60 闇の魔女⑦ クレア
「クレアー!!」
魔女が作り出した木の繭。中にはクレアも一緒に閉じ込められてしまった。そこへ走るエレノア。同じく岩陰から出たエーダも後を追うように走り出す。彼女は風で吹き飛ばされ倒れていたヘンザの元へ駆け寄ると、治療を始めた。
「今、楽にするから。もう少し頑張ってね」
「……ああ」
首を刎ねられるところをクレアに救われ、その後も魔女の風で何度か吹き飛ばされたヘンザ。命が助かったとはいえボロボロの状態で倒れていた。エーダに仰向けに直されると力を抜いた様子で、下から見える彼女の視線を追いかけるように顔を動かした。
「っつ!」
「無理をしないで。あの子たち達すごかった。魔女はあの子の攻撃にはひるんでた。なぜか、傷も治らないみたい。今は、魔女が作った繭の中に閉じ込められてるの」
「そうか……。もう、だめかと、思ったんだが。すまない。そのあとの、ことは……」
「気にしないで。あの子たちがよくやってくれてるから。今のうちに、集中して貴方を治療するわ。でも、できるのは骨をくっつけるか、元に戻す程度だから」
「ジュピとシンザは?」
ヘンザが呼吸を整えながら、弱い声でエーダに聞いた。
「ジュピとシンザは大丈夫よ」
「……」
「あの子、大丈夫かな」
クレアの閉じ込められた繭を見ながら、心配する表情を浮かべるエーダ。そんな彼女を下から見上げていたヘンザは呼吸を整え、
「何か、おかしい。あの娘には、聞きたい、ことが、あるな。死なないと、いいんだが……」
そう言い終わるとヘンザは静かに目を閉じた。珍しく人間の安否を気遣ったヘンザに驚きと笑顔の表情を向けたエーダ。
「くそう! なんだこれ!」
魔女の作り出した繭を殴ったり、蹴飛ばしたりしているエレノア。大きさは森で見かける小屋程度の物。クレアと魔女の二人には十分すぎる大きさだ。ただ、分厚さがあるためどんなに力いっぱい叩いてもびくともしなかった。
「なんだよ! 何が起きてるんだよ! エーダ! 魔法で、クレアを魔法で助けてよ! ねぇ!」
エーダに頼んだ時だけは振り返っていた。それ以外は、強かろうが弱かろうが、とにかく拳や足を動かしては繭を破壊しようと試みていた。
魔女が作り出した周りの壁は既にボロボロと崩れているのに、クレアと閉じこもった繭だけはそのまま残っている。一体、中で何が起こっているのか。解放された空間とは対照的に閉じ込められたクレアの様子に、エレノアははち切れんばかりの不安を抱えていた。
何よりも、先程まで感じていたクレアとのつながり。心と体に沸いてきた力が感じられないのだ。再度、エーダへ振り返り彼女の手を取ると自分の胸に当てさせた。
「エーダ! ねぇ、またあたしに魔法を使って! さっきみたいに強くしてよ。クレアが、クレアが……」
「エレノア……」
エーダはエレノアの肩に手を置いた。そんな慰めはいらない! とばかりに彼女は強く振りほどくと、また繭を両手で叩き続けた。
「ごめんなさい。私にはどうしようもないわ。でも、きっと、魔女は死ぬんだと思う。最後の力を振り絞って、クレアを閉じ込めたんだと思う。壁も、炎も消えてるでしょ」
「そんなの、そんなの、どうでもいい! だからなんなのさ! 最後の力を振り絞って、魔女は、あいつは、クレアに何をするんだ!」
「わからないわ……。私たちもクレアに聞きたいことがあるの。でも、この繭を破壊するだけの力は、私たちには……ない」
エレノアがそれを聞くと、唇だけを開きその目一杯に食いしばった歯を見せながら、さらに強く繭を叩き始めた。
「エレノア! 腕が」
「うるさい!! 私はクレアを守るって言ったのに……。動けなかった! っくしょう……、うあああ――!?」
エレノアを抑えたのはヘンザだった。
「落ち着け。お前には壊せないのだろ? もし、この後に魔女が出てきたらどうするんだ? 傷ついた腕でまた戦うのか? それこそ後悔することになるぞ」
「っ!? 離せ!」
回復したわけではないヘンザは、エレノアの力強くはねのけた反動であばらを痛めた。そして、膝をついて地面に伏せてしまった。その様子を見たエレノアが、
「……。ごめん。でも! じゃぁ、なんとか、他に何か、何かないの!」
「エーダ、説明してやれ」
「うん。エレノア……。これは憶測だけど、我慢して聞いてね」
ちょうど岩陰からシンザとジュピも集まってきた。鹿もヘンザの傍に立っていた。
「何?」
「魔女は死んでも、近くの人間の女性からまた生まれるのはしってるわよね?」
「うん」
「誰が魔女になるかはわからない。森に近い人間の女が魔女になる。そう聞いてるのよね? でも、私たちの言い伝えではちょっと違うのよ」
「どういうこと?」
「人間の世界では伝わっていないことだと思う。いい?」
「早く教えてよ」
「確かに近くの人間の女性から生まれるけど、それは不特定の人ではないの」
「決まってるってこと?」
「半分正解ね。私たちの言い伝えではね……
『魔女は殺されると、より邪悪な魂となって降り立つであろう。その身に宿すのは同じく邪悪な魂を持った人間のさらなる負の感情。人を食らいその身を清浄の地へ。それが魔女の魂』
っていうのがあるの」
「同じく邪悪な魂? クレアは……クレアは、そんなのとは真逆だよ! もし魂っていうので推し量るのなら、クレアの魂はきっと真っ白だ」
「そうね。私が言いたいのは、不特定ではなく限られた範囲で、邪悪な魂に該当する人間の女性が新しい魔女に変異してるんじゃないかってこと」
「ふざけるな! クレアは魔女になんかならない」
「この繭が、もしもその範囲を狭めるためだけに作ったとしたら? この中にいるのはクレアだけになるわ。魔女は死んでも、彼女に殺されても、乗り移れるとしたら? 憶測でしかないけど……。だから、クレアが出てきた時のことを考えましょう」
今までになく怒った表情のエレノアは、毛が逆立つほどの怒りを抑え繭の周りをぐるぐるとまわり、何かできないかと模索していた。
「安心しろ、アニム。魔女になるとしても、一日かかるそうだ。お別れは言えるからな」
ヘンザの一言にキレたエレノアが殴りかかる。殴り飛ばされたヘンザをエーダが支え、ジュピとシンザが一生懸命に彼女を抑えた。
「ふっざけるなぁあ!!! くそ! クレア!」
悪気はないとしても、ヘンザの一言は余計だった。エーダが目を瞑り顔を横に振り彼を呆れた顔で見つめた。ヘンザも、慰めるつもりでいったのに怒らせてしまったことに後悔していた。
※
一方、繭の中。魔女の作り出した枝に両腕を掴まれたクレア。
手に持った剣は離さなず、剣先は魔女の胸元近くにある……はずだった。
繭の中は、真っ暗で何も見えなかった。感じるのは掴まれてた感触と外から伝わる微かな振動だけだ。きっと、エレノアが何かしているのだろうと考えていた。
魔女の炎に包まれたあたりから、胸の奥底で芽生えた怒りの感情。スピカナが燃え崩れて、光の粒になったの見つめていた時には嵐の前の静けさのように何もなくなった。
そして、自然と立ち上がり導かれるままに動き始めると、世界が変わった。胸の中、心の奥底のさらに深いところで燃えていた炎が一気に爆発した。それも今はだいぶ落ち着いていた。
「ハァハァ、ハハハ、さぁ、殺せ。怒りを胸に。憎悪を抱いたママ、その剣ヲ」
怒り? 憎悪?
違う……。怒ってはいたけど、そういうのじゃない
「どうして……。どうして、あんなに酷いことを平気でするの?」
死にかけた魔女は、ゼェゼェ言いながらクレアのくだらないと思える質問に答える。
「酷いコト? アハハハ、ハァハァ……。魔女ダカラね。お前はナニモ分かっていない。魔女にナレば、ワカル。酷イノは、アンタ達ニンゲンの方だってネ」
お互いの顔すら見えない暗闇で聞こえる声。クレアの腕を掴む魔女の枝が動き、掴んでいる剣を少しずつ胸へと下げていく。
「いや」
「無駄ダヨ。さぁ、コロセ。そうしたかったんダロウ?」
魔女の枝はスルスルとクレアの手と剣を結び付けた。そして、ゆっくりと深く刺さっていくと、すぐに地面にたどり着いた感触が伝わる。そのまま、止まらずに石にぶつかるまで動き続けた。
「ガハッ。ハハハ、ハァハァ。何で、泣いてるのさ。バカな娘ダネ。魔女にナルのがコワイのかい?」
「ちがう! 貴方が可哀想なだけ!」
「――? アハ、アハ、ハァハァ……。さぁ、アンタの瞳は何色にナルノカナ? ワタシのは、そう、綺麗なピンクだったんダヨ」
「私、私は、魔女にはならない」
ガハっと血を噴き出す魔女。シュルシュルとクレアの腕を掴んでいた枝を緩めると、ゆっくりと呼吸を始めた。
「アンタ、ワカッテナイネ。そんなに、真っ黒な魂持っテル人間なんて会ったコトガナイ。サゾ、恐ろシイ、魔女に……」
腕をほどかれたクレアが魔女の顔を手で包んだ。死ぬなと言いたかったのか、呼吸しろと言いたかったのか、魔女にはわからなかったが、その手の温もりには違和感と懐かしさを感じた。
「何ヲ……? 触ルナ」
「わかる。大変だったんでしょ? 貴方の痛み。憎しみ。不安。悲しみ。怒り。ううん。貴方だけじゃない。これは、魔女の想い……」
「アァ……」
諦めたように魔女は声を、溜息と一緒に吐き捨てた。
「……」
「ヤット、オワル。解放サレル。永遠にツヅクこの苦しみ。もう、ツカレタ」
「うん」
クレアは死にゆく魔女を暗闇の中で見つめていた。魔女は死にゆく体で暗闇の中のクレアを感じていた。
もう、誰の記憶かは分からない程に色々な想いと結合してきた。また、懐かしいあの瞬間が訪れる。負の感情の波に乗って、新しく生まれ変わる。あの感覚。邪悪な魂となり周囲の仲間とくっつく。そして、くっついたそれらは泡のように形を変える。ポコポコと膨れては戻り、新しい魔女になる。色々な人、色々な時代の人々のそれを食べて、食べられ、一つになる。
魔女は薄れていく意識の中で、暗闇に浮かぶ真っ黒で丸く美しい塊を見ていた。
真っ黒な魂
光さえ届かないこの場所で
輝くのは魔女の瞳だけ
この娘の真っ黒な魂はすべての色を吸い込む
あぁ、やっとだ
やっと、解放される
永かった
全てを彼女に与え、生まれ変わる
暗闇に浮かぶ真っ黒な魂に吸い込まれて
暗闇に浮かぶ?
なんで暗闇なのに浮かんでいるのが分かるんだ?
吸い込まれる?
違う、私達が魂を汚してのっとるんだ
真っ黒なその魂……!?
違う、この娘の魂は真っ黒なんじゃない
近づくほどに暖かい
なんて気持ちいんだ……
ああ
そうか、わかった
この娘、真っ黒な魂を持ってるけど
それは太陽の前にあるだけだ
まるで日食の光景のように隠された太陽
ここまで近づいてやっとわかったよ
暗闇の中で太陽が輝いている
その前にある、黒い塊を私は見ていたんだね
お前は一体……
真っ黒な魂に私たちは吸い込まれてしまうんだ
私たちの糧はすべてそこに引き込まれてしまう
どうりで……
良い魔女の瞳は、暗闇で輝く
悪い魔女の瞳は、暗闇で輝かない
一切の光が届かない、魔女の繭の中で二つの淡いピンク色の輪が輝いていたがすぐに消えてしまった。クレアの手からはボロボロと何かが崩れていった。
そして、少しずつ声が響いてきた。
……!
……ア!!
ボコボコと音を立て、繭が崩れながら同時にエレノアに破壊されていく。
「クレア!!」
いつの間にか陽の差した森の中に届いた光が、エレノアの背後から繭の中へ差し込む。
涙を流したクレアは差し伸べられた手を取ると、崩れ落ちる繭から出てエレノアに抱き着いた。
「エレノア……。私」
「おい」
二人に声をかけてきたヘンザに対して、エレノアがクレアを守るように立ちはだかる。
「近寄るな!」
「落ち着け」
自分を守るかのように立ち振る舞うエレノアに戸惑うクレアが驚いた表情で問いかけた。
「貴方はだれ?」




