
致命傷にならない、そういう場所に穴を空けていく。魔女の水線がつんざく音と立てながらハサラの体に穴を空けていく。
「ぐがぁ! くっそ、役に立ってねぇ」
「そんな物。マガイモノ。オマエ達には無意味」
ハサラはシルツの皮についた菱形の石を噛みちぎると、クレアに渡した。ハサラの首元にも同じものがあることに気が付いた彼女が心配そうな顔をする。
「ざっけんな、てめぇ。そんな顔すんじゃねぇよ。俺が見てえのはお前らみたいなやつが苦しむ顔だ――。いいか、これを俺たちのリーダーのアリに渡して伝えろ『意味がねぇ』ってな。死んだ魚と同じ目をしたやつだ。頼んだぞ」
「でも……」
「っせぇな。俺といるのと、入口の筋肉バカ四人を逃がすのどっちが大事だ? 走れ、走れ!」
クレアは渡された石を掴み走り出した。フラフラでうまく走れなかったが、必死に彼等の元へと向かった。
「おいおい、いいのか? あの子は特別ってか?」
「言ったダロ。私はモウ死ぬ。でも、オマエ達は殺ス」
「ハハハ。おもしれ――」
ピッ
その後もハサラは魔女から少しずつ自由を奪われていった。クレアの背後には彼の叫び声が響く。そんな中、走る彼女は自分の呼吸に収集した。とにかく四人を逃がすこと、エレノアを助けること、アリという人に魔女が出た事と石のことを伝えること。走る彼女には、自分の呼吸の音だけが聞こえていた。




