40 高原① 白い家、赤い屋根
■クレア(13歳)人間 女性 黒髪長髪 黒い瞳
■エレノア(13歳)アニム 女性 猫 短め茶黒 目鼻尻尾
13歳になった人間の少女クレア。
同い年で猫の獣人のエレノア。
二人が森を出てから数週間が過ぎていた。
村から村へ、馬車から馬車へ、少女二人は平穏な旅路で目的地である『湖の街ミシエール』へと順調に向かっていた。とはいえ、その場所はまだはるか先にある。
「なぁ、クレア? なんかさー、思ってたのと違うよね?」
森と違って今は高原地帯。見渡す限りの草原と低く大きな木がまばらに生えているだけの景色がしばらく続いていた。エレノアにはきっと退屈なのだろう。手に持ったフライパンを振り回している。
「エレノアはどういうのがよかったの?」
「いや、こう! もっと、こう! なんか、襲い来る敵を倒していく……みたいな?」
「あはは。それは大変よね? でも、まぁ確かに本で読んだり、お父さんやダンおじさんから聞いた話みたいなことって滅多にないのかもね?」
口をとがらせるエレノアが、両手を頭の後ろに回し地面を蹴って歩いている。
「でもね、エレノア? このあたりって比較的安全だってお父さんも言ってたじゃない? 海を渡ったり、山を越えたりすると段々と変わってくるんじゃないかな? その時は頼りにしてるからね?」
「あいよ! 任せときなって。このフライパンさえあれば、どんな敵だっていちころさ!」
体の前に掲げたフライパンはエレノアが持ってきた物のうちの一つ。いちころの意味がどっちなのかは聞きたくないけど、丈夫なのは確か。それに、エレノアの作る料理は美味しい。
旅の中では野宿することも多い。二人とも森育ちのおかげでそれ自体は大した問題ではなかった。何より、エレノアが料理をすることで大分助かっていた。
エレノアの母ノラは料理をいつも研究し、何かにまとめていた。それを見て育ち、手伝っていたエレノア。彼女の料理の腕はすごかった。そう料理の……味だけは……
「エレノアの料理っていっつも違うわよね?」
「はっはーん。さてはすでに夕飯のことで頭がいっぱいなのかな?」
「昔っからエレノアってば、料理は上手よね? 味はノラおばさんに引けを取らなにのに見た目はどうしていつも違うの?」
エレノアは地面に生えた草を一本引きちぎると口にくわえる。彼女の色の濃くなった長い尻尾をゆっくりと振り、のんびりと歩きながら話を続ける。
「それは、やっぱ、あたしの独創的な飾り付けが食卓を飾るっていうか。彩り豊かになるっていうか――」
「ふぅん」
「だー! そうだよ! あたしは苦手だよ! 飾るのがっ!!」
「あはは。でも、面白いからいいわ。ちょっと食欲のなくなることもあるけど……」
口を開け、目を丸くするエレノアがこっちを見て反論してくる。
「はぁ!? 味だよ! 見た目が悪くったって、味さえよければ。口の中に入れば一緒じゃん……」
「うふふ。そうね。味は一緒だもんね?」
それからもしばらく高原の道は続く。他愛のない話をしながら、今はコンパスの指す『湖の街ミシエール』へと向かっている。
直前の村で教えてくれた道を歩いていた二人。突然エレノアが「ここ通ったら速いんじゃない?」と提案……というか強引に道を変更したため、あまり人の通らなくなった場所を歩いている。
風で揺れる短い草。見渡しのいい空と通ってきた下界の景色。まばらに生える木。ほんとにそれしかない。きっと知っている土地なら気持ちのいい散歩になっただろう。
「あ! あれなんだ!? なんかあったぞ!」
エレノアがそうはしゃいでは落胆する。だって、遠くに見えたのはただの木だから。ここを歩いてから定期的にあるエレノアの何もないお知らせ。ただ、そのエレノアの様子を見てるだけで気がまぎれた。
「あ”-----!」
突然大声を出しながらエレノアが走り出した。少し進むと草の上に荷物を投げ、そのまま前転をして大の字になる。
「どうしたの? エレノア?」
「だってさ、暇! 何にもない! 暇すぎて!!」
「もう、エレノアったら。だから教えてもらった道を行こうって言ったのに。仕方ないでしょ? まだ日が暮れるまでには大分時間もあるし、適当な場所見つけたら準備しときましょ」
「適当な場所!? もうしばらくずーっとこの景色だよ? 食べ物もないし。人もいないし、なーんにもない!」
森を歩くとエレノアはフラフラと歩き回り、木の実やキノコを拾い集める。虫や動物を見て気を紛らわせる。森の音が心地いい。たしかに、聞きなれたそういう音がないと何か寂しい気はする……
「よっと――。ちょっとクレア、その荷物持ってて」
「えー。ちょっとだけよ? エレノアのバッグって変な物ばっかり入ってるんだもん」
「えへへ。じゃぁ、ちょっとあの丘を走ってのぼってくるから!」
「あ、ちょっと」
腕を挙げ「よろしく!」と走り去るエレノア。何かがある期待を胸に丘を駆けあがっていく。丘の頂上までたどり着いたエレノアがしばらく見えなくなった。
「もう――。エレノアったら……」
見えなくなった丘の頂上にエレノアの姿が戻ってくる。するとエレノアがすごい勢いで走って帰ってきた。まだ離れているのに大声で叫んでる。
「クレアーーー!!」
「なぁに!? 何かあったの??」
「何かいる! なんかいるの!!」
走る足踏みをやめずにそう言うと、また丘の上に行ってしまった。こっちは荷物を二つ持ってるのに。エレノアの待つ頂上までたどり着くと、
「まぁ、すごぉい」
「ね? なんかいるっていったじゃん」
丘を上がるとまた緩やかな下り坂になっている。その先に広がる草原は今までと同じ風景だった。ただ、ところどころに大きな牛がいることに気が付いた。草を食べる牛、木陰で休む牛。発見をしたエレノアが嬉しそうに、
「これ、牛でしょ!? 見てあの大きさ。それにほんとに大きいおっぱいがある! 絵で見た通りだよ!?」
「あはは。そうね? ほんとに……。確か、牛って――」
「これは、絶対に人がいるって!」
「そうね。周りを見ながら進んでいきましょ? 泊めてもらえるかもしれないし」
「やったぁああ!!」
それからというもの、エレノアはもう家があるのが当然のように行進をしている。そしてしばらく進むと一本ずつしか生えていなかった木が少しだけまとまって生えている場所があった。
「クレア! ほら! あれ見て! 家だ! 家があるよ!!」
「ほんと。木の陰になってるけど、家があるわね」
緑色の草原、青い空に生える白い壁と色あせた赤い屋根が映えている。二階建てで、一家族が住むには十分すぎる大きさの家。
「いこ! はやく行こ!」
「あ。待って、エレノア」
行進の足踏みがすでに走り出す仕草になっていたエレノア。言いだす前からその場で駆け足をしていた。高原で見つけた白い家の玄関までやって来た二人。
「大きな家ね? 村とかでも見てきたけど、みんな色々な家に住んでるわよね?」
「あたしたちの家をくっつけてもまだ足りなそうだね。これは期待が出来そうだ」
「もう何言ってるの? まずは挨拶をしなくちゃ」
「だって、調味料もいつまでもつか……」
確かにそれはある。味がどうこうよりも、調味料をきらしたエレノアが森でどれだけ退屈するだろうか……あまり考えたくない。
「ねぇエレノア? この取っ手を叩くのかな?」
「そうだよきっと」
ドンドンドンドン
……しばらく待っても誰も出てこなかった。二人は顔を見合わせるとクレアが、
「誰も出てこないね?」
「んー。聞こえなかったんじゃないかな? すいませーーーーん!! 誰かいませんかぁ!!!」
エレノアの大声が響き渡る。家の中で音が聞こえた。ゆっくりと近づいてくる足音。
コツ コツ コツ
ギィっと開く木の扉から出てきたのは人間のおばあさん。小さく、杖を突いていてもう片方の手には猫を抱えていた。
「あの、すいません。私はクレアと言います」
「あたしはエレノア!」
「はいはい、珍しいね。おきゃ……」
エレノアを見た瞬間におばあさんの目が見開いた。
「……お客さんなんて、滅多に来ないからね。あんた、エレノアって言ったかい?」
「ん? そうだよ。おばあちゃん。あたしエレノア」
おばあさんがエレノアの全身を見定めると、正面からかすかに見える彼女の尻尾に気づいた。
「あらま」
「?」
「あのう……私たち旅をしてます。おばあさんが迷惑でなければ、一晩だけ宿をお借りしたいのですが?」
ずっと見つめられているエレノアが後ろに隠れ、肩に手をやり小さい声で囁いてきた。
「ねぇ、クレア? このおばあちゃんさ、あたしをずっと見るんだけど? 大丈夫? 魔女かな? これが魔女かな? 猫抱えてるよね? 大丈夫?」
怯えるエレノアに気づいたおばあさんが笑い出す。
「はっはっは。ごめんよ。あたしゃ猫が大好きでね。あんたみたいな獣人に会ったのはどれだけぶりかなぁ。はっはっは」
「うえぇ」
「あはは。大丈夫よ、エレノア?」
「そうだよ。エレノアちゃん。取って食おうなんて思わないから。さ、どうぞ、中へお入り。」
「はい。ありがとうおばあさん」
「お邪魔しまーっす……うわ、広いし、高いなぁ」
家の中に入るとすぐ正面に階段があった。右手に台所があり、左手にはくつろげる部屋が見える。台所まで案内された二人はお茶を入れてもらった。
「ありがとう。いただきます」
「あっちぇ。いただきます」
おばあさんに旅のこと、道を変えたら少し迷っている事、宿のことを話した。おばあさんは快くベッドを提供してくれた。
家の二階にある部屋はしばらく使っていなかった。おばあさんの息子と孫。父と息子の二人が住んでいたが、何年か前に出稼ぎにいったっきり戻ってこない。今では、おばあさん一人で住んでいて牛から採れるミルクも近くの村にあまり提供できないため、いつしか人通りがなくなってしまったという。
「おばあちゃん、大変だなぁ」
ぼろ泣きのエレノアがおばあさんに感動している。おばあさんはあまり苦にしていないようだけど、それでも何か出来ることは……
「あの、何か私たちにお手伝いできることはありませんか?」
「そうだねぇ……」
おばあさんがゆっくりと椅子から立ち上がると、手招きして階段の脇を通った一階の奥の部屋へと二人を案内する。途中、クレアが玄関に置いてある褪せた金色で出来た笛に気づき「これは何だろう?」とみていると、
「キャアーーーーー!!」
先に奥の部屋へと行ったエレノアの悲鳴が聞こえた。




