48 山賊④ 作業分担
トントントントン――
懐かしい音
心地よいリズム
いい匂い
クレアは、そんな音と匂いで目が覚めた。
トールが寝ているクレアに気を利かせて、静かに料理をしていた。
「トールさん? おはよう」
「おう。おはよう、クレア。外に出てすぐ右に顔を洗えるところがあるぞ」
「わかった……」
クレアは起き上がり、階段をゆっくりと上がり外へ出ると大きく背伸びをした。太陽を目一杯に体で浴びると、顔を洗って地下調理場へ戻る。朝ごはんを作っているトールに、
「私も手伝う?」
「いや、いいよ。昨日は疲れただろ? ありがとうな。クレアは客人だしな。朝は簡単な料理だけだし、ゆっくりしててくれ。あ、それとモラがそろそろ頼まれてたものを持ってくる頃だぞ」
クレアは檻に戻った。トールが言ってたようにすぐにモラが紙とペンを持ってやって来た。
「クレア、おはよう! はい、これ。頼まれてたもの」
「おはよう、モラ。ありがとう」
クレアはモラから紙とペンを受け取ると早速、エレノアに宛てた手紙を書き始める。トールを手伝っていたモラが立ち止まるとクレアに言った。
「クレア。聞いてて――」
「?」
ゴォーン! ゴォーン!
大きな鐘のような、何かを叩く音が響いた。クレアが不思議そうな顔をしていると、モラが説明する。
「これさ、ボスが朝と夕方にいつも鳴らすんだ。起きる時間と夕ご飯の時間。すごく便利で助かってるよ」
モラはそう言い、手を止めていたトールの手伝いを再開する。外では起きてきた人たちの声が聞こえ始めた。昨夜、食事や話を一緒にした人たちだ。
トールがクレアに朝ごはんを渡す。パンとスープの簡単な食事だ。クレアがそれを食べていると、早めにご飯を食べ終わったベドとボクス、それに少女が一人ついて階段を降りてきた。
「おはよう、クレア」
「おはよう、クレア」
「おはよう。ベド、ボクス」
同時に挨拶をしたことで張り合う二人。先に名前をいって貰えたベドが勝ったようで、ボクスは肩を落としていた。
「二人とも、昨日はありがとう。おかげですごくよく眠れたわ」
「俺のマットレスのおかげだな」
「俺の枕のおかげだな」
言い終わると二人とも睨みあう。息の合った二人をみて笑うクレア。一緒についてきた少女がクレアのいる檻へと入ってきた。彼女はミラーという名の灰色猫の獣人。昨日もクレアに撫でられてすごく嬉しそうにしていた子だ。
「おねーちゃん。おはよう」
「おはよう。ミラー。あら? リボンを付けたの? すごく似合ってる。自分で結んだの? すごく上手ね」
嬉しそうなミラーが、満面の笑みでクレアに抱き着く。ベドとボクスが羨ましそうにそれを眺めていた。べどがクレアの書いている手紙に気づく。
「手紙かい、クレア?」
「そうなの。これを心配してるエレノアに届けたいんだけど……」
ベドはボクスを見下ろすと、胸を張りニヤッとしてクレアに言う。
「それならこの俺が届けるよ! 足の長い。ボクスより足が長くて、走るのが一番早いこの俺、ベドがっ! クレアの大事な手紙を届けるよ!」
言い終わると、胸と顔はクレアに向けたまま視線だけを動かしボクスをちらりと見下ろす。見えていなくともボクスはその視線に気づき、しかもベドに反論できないので悔しがっていた。
「それなら、ベド。お願いね。これを近くの村の宿に泊まってる私の親友のエレノアに渡して。獣人で、ミラーと同じ猫よ。宿なら私をここに連れてきた……」
「ジウだよ!」
「教えてくれてありがとう、ボクス。そのジウに聞けばわかると思う」
ミラーはクレアに抱き着いたまま尻尾をうねうねと動かしている。ベドはクレアに近づき円を描くような流れる手つきで手紙を受け取ると、回れ右して「それでは!」と言いながらボクスを横目に階段を上がっていった。
ボクスは一度だけ「フン!」と鼻息を出すと、その後ろを追いかけるように出て行った。そのあとすぐに皆が片付けで皿を運んで戻ってきた。最初に戻ってきたモラが階段を上がろうとしたら、続々と人が降りてきた。その様子を見ながら、
「あら。みんな、めずらしいね。今日はちゃんと自分でお片付けかい? クレアを見てないでちゃんと前向いて歩かないと、ぶつかって皿を落とすよ」
檻にいるクレアを見ながら皿を置いては「おはよう」と言い、帰っていく。モラは呆れた様子でそれを見届けていた。最後に来たすごく大きいがっちりした男だけは違っていた。
昨日、入った新人のブラウンという男だ。茶色い長い髪、猫の様に鋭い目、髭が顎を囲っている。獣人の様に見えるが、そういう特徴は一切出ていなかった。クレアを見つめていたが、無言のまま帰っていった。モラがそんな彼の背中をみながら、
「ひゅー。ったく。すごいねあいつ。二メートルはあるんじゃないのかい? それにすごい筋肉。ほれぼれしちゃうよ」
トールも地下調理場へと戻ってきた。そしてクレアにお願いをする。
「クレア。悪いんだが、ここの掃除と夕ご飯の担当をお願いできるかな? 今日はちょっと用事があってね」
「ええ。わかったわ、トールさん。まかせて」
「助かるよ。じゃぁ、モラもよろしくな」
トールがその場を後にすると、クレアは調理場の掃除と片づけを始めた。
「ねぇ、モラ? お昼は作らなくていいの?」
「ん? あぁ。いいよ。森で適当に食べるし、うちらは食べれないときの方が多いんだ。気にしないでいいよ。それに狩りに出かけた男どもが何か持って帰ってくるはずだから。特に……今日は張り切ってたしね」
モラはウィンクしながらクレアに言った。そして、子供たちの世話をするために地上へと戻っていった。
「さぁ、綺麗にするわよ!」
クレアは年季が入って汚れた地下調理場を掃除するために、袖と裾をまくって外へ出る。バケツに水を汲み地下へと戻る。
床や壁、年季の入った鍋などの調理器具を綺麗にするために頑張るクレア。水が汚れては両手で持って階段を上り、汲替えて戻る。それを何回か繰り返していると、ボーという人間のおじさんがこちらを見ていることに気が付いた。
いつもボーっとしているからそう名付けられたらしい。髪はボサボサ、髭もまばら。そんな彼が何もせずクレアのことを見つめていた。そして近づいてくると、
「それ」
一言だけそう言うと、バケツを持ってくれた。ボーはクレアと一緒に地下へと降りる。彼は無口だが終わった調理器具を拭いてくれたりした。しばらくすると今度はティスという赤い鼻の男がやって来た。ジウと一緒にクレアを見張っていた男だ。
「あの、暇なんだけど何か手伝おうか?」
もじもじしながらいうティス。すでに鼻が赤いせいで頬が紅く染まってもあまり違和感がない。クレアはティスにジャガイモの皮をむくようにお願いする。「わかった」と言い、ティスは奥の椅子に座ると棚に隠れて食器を拭いていたボーに気づいた。
ティスは「げっ」という顔をしてボーを見るが、彼は少しだけ恥ずかしそうにしながら視線を合わせずに黙々と作業を続ける。ティスも黙って大量のジャガイモの皮を不器用に剥き始めた。何度か失敗を重ねるとクレアが助言を丁寧にしてくれた。ティスは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに皮剥きを続けた。
昼もだいぶ回ったころ、弓が得意だと言っていたポールという男が狩りで捕まえた鳥や鹿を、ボクスと一緒に階段を降りて持って帰ってきた。自慢そうに声を高らかと、
「どうだい、クレア? 今日は上出来だ」
「すごい。ポール。今日のシチューに丁度いいわ」
誇らしげにポールとボクスは台の上に獲物をのせると、影で手伝っていたボーとティスに気づき「げっ」っとだけ言った。
階段を上り戻ろうとした時にボクスが、
「クレア? 俺達も何か手伝うけど?」
「じゃぁ……私、その鹿とウサギを捌くから二人で焦げないようにこのお鍋を見ててちょうだい」
そしてボクスとポールも調理に加わった。クレアが外の水場へ行くと丁度ベドが帰ってきたところだった。ベドは一生懸命走って村のエレノアに手紙を届け、砦に戻ってきたところだった。帰ってきた最初に会ったのがクレアでほっとしたベド。体に葉っぱや泥を付け安堵した表情を浮かべるベドに気づいたクレア。
「おかえりなさい! ベド。大丈夫? なんか――」
「だ、だいじょうぶ! それに全然、疲れていないし」
「無理しないでね。今、皆の夕ご飯を作ってるの。今日はシチューよ」
「シチューか。クレアの作るシチューはどんな味だろう。そうだ。今日はまだまだ元気だから、手伝うよ」
「ほんと!? じゃぁ、ベドは食卓の準備をお願いしようかな? 運ぶの上手だったもの」
「ああ。任せておくれ」
クレアが階段を降りると、後ろからついていくベド。嬉しそうに道中の景色や天気の話をしていたが、地下に降りると一言。
「げっ。お前ら」
すでにクレアの手伝いに参加していた男たちがそれぞれのポジションで働いている。皆が恥ずかしそうにしながらも、お前よりは先に来てるんだという目配せをしつつ黙って作業をしていた。
「じゃぁ、ベドはこれ。食卓を綺麗にしてから、このクロスを敷いて、食器を運んでちょうだい」
しばらくすると夕方前に料理人のトールが帰ってきた。いつもなら男どもが外でくだらない遊びをしていたり、口喧嘩をしていたり、子供と遊んでいるはずなのに……。そう思いながら自分の調理場へと階段を降りていくと、
「あ? お前ら……。俺の時は何にもしねぇくせに」
「おかえりなさい。トールさん! みんなよくやってくれてるのよ! おかげでここもこんなに綺麗になったの」
「……」
見違えるように綺麗になった調理場と調理器具。トールは目を合わせない男たちを見ながら、何があったのか察して思わず笑ってしまった。すでに大半の準備が終わっていた調理場ではすることのない男は何度も同じところを掃除してはそこに留まろうとしていた。
「ちょっと、ボスのところにいってくるから。おお、うまいシチューだな。そうだ、クレアも一緒にどうだ」
「そうね。昨日ちょっと話しただけだし、いいわ。誰か……」
「いいよ。アタシが残りは見とくから。ボクスとベドもお願いね」
少女二人を連れて階段を降りてきたモラがクレアに言った。それを聞いたクレアもベドとボクス、三人で鍋を見るようにお願いするとトールと一緒にボスのところへと向かった。
ティスがそんなクレアの背中を見つめながら手に持った布を落とすと、
「子供を作りに行ったんだ」
モラとサラ、ミラー以外の皆が「え!?」という顔でティスを見つめた。そして意味の分かっていないティスが続ける。
「俺聞いたんだ。ボスとドーアが会話してたの。『女の子でも食べたらどうだい』ってドーアが言ったらボスが『こどもがほしくなったらな』って言ってたんだ。だから俺たち、クレアをここに連れてきたんだ。弟か妹が欲しくて。クレアが食べられちまう」
それを聞いた男たちはこっそりとボスの部屋に向かった。ティス以外は意味を分かっていたが……。
クレアにお願いされたボクスとベドは葛藤しながらも鍋を守った。ボスの部屋、ドアの前に沢山の男が張り付いてる中で、クレアは頭を床につけ謝るボスを見下ろしていた。
「ほんっとにすまねぇ!! クレア、許してくれ! うちの子分のジウが馬鹿だから。許してやってくれ。まさか女の子をさらってくるなんて思わなかった」
大きい体、鼻の下の立派なヒゲ、頭に布を巻き、いかにも山賊って感じの大男。そんな彼が必死にクレアに頭を下げていた。クレアも突然のことに驚いたがすぐに彼の肩に手を当て、
「だいじょうぶよ。親友のエレノアには手紙を出せたし、みんないい人だもの。ありがとう、えっと――」
頭を挙げたボスがクレアの手を取り、
「カトスキーだ。俺はカトスキー。あいつらはここに戻ってくる途中で色々あって拾ったんだが、どうにも馬鹿なやつばっかりでな。ほんとにすまねぇ」
「んーん。私、みんなに会えて嬉しいのよ。今までずっと森に住んでたから。一生懸命なティス、年の近いモラでしょ、妹みたいなサラとミラー、弟みたいなキボーにラ、無口だけど優しいボー、気を使ってくれるボクスにベド、お母さんみたいなドーアに、さわやかなポールと恥ずかしがり屋のスピカナ、まだあまり話したことないけどシューにブラウンにジウ。それに料理の上手なトール。大きな家族に入ったみたいで楽しいもの」
カトスキーは全員の名前を憶えてくれていた上に、家族みたいだと言ってくれたクレアに涙浮かべながらお礼を言った。トールは横で恥ずかしそうに聞いていたが、ふとドアの下で動く影に気づくと、そこまで歩きいきなりドアを開ける。
「「「「うわああああ」」」」
どうにか話を聞こうとしていた男どもがバランスを崩し流れ込んできた。ちょうどボスがクレアの両手を握り跪いていた為、何人かは勘違いした。
「お前ら! どいつが今日の皿の上に載りたい!? こら、まて!」
一目散に逃げ出す彼らを追い回した後、部屋へと戻ってきたトール。「ったく。あいつら」と言いながら、ドアを閉め、話を続ける。クレアがその様子を見ながら、
「あははは」
と、笑うとボスもそれに合わせて笑った。
「まぁ、ああいうやつらなんだ。それで、クレア。ジウなんだが、あいつだけはどうにも融通が利かなくてな」
「うん」
「それで――」
三人はしばらく話をした。ボスは夕方になり、テラスにある大きな丸い鉄の塊の前に立った。左手は胸にぶら下げている物を服の上から掴み、右手に大きな棒を握りしめている。しばらく黙っていたかと思うと、大きく息を吸い右手を振りかざし数回その丸い鉄の塊を叩いた。これが朝と夕方になる音だった。
部屋の中から見える夕日の景色とボスのシルエットがとても綺麗だった。そして振りかえったボスの目にはなぜか涙がこもっていた。
「それじゃぁ、行くか。恥ずかしいとこ見せちまったなクレア。晩飯の時間だ」
「はい。カトスキーさん」
三章:山賊パートも終盤に入りましたので山賊メンバーを載せてみました。
■ カトスキー :ボス 鼻の下にヒゲ 頭に布 ザ・山賊 涙もろい
■ ジウ :ギョロ目 赤い鼻 小さい 頑固
■ ティス :ほとんど出てこないけど、クレアさらったもう一人
■ モラ :赤毛チリボサ そばかす 17歳くらい
■ トール :料理人 短髪 骨筋肉 板前っぽい感じ 40歳くらい
■ キボー :アニム犬 6歳 鼻筋と尻尾と耳
■ サラ :5歳少女。髪ぼさ
■ ミラー :アニム猫 少女 5歳くらい 鏡を見るのが好き
■ ラ :少年8歳ー10歳 いつもラララと歌う
■ ボー :おじさん。ボサボサ。ボーっとしてる
■ ベド :アニム犬。灰色サラサラロン毛に長い脚 ほぼ獣化
■ ボクス :アニム犬。ベージュ短髪ブル系
■ ドーア :おばさん。サラの母親代わり
■ シュー :20代。体術得意な唯一の武闘派。縛った髪以外は剃っている
■ スピカナ :シティエルフ男。狩人。静かだけどいいやつ。
■ ポール :30代男狩人。スピカナの相棒。弓得意
※ボスがつける名前ワースト3
「スピースピーうるさく眠って敵わねぇ」→スピカナ
「ドアみてぇなおばさんだな」→ドーア
「シュッシュうるせぇ」→シュー




