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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
第三章 闇の魔女
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59 闇の魔女⑥ スピカナ

 薄い土煙が舞う中、また聞こえた音。それは魔女が木の枝を伸ばし、木々の隙間を埋めるように作り出した壁の音。まるで、中の獲物に閉じ込めたと言わんばかりに大きな音を立てていた。


「くそ! こんなに強いとは。すまん! 俺の判断ミスだ」


 ヘンザが嘆き皆を後退させる。そうはいっても、四方ともに壁で囲まれているのは確実だった。徐々に視界の良くなる土煙に、ゆっくりと近づいてくる魔女の姿が映し出された。少女二人は、互いの名前を声に出した。


「クレア……」

「エレノア……」


 二人は外の世界が、森の魔女がこんなにも無慈悲だとは思ってもいなかった。本で読んだり、話では聞いていたが、こんなにも邪悪な存在が潜んでいることは、今まで実感することができなかった。


 後退する中、ヘンザがエーダに問いかけた。


「今、火球を放り込まれたら――」


「数発なら耐えられる。でも、回復も出来なくなると思う」


 ヘンザの問いに即座に答えるエーダ。状況を鑑みてスピカナは手に持っているシューの手甲をエレノアに渡す。つい先程、洞窟でクレアを助けるときには大いに役立った代物。山賊の砦でシューとエレノアの手合わせも見ている。この中で一番、この装備を活かせるのは彼女だと判断した。


「エレノア。これは君が使うといい。大丈夫?」


「うん。わかった」


 エレノアが震える手でそれを受け取る。

 新しく作り出された魔女の壁。その範囲は前回より小く感じた。魔女から後退するその先には、まるで三本の爪でえぐられ、分断されたような大きな岩があった。


「来るぞ! こっちだ」


 皆に聞こえるように叫んだヘンザ。離れた場所に居る魔女が火球を作り出しているのが見えた。今までとは違い、小さく、それでも危険な威力で速く飛んでくる。まるでクレア達を壁際の岩の方へと誘導するかのように繰り出している。


 先行して岩の影へと逃げ込んだヘンザは呼吸する度に痛む体を手で抑えながら、エーダに魔法で治療してもらっている。彼女が心配そうに彼の顔を見ると怒った表情で、


「また閉じ込められたな。魔女を倒すしかないか。くそ……。人間を救っただけな上に、ミキとハパまで失うとは」


「とりあえずは動けるけど、これじゃすぐに折れるわよ。ねぇ、ヘンザ? あの黒髪の子、戦力になると思う。昨日の動きも悪くなかった」


 エーダがクレアのことを話していると、シンザが割り込むように叫んだ。


「おい。鹿なんかほっとけ!」


 二人が振り返ると、自分たちが隠れている岩陰とは反対、魔女のいる方へ逆走するクレアの姿があった。まるで逃げる様を楽しむかのように繰り出される魔女の火球。退路を断つためだけに、恐怖を与えるためだけに考え、放り込まれる魔女の火球により一頭だけ取り残された鹿が、地面に着弾した火球の爆風で倒れていた。分断されるかのように皆がバラバラに逃げていたが、鹿の様子に気づいたクレアは迷わずそこへと走り出していた。


「クレア!!」


 叫びながら彼女を追うエレノア。魔女は叫んだエレノアを視界で捉え、すぐにクレアを見つめニヤついた。作り出した小さい火球の大きさを調整するとクレアに向かって放った。


 何も持たないクレアは飛んでくる火球から鹿を守ろうと身をかがめた。


「うおおお!」


 手甲を装着したエレノアが飛んでくる火球を両腕で受けると、爆発して岩の方へと吹き飛んでいった。


「エレノア!?」


 吹き飛ぶエレノアの尻尾がクレアの声に反応してクイっと動いていた。クレアは魔女の方へと振り返り状況を確認すると、鹿を抱えてすぐに走り出した。岩陰からその様子を見ていたヘンザが、


「たく、これだから人間は。こんなときに馬鹿なことを――!?」


「クレアを馬鹿にするな!!」


 吹き飛んできたエレノア。立ち上がりざまに聞いたヘンザの言葉に怒り胸倉を掴み声を張る。そばにいるエーダがその手を優しく降ろさせた。


 ヘンザは、目の前にいるアニムが自分たちの言葉を理解している事よりも、すさまじく激怒する彼女の様子に驚いていた。


「エレノア? 貴方も戦える?」


 肩で息をするエレノアの手に回復魔法をかけているエーダが優しく話しかける。


「そうだ! あたしに魔法をかけて! 強くして! クレアを守らなきゃ!」


 鬼気迫る表情でエーダに頼み込むエレノア。横から弱り切ったシンザが、


「アニムだろ? 一時的に魂と契約して強化魔法をかけてやればいいじゃないか。この中で一番強くなる可能性があるぞ」


「それも、そうね。エレノア、すぐにクレアのところへ行きたいでしょうけど、少しだけジッとしててくれる? いい? 私のことを受けれ入れてね。クレアを守れる力を、一時的なものだけど貴方を強くするから」


 エレノアは何のことだかわからなかったが、クレアを守れるのならと承諾する。そして、エーダの手が胸にそっと添えられた。


 クレアの移動を援護していたスピカナが「クレア!」と叫ぶ。エレノアはその声を聞いて走り出したかったが、エーダが首を振った。


 魔女の火球を避け、移動していたクレアだったが爆風でバランスを崩して倒れてしまった。ゆっくりと歩きながら近づく魔女が新たに火球を作り出す。投げようとした時に鋭くエルフ製の矢が手に刺さる。


 魔女が飛んできた方向に顔を向けると、矢の尽きた弓を投げ捨てたスピカナが、クレアの元へと走り寄るのが見えた。また、嬉しそうにニヤつく魔女。今度は小さめの火球を作り出すと彼女めがけて投げた。


 ドォン!!


「ってえぇ!」


 走ってきたスピカナが、背中でその火球を受けクレアを守った。すぐに別の火球が飛んでくると、鹿とクレア、スピカナの周囲をまたドロッとした炎が囲んでしまった。魔女の方へと振り向いたスピカナがクレアを背にする。その背中は魔女の火球を受けボロボロになっていた。


「スピカナ……」


「クレア。出会えてよかったよ」


「私も。絶対にここから出ましょ」


「ああ、そうだね……」


 クレアを庇うように立ちはだかるスピカナを見て、魔女は嬉しそうにしている。火球を作り出してはウッドエルフとエレノアが避難している岩に当てて、邪魔されないように牽制している。


 スピカナの正面にいる魔女は新たな火球を作り出すと、会話する二人へ向かって投げた。一連の戦いの中でクレアは魔女の手口を学んでいた。期待をさせては楽しみ、誰かを苦しませるために楽しみ殺していくそのやり方を。


 地面で燃える炎で身動きの取れない二人と一頭。スピカナは背後にいるクレアを守るため、飛んできた火球を交差した両腕で受け止めた。


 クレアの目の前で、魔女の火球を受け止めたスピカナの体が炎により、一瞬だけ強い光で包まれた。魔女はスピカナが吹き飛ばないギリギリの威力の火球を飛ばしてきている。火球を受け止めたスピカナは振り向かずにそのまま話しかけてきた。その声は弱く、落ち着いてもいた。


「大丈夫か? クレア……」


「私は大丈夫」


「よかった。絶対に俺の後ろに隠れてるんだよ」


「うん」


 クレアは立ち上がり、スピカナに手を添え寄り添う。特に考えもなく、そうしたいから、そうすべきだと思い彼に寄り添った。魔女が正面でその様子をニヤついた顔で見ているのが分かった。他のみんながいる岩の方へ魔法を放り、牽制しつつこちらの動向を楽しんでいる。


「ああ。俺も、死んだらあのウッドエルフ達みたいになれるかな? それともまた人間になるのかな? クレア、君は本当に暖かいな。まるで痛みが消えていくようだよ」


 背中に手をあて寄り添うクレアの重みを支えるスピカナが囁いた。クレアはスピカナの痛みをその身に感じながら、


「貴方の望むようになるわ。きっと……」


「……。ああ、そうだ。クレア?」


 正面では魔女が新しい火球を作り出していた。さっきより球の中でグルグルと燃える炎が強い。それを見たスピカナは大きく深呼吸をすると、すでに肘から下が無くなっている腕をだらりと下げる。


「ボスにビンタしたんだろ? 俺も見たかったなぁ。あはは。あの魔女にもきついの一発よろしく頼むよ。君は強い。きっと勝てるよ」


「――うん」


「あきらめちゃだめだ。クレア――」


 そして、スピカナが炎の強い光で包まれる。「きゃっ」と声をあげ衝撃でクレアは後ろに下がり、地面に腰をついた。すぐに膝と手を地面につけ立ち上がろうとしたがクレアだったが、炎の中のスピカナを見つめ動きを止めていた。


「スピカナァ!!!」


 それに気づいたエレノアが叫ぶ。エレノアを魔法で強化しようとしているエーダの横でシンザが「まだか!」と急かしている。


 魔女の視界にはスピカナを燃やしていた炎が崩れ落ち、その背後で膝をついてボーっとしているクレアが現れた。その様子に半ば白目をむくように恍惚とした表情を浮かべ、新たに次の火球を作り出していく。


 そして、クレアへと投げ込む。


「くそ!!」


 剣と槍を持ち魔女の方へと走っていたヘンザ。槍を火球へと投げ込む。クレアの近くまで飛んできた火球とぶつかると爆発した勢いで槍は上空へと、くるくる回転しながら飛んでいった。エーダの魔法を待てずに、飛び込んできた彼はまるで放心状態に見えるクレアを尻目に、


「しっかりしろ、小娘! 昨日のお前の動きはまぐれだったのか?」


 そう声を張りながら、ヘンザは魔女の元へと突っ込んでいった。クレアは膝立ちした状態で、スピカナのいた場所を見つめてボーっとしていた。彼女の頭の中で、父との思い出が蘇る。



 ――クレア。どんなに泣きたい時でも決して目を逸らさず、前を向いているんだよ――



 お父さん……。私、泣きたい。こんなに泣きたくなったのはいつ以来だろう。でも、まだ泣けない。しっかりと前を見てるよ。スピカナが、小さな金色のキラキラした綺麗な光になってるの。それが何なのかはわからない。ねぇ? お父さん……?


 そんなクレアをエレノアたちも岩の隙間から見ていた。シンザも横で「期待外れだな。俺たちでどうにかするしかない」と怒っている。


 魔女へと単身立ち向かったヘンザ。エーダに治療してもらったとはいえ、短時間の攻防ですぐにまた折れてしまった。そんな状態では魔女とまともにやりあうことも出来ず、剣を手放し膝をついていた。上空へと舞い上がったヘンザの剣。


 両膝を地面について体を支えているのがやっとのヘンザ。正面で彼を見下ろしながら魔女は笑い、左手を上空へと掲げている。落ちてくる剣を受け止めるためだ。


 クレアはスピカナをかたどった光の粒を見つめていた。風で揺られているかのようにゆらゆらとしているそれは、同時に霧散するのを耐えているようにも見えた。小さく細かい輝きは、夜空に浮かぶ星の川に似た美しさがあるが、それよりもはるかに密度が濃く透き通っている。


 スピカナの光の粒が上から割れていくのに気が付いたクレアは、まるで何かにひっぱられるかのように立ち上がる。光の隙間の先にはシンザの槍がくるくると回転しながら落ちてくるのが見えた。とてもゆっくり回転してるように見えたその槍を掴むために手を伸ばす。更にその先には、膝をつくヘンザと、左手を掲げ落ちてくる剣を待つ魔女の姿が見えた。


―― あきらめちゃだめだ。クレア――


 スピカナが最後に言った言葉が思い出と重なっていた。

 落ちてきた槍を掴んだ時にはすでにその瞳には力強さが戻っていた。


 岩陰ではクレアが立ち上がるのと同じように、エレノアも立ち上がり力強く魔女の方へと走り出した。


 バシ


 落ちてきたヘンザの剣を左手で掴んだ魔女。離れたところにいるクレアと遠い場所に居るエレノアをちらりと見る。


 黒髪の少女は立ち上がりこちらへ向かおうとしている。岩陰から出てきたアニムも同じようにこちらへと駆けだしている。魔女は、口元を歪めながら、目の前でひざまずき動けないヘンザの首へと一筋、その剣を走らせる。


 ザッ!


 確かに、さっきまで少し離れたところにいた少女。恐怖を与えるはずの魔女が、また恐怖する。放心状態から立て直したばかりの少女が槍を両手に持ち、いつの間にか自分の剣を受け止めている。


「ゆるさない!」


 クレアは、空中を落ちてきた槍を掴むと魔女のところまで走りヘンザの首を斬り落とすための剣を阻止した。ギリギリと抑えるクレア。そして、


「グゥア!?」


 一瞬だった。クレアが現れたと思ったらまた、一緒にいるアニムが現れた。その一撃は今までの誰よりも強く、誰よりも早く、魔女を吹き飛ばしすぐ近くの壁へと吹き飛ばした。魔女の脳裏に黒髪の人間の少女と、アニムの少女の顔が焼き付く。


 あっという間の出来事だった。エーダとシンザはエレノアに驚いていた。怯え、怒り、急いでいた彼女はクレアが立ち上がるのと同じくして走り出した。そして、追いつくように距離を詰めると魔女に一撃をくらわした。


「おいおい。エレノアの魂と結びつけるのに時間かかってた甲斐があったな。すごいじゃないか。これなら勝てるぞ」


 ウッドエルフは、エルフ程じゃなくともアニムを強化することが出来る。シンザはエーダの魔法の出来栄えに感嘆した様子で言葉をこぼす。それを聞いたエーダは少女二人を驚いた表情で見つめながら、


「違う。あの子の魂と私の魔法をつ曲げることは出来なかった。だから私、途中であきらめたのよ。ただ風の防護魔法をかけただけよ。強化魔法なんてかけてない」


「え?」


 怖れ怒った魔女の小さく連射する火球を、視線を逸らさず避けるクレア。槍を突き、回転させ、時に手放し掴みなおすと反撃する彼女の攻撃を、今までになく痛がる魔女の様子に場の空気が一変する。


 エレノアも、魔女の攻撃を素早く避け、殴ったり、蹴り飛ばしたりしている。魔女が痛がる様子はないものの、態勢を大きく崩されイライラし、魔法の精度が下がっていた。


 ナンダ!? ナンダ! オマエハ!!


 魔女は追い詰められていく。クレアから受けた傷は治らずその真っ黒な瞳が離れない。併せてエレノアの体技は強く速い。離れたい。今は、この恐怖から逃れたい。その思いで風の魔法を繰り出す。


「うわ」

「う」


 クレアとエレノアは吹き飛ばされたが、空中で体を捻ると着地してそのまま再度魔女へと立ち向かう。吹き飛ばされた時に槍を落としたクレアは、地面に落ちていたヘンザの剣を拾い魔女の火球を避けながら突っ走る。


 「いけ」


 思わずそう口にしたのはシンザ。口走っていることも気づいていない様子だったが、ジュピとエーダも声に出さずとも、同じように口を動かし二人の戦いを見守っていた。


 たじろぐ魔女をエレノアが攻める。バランスを崩し、そこへクレアの一閃。


「ガアアアア」


 空中へと舞う、魔女の左腕。 


「イイ、イア、イアハハハ」


 不気味に笑いながら、両手を失った魔女が口を動かした。クレアは風の魔法が来るのが分かった。


「エレノア!」


 クレアがそう叫び手に持っていた剣を地面に突き刺した。エレノアも魔女の風に耐えるために防御姿勢を取る。


「キィアアアアア!」


「あぐぐぐぐ!」

「うわあああ」


 クレアは地面に突き刺した剣を握りしめたまま、歯を食いしばり魔女から離れまいと踏ん張っていた。エレノアは壁を転がるように吹き飛んでいった。


 今までで一番強い衝撃。クレアはどうにか離れまいと踏ん張る中、前を向いていた。そして、細長い葉っぱがくるくる回っていることに気づいた。彼女は刺さっていた剣が地面から抜け吹き飛ばされる瞬間、体を捻り風の力を受けながら物凄い速さで回転すると、そのままほとんど飛ばされずに地面へと降り立つ。


 顔を睨んできたクレアと目が合うと、魔女は呆れたように笑いながら後ずさりする。


「ヒィア、ハァ、ハァ、ァア、ァハハハ」


 クレアが魔女に飛び掛かると、二人ともバランスを崩して倒れてしまった。馬乗りになる形で魔女を上から睨みつけるクレア。剣先を魔女の胸元へ向けたヘンザの剣を両手で握っている。両手を失った魔女は成すすべなく上に乗るクレアの黒い瞳を見つめた。そして、


「……!?」


 クレアが少しだけ黙り、何もしないその間に地面や壁から枝を伸ばしその両手を抑えた。剣を動かせないのと同時に、身動きできなくなったクレア。あっという間に、二人ごと魔女の枝で包まれてしまった。


「クレア!!」


 岩の方まで吹き飛ばされていたエレノアが、叫びながら魔女の繭へと走った。

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