39 幼少期⑪ 13歳 旅立ち
「クレアもあと一年で十三歳。すぐに大人だね」
「そうよ。だから一人でも大丈夫。心配しないで、お父さん」
「ははは。困ったことがあったらノラとダンに言いなさい」
「うん。そうする」
「たまには手紙を出すから。どのくらいかかるかわからないけど、これからは……。いや、もうクレアは毎日ちゃんと自分で決めてるね。父さんも安心して行けるよ」
「はい。それじゃ早く行って!」
「ははは。ひどくないかぁ? あ、こら押すなって」
「は・や・くぅ」
玄関の外まで父親を背中から押し出すクレア。今日は父親が出発する日だ。最後まで父親の背中に手を添えていたクレアだが、最後の言葉をかけようとした瞬間、父親の大きい背中から腰に手を回して顔を埋める。
僅かな時間、二人は黙っていた。父親は空を見上げ、クレアはその背中を記憶に刻み、抱き着いたまま見送りの言葉をかけると、背中をポンと押しやった。
「いってらっしゃい。お父さん」
「いってくるよ。クレア」
そうして父は旅立った。目的は分からない。どこへ行ったのかもわからない。この広い世界で。この国のない世界で。この魔女のいる世界で彼はまた冒険へと旅立った。
それから約一年が過ぎ、クレア十三歳の誕生日。たまに送られてくる父親からの手紙とは別に、ノラから手紙を受け取った。
「お父さんから?」
「ええ、そうよ。十三歳に成ったら渡すようにって言われてたの」
「ありがとう。ノラ」
手紙を受け取ったクレアは家の前、見晴らしのいい場所で切り株の上に座ってその手紙を読んだ。
十三歳になったクレア、長い髪は細く柔らかく何よりも黒く、草原を流れる風で優しく舞う。手紙を読む瞳はすべてを吸い込むかのように黒い。身長も伸び、少しずつ女性らしい体になっていく。大人と呼ぶにはまだ早いが、とても美しい一人の女性へと成長していた。
同じく十三歳になろうとしているエレノアもやってくる。時折、そんなクレアに見惚れてしまうエレノア。今も晴れた空の下で、柔らかい風に包まれ手紙を読むクレアを美しく感じていた。身長はエレノアの方が少し低いが、獣人の彼女の方が若干、女性としての体の成長は早かった。相変わらず眠そうな目に、短めの髪が彼女のトレードマーク。
「クレア? 何を読んでるの?」
「エレノア……お父さんから手紙を貰ったの。ノラさんが預かってたんだって」
「うえぇ。それって一年以上前ってこと? よく覚えてたな。お母さん」
「あはは。そうね。エレノアに渡してたら一生届かなかったかもね」
「そんなことないやい」
「えー? じゃぁ、私がこの前預けた本。どこにあるか覚えてる?」
「……」
「そんなに考え込むの? あはは」
「いんや。あるのは確かだぞ。クレア君。あなどっちゃいけないよ。家にあるのはたしかだ。それだけは確かだぞ。問題はどこにどうやって隠れているかだ。わかるかい?」
エレノアが首を傾げ、顎に手を当て考えている。
「ねぇ、エレノア? 今日は皆でご飯を食べましょう」
「あー!わっかんにゃい――。どっちの家で?」
「ノラさんのほうよ」
「おっしゃぁ。じゃぁ、伝えてくるね」
「うん。お願い」
エレノアは自分の家へと向かっていった。
クレアも手紙を持って自分の家へと帰る。父からの手紙に書いてある通りに家具をどかし、床板を外すと木箱を見つけた。中に入っていたのは、
見たことのない模様の彫られた小剣が一本
方位の書いていないコンパスが一つ
不思議な皮で出来た地図が一つ
残りは旅で使う便利な物がいくつか用意してあった。
「お父さん……」
その夜、クレアはノラの家で皆と食事をした。それはクレアの誕生日のお祝いでもあった。そして十三歳は大人と認められる日。一足先にエレノアよりもお姉さんとなったクレアが楽しい食事を終え、緊張した面持ちで皆に話し始める。
「あのね、ノラさんとダンさん。エレノアにエリー、トンボ」
「どうしたんだい? クレア」
少し心配そうに声をかけるノラ。クレアは息をのみ、手紙のことを話した。
「――それで、私ね、この森から出て旅をしようと思うの」
「うへっ」
エレノアが食べていた物を喉に詰まらせた。ダンとノラは驚いたように顔を見合わせると、クレアに振り返り嬉しそうに言う、
「いいじゃないの。ねぇダン?」
「ああ。俺たちだってずっとここにいたわけじゃないんだぞ。クレアちゃん」
「そうよ。もう十三歳。大人よクレア。貴方がそうしたいなら、それは貴方の自由」
「ありがとうノラさん。ダンさん」
「ちょ、ちょ、ちょぉーっと待って」
それを聞いたエレノアが皿の上のデザートをエリーに取られないように急いで食べ、水を流し込み声を張り上げて言う、
「何それ? ここを出るの!? 嘘でしょ!?」
「嘘じゃないわよ。エレノア。私、ここを出る」
「はぁ!?」
大事な話をしようと思ってたクレアだが、意外とすんなり受け入れてくれたノラとダン。いつも通り片づけを始める二人の姿が胸に抱いていた緊張をほぐしてくれる。
「それでね、これから一週間くらいで準備をして出ようと思うの」
「冒険だー!」
エリーがそう言いながら目をキラキラさせてクレアに抱き着く。不服そうな顔をしたエレノアがテーブルに肘をつきその手で顔を歪めるが、ノラが言った一言で表情が一変する。驚きはクレアの方が大きかった。
「じゃぁ、エレノアも急いで準備しないとね?」
「いいの!? ノラさん?」
「そりゃそうさ。いっくら大人になったっていっても、さすがに一人じゃね。どうせクレアのことだから、気を使って自分からじゃ言い出せないだろ?」
「やったぁあああ!! 冒険だぁああ!!」
エレノアが両手を掲げてそのまま椅子ごと倒れてしまった。
「あー、何やってるのエレノア!」
「あはははは」
いつも通りの風景。クレアはこの風景を忘れないようにその眼に焼き付ける。
「なんだよ、クレア。誘ってくれていいのに。まぁ、どうせ、出発の日になったらこっそりついて行こうって考えてたけど。ヒヒヒ」
それも見越していたノラは、呆れたような笑顔でダンと寄り添い片づけをする。
「あはは。やっぱりね。ごめんねエレノア。外は危険かもしれないでしょ?」
「そんなのアタシら二人にかかったらおちゃのこさいさいだっ!」
胸を張り、自信満々のエレノア。クレアは自然と笑顔をこぼれた。はしゃいでいる子供たちにノラが、
「ほら、皆お片付け。今日からは一週間、毎日みんなでご飯よ」
「はぁーい」
食器を拭いているダンが子供たちに言う。
「よおし、今日は魔女の話をしてやる! こわいぞぉ。とっておきだ」
「ちょっとお父さん。これから旅をしようって時になんでそんな話をするのさ! まぁ、別に、こわかないけどさ! クレアも言ってやってよ」
「いいんじゃない? エレノア。知っておいた方が役に立つし。今までお父さんに教わってきたっていっても、やっぱり不安はあるもの」
「……しょうがないなぁ。今日はみんなで寝よう」
「わぁい! クレアおねーちゃんと一緒に寝る!」
エリーはいつもクレアの隣を取る。隣か上か下か、クレアにくっつけられればそれでいい。トンボは最近、恥ずかしそうにしている。ノアがダンに注意する。
「ちょっとダン。トンボをあまり怖がらせないでね」
「俺の話がこわくないとでも? はーっはっはっは! それでは子供諸君! 例の部屋でまたあとで会おう!」
片付け、お風呂、髪をとかして準備をする。子供が全員で寝るときの部屋は布団を敷き詰めて中央だけ開けておく。真ん中にはランプ一つ。暗闇に光るランプは時に冒険話を演出し、時に怖い話を助長する。それを囲うように皆が座る。
「みんな集まったな。今日は森に住む魔女の話。さぁ、皆覚えているかな?」
薄暗いランプだけの部屋で不吉に照らされた顔の中、話が始まる。
「黄色の森の魔女は森三つ分。橙色の魔女は森――」
「四つ分! 赤と緑色の魔女は森六つ分!」
「偉いぞエリー。よく覚えたな。紫色の魔女は森九つ分。今日は青色の魔女の話」
「森八つ分」
トンボが息をのみながら最後に応えた。
「青色の魔女。そいつはずーっと昔から闇の魔女として知られる。とても怖い魔女。今日はそんな魔女のこわーいお話――、
魔女の名前はラピスラズリと呼ばれている
魔女の中でも名前をつけられるほどの古い魔女
もう何千年も生きているという
いや?
その体は既に
死んでいるのかもしれない
そんな魔女の森は八つ分
とても大きい
一歩足を踏み入れたが最後
魔女に殺されるか
獣に殺されるか
そんな魔女を見た唯一の生き残りが言いました
顔を青白くして言います
やつは冷たく恐ろしい
体を震わせながら言います
森は氷の様に冷たく
足が動くことを忘れて言います
沼の様に足が動かない
響く笑い声
届かない光は自分さえ照らすのが難しい
ふと気づくと後ろに魔女が!
しかし
何もいない
その魔女は影から現れる
物と物の境目や
影が一番濃い部分
光が当たらない場所
そういう場所から現れる
その生き残りが必死に火を振りかざす
自分の影を一か所にとどめないように
そして森の出口まであと少し
あと少し
そこで火が消えてしまいました」
凝った演出で話していたダンが、中央に置いたランプの蓋を開け、フッっと消すと部屋が暗闇になる。姿が消えたダンは、タタタ、サササと静かに音を出す。そして何も聞こえなくなった時、
「ぎいゃあああああ!!!」
掴まれたトンボが悲鳴をあげ、おもらしをしてしまった。
「ありゃま」
「トンボまたちびったーーー!」
「えらいこっちゃ。えらいこっちゃ」
ダンはそのままトンボを両手で持ち上げ、両足をワタワタしながら部屋の外へと連れて行った。奥の方でノラさんに怒られている声が聞こえる。同時にダンの笑い声も。
クレアとエレノアは顔を合わせ笑っていた。こうして毎晩みんなで過ごすと、あっという間に一週間が過ぎ出発の日の朝がやって来た。
「じゃあ、二人とも気を付けてね。いってらっしゃい」
「「いってきます」」
ダン、ノラ、エリーにトンボ。皆が笑顔で送り出してくた。二人はまずおばあさんの家に寄った。コンパスのことを聞くためだ。北を向いているわけでもなく、ある一か所を刺しているように思えた。地図と照らし合わせると、一つの大きな街にぶつかる。
「おばあさん!」
「あら、クレア。旅に出るのかい?」
「うん。ここへはノラさん達が顔を出すから」
「うんうん。ありがとうね」
「それで、このコンパスのことを教えてくれる? お父さんから貰ったんだけど――」
「これは、双子のベルと似たようなものだね。お互いを指してる。お父さんがそれをくれたんならそこに何かあるってことじゃないかな?」
「やっぱりね。それだと……見て、この街に線がぶつかるの」
テーブルに広げた地図にコンパスを載せ、クレアがおばあさんに聞く。
「あぁ。ここはね、湖の街『ミシエール』という場所だよ。湖に浮かぶ島に世界で一番大きい樹が生えていてね、その根に街があるんだよ」
「それはすごい。世界で一番大きい樹って、どのくらいかなぁ」
「はっはっは。それは自分の目で確かめてくるといい」
「ありがとう。おばあさん」
「気を付けて行ってくるんだよ」
クレアはおばあさんに抱き着き一緒に玄関まで行く。すると外で待っていたエレノアもおばあさんに抱き着いてお別れの挨拶とした。二人は最後に手を振ると、そのまま森を出るために数日歩くこととなった。
「ねぇ、クレア?」
「なぁに? エレノア」
「あのさ、おばあさんはなんて?」
「湖の街に行くといいって。『ミシエール』という場所らしいわ」
「ふぅん。結局、あのおばあさん。一回も話したことないや」
「あはは。そうね。私とは話すけど、あまりしゃべらないものね」
「ほんとにしゃべってるのかなぁ?」
「しゃべってるわよ? いろんなお話を聞いたもの。優しくて、いつもキラキラした緑色の綺麗な目をしてて、触れるとおかあさんに会ってるみたい。すごい好きよ」
「あたしも好きだけどさ。なんていうか、んー。よくわっかんないけど。でも、目がキラキラしてた? そうは見えなかったけどな。あー、でもお別れかぁ。戻るまでちゃんと生きててくれるかな? もっと抱き着いておけばよかった」
「あはは。そうね。別れはつらいもの。でも、きっと大丈夫よ。おばあさん、ああ見えてすごい丈夫なんだから」
「そうだね。一回も病気してるとこ見たことないや」
「まずは、一番近くの村にいって馬車にのりましょ」
「そうだねクレア」
「さぁ、いくわよエレノア」




