140 ★小話集 ①
■白狼のその後
■双子と魔女
■ウィリアムって強い?(ほぼ会話構成)
■後始末
早朝、アスカラ族の集落に一匹の白狼が訪れる。立ち込める白い霧の中をゆっくりと歩き、気づいた女性は後ずさる。霧が濃いせいで顔、肩から尻尾までの上部が僅かに見えるだけだったがいつの間にか霧の中に消えてしまった。
「長の家はここか?」
狼の姿が消えたかと思ったら男が話しかけてきた。少しずつ霧から出てきたのは隻眼の男。白髪だが年老いているわけではない。耳が少し長く、今まで集落で見てきたどの男よりも美しい体をしている。
「ええ、この…先」
隻眼の男は礼を言い、そのまま長の家へと入っていく。女性は黙ったまま男の背に見惚れているだけだった。
家の中に入ると、アスカラ族の長が突然の訪問者に驚く。勝手に入ってきたことよりも、彼の容姿に固唾を飲んだ。白い髪、片方の目は傷を負い失明している。鍛え上げられた体は女だけでなく、どの戦士も見惚れるほどの美しさ。思わず溜息が出てしまう。太く低い声は胸の奥へと語り掛けてくる。まっすぐな物言いはまるで刃を向けられているかのように感じる。嘘、偽りを言えば仕留められると錯覚し、緊張する。そして何よりも堂々とした立ち振る舞い。
武器も持たず
服も纏わず
いや、すでに彼は身に纏っているのかもしれない
我々には見えない、崇高な戦士が身に纏う物質を超越した何かを
目には見えないが、確かに感じる
長はゆっくりと肩の釦を外すと、一枚ずつ服を脱ぎ棄てた。ちょうど、知らせを聞いた若者が心配して長の家に入ってきた。隻眼の男は迷うことなく襲い来る若者をなぎ倒し、地面に押し倒す。長は急いで若者に声を掛ける。
「馬鹿者! この方はエルフぞ! 失礼をはたらくでない!!」
一人、また一人と長の家に入ってくる。そして、無言の中で皆が長と隻眼の男を見習い一枚ずつ服を脱いでいく。早朝、肌寒いはずの部屋の中はすでに裸の戦士で埋め尽くされ、皆が緊張の汗をかいている。そして、仁王立ちしている隻眼の男が話す。
「紫の魔女はしばらくここを離れる。だが、ここは彼女の森であることは変わらん。お前たちアスカラ族は、今までと同じように古の森を守るんだ。今までと同じように生き方を守るんだ。今までと同じように伝統の中で生きろ」
「わかりました。して、例の……」
長が申し訳なさそうに隻眼の男を見上げ、訪ねる。
「安心しろ。お前たちの悩みの種は解消された。とはいえ、数日かかる者もいるだろう。それまでは油断するな」
「それは良かった」
隻眼の男、つまり白狼でエルフのリードレは話し合う中でずっと「こいつらはどうして服を脱いでいくんだ?」と思った。落ち着くまでただ、ただ、襲い掛かる戦士達をなぎ倒しただけだった。いつしか「おい、負けたら服を脱ぐんだ」とい謎の掛け合いもあった。長も真面目な顔で頷くと若者は困惑しながらも裸になった。数が多くなるほどに納得する者も増えた。
リードレは会話を終えると、その場から去った。女性は頬を赤らめ、うっとりしている者さえもいる。長の家からも裸の男達が続々と現れる。長は両手を広げリードレへ祝福を授ける。同時に彼は稲妻のような光となり、森へ向かい白狼へと戻りそのまま消えてしまった。
偉大なる白き髪のエルフ
雷光の如き駆ける白狼へと姿を変える
紫の魔女の話、古の森への今後の対応はすぐに森中のアスカラ族へと伝達される。ただ、この話を聞いたオードンは、ウィリアムから道中で聞いた話を思い出した。
「あいつさ、エルフだから裸は気にしないんだってさ。そんで今はアニムみたいに動物に変身するから、服はいらないんだってよ。どうせ破れるからね。人前に立つときはどうするんだろうな? 俺ん時みたいに裸のまま平然と話し始めるのかな?」
どうやら、平然と話した結果、アスカラ族は『真の男、真の戦士は裸で語る』という慣習をつくったらしい。オードンはつい笑顔になってしまった。
■二本の若芽
死んだ双子の戦士を運ぶ年老いた魔女プルプラ。
「お前たちにはここがふさわしいネ」
プルプラは双子をそれぞれ木人で包み込むと、アッという間に小石ほどの大きさに圧縮する。そして、
「かわいそうな"人間"。せめて、ここで、ワタシの森で役に立ってもらおうカ」
小さな小石程度の塊に変わった双子。それを砕くと、まるで種を植えるかのように地面に振りまく。紫の霧が晴れたあとの森で、地面からは小さな芽が二つ。朝露で輝き必死に生きようとしていた。
■ウィリアムという男
紫の魔女プルプラが死んで、古の森にも太陽の光が注ぎ込み美しい景色が広がる。ただ、曲がりうねった木々はそのままだ。とはいえ、木人は現れないしただ歩きづらいだけの森へと変わっていた。そんな道をウィリアム、シエナ、シルヴェール、アレクサンドラとオードンが歩いている。これはウィリアムとオードンの何気ない会話。
「オードンの娘さんて、レアだっけ? 良かったな」
「ああ。ありがとう。あんたのおかげだ」
「どってことないさ。お互いに運がよかったってだけだよ。それと俺の事はウィルって呼んでいいんだぜ」
「ははは。ウィルと話してると不思議と陽気な気持ちになるな」
「そうかぁ? まぁ、それが俺のいいところ。ほら、あそこの赤い髪のシエナ。あいつはずっと俺を小突いてくるんだよ。あれには気をつけろ。エルフだから杖なんかなくても魔法使えるからな。見てただろ?」
「ちょっと、聞こえてるわよ」
「ウィルにも娘さんがいるんだろ?」
「ああ。とびっきりの」
「クレアちゃんよ」
「……そう。クレア」
「いい名前だな。うちの娘と手合わせしてもらいたいな」
「え? あぁ、アスカラ族はそういう文化なのか。へへ! クレアは強いぜ! なんてったって俺が小さい頃から教えてきたんだからな。俺の強さ見ただろ? まぁ、まだ、俺ほどじゃないにしろ。あ、それでも弓に関しちゃ俺より上なのは確かだね」
「その……」
「なんだよ」
「助けてもらったのは感謝してるんだ。すごい強いのもわかる」
「だろぉ?」
「ただ……」
「ただ? ちょっとシエナちゃん、なんで笑ってるの? あ、シルシルまで」
「ちょっと! シルシルはやめて」
「ただ……ウィルが戦ってるところはあまり見てないんだ。その、逃げてるのはよくわかるんだが……」
後ろを歩くシエナが笑っている。ウィリアムは目を丸くして口を半開きにして驚いたが、思い出すように目が泳ぐ。シルヴェールは小さな声で「たしかに」と言っていた。
「ちょっと、ちょっと! 俺の戦い見てたよね? まずは双子の……グリとゴラみたいなヤツ」
「あ、ああ。今、思い出してもあの瞬間は忘れない」
「あんた逃げ回って、痺れてただけじゃない」
「はぁ!? 何、言ってるんだよ。シエナに障壁貰って、そんで……シルヴェールが…そうだな。次いこう」
「魔女が二人になっただろ? あの時はそこの二人の戦いはすごかった。流れるような動き、シエナに関してはまるで舞いながら魔法を打ち出す姿が神話の様だった」
「あら、ありがとうオードン」
「ちょっと、俺は? あいつらは二人一組で魔女を相手してたじゃん? 俺。俺は一人で魔女を相手にしてたんだぞ?」
「俺はちょうどシエナに頼まれて燃料を運んでたんだ」
「あ、思い出した。爆発したやつだな。せめて俺に教えろよぉ」
「べーっだ」
「それで、右を見れば二人のエルフの見たこともないような戦い。左を見れば」
「俺様こと、『赤い槍』として有名なウィリアム・ハートレッドの壮絶な戦いだな!」
「いや、美しい女に迫られてる男にしか見えなかった……」
「……」
「あはははは」
「確かにウィルは魔女に襲われてたね。違う意味で」
「あ、シルヴィー! お前まで!」
「ちょっと! じゃぁあんたの事をウィリーって呼ぶわよ」
シエナは茶々を入れる間もアレクサンドラの手を握り、ずっと歩いている。
「あのさぁ、俺さぁ、あの若い魔女にずっと迫られてたんだよ。大変だったんだよ? わかる? 知りもしない女に迫られる感じ? あ、シエナならわかるよね? ギルドによる度にさ、絡まれてた時期あったじゃん? 今よりもっと若か――」
一瞬だった。杖のような長さの木の棒を掴んだシエナがウィリアムの頭を小突いた。
「痛い……。ほらね、気をつけろオードン」
「あ、ああ」
「まぁ、いい! そうだな。あの時も俺は確かに魔女から逃げ…いや、攻撃を躱していただけだ! そして爆発した。危うく吹っ飛ばされるところをだったけど、どうにか助かった」
「吹っ飛んでたでしょ」
「紫の魔女がウィルのことかばってたように思えたね」
「そうか? そうなのか? まぁ、確かに…多少は飛んでいったかもしれない」
「多少って…中央から端っこの森の中まで吹っ飛んだじゃない」
「…うるさい! それはともかく、これは俺の強さを疑うオードンに証明するための話だ! お前も協力しろよ! 俺の強さ知ってるだろ!」
「……どうだかね。まぁ、逃げるのはうまいのは確か。ね? シルヴェール様ぁ」
「そうだね」
ウィリアムが下顎を突き出し二人の睨む。視線を変えずに手だけを差し出すと、一人になったアレクサンドラが彼の手に自分の手を重ねる。
「次、はい次! それで…」
「木人だな。俺達の仲間の魂を木人に詰め込んで…そこからは全くわからないんだよ。エルフの彼は魔女と戦ってた時みたいに目にもとまらぬ速さで木人を斬ってただろ? でもさ、ウィルは…」
「あはは。そうよねぇ? そうなのよねぇ! わかるわよ、オードン。あなたの気持ち」
「は? 何がだよシエナちゃん! 俺の活躍を見てなかったのか!」
「バカじゃないの! それが見えないからわからないよの! 笑えるわ。今でこそ信じてるけど、私も昔はそうだったもの。今のオードンと一緒よ」
「『俺の活躍』って、俺にはウィルが突然消えて、現れたかと思ったらただ、弱っていくようにしか見えなかったんだが。鼻血も出してたし」
「……! あ、くそう! そうか」
「まぁいいわ。ちょっとは助けてあげる。いい、オードン? 彼、ウィリアムには特別な力があるの」
「特別な力?」
「ええ、そう。彼はね、自称『止まった空間を動ける妄想戦士』だそうよ」
「ちょっと、シエナちゃん? おかしくない? 自称とか、妄想とか」
「止まった空間を?」
「ええ。まぁ、とはいえ、止まってるから私達には見えないし、わからない。突然消えて、突然あらわれるのはそのせい。と、彼は言っている」
「ちょっと? ねぇ、あやふやにしないでくれる?」
「そんなこと出来るのか?」
「あはは。まぁ、オードンも見てたでしょ? 貴方の娘の魂が入った球体。その指は残念だけど、そうなるほどに高速で回転してたものですら彼には関係ないの。だって、止まるから」
「そうそう、そうだよ。そういうことだよ」
「ああ、なるほど。じゃぁ、魔女が彼にやっていたのはそういうことか」
「そうよ。どこまで救えるか遊ばれてたわけ。まぁ、無茶してでも救う馬鹿は鼻血だして頑張ったってこと」
「あの、ねぇ、シエナちゃん? シルヴェールだって無茶してたよ? 馬鹿ってことだよ? 体ガチガチしてたじゃん」
「本当に済まないな。感謝という言葉しかない。ウィリアム。いや、皆。アスカラ族を代表して感謝してもしきれない」
「いいのよ。私のシルはそういうの見過ごせない素敵な人なの」
「俺は? ねぇ、俺は?」
シエナが立ち止まり、続ける。
「そうよね。ウィル? 貴方、そのあとも魔女に捕まって成す術もなく光ってたじゃない。で、リードレが魔女を分断。消えて終わり」
「……」
「いい、オードン。あなたの考えは間違っていないわ。彼はね…逃げるのが得意なの。避けるのが得意なの。でも、強くないかもしれない。いいえ、ちょっとだけ、ちょぉーっとだけ強いわよ。あなた達よりほんのちょぉーっとだけね」
シエナが親指と人差し指で、見えるか見えないか程度の隙間を作り強調している。再度、一人になったアレクサンドラの手をシエナが掴む。シルヴェールの腕を組み、右手ではアレクサンドラの手を握り歩くシエナは楽しそうにしている。オードンは三人の横を歩き、何かに納得するかのように頷き続ける。
背後では一人、ウィリアムが膝と手を着き今回の戦いを振り返り挫折している。
「俺、ずっとやられっぱなしだった……?」
先に進む四人。シルヴェールが話す。
「でも、俺はウィルに一度も勝てたことないけどね。勝てる気もしないよ。自分が強くなるたびに、遠のいていく気がするんだ。彼は強いよ」
シエナが嬉しそうにシルヴェールを引き寄せる。すると、アレクサンドラも続く。
「私、貴方達の戦いは知らないけど、どうしてかしら。彼といる方が一番、安心できるわ。シルシルさんと戦っても、ウィルが勝つ気がする。不思議ね。見た目で判断してるだけかしら?」
シエナがアレクサンドラの手を離し、そのまま腕を組む。そして、アレクサンドラのことも強く引き寄せるとさらに笑顔になり、彼女に話す。
「思い出せなくても、覚えてはいるのよ。さ、行きましょ!」
シエナが足を踏み出す。同時に後方で挫折するウィリアムの尻に地面から土が突き出す。
「ぎゃふ!」