61 ウッドエルフ① 最初の夜
私を助けてくれた少女
黒い髪で、黒い瞳の人間の少女
洞窟で檻に閉じ込められた彼女は、腕を傷つけながらも、私の『脚になった腕』を必死に治してくれた。その眼は真っすぐで、一点の曇りもなかった。動物たちに発した言葉は私の胸にまで響く不思議な感覚。
ハパとシンザが、洞窟に入ってきて私を探していた。部屋の中にはいないと考えた彼らは、急いで逃げていくことにした。鎖で繋がった鹿なんてどうでもいいのは当然だ。でも、魔女が迫ってくる中、あの少女だけは違った。風のように舞い戻り、私の鎖を打ち砕き止まることなく走り出した。
ハパとミキが死んだ。新たに作られた檻の中を逃げ惑う中、私は魔女の繰り出す火球の爆風で倒れてしまった。仲間のみんなはすでに岩陰にたどり着いていた。少女たちと共に逃げていた人も、岩までたどり着きそうだった。
さすがにここまでかな? そう思った矢先、また彼女が私を助けに走ってきた。魔女の魔法から自分を守る術なんてないはずなのに……。その身を投げうって、ただの鹿を助けるなんて。そして、そのせいで彼女の大切な人が死んだ。
そして今度は、私の大切な人が魔女の手にかかろうとしていた。鹿になった私には何も出来ない。周りで燃え盛る炎。あの魔女はきっと私に見せつけようとしてるんだ。私の大切な人、ヘンザ……。大丈夫、私もすぐに後を追うから。そう思った矢先だった。また、彼女が走り出した。
何かを見つめていたような彼女。立ち上がり、シンザの槍をを掴み、駆け抜ける風のように魔女へと走っていった。瞬きを一度すると、何歩も先に進んでいるような不思議な光景。
あっという間にアニムの少女と連携して魔女を追い詰めた。その姿は勇ましく、同時に華麗な舞のようだった。彼女に槍を教えた人物はきっと、力のない彼女にとって一番の戦い方を教えたのだろう。
追い詰められた魔女が、黒髪の少女と一緒に繭の中に閉じこもってしまった。ヘンザはどこ? 強い風で吹き飛ばされてしまった。隠れていた皆も集まっていく。アニムの少女が必死になって繭を破壊しようとしている。私にも何か出来たらいいけれど……。
突然、森の気配が変わり始めた。闇の魔女の支配から逃れていくのがわかった。差し込む光が優しく変わっていく。魔女が死んだ。同時に、魔女の作り出した繭が崩れていく中、私の体にも異変が起きていた。
痛い。骨や皮が引き延ばされる。最初に掴まったあの日に感じた痛みだ。死にたくない。彼女に……。彼女にお礼を伝えたい。あと少し、皆は私に気づいていないけど、あの子だけは私に気づいてくれ……た……。
「貴方はだれ?」
エレノアに守られるように立ったクレアが、ウッドエルフ達の背後にいる裸の女性に気づいて放った一言。驚いたエレノアはクレアの方へ振り向いた。それとは逆にウッドエルフ達はクレアの視線に気づき一斉に後ろへ振り返った。
背後にはウッドエルフの女性が倒れていた。その姿を見るやエーダが駆け寄る。
「姉さん!!」
「ネンリ!?」
ヘンザ達も口々にその名前を出した。何事だ、と様子を伺うエレノア。肩に置かれたクレアの手が離れるとすぐに、倒れる音が聞こえた。
「クレア? 大丈夫!?」
「ごめん。エレノア……。ちょっと、休むね」
「うん」
苦しそうなクレアが目を瞑り力を抜いてゆくのを見守ったエレノア。何やら騒いでいるウッドエルフ達に睨みつけるような視線を送ると、
「クレア。今度こそ、守るから」
自分と同い年の少女を持ち上げるのは大変だった。エレノアはクレアのことを両手で抱きかかえ起き上がると、その場を去るために踏ん張っている足を動かし始めた。
一歩。二歩。と踏ん張りながら歩いて行くと、背後からエーダの声が響く。そして、視界が閉ざされた……。
「ごめんなさい。エレノア……。彼女をそのまま行かせるわけにはいかないわ――」
残った魔力でエレノアを眠るように仕向けたエーダ。
「っとと」
脚を怪我したジュピと、シンザが少女二人を支える。同じく、倒れていた裸のネンリを抱きかかえたヘンザ。彼らはそのままキャンプへと戻った。
※
「――、というわけで悪いけど、クレアの様子を見させてもらうわよ」
「そうか……。わかった。ところで、スピカナという男を知らないかな? 君たちとは違うけど、彼も、その、一応エルフなんだよ」
テントの中ではエーダとシューが話をしていた。すぐ近くにはクレアとエレノアが横になっている。
「ええ。彼なら会ったわ。すごく……。すごく、勇敢だったわよ。シティエルフだったのが悔やまれるわ。でも、きっと次は私たちと同じようになれるわ。そう願ってる」
「次か……」
シューは悲しそうな目とは違い、口元がわずかに微笑んでいた。エーダ達が最初に現れた時は、聞いたこともない言葉で話していて驚いた。エーダと名乗る女性は人の言葉を話せるらしく、何があったか説明してくれた。そして、スピカナの事を聞いて思い出した。
「大丈夫?」
「え? あぁ。ちょっと思い出してね。スピカナがさ、昔よく言ってたんだよ。『次に生まれ時はウッドエルフになりたい』って。それを、ウッドエルフの君から願ってもらえたんだ。彼はきっと……」
エーダはシューの目を見ながら頷くと、優しく彼の膝に手を置いた。すると、小さな声が聞こえた。
「おい裏切者」
「エレノア!?」
横になったエレノアが目を覚ました。なぜかシューの膝に手を置いたエーダと、安堵したような優しい笑顔のシュー。二人の様子を見たエレノアが口走った目覚めの一言。
「ねぇ? なんであたしは縛られてるの?」
「それは……」
戸惑うシューの横ででエーダが説明をつづけた。
「ごめんなさいエレノア。貴方、目が覚めたら暴れると思って。念のためにそうさせてもらったわ」
「……」
への字に口を曲げたエレノアが、エーダを見つめる。
「あたし、なにもしない」
「クレアを休ませてあげたいし。そのままに」
睨みつけたまま棒読みのエレノアに対して放ったシューの一言。すかさず、
「裏切者!」
ぐいぐいと体を動かし、エレノアはクレアの傍へ動いていく。ははは、と笑いながらシューはエーダと話を続ける。
「ごめんなさいね、エレノア。貴方が落ち着いたらちゃんとほどくから。私たちも、クレアを傷つけたいわけではないのよ」
「そうだぞ。多分。まぁ、話を聞こうよ。とりあえずは俺が聞くからさ」
「好きにしろ! 裏切者」
そっぽ向いたエレノアは、クレアの寝顔を見つめながら涙目になっていた。半ば冗談を言える状態に落ち着いたことで、起きた事が頭の中に巡り始めたのだ。
大方の話を終えると、二人はいくつかの疑問点を割り出し、お互いの話のすり合わせをする。
「――魔女がクレアを閉じ込めた後、壊れた繭から出てきたのは彼女だけ。確かに魔女は死んだみたいだけど」
「それならすぐに人間から魔女が生まれるな」
「そうなの。でも、腑に落ちない点があるのよ」
「それは、どんなところかな?」
「私も魔女が死んだのは初めて見るけど、聞いた話では森はそのままで新しい魔女の帰りを待つって。闇の魔女が支配した森は、新しく生まれ変わった主が戻るまで、そのままだと聞いてるわ」
「それは俺たちも一緒だね。光の魔女が森を元に戻すって感じかな。まぁ、人間の話は曖昧な部分も多くてね。滅んだ国も多いし、失われた物が多いから」
「そうね。それは私たちも同じよ。伝承や言い伝えでは引き継げても、本当の意味や意図は失わている」
「それで、腑に落ちないって言うのは?」
「クレアが繭から出た時は、魔女が死んだ時だったみたいだけど。同時に、森が解放されていたことに気が付いたわ。それと、掴まっていた妹のネンリも鹿の姿から元に戻ってた」
「光の魔女に変わったとか?」
「そうね。それなら納得いくけど、あんな短時間で変わるなんて聞いたことがない。それに、死ぬ瞬間にだけ光の魔女になるなんてこともね」
「ううん。それで、どうしてクレアを?」
「そもそも、あの魔女が貴方たちを襲った時、それ自体がおかしいことの始まりだったのよ。あんな縄張りの外れまで来ること自体、おかしいもの」
「まぁ、それは確かに。だから俺たちも魔物や変異した動物に対処する程度で付いてきたんだけど……」
「きっと、魔女はクレアに何かを感じたんだと思う。闘ってる時も、彼女のことを恐れているように見えたわ。傷が治っていないのもおかしかったし。彼女のことを教えて」
「そうは言われてもなぁ。俺は、ついこないだ会ったばかりだしな。可愛い人間の女の子ってことくらいしか」
シューが困った様子でエレノアの背中を見つめる。会話の止まった二人に気づいた彼女が振り返り、視線が合うとプイっと向きを変えた。
「クレアは魔女になんかならない」
二人は顔を見合わせ、呆れたような笑顔で頷くと話をつづけた。
「それと、私たちは旅をしている途中であの魔女に出くわしたの。それでネンリが捕まってしまった。何より、森を移動する魔女なんて聞いたことがない」
「森を移動? そうか、それでか。少し前からこの森の変な噂が流れたと思えば、魔女がいるなんて言われ始めたんだ。そもそも、ここの森に魔女なんていたことがない」
「ええ。私たちも驚いたわ。何か目的があったのかしら」
二人がお互いの知識を出し合い議論をしていると、
「あの……、誰かを探していたみたい」
「クレア!?」
エレノアが縛られたままクレアの上に覆いかぶさる。
「うわぁー。クレア! クレア! よかった」
「エレノア……。なんで、縛られてるの?」
エレノアを抱き寄せようとしたクレアが、彼女を縛る縄に気づいた。そしてすぐにエーダが、
「クレア。よかったわ。あの、クレアを守るためにエレノアが暴れるから……、ちょっと悪いんだけど縛らせてもらったわ」
「う”-」
困った顔で説明するエーダと、睨むエレノア、ほっとした様子のシュー。クレアはハッとした様子で起き上がると、
「ごめんなさい! 私、私のせいでスピカナが……。スピカナ……が……、皆を……守れなかった」
闘っている最中は涙を流さなかったクレアだが、今は我慢できずにボロボロと泣き出していた。エレノアがクレアの膝に顔を載せ、なおもエーダとシューを睨んでいる。シューがクレアの頭に手を置き、
「クレア。俺たちは魔女と対峙した時点で君を、君たちを守ると決意したんだ。あいつと目があった時、俺が考えるより先に、あいつの方が先にそう言っているのがわかったよ」
「でも……私が、私がもっと、役に立てれば」
エレノアも怒りで覆い隠していた部分が出てくると、クレアの膝の上でクルリと顔の向きを変えて伏せていた。
「それにね。あいつはどちらかというと俺たち人間よりも、ウッドエルフの考え方だったんだよ。死ぬのは怖いけど、死んでも俺の魂は生きるってね。次は、人間でもシティエルフでもなく、ウッドエルフになるって言ってた」
「私、スピカナがキラキラとした粒になって、空中を彷徨うのを見たの。それで、思わずそれに見惚れてた」
エーダはそのことが、ヘンザが走っていった時のことだと理解した。
「そうか。人間の魂がそんな風になるって言うのは聞いたことがないなぁ。まぁ、魂を見たって人も聞いたことないけど。じゃぁ、スピカナは綺麗な魂になったってことじゃないか?」
「綺麗な魂?」
「うん。彼女、エーダ達ウッドエルフには思想があるんだ」
「穢れなき魂は清浄の地へ」
割って入るように言い出したエーダ。クレアを見ながら、
「光の粒? それはどんな……」
「すごく細かくて、金色でキラキラしてた。満天の星空よりもっと綺麗だった。揺らめくように動いていたけど、なんか耐えているようにも見えた。それで、上から少しずつ割れていったの。それで、落ちてくる槍と魔女が見えて、私、気づいたら走ってた」
「そう……。それはきっとスピカナね。貴方を見守っていたんだわ。ねぇ、クレア?」
「はい」
クレアは目から涙を指で拭い去り、エレノアの頭を撫でながらエーダの質問に答える。
「さっき、誰かを探してたみたいって言ったわね?」
「うん。魔女に閉じ込められた時、魔女が死ぬときに色々な想いが伝わってきた。それで、私、はっきりとは覚えていないけど、あの人、誰かの存在を追いかけてここまで来たみたい」
「……。魔女が誰かを追いかける? 一体、何かしら」
クレアはエレノアに暴れないように言いつけて、縄をほどき始めた。
「ねぇ、クレア? 中では魔女に何かされた?」
「いいえ。腕を抑えられて、そのまま剣で胸を貫くように強要されたわ。あとは、その……」
「どうしたの?」
「その、なんていうか、何かに抵抗するかのようにしてたけど、段々と幸せそうになっていくのが分かった。それで、消えてしまった」
「消えた? 何も見なかったの?」
「うん。真っ暗で何も見えなかった。気づいたら、外の光が入ってきて、エレノアが叫んでるのも聞こえた」
「ほら! 魔女は死んだんだ! クレアは魔女になんかならない」
解放されたエレノアがクレアの後ろから抱き着いたまま二人に話した。
「クレア、ちょっとこっちきて」
立ち上がったエーダがクレアをテントの外へと連れ出した。外は既に真っ暗で、二つのテントにある焚火だけが光源になっている。エレノアとシューは座ったまま、
「ねぇ、シュー? なんでクレアを外に?」
「さぁ……。あ、もしかしたら、暗闇で眼が光らないか――」
そう聞いた途端に、エレノアが外へ飛び出した。そのままエーダに体当たりすると、傍の草むらへと転がり込んだ。
「きゃぁっ」
「させるかぁあ!!」
「ちょっと、エレノア!」
クレアはエレノアを怒りながら、倒れたエーダに手を貸した。
「だってさ、こいつらはさ、クレアが魔女だと思ってるんだよ? ほら? 今だって眼は光ってないじゃん。そもそも光らない闇の魔女なら、こんなに可愛いわけないでしょ」
反省しながらも、口をとがらせエーダに言い訳をするエレノア。
「ありがとう、エレノア。私を守ってくれてるのよね。でも、今のは状況を見ずに突っ込んだエレノアが悪い。謝ってもいいんじゃないかな?」
「……ごめん。でも! 何かしようとしたら、許さないからね」
「あはは。ごめんね、エレノア。確認したかっただけよ」
「その、エーダさん? 人間が魔女になるのって、だいたい一日してからなんですよね?」
心配そうに声を出すクレア。
「ええ。明るいうちに魔女が死んだから、今晩過ごして、夜明けにはわかるってとこかしらね」
「このまま、一緒に過ごしてもいいですか? 私も、もし魔女になってしまったら、エレノアに何かあったら」
「はぁ!? クレア? クレアが魔女になってもあたしはついて行くよ? いや、クレアが魔女になるなんて思ってないけどさ。でも、もしも魔女になったとしても、あたしは離れないからね」
「ありがとうエレノア」
「エレノアは、クレアの味方なのね」
三人が外の暗闇で話していると、もう一つのテントから大きな音が聞こえた。
パァン!!
そして、ヘンザとシンザ、ジュピが逃げるように飛び出してきた。
「うわあああ! 逃げろ!」
「助けてくれ!」
「エーダ! 助けてくれ!」




