138 プルプラ③ 加護を知る者
■アゼリアの加護:1章参照
ウィリアムが何もない森で出会ったエルフから貰った加護。空間内の物体の速度を落とす。近くなるほど遅くなるが、ウィリアムは調整できないため全てが止まる。その分、負担が大きく数回しか使えない。
過去、リードレの剣の鞘に小石を詰めたイタズラもある。
■ウィリアム・ハートレッド 人間♂ 30代後半
クレアの父。赤い槍と呼ばれた上級冒険者。普段は小剣で偽名も多く使うため割と面が割れていない。
「朝ごはん!」
皆が起きると叫びだす。
皆が叫ぶから、起こされる。
「朝ごはん!!」
皆が空腹で目を覚ます。
皆が目を覚まし空腹を満たす。
「朝ごはん!」
前の晩から用意した料理を皆が食べる。
前の晩から料理を守っていた者が空腹を満たす。
だが、この部族の一団にはめずらしいことが起きていた。
一緒にいるのは人間の男。茶色い髪をして、ここに居る子供のオークより細く、大人のどのオークよりも小さい。ひ弱そうな人間の男。だが、彼はその強さでここに居る権利を勝ち取った珍しい人間。名誉なことに部族長が彼に『赤竜・牙・魂』を与えると言った。扱えるものは少ないがあの武器を持つ者は……。つまり彼はこの部族にとって家族として認められたことになる。それが出来上がるまで共に狩りをすることとなった。彼もつたない言葉で一緒に叫んでいる。
「あちゃごはん!」
皆が笑う。オークに笑顔はない。だが、彼は自分たちの笑い声を"見て"さらに大きく笑う。彼を馬鹿にしているわけではない。オークにはそういう文化はないのだ。ただ、言い間違えは面白いし、自分たちと同じ言葉を使う彼の姿勢に喜びを感じる。なにより彼といると不思議と心が躍る。昨夜のどんちゃん騒ぎで体を緑に塗った人間の男。なぜに発光塗料を選んだのか。その名残で今朝も何体ものオーク達が朝陽と共に緑に輝いている。一番輝く彼がちゃんとその言葉を言えるようになる日が楽しみだ――。
『ノゥ・ア・ガサ』
古の魔女の森、猫背のエルフに連れられてやってきたオーク。白狼と戦い傷つき倒れていたが、その一言で半ば条件反射のように目を開く――。
※
根元近くを大きく抉られた紫の大樹。裸のアレクサンドラが地面に落ちるとすぐにシエナが駆け寄り彼女を抱きかかえた。シルヴェールは伸びてくる樹の枝を斬り、それを二人に近づけさせないために必死だった。
魔女プルプラの姿はどこにもなかった。紫の霧もほとんど消えたが、少しずつ大樹の方へと戻ってきているのがわかる。それよりも速くウィリアムが走ってシルヴェールに加勢する。
「待たせたな!」
「想像以上の爆発だったよ。大分、吹き飛ばされてたみたいだけど」
「ああ。あっちにオークが倒れてたぞ。聞いたヤツだな」
「そうだろうね…。で、どうする? アレックスは取り戻したけど、このまま何日も走り続けることはさすがに」
二人は枝を斬りながら話している。アレクサンドラはシエナに抱きかかえられているが、気絶したままだった。オードンが布を一枚運び、シエナの元に駆け寄っていた。ウィリアムは順に目で追い、じわじわと集まり続ける霧、抉られた大樹を見ながら話を続けた。
「あの樹、倒したら魔女も倒せるかな?」
「どうだろうね。でも手ごたえはあったよ。何か倒せる方法でも?」
ウィリアムが枝を斬りながら後退しシルヴェールの横に回転し戻る。地面に膝をついた状態からすくっと立ち上がると一言。
「さっきのヤツをもう一発ぶちかまそう」
「無理だよ」
「え?」
「もう、燃料がないから」
「燃料?」
「例の猫背のエルフが、今回の魔女対策で用意したランタンの燃料を利用した魔法だったから。今のこの空間もそのおかげ」
足元と空、周囲を見渡すウィリアム。目も合わせず必死に枝を斬り捨てるシルヴェールが振り返りシエナの方へと戻ると「あ、おい! 俺一人にするなよ」とウィリアムが叫んだ。
「シエナ、どう?」
「ううん。気絶してる。それにまだ干渉を受けてるみたい。森を出るか――」
「魔女を倒すか」
「そうね……。可能かしら?」
「わからない。けど、彼がいるならどうにかなるんじゃないかな?」
「あら、ずいぶんと楽観的になったのね。もう"彼女"はいないのよ。彼、一人でどうにかなるかしら」
シルヴェールとシエナが伸びる枝と奮闘するウィリアムを見つめた。その時だった、ちょうど紫の魔女プルプラが集まる霧の中から少しずつ現れた。まるで階段を上って来るかのように、地中から体を形成しながらウィリアムの前に現れると枝の動きを止め、話しかけてきた。
「ひどい……ネェ」
アレクサンドラを失った魔女プルプラは、体の形を保ってはいるがまるで溶けているようだった。ただ、顔だけは綺麗に保とうとしていた。胸骨のあたりに紫に色に光る塊があり、血管のように体中に走っていた。
「お前は欲しいものを手にいれタ。ワタシはお前が欲しイ。その中にある美味しそうな魂。次はワタシが手に入れル番だネ。ソウダ、お前タチは料理はするだロ?」
少しずつ話し方が魔女へと変わっていく。ただ、外の森で会う魔女よりかは話しやすかった。魔女プルプラの質問にウィリアムが答える。
「料理がどうした?」
「美味しく食べるには料理すルのがいいネェ。ソレも同じだヨ。お前、アレクサンドラとは話したカィ?」
魔女プルプラが問うと同時にアレクサンドラが目を覚ます。シエナが「ウィル」と声を掛けると彼は、魔女を見つつ後ろに待機する四人の元へ走りたがっていた。
「イイヨ。行っといで。どうせ、ワタシの元へ戻って来ル。アァ……」
気持ちよさそうな表情を浮かべる魔女プルプラ。半ば白目を向きながら空を仰いだ。ウィリアムが少しずつアレクサンドラの元へ駆け寄り声を掛ける。
「アレックス! 大丈夫だ。帰ろう」
「ウィル……?」
アレクサンドラは支えてくれていたシエナから離れ、ウィリアムへともたれかかる。離しながら地面へと崩れていく彼女をウィリアムがゆっくりと座らせた。
「ああ。長いこと待たせたな」
「駄目。ワタシ、ここを離れたら記憶が……」
「記憶?」
「隠してるの。必死に。彼女に見つからないように。ワタシ、怖い。どうしたらいいか、わからない。記憶を失って生きて何になるの? ワタシは? ここ死ぬのと一緒よ。お願い、ここに置いて行って」
「……」
ウィリアムが膝をついたまま彼女の顔を見つめる。そして小剣を握りしめ、歯を食いしばる。
「アレックス。俺の声を聞いてくれ……。俺が必ずお前を家族の元へ連れ戻す。記憶が無くなってしまってもだ。お前を心配する人達からのお前を連れ戻すように頼まれているし、小さな女の子とも約束した。元気な子だ」
背後では魔女プルプラが問いかけてくる。
「いいのカイ? その娘の記憶は無くなるヨ。壊れるんだ。自分が誰かもわからない。幸せなのかネェ?」
アレックスを見つめるウィリアムが話を続けると、シエナとシルヴェール、オードンが彼の様子に気づき少しずつ離れた。彼の持つ小剣が赤く光りだしたのだ。
「アレックス。聞いてるか? お前がみんなの事を忘れても、俺達にはアレックスとのことは忘れない。ここにいるシエナにもシルヴェールにも。家で待つローレンスにも、アルマにも。何より、俺が証明してやる。ここを出て良かったってことを。ちゃんと家まで送り届けて、戻ってよかったって証明してやる。だから……安心してくれ。待たせてすまなかった」
「「アハハハハ」」
魔女プルプラとアレクサンドラが同時に笑った。だが、ウィリアムはすでに気づいていた。だから、一生懸命に奥にある彼女の意識へ話しかけていた。そして静かに怒り、赤い槍へと変わったそれを地面に立てゆっくりと立ち上がる。
「っざけるなよ」
「サァ、始めようカ」
魔女プルプラが指先を無数に増やし、地面に突き刺すと霧が光る。そして、ぽつり、ぽつりとまるで水玉が出来るように空中に光る塊が現れた。同時に地面からは三体の木人が現れる。
「これが何なのかわかってるだロ? お前なら出来るはずだよ。先ずは三体。そう、三。いい数字ダロ。あぁ、小さい子が足りなかったネェ。でも、良いこと聞いたよ。アルマ。そう、アルマっていうんだネ。ここが終わったらその子の元へ行こう。アハハハハ」
ウィリアム、シエナ、シルヴェール、それにアレクサンドラを抱えたオードン。彼ら五人の背後から突如、たくさんの杖が飛んできて魔女の周囲、地面へと突き刺さる。魔女プルプラが三本の杖を取ると、魂を注入した木人へと突き刺す。光りだした杖の球体。
「アスカラ族。誰が死ぬんだろうネェ。さぁ、どうすル? ワタシを襲うか、そいつの娘を救った時みたいに――」
言い終わる直前に突風が起きると、ウィリアムが三体目の木人に突き刺さった杖から球体を取りオードンの足元に投げた。
「やっぱりネ。ウィリアム…お前は、自分の名前が好きかい? ねぇ、ウィリアム……お前は誰なんだイ?」
魔女プルプラが話しながら続々と木人を作り出し魂を注入する。魂が入る前にシルヴェールが倒した木人の近くには行き場を失った魂が漂っていた。
「次は五体。さぁ、ホラ、走れ、走レ、アハハハハ」
次は離れたところに五体、杖の突き刺さった木人が配置された。ウィリアムが「シエナ!」と叫び彼女はすぐに彼に風の魔法で速く走る手助けをする。魔女プルプラはシルヴェールにも木人を用意していた。杖が突き刺す木人を用意して、わざと彼に高速移動剣技を使わせていた。その数は十を超えている。
「アハハ。エルフ、お前は十一回が限度。さぁ、走レ、走レ」
ウィリアムが「くそぉっ!!」と言いながら走る。周囲には動きの止まったシルヴェール、空中を漂ったまま動かない草がある。彼は加護を使い必死に動いていた。一体、また次の一体へと走り限界を迎える。最後の球体を取る時は前のめりに倒れるようにそれを弾き飛ばした。
「あら、もう限界かイ? 悲しいネェ」
「んなこたねぇ。まだまだ、バリバリいけるぜぇ」
心配そうに見つめるシエナ。オードンはウィリアムがどこにいるのかを見失ったが突如起こる突風が彼の使う何かだということに気づき始めた。
「さぁ、次は……そうだネェ。先ずはエルフ。お前、次は二十でどうかな? さぁ、誰が助かって、誰が死ぬんだろうネェ。アハハハ」
シエナは必死にシルヴェールを援護するが、数が多すぎた。何よりも連続して使用していたためウィリアム同様にシルヴェールにも限界が来ていた。
「あぁ」
シルヴェールは限界を超え魔女プルプラが用意した木人全てを阻止することに成功したが、最後は放電しながら体の節々を震えさせながら膝をつき動けなくなった。苦痛で顔を歪め、立とうとするが駆け寄ってきたシエナに止められた。
「呆気ないネェ。お前たちエルフは後にスルよ。さぁ――おや? すごいね。まだ立てるのかい?」
ウィリアムが槍で地面を支えながら立っている。魔女に向かって走るが途中で彼女の用意した根っこに躓いて倒れてしまった。
「ああ、美味しそう。怒り、悲しみ、最後はどうしよう。絶望の風味をつけたそうカ」
魔女プルプラが残っていた木人百体あまりに魂を注ぐと、杖を霧で掴みそれらを回転しながらすべての木人に突き刺す。
「さぁ、さぁ、がんばっておくれ。オードンの兄弟の魂も入ってるヨ。上手く掬えるといいネェ」
「おい! なんだかわからないが、無茶するな! 俺達のことは気にするな!」
オードンが叫ぶ中、ウィリアムが立ち上がりながら彼に返す。
「そんなの無理な話だぜぇ…何もせず、このまま美味い飯が食えるかっての。これさえ乗り切ればどうにかなるかもしれないじゃんか」
「オヤオヤ、生きて戻るつもりなのカ? イイネ。希望…期待…夢…」
杖の突き刺さった木人が百体近く。ウィリアムが使う加護は制御出来ない。彼の"無調整で全力の加護"は範囲を定めることが出来ない。それは体に大きい負担がかかり、数回しか使えない原因になっていた。
ウィリアムが加護を使い、鼻血を垂らしながら走る。近くにいた一体、次の一体へと向かい膝をつくと加護の空間の中が揺れる。そして、もう少し、もう少しと立ち上がろうとした時それは現れた。ただ「世話を焼かせる。せめて俺が終わるまで踏ん張ってくれ」とだけ言い、唯一、この空間の中で動ける一匹の白狼が走り出す。光ると姿はエルフに戻り、杖の球体を一つ、また一つと外していく。途中でシルヴェールの剣を奪うとさらに加速させあっという間にすべての球体を杖から取り除いた。そして、ウィリアムが意識を失いかけると破裂音のような音と爆風が駆け抜け加護の効果が切れた。
「きゃぁっ!」
「うわぁ」
「おぅわぁ」
「!?」
あちらこちらに飛び散る魂の入った球体を見て魔女が驚く。地面に顔をつけるウィリアムがせき込み、拳で地面を支え顔を上げるとすぐに彼の腕を借りる。そして立ち上がり、嘲笑し魔女プルプラの方を見る。背後には紫の大樹があり、その幹は抉られている。そして、ウィリアムが魔女プルプラに言う。
「希望? それなら今、成就されるぜ」
彼が顎で魔女の後ろを指す。魔女が「は?」と振り返るとそこには赤く光り、湯気を発したオークが樹に到達していた。猫背のエルフが用意した爆弾の一つだ。オークはそれが自分だと知っていた。今まさに爆発するという中、ウィリアムが白狼からエルフの姿になっているリードレに、自分のシャツを千切って渡す。
「裸で登場して格好いいとか…」
そろそろお父さんの秘密が少し解明されます。