80 約束⑧ 水
クレアとエレノアの二人が捕まり、魔女の木箱の中へと閉じ込められている時。
調理場では、時間になっても現れないエレノアを皆が心配していた。彼女がこの船に乗り、調理場で働くようになってから初めてのことだった。
「バルタ、あんた今朝はエレノアちゃんを見なかったのかい?」
「お母さん……。わたしも知らないんだよ。どこ行ったんだろうね」
調理場では若い衆が落ち込んでいる二人を励まそうと必死だった。
「ちょっと二人とも! 俺たちエレノアちゃんがいなくったって頑張りますよ!? むしろ、あの子がいない今だからこそ、久しぶりに腕を振るって料理を作るってもんだ。あの子の技術には驚いたし、勉強させられてばっかりだけど、いないからこそチャンスだと思って見せつけてやりますよ!」
「あはは。そうだねぇ。あんた達がどれだけ成長したか見せておくれよ」
キャロが言うと、バルタは立ち上がり片付けや仕込みの準備を指示しせかせかと動き出した。しかし、エレノアはおろか、クレアの姿さえ誰も見ずに外は暗くなっていった――。
※
時間は少し戻り、昼下がりの時間帯。クレアとエレノアが捕まり、ハサラが一人で部屋へと戻ったところ。彼は部屋の扉を開けると中にいるレカンタに話しかけた。
「よお、レカンタ」
「あれ? なんで戻ってきたの? 見張りは?」
ハサラは彼に倉庫での出来事を説明した。「よし! よし!」と握りしめた拳で喜ぶ彼をなだめつつ、提案をするハサラ。
「――、それでよ、お前にあのアニムを任せる代わりにさ……」
「いいよ。使ってみたいんでしょ? っていうか、むしろどうなったか教えてね。貴重な魔女の血の入った水、こんなに長時間放置したことないし、ましてやそんな代物を飲ませたこともない。結果を教えてくれればいいよ。むしろ俺は、あいつを素面のままいたぶってやる。使い物にならないくらいに、何日もかけて、まずは開発して、それから育てて、いたぶって、使い物にならなくしてやる」
「おー、こわ。それじゃ、一旦戻るぜ。数時間したら戻ってくるから、お前はここで準備しておけ。すぐは殺すなよ? せっかくの情報を台無しにしたらアリに消されるぞ。あいつ、まじで空気読まないからな」
「殺すもんか。『殺してくれ』って頼まれても、焦らして飽きるまで楽しむんだから」
「歪んだなおい」
「どっちかっていうとハサラに近いだけだろ」
「……。まぁ、ご近所さんだな。じゃぁ、あとでまた」
ハサラは部屋に置いてある魔女の血が入った水瓶を脇に抱える。側に置いてある石の入った鞄も手に取り彼は倉庫区画へと戻った。入口ではジーゴ、エガシ、ラニ、ジュプンが四人揃っていた。遅めの昼食をとっているところだった。四人に料理を運んできたバルタとは通路ですれ違った。彼女は視線だけ合わせてきたがすぐに顔を背けた。
ハサラは鼻歌交じりで倉庫の通路の進み、檻へと戻る。大きな木箱の入口に立つと中の様子を見て喜んでいた。シルツの構える灼熱の盾の前方には熱波が飛び続けている。そのせいで箱の中は高温になっていた。汗だくになり座り込んでいるクレアとエレノア。彼女達もハサラに気づき、顔を上げる。
ハサラは中を確認した後に一旦、荷物を降ろし盾を構えるシルツにその場をどくように指示をした。入り口に立ち、中の様子を見るハサラがぐったりとした様子のエレノアを見つめ首を振り言った。
「すまねぇな。熱すぎたか。っていうか、あっちぃな、ここ。がんばったなおい」
「……」
「……」
「お前らは、フードの野郎の事を話す気になったか? なぁ、教えてくれよ。こいつ危ないんじゃないか?」
中に入ってきたハサラは、ぐったりとしたエレノアの傍でしゃがみ込む。彼は演技ではなく本当に心配していた。それは『使い物にならなくなったら困る』からで、レカンタに持っていくと約束したからだ。演技ではなく本心からそう思い彼女への心配を、クレアを見つめながら言った。
「しゃぁねぇ、俺もやりすぎたな。ごめんな。いったん外に出ようぜ。飲み物用意したし。お前らが何も知らねぇってんならそれでいいさ。ガキをいたぶる趣味はねぇからな。よっと――」
ハサラはエレノアを肩に担ぐと、入口近くまで歩き振り返った。中に置いてある木箱に寄りかかり座るクレアに顎で「外に出ろ」と合図をした。クレアは立ち上がり、出入り口へと向かった。ハサラの顔を見上げると、彼は安堵した様子の表情だった。
しかし、次の瞬間。
「ギャハハハ! その顔だよ! 一瞬でも出られると思ったのか? 馬鹿じゃねぇのか!」
「きゃぁ」
ハサラがクレアを蹴り飛ばし、奥へと戻した。吹き飛び、転がり奥の木箱にぶつかったクレア。担がれたエレノアが意識がもうろうとする中で怒り暴れると、
「おらよ! お前も戻りな」
暴れるエレノアを掴み、中へと放り投げた。うずくまり丸くなるエレノア。急いでクレアの傍へ近づくとハサラを睨み返した。
「おお、おお。いいねそれ。何より、さっきのクレアの顔がたまんねぇ。俺はよ、ああいう顔が好きなんだよ。お前の今の顔は好きじゃねぇ。おっと、これ、忘れもんな」
ハサラは外側、入り口わきに置いた荷物から三個の石を取り出した。前に見た沸騰石に似ていた。
「これは極寒の地で使う便利な物だ。部屋の中がすんげぇあったかくなるんだ。特別に三個置いてってやる。あ、それと死にそうになったら壁を叩けよ? いやあ、さっきの顔。たまんねぇなぁ。ギャハハハ」
ゴトン、ゴトンと音を立て投げ込まれた三個の石は次第に熱を発し始めた。シルツの盾程ではないが三個もあれば箱の中は同じように熱くなる。今度は扉を閉められ真っ暗になる。二人はボーっとする意識の中でどうにか耐えていた。
「クレア、大丈夫?」
「うん。油断しちゃったね。ごめんね、エレノア」
「あはは……、あいつらだって油断してたよ」
手をついてクレアに近づこうとしたエレノアだったが、その手に力が入らず前のめりに倒れた。クレアの膝に顔をうずめて溜息をつく彼女が必死に笑顔を見せていた。
「無理しないで。私たちから話を聞くまで殺しはしないと思う。それに、何かあったら私、命に代えても貴方を守るわ」
「それじゃ二人とも死んじゃうよ? あたしだって命に代えてもクレアを守るんだから」
「そうね。油断してたって、どういうこと?」
「へへへ。これ」
エレノアはハサラに担がれていた時に腰にある短刀を盗む準備をしていた。そこでクレアが蹴り飛ばされたので怒って暴れたふりをしてさりげなく抜き取っていたのだ。
「あはは。バレてたらひどい目に合わされてたかもしれないのに」
「あんな奴ら、森の魔女に比べたらかわいいもんだよ。卑怯で非道なだけで、強さからくる怖さじゃない。抗える相手だ」
「このままじゃ干からびちゃう……」
「クレア? この中にいる魔女は? 光の魔女なんでしょ? 助けてくれないのかな?」
「ううん。昨日は声が聞こえた気がしたんだけど、ずっと黙ったまま。すごく弱ってるみたいだし、頻繁には話せないのかも」
「シルツがさ『その石外すな、魔女が出るぞ』って言ってたね。短刀でどうにかならないかな?」
「どうかしら。でも、もしも魔女が船のみんなを襲い始めたら? それじゃ私たちの方が悪者よ」
「ぐうぅ」
「夜になればアルが気づいてくれると思う。彼なら私たちを助けてくれるから。安心してエレノア」
「まぁ、アルなら眠らせる魔法があるもんね。あいつらを眠らせてる間に私たちを助けてくれるかも。でも、大丈夫かな? あいつらいかにも武闘派って感じだし。アルは優しいし、頼りになるけど……」
「あら? アルならきっと大丈夫」
「ええ? そうかなぁ? グーパン一発で倒れそうだけど」
「あはは。そうね、それは正解だと思う。さ、おしゃべりはここまで。体力を温存しないとね」
※
高温になった木箱に二人を閉じ込めて数時間が経つと、ハサラは二人の様子を見るため扉を開けた。ゆっくりと差し込む光。中にはぐったりしたまま倒れた少女が二人。鼻歌を歌いながらハサラはエレノアに近づくと彼女の顔に足をグリグリと押し付けた。「うっ」と小さく反応した様子を確認すると、両手を掴み外まで引きずり出した。そして、用意しておいた絨毯で彼女をグルグルに巻くと一度蹴りを入れた。
「おお、おお。静かだな。おし、じゃぁ行くか。お前を待っている人がいるんでな。っと、その前に」
ハサラは魔女の血が入った水瓶を木箱の中に置いた。外の光が辛うじて入るギリギリの場所に、クレアに見せつけるように置く。反応しないクレアに舌打ちをしながら近づくと、髪を掴み顔を持ち上げる。水瓶が見えるようにすると、
「おら見ろよ。水が飲みてぇんだろ? あそこに用意しておいたぜ。安心しろよ。お前に死なれちゃ困るからな。水は飲んどけ。それじゃ俺は用事があるから、一旦に居なくなるけど寂しがらないでくれよ? すぐに戻るから。ちなみに、エレノアはこれから楽しい時間を過ごすからな。お前が話してくれたらあいつの傍に連れて行ってやる。まぁ、お前に聞くのはまだ先の話だけどな? ギャハハハ」
ハサラが手を離すとクレアの顔がドンと音を立て床に落ちた。彼女は我慢しながら、ただひたすらに彼の言葉を聞いていた。扉が閉まる音がするとまた中が暗くなる。ガチャガチャと鍵の閉まる音がして、二人の男のこもった声が外から聞こえた。
「エレノア……」
朦朧とした意識の中、彼女は這いつくばったまま水瓶に近づいていく。隠し持った短刀を手に力を振り絞る。この水もきっと何かの罠なんだろう。そう思いながらも、連れていかれたエレノアが次第に意識の中に浸透していった。朦朧とした彼女に夢見心地に見えた景色が、次第に現実へと変わる。
「エレノア……エレノア……エレノア!」
クレアは乾いた唇を噛みしめながら不甲斐ない自分に腹を立てナイフを床に突き刺した。今も水を飲もうか迷っていた。そして、蓋を開けた瞬間……。
――ミズ
かすかに聞こえる小さな声。彼女は荒い息をしながらあたりを見回した。隙間から? 外から? 幻聴?
――飲ムナ
昨夜聞いた声だ。弱い声。遠く、意識に直接呼びかけてくる。頭に響き、耳はそれを感覚で捉えようとあとから追いかけてくる。
「誰? 貴方は誰なの?」
暗闇の中、誰かが自分の手に触れた気がした。クレアは驚いてサッと手を引いた。見えないはずなのに、今いる暗闇の中よりさらに黒い何かが箱から出てきたことに気づいた。
――長くはモタナイ。石を、イシをハズシテ
「貴方は魔女ね。貴方を出したら、皆が危険だわ。助けてあげたいけど、私、怖い」
黒い靄が長細くなり、腕になり、手となり、クレアの体に触れた。彼女は弱弱しいそれに触れると遠のいていく意識の中、森での出来事を知った。気づくと床にうつ伏せに倒れていて、どのくらいの時間が経ったのかわからなくなっていた。夢のような、幻想のような中で彼女は光の魔女の数日を過ごしたからだ。
「なんてひどいことを」
――タスケテ。ワタシはもうシヌ。ミズをココに
光の魔女が捕まえる前にされたことを追体験したクレアは、彼女の気持ちに寄り添っていた。五人に対する怒り、森で死ねない悲しみ、外へ出る希望。短刀を握りしめ、箱の四隅にある黒い石を外すために必死に動いた。力を入れたくても入らない。油断すれば意識が飛びそうで、小刻みに震える。そんな中でクレアは必死に石を外す作業を続けた。
一方、レカンタの待っている部屋へと運ばれる絨毯にくるまれたエレノア。
「ほらよ。お望みの品だ」
「やぁ、エレノア? 待っていたよ。今度こそお前を女にしてやるからな。といっても、数日後には使い物にならなくなってるだろうけどな!」
レカンタがされたのと同じように、エレノアをベッドの上で両手両足をそれぞれ縛り付け大の字にする。エレノアは部屋に来てから少しだけ水を飲まされ、それでも乾いた口の中を必死に動かすと、
「レカンタ……。ぶっさいくだな」
「お前のせいだろうが!!」
レカンタは持っていた棒でエレノアを叩いた。それは程よく硬く重い。痛いが体にあとは残さない。レカンタが用意した特殊な棒。調教用の物だった。
「便利だろこれ? 何度殴っても後に残らない。まぁ、お前にはたくさん後で傷を残してやるけどな。まずは綺麗なまま楽しもう」
レカンタが合図するとハサラは部屋を出て行った。何度か殴る音が聞こえる中、ハサラは食べ物を調達してから倉庫に向かうことにした。




