50 山賊⑥ 赤い鼻のジウ
クレアが山賊のボスの部屋での会話が終わり食事をしている時。
近くの森ではエレノアがクレア奪還の為、森の中で一晩過ごしていた。
同じころ――
レッド・ローズ盗賊団が根城にしている山小屋。聞こえるのは焚き火の音と、夜になく鳥の声。小屋の前でローズとジェームズが座って話をしている。
「なぁ、ローズ姉さん? お願いだからクレアを助けに行こうぜ」
焚き火を見つめていたローズは顔を上げずに視線だけをジェームズに向ける。
「私達はね、盗賊だよ。人助けなんかしない。クレアなら大丈夫だからほっときな」
昨日、クレアの状況をエレノアに話した後にも説得をしようと試みたが失敗したジェームズ。さっき、アボットが帰ってきた時の報告では確かにクレアは安全そうに思える……
「だけど、山賊だよ? いつどんな理由で自分たちに都合のいいこと言い出すかわかったもんじゃない。あんな……まだ少女じゃないか!? 姉さんだってクレアのことを気に入ってたじゃないか?」
ジェームズは両手やその表情を大きく使ってローズを一生懸命に説得しようとしていた。
「とにかく、レッドローズ盗賊団はクレアを助けに行ったりはしないよ。あとは自分で考えな」
ジェームズは歯が見えるほど食いしばり悔しがる。
「ぎぬぬぬぬ……」
ジェームズは元々、女性好きだ。それは大人だけではなく少女に対しても同じで、優しい一面を持っている。何かにつけては口説くようなセリフを吐くが、意外と紳士なのだ。街では小さい少女に「遊んで」と囲まれていることが多かった。
「ローズ姉さんのわからずやっ!!」
ジェームズが立ち上がり、持っていた薪枝を叩きつけると焚き火から火の粉が飛び散った。
ため息をつくローズが目も合わせずに「やれやれ」と行った感じで頭を振る。ジェームズは更に頭に血が昇り、
「ぐぬぬぬぬ――。だったらこんな盗賊団やめてやる!」
大きな声を聞いた弟のアボットが小屋のドアをそぉっと開けると覗くように出てきた。ローズはその様子を確認しながらジェームズに、
「じゃぁ、あんたどうするんだい? あんたいっつもドジばっかじゃない。弟がいないと絶対に失敗するよ。一人で抜けてどうするんだい? 弟を置いていくのかい?」
ジェームズは小屋の方へ振り返る。ドアに手をかけたままのアボットを確認するとローズにまた顔を向け、拳を掲げ強く言う。
「ああ! 俺たちは新しい盗賊団を立ち上げるんだ! 絶対にクレアを助けてやるんだからな!」
言い終わると肩で息を整えるジェームズ。ローズがその様子を見守ってから、
「あんた、盗賊って意味わかってるのかい? 何かを盗まなかったら盗賊にならないんだよ? 一体何を盗むっていうんだ?」
ポーズを決めて言い切ったジェームズが動かずにその意味を噛み締めると、さらに見えを切りローズに言う。
「お、おれは! この世の美しい花を盗むんだ!」
それを聞いたローズが大笑いをする。
「あはははは……。あんたはほんとに馬鹿だねぇ」
鼻の穴を大きくして、顎を突き出し、拳を握りしめ覚悟を曲げない姿勢のジェームズ。アボットはそのやり取りをずっと心配そうに見つめていた。
「女、子供がいるとはいえ相手は大勢だよ。そうだ、あんたの新しくてしょぼい盗賊団に入りたいってやつ知ってるんだけどいいかな?」
「しょ、しょぼいっていうな!!」
ローズが手に持っていた枝を折りながら焚き火に放り込み、真っ直ぐな視線をジェームズに向ける。彼女の揺るがない、突き抜けるような視線に負けないようににらみ返すジェームズ。
「ジェームズ、あんた……その盗賊団の名前はなんていうんだ?」
そう言われて、またジェームズは固まる。しばらく視線をあちこちに動かしたあと、
「親父の名前を引き継いで『マクニール盗賊団』だ!」
「あははは。安直な名前だねぇ」
「自分だってそうじゃないか!? ヴィクトリアっていう立派な名前があるのに、ちょ、ちょっとひねっただけの名前じゃないか!」
「たしかにそうだね」
「それで、その入りたいやつってのは――」
※
少しだけ時間が戻り、ボスの部屋から出て食事を始めるクレアと山賊達。配膳はクレアの鍋、モラの鍋、ベドとボクスの鍋の合計三つ。シチューを自分の皿に盛ってもらうために三組の鍋に並ぶ。
男達はクレアのところへ行った。忙しい中、クレアは全員に一声かけては持ってきたお皿にシチューを盛る。
そんな様子を楽しそうに隣で眺めるモラもすぐにサラやミラー、キボー、ドーア達が来ると同じように声をかけながらシチューを盛る。
モラを挟んでクレアの反対側にいるベドとボクスのところには誰も来なかった。二人はそんなことよりもシチューを盛るクレアに見惚れている。ふと、二人に大きな影が落ちると「ん?」と前を見る。
「うわ」
「うわ」
二人とも驚いた。獣人のベドは足が長いだけでなく、身長も高い方だ。ボスは大きく、トールは細く洗練された体で背が高い、次いでベドが長い毛をなびかせスラっとした高さを誇っていた。しかし、この男はそんな三人を一回りも二回りも貧弱に見せる。
「ブ、ブラウン」
新人のブラウンだ。二メートルは超えるであろう身長と、見るだけで敵わないと思わせる筋肉。無骨なヒゲにワイルドな髪型。喋らないが、視線を合わせるだけで自分が小物だと思わせられる。クレアとは真逆の男。
「……」
何もしゃべらないが、差し出した皿には「肉を盛れ」と書いてあるのが分かった。ベドは恐る恐るシチューを盛ると、ボクスが「肉! ここに肉!」と言った感じで追加する。そしてブラウンは小さく頷き、一番遠い席へと歩いて行く。
「ふぅ……」
二人とも溜息をついた。二人の様子を見ていたボス。まだシチューの列に並んでいなかったボスは離れたところから不人気な二人を見ると、向こうも輝いた目で見つめてきた。
ボスはしばらく目を泳がせていたが、結局クレアのところに並んだ。ベドとボクスの「裏切り者!」という聞こえない声を感じながら、頭に巻いている布で耳を隠した。
クレアは列に並んだ全員にシチューを盛り終わると、自分の皿を持ってそんなベドとボクスのところへ行く。
「はい! シチュー。ください!!」
両手で持った皿を二人に差し出すクレアの笑顔。二人にとって、たくさんの男に盛るよりも嬉しかった。それを見た隣のモラも自分の分を貰いに二人のところへいく。
そんな中、ジウだけはシチューをもらいに来なかった。みんながクレアの作った料理を美味しそうに食べる中、ジウだけがそれを食べなかった。
周りのみんなが「食べなよ」とすすめても「今日はお腹が痛いから」と言っている。その瞳は目の前のごちそうを食べたそうなのに。。。
トールがクレアに小さな声で「そろそろ」と合図をする。クレアが立ち上がる。すると、急いで食事を済ませた男たちが我先にと「おかわり!!」と言い、皿をクレアに差し出した。
「ちょっと、あんたたち。それくらい自分でやりなよ」
モラが喝を入れると、ドーアがその皿を奪いシチューを盛る。クレアは「ありがとう」と二人に口を動かして伝えると、モラがウィンクで応えてきた。
クレアには準備していたことがあった。ボスとトールにジウの話を聞いて、何かできないかと考えた。そして、食事が始まる少し前に準備をしていたのだ。それが今、トールの合図で終わったところ。
クレアは地下調理場に降りると、ジウのための食事を特別に用意した。少し焦がしたご飯にトマトソースを絡め、卵を使いオムライスを作った。そしてそれを急いで運んだ。
ジウの周りでは皆が美味しそうにクレアの料理を食べている。匂いも、見た目も、音も、みんなの食べ方も……全てがジウの空腹を刺激した。
ジウは自分のことを、はっきり言って頑固なだけだとわかっている。クレアをさらったのも自分のわがままだし、悪いと思っている。自分に腹が立ち、やるせない気持ちでクレアに八つ当たりしてしまう。そしてまた自分に怒る。
そんなどうしようのないモヤモヤと空腹感で、ただただ周りから聞こえてくる嬉しそうな声の中、何もない自分のテーブルを見つめている。
ふと目の前に誰かが立っていた。
顔を上げるとクレアがお皿を持っている。
そして、笑顔で、
「はい。これ、ジウのために作ったオムライス。食べてほしいの」
目の前に置かれたのは白い皿にのったオムライス。出来立てで、黄色い卵と赤いソースがジウの舌の記憶を呼び起こす。
「それと……はい、これ」
クレアがオムライスの真ん中に小さな旗を差す。ジウが思わずクレアの顔を見つめると、
「卵にはちゃんと火を通しといたからね。ちょっと失敗しちゃって、穴が開いちゃった。これが好きって言ってたから。ゆっくり食べてね。調子が悪いなら、無理しなくていいから」
ジウはそんなクレアの言葉を聞いて目の奥が熱くなった。それは嬉しいの一言だけでは言い表せないジウの記憶。
昔のこと。もう死んでしまった妹が作ってくれたのがこのオムライス。お兄ちゃんのために火を通し、ずっと旗を立ててくれてた。失敗しては卵に穴を空け笑っていた。いくら頼んでもトールは一度も作ってくれなかった。
ジウはこれがボスとトールの仕業だとはなんとなく気づいていた。それと……
「お? なんだなんだ?」
「オムライスだー」
「くそう! ジウだけ特別だなんてずるいぞ! クレア、俺にも」
子供も含めみんながジウを囲んでいた。そのオムライスを見に集まっていた。なんの変哲もないオムライス。
ジウにとっては匂いと味の記憶だけではない。添えられたのは自分の中にある大切な思い出。頭の中で思い出し、聞こえる声。思わず必死に、
「お前ら、これは俺のだ! ち、近寄るな!!」
皆が目を丸くして止まった。そして、
「あははははは」
大笑いする全員。顔を赤くしたジウにクレアがスプーンを差し出して、
「良かった。はい、どうぞ召し上がれ」
「い、いただきます」
ジウはゆっくりとスプーンを動かし、一口。また一口と食べていく。少しずつそのペースが速くなると、今度はスプーンが止まり出す。
一口ごとに涙をこぼし始めたジウ。嬉しい涙と、恥ずかしい自分。隠そうと思って食べてごまかそうとするとさらに辛くなるのに、その味を忘れたくないからスプーンを止めたくない。そんなジウの様子を見たみんなはまた自分の食事へと戻る。クレアは嬉しそうにその場を離れようとした。ジウがそんなクレアを呼び止める。
「ありがとう」
口をトマトソースで真っ赤にしたジウ。元々赤い鼻と、染まった頬がクレアに言葉以上のものを伝えた。
「うん。みんなのおかげだよ」
ボスもトールもその様子を嬉しそうに見守っていた。ボスに至っては、頭に巻いたタオルを鼻の近くまで下げていた。卵に穴が開いたのは偶然だったが、ジウには久しぶりに食べたオムライスが、胸に詰まった色々なものを消化してくれるように思えた。
サラとキボーが「私もオムライス食べたい!」と言い出すと、他のみんなもクレアにお願いを始めた。トールがそんな皆に、
「明日また作ってやるから」
トールはみんなが喜ぶと思っていたが反応は違っていた……。
「えー! 私はクレアのがいい」
「俺も、クレアのが食べたいな」
「トールとクレア、どっちのオムライスが美味しいかな」
「お前ら……」
突然、ボスが立ち上がる。
「おお! それはいいな! 明日は二種類のオムライスで味比べをしよう! 楽しめそうじゃないか!」
「あ? ボスまで何を言ってやがる」
誰かがテーブルを拳でドンドンドン!と叩き始める。すると、他の男も子供も真似をしてドンドンドン!とリズムを合わせて叩く。そしてトールが立ち上がると音が止む。
「わかったよ。明日、クレアとオムライス対決だ」
「「「やったぁ!」」」
ボスが嬉しそうにズカズカと歩き始める。テーブルに座るクレアの横まで行くと、隣の椅子をひきドカッと座り腕組をして自信満々に言う。
「俺はクレアが勝つ方に賭ける!」
「はぁ!?」
トールが眉毛を寄せ、への字にして言う。一人、また一人と他のみんなも移動を始めた。そしてボー以外の全員がクレアのいる方のテーブルに着いた。それを見たトールが悔しそうに、
「お・ま・え・らぁ」
ふと、一人残ったボー。いつもボーっとしているボー。え? 何? 何が起こったの? という感じで左右を見回し、トールを見つめるとゆっくり近づく。
「ボー。お前……。いつもボーっとしてるのに――」
ボーは、トールの肩に手を置いた。そして、
「がんばれ」
そう言うと、クレアのテーブルに歩いていき端っこの席に着席する。皆が驚いた。
ボーがしゃべった!!!
それにはトールも怒りを通り越して笑ってしまった。そのまま、
「あっはっは。覚えてろよ。明日、最高のオムライスを作ってやるからな。覚えてろよ。マジで。あっはっはっは――」
トールはそのまま調理場へと戻っていった。すぐに食事が終わり、皆が片付けに入り夜も更けそれぞれの寝床へと戻る。調理場で明日の準備をしていたトールにクレアが聞いた。
「トールさん?」
「ん? どうしたクレア?」
「あのね、トールさんの料理って誰に教わったの?」
手を顎にあて、考えるトール。一冊の本を持ってきてクレアに見せた。
「これは?」
「これは、レシピ本でね。昔、一回だけこの人の料理を食べたことがあるんだ。それが美味しいのなんの。それで、料理の道へ入ったんだが、どうにもあの味だけは再現出来なかった。それである日見つけたんだ」
「これを?」
「そう。その人がこの本を書いて出してたみたいでね。料理人の間じゃ有名なレシピ本だよ。まぁ、教わったのが誰か?っていうのなら、この本だと言えるかな……」
「そうなんだ」
本を受け取り、パラパラとめくるクレア。あることに気づいたクレアはトールに提案をする。
「あのね、明日って夕飯に二人で作るのよね?」
「そうだね。全員分はきついから、半分ずつってとこかな」
「そっか。じゃぁ、昼間はちょっと抜け出してもいい?」
「ああ。もちろん構わないよクレア」
「ありがとう」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい。トールさん」




