38 幼少期⑩ 11歳 来客③
翌日の空は、まるで昨日の強い風が沢山の雲を運んできたかのように、空一面が灰色の雲に覆われていた。
家の中では森へやって来た二人のエルフ。シエナとシルヴェールが持ってきた地図を見て父親と三人で何か話をしていた。最初の内はクレアとエレノアも大人三人の近くで楽しそうに見ていたが、言葉を濁す部分があったのでクレアが気を利かせてその場から離れた。
曇り空の下、家の外では妹のエリーと弟のトンボが土で団子を作って遊んでいる。クレアとエレノアは草の上に寝っ転がると曇った空を仰いだ。
「エレノア? シエナが後で魔法を見せてくれるって」
「やったぁ。どんな魔法かな?」
「マホー!?」
魔法と聞いたエリーが興味津々に寝っ転がる二人に近づいてきた。手は泥だらけのままエレノアの両腿にひじを掛け同じように仰向けで寝っ転がってきた。
「うあ。エリー、どろだらけじゃん」
「あははは。お団子!」
「ふふ。エリーは丸くするのが上手ね?」
「うん。料理はお姉ちゃんより上手だよ」
「はあ? 味はあたしのほうが上だって」
「お姉ちゃんの料理はひっちゃかめっちゃか」
「あはは。そうね。エレノアって、味は良いのに見た目がだめよね」
「なんだよ、クレアまで。あたしの新しくて斬新な飾り付けをどうして理解しないかな」
黙々と団子を作るトンボ、寝っ転がって話す三人。しばらくして、玄関近くで父親とシエナが話している。クレアは「何を話してるんだろう?」と気にはしてたが二人が話す内容までは聞き取れなかった。
家の玄関を出たところで立ち話をする二人。シエナが父親に、
「ねぇ? 森で見たんだけど……あの子。クレアは――」
「ああ。二年前から特に強くなったよ。それ以前にも似たところはあったけど」
「そう……他には?」
「今のところはそれだけ。元気に育ってるよ。ほら、エレノアのおかげでやんちゃになって困ってるくらいだよ」
「あはは。それはそうね。昨日は驚かされたわ」
クレアは自分を見ながら手を振ってくるシエナに同じく笑顔で応えた。
「――、多分……あそこだと思う。どうするの?」
「そうか。ありがとう。また後で連絡するよ。近いうちに――」
父親に一歩詰め寄るシエナ、
「いい加減、元気出しなさいよ。あんたが、いーっくら何でもないような振りをしてもね……あの子、クレアはそれを感じ取ってるはずよ」
苦笑いをしながら答える父親、
「そうかな?」
「そうかなじゃないわよ! ったく。昔のあんたはどんなヤバい時だって減らず口叩いて、ちゃんと切り抜けてきたじゃない? それがあんたの魅力じゃないの? クレアにお父さんを見せてあげなさいよ」
「ははは。シエナはだいぶ大人になったな」
「確かに貴方たち人間とは年の取り方は違うけど、それでもわかる。貴方はこどものままね。ずっと拗ねてる。ちょっと顔――」
「ん?」
シエナはクレアの父親の頬っぺたを掴むと引っ張ったり、上げたりしている。
「いたたたた」
「痛いのは、あんたが昔みたいにいろんな顔をしないからじゃないの!?」
「いたい。それはシエナがつよ――」
「……」
シエナの黙ったままの顔を見て、そのままにする父親。その指の力が段々と強くなっていく気がした。
「いたたた。ちょっと、ほんとに」
「走りなさい」
「え?」
「走りなさいって言ってるの」
「せめて手を離してくれるかな? シエナちゃん?」
「いいから、走れっていってんのよ!」
その様子には子供達も呆気に取られていた。クレアはいつも優しい、笑顔でなんでも教えてくれる父親が大好きだ。しかし、大きくなるにつれて父親に密かに感じる愁いの表情に寂しさも感じていた。
トンボが泥団子を持ったまま立っていた。シエナがクレアの父親からその手を離し、シルヴェールから投げられた杖を掴むとで小さく囁く。
「アイ・タット・エボ・ヒューマ」
「はあ!? なんで魔法使うの!? ちょっとシエナ?」
シエナが聞いたことのない言葉で何かを唱えると、トンボの手に持った団子が浮いていく。作ってあった沢山の土団子もふわふわと浮くと、クレアの父親めがけて飛んで行った。
「いったい。ちょっ! ちょっと!」
クレアの父親がシエナの魔法の土の攻撃から逃げている。初めこそ軽く喰らっていたが、予想外に痛く本気で避け始めていた。トンボは初めて見る魔法、手から離れる感覚に感動して自分の手を見つめている。エリーとエレノアは浮いた団子を感動しながら掴んだり突いたりしていた。
「うわーー。すっごい。すっごーーい」
「あははは。エリーも! エリーーも!」
杖を掲げたシエナがクレアやエレノアたちに振り返り、
「ほら。あんた達もやりなさい! 遠慮なんていらないから」
「ちょっとシルヴェール!? 見てないで止めてくれるか?」
シルヴェールは家の壁に寄りかかったまま、ただその風景を眺めていた。シエナは周囲の土からも塊を作っては父親にそれを飛ばしていた。子供が参加してからはその様子が面白かった。クレアもいつの間にか笑っていた。
「あぶね! ちょ。おい! ほら! へへ」
直線的で単純なシエナの土魔法を本気で避ける。併せて、子供たちの手投げ泥爆弾も混ざる。
「あははは! くらえー!」
「きゃははは! いけー!」
父親はエレノアとエリーの団子を避ける時には、ちゃんと何か一言添えている。
「よっ。甘いな」
「あぶね。そんなんじゃまだまだ」
「おしかったねエリー」
必死そうに避けるのと同時に、子供に対しては余裕を見せる父親が面白かった。今まで見せていたのとはまた違う父親の一面を見てるような気がした。小さい頃にクレアも、エレノアも彼と沢山遊んだが、父親が遊んでいるのを見るのは久しぶりに見えた。シエナが、
「ほら、クレアも手伝って」
「え? うん。でもお父さん避けるの上手いから」
「うふふ。そうね。見えてればの話よね……」
クレアも土団子を掴むと一緒に父親へと投げる。段々、調子に乗ってきた父親。避けては指を振り、エレノアとエリーに舌をだして挑発する。シエナが杖の先を地面に叩きつける。すると、父親の直前で突然、
パァッン!!
砂となり顔を直撃。
「うわぁあ。目がああぁあ!!」
「あはは! 調子こいてるからよ! 報いを受けなさい。ほら、とどめよ」
笑いながら見ているシルヴェール。クレアの父親は皆の攻撃をその身に受けた。シエナからの攻撃はちょっと痛い。痛いけど心をマッサージされてるような痛気持ちいい感じだ。子供たちからの攻撃はボスボスとあたり心地よい。目が見えない中、父親は昔同じような光景があったことを思い出した。近くで聞こえるクレアの声に、懐かしい、愛しい人の声が重なる、
「――、あはは。これなら避けられないでしょ?――」
「――、あはは、あれじゃ避けられない」
「―がんばって」
「―がんばって、お父さん!」
すぐそばで声が聞こえたようだった。今は居ない最愛の人の声。そして娘のクレアの声。二人の声が頭の中で重なり、懐かしく聞こえた。時間は違えどまるで二人揃って傍にいるようだった。
突然、突風がしたかと思ったらお父さんが消えた。全員が驚き辺りを探す。するとさっきまで的にされていたはずの父親が、水場の方に移動していた。
「消えた!」
「消えたぞ!」
エリーとエレノアがはしゃいでいた。シエナはクレアの顔を見て何かに納得したかのような笑顔をしている。クレアも、何かはわからないけど父親が抱く謎の愁いの鏡が割れたような気がした。その鏡は、父親がいつも自分自身を見る為に使っているもの。
エレノアとエリーがシエナに一生懸命絡んでいるのを横目に、顔を洗った父親の元へクレアが駆け寄る。
「お父さん、大丈夫?」
「ああ。まったくシエナめ。昔とかわらないな。大人になったとか言ったに損したよ」
「あはは。ねぇ? 久しぶりに一緒に狩りをしよ? 昔みたいにどんな手を使ってもいいから、お父さんと勝負したい」
「ははは。そういうなら構わないけど。どうなるかわかってるのかな?」
「そうね。ルールは撤廃。お互いの本気で勝負ね」
「よし。のった」
クレアと父親は二人で狩りへと出かけた。いつの間にか、空からは雲が無くなり気持ちのいい天気になっていた。そして、翌日になるとシルヴェールとシエナが帰っていった。クレアは別れ際に父親とシエナが交わした会話が不思議だった。
「じゃぁ、いくわね……名前は、えっと――」
「……ジョゼフだ」
「あはは。ジョゼフね。またね、クレア」
「ジョゼフ? お父さんはウィリ――」
「いいのよ、クレア」
クレアの唇を指で閉じるシエナがウィンクをして言った。シルヴェールとシエナが居なくなって、そのことを父親に聞くと、
「ああ。いいんだよ。あいつらと一緒にいた時によくこうやって名乗ってたんだ」
「ふうん」
よく意味は分からなかったけど、そう語る父親の顔がクレアには嬉しそうに見えた。
それから約一年。クレアが十二歳になると、父親は家を出た。することがあると言って出て行ってしまった。クレアにはそれがこの日の出来事が関係しているとわかっていた。何をするのかは教えてくれなかったけど、シルヴェールとシエナが訪れた日から父親が旅に出るまでの一年間は、明るく、楽しく、おちゃらけで、充実した一年だった。
そしてクレアは、十三歳の誕生日を迎えようとしていた。




