136 プルプラ① 若い魔女と年老いた魔女
■紫の魔女プルプラ
古の森で目撃される姿は木人に乗り移った状態で、老女だったり大人(若い)だったりしている。話し方もそれぞれ違っているが、ウィリアムと話すときはアレクサンドラに近い口調になっていく。
「なぁ、本当にこの方向で間違いない?」
「ああ。もう見えてくるはずだ」
退屈そうなウィリアムが道案内をするオードンに話しかけるとすぐに答えた。双子の戦士との戦いの後、行動を共にした四人。森の中を歩き、魔女とアスカラ族が戦いを繰り返してきた谷間の入口へとやってくる。ウィリアム、シエナ、シルヴェールはその悲惨な状況に驚いた。しかし、それ以上にオードンは胸を苦しめていた。
一行の目の前に広がっていたのは、無残な姿で地面に転がるアスカラの戦士達。数百人はいるであろうアスカラ族の仲間達が静かに横たわっていた。動かなくなった木人に貫かれたり、樹や岩にめり込む者、人と木片で出来た山からは助けを乞うように手足が伸びていた。わずかに聞こえる呻き声に四人は反応する。何人かはまだ息をしていた。
「おい、何があったんだ? 魔女はどこへ? ほかの皆は?」
オードンが一人の戦士の元へ駆け寄る。動かなくなった仲間を背もたれにして、傷だらけの戦士はかろうじて意識を保っていた。声を掛けられると戦士もまたオードンに応えた。
「谷間の奥へ……。エルフとオークもそこへ。ちょうどお前らが来る少し前に向かっていった……。魔女は…まるで、遊んでいるだけのようだった。ただ、途中でやめたんだ……」
「何をやめたんだ?」
問いただすオードン。周囲を警戒するシルヴェール。しゃがみ込み最後の時に安らぎを与えるシエナ。歩き観察するウィリアム。外の人間にエルフの男女、彼らを虚ろな目で見つめていると再度オードンに肩を揺さぶられる。
「おい、しっかりしろ」
「あ? あぁ、すまない…。魔女が、俺達を殺すのをやめたんだ。急に興味が無くなったように消えたんだ。生き残ったやつらはエルフとオークについて先に進んだ」
戦士が苦痛で顔を歪めながらも谷間を指差す。そして、
「家に残してきた家族。仲間達を苦しみから解放してやってくれ。俺はもう……」
「……ああ。安らかに眠ってくれ」
戦士から震えと呼吸が消えた。力が抜け、何かが抜けていくのを肩に置いた手を通して感じ取ったオードンは口を結び深く頷いた。少し前までは同じ考えだった。けれど今は複雑な気持ちだ。この戦士は真実を知らずに死んだのだ。その方が幸せだったかもしれない。もしも、誰かの魂の入った木人を倒していたのなら。そう考えると悲しみと怒りが同時に込み上げてくる。シルヴェールが彼に声をかける。
「大丈夫かい? ここからはさらに危険かもしれない。君は娘さんの魂を手に入れたんだ。無理をしなくてもいいんだよ。案内してくれてありがとう。あとは俺達だけでも構わないさ」
目の前にいる爽やかな目をしたエルフの男、シルヴェール。アスカラの里に現れた猫背のエルフと違い彼は人間の言葉をとても流暢に使う。それは一緒にいるシエナという女性も同じだった。安心できるのはそのせいだろうか。それとも……
「おし! じゃぁ、ここからは気を引き締めていこうぜ」
オードンの元に皆が集まる。ウィリアムが胸を張り、腰に手を当て皆に言う。脇と挟んでいるのはアスカラ族からはぎ取った外套。それを見たシエナが眉を寄せ問う。
「あなた、なんで彼らの服をはぎ取ったの?」
「え? だってほら、お前らバレたくないんだろ? だったらコレ。ほら、これならアスカラ族の戦士だろ? 近くで見なきゃわからないし、もうほら、いらないわけだし」
「ああ。そうだね、ウィル。申し訳ないけど使わせてもらおうか。シエナもほら」
「……仕方ないわね。シルがそういうなら。まぁ、悪い考えじゃないし」
エルフの二人に外套を渡すウィリアム。表情豊かでどこか調子がいい。ドジなのか、ふざけているのか、運がないのか。どこか憎めない男。彼を見ていると、彼と一緒にいると、どこか楽観的になれるのは気のせいだろうか。オードンは娘と自分を助けてくれた三人に不思議な魅力を感じていた。
「俺も行く。その、役には立てないと思うが……。魔女を…紫の魔女、古の魔女にして俺達が先祖代々守ってきた魔女をこの目で見てみたいんだ。木人に乗り移った紛い物じゃない。そいつ本人をだ。俺の娘、いや、俺達の仲間にこんな風にした元凶をこの目で見たいんだ」
シエナは肩を落とし、シルヴェールは肩を上げる。オードンは真っすぐにウィリアムを見つめて話していた。
「いいんじゃないか? でも、俺達の目的は紫の魔女じゃない。ここの奥にいるアレクサンドラっていう人間の女性を迎えに来ただけだからな。魔女に会う前に彼女を見つけたらそれで帰るけど、いい?」
「そうよ。私達、出来たら関わりたくないもの。せっかくあなたが決意して熱い思いで言ってるとこ悪いんだけど、紫の魔女に会わずに済むならそうしたいのが私達よ?」
ウィリアムに合わせてシエナも話す。オードンは「それでもかまわない」と、ここからは三人の後ろからついていくことにした。谷間を進む四人。奥にある紫の大樹までは入り口の惨状が不気味なほどに静寂の中を進むこととなった。
※
一方、奥にある紫の大樹。その幹は家よりも太く、沢山の根が地面から這うように集まっている。周囲は広く、短い草で埋め尽くされた地面、苔の生えた岩が所々に鎮座している。紫の大樹から百メートル近く離れた周囲を古の森の樹々が密集し囲んでいる。そういう空間に辿り着いたのは猫背のエルフとオークだけだった。
大樹の根元、少し前方に樹を編んで作ったような椅子に座っている木人の女性。若い姿の紫の魔女。足を組み、両手をひじ掛けに置き、大きく深いため息をしてどこか遠くを見つめている。
猫背のエルフが周囲を確認し、オークに指示を出し大量の杖を運ばせていた。魔女はずっと動かない。椅子に座ったままくつろいでいる。本体は奥の大樹なのだろう。先日までは谷間から見えていた紫の葉の光が、今ではほとんどなくなっている。報告によると、相当数の魂を木人に注ぎ争わせていたと知っている。それに連動するかのように大樹からは光が消えている。
「考えた通り、聞いた通り、想った通り。魔女はアスカラ族を直接は殺さない。それに彼らの魂や肉体を地面から吸収しているのだろう。ああ、なんて若く美しい姿。本体はどこだ? あの大樹なのか? ゆっくりと味わいたいなぁ。木で出来た滑らかな肌はどんな感じだろうか? 魔女が恐怖する姿はどんなに美しいだろうか? ほら、お前! 準備が終わったら行くぞ」
興奮する猫背のエルフ。「おお、あぶないあぶない」と言いながら運んできた鞄の中から小さなネズミを一匹取り出すと、そのまま飲み込んだ。「念のため、ヒヒヒ。踊る、踊る」とくすぐったそうに腹をくねらせる。
オークと共に入り口から進む。椅子に座る魔女がゆっくりと二人に視線を向ける。距離はまだある。とはいえ、ここは魔女の中の魔女。古の魔女の縄張りの最深部。油断は禁物だ。
「お目にかかれて光栄! 私はエルフの郷からやってきた拙い研究者が一人」
猫背のエルフがどこか、たどたどしい動きで魔女にお辞儀をする。彼女は片手で頬杖をついて退屈そうに猫背のエルフとオークを見つめる。数秒だけ沈黙が流れると、彼女は手から顔を離しゆっくりと立ち上がる。椅子は崩れ、一部は彼女に取り込まれる。ゆっくりと歩いて近づいてくると二人に話しかけてきた。
「拙い研究者? そのオークも、あの双子も、この杖も、お前が造ったのだろう?」
「ええ。ええ! そうです! 私が造りました。よくおわかりで」
「この森に……エルフが五人。その中で私が『知りたい』のは一人だけ」
「五人? ああ、まさかそこまでおわかりとは……そうですとも。あの双子はエルフです。とはいえ、エルフ紛いですが。結果的に中途半端な作品になりました。それすらも見抜いてしまうとは。さすがは『魂を管理する者』と言われるだけの事はある。さすがは古の魔女。さすがは紫の魔女プルプラ」
『プルプラ』と名前を呼ばれた魔女は少しだけ顔を向けた。猫背のエルフは声を張り上げることでごまかしていた。作り上げた失敗作の双子の戦士アグリとアグラの事を見抜かれたのは意外だった。完全なエルフになれず、目的の物を得ることも出来なかったが予想外なことが起きた。『視界の共有』とエルフとまではいかないが魔法に対する耐性と身体能力が双子に備わっていたのだ。
人間として扱っていたが魔女は魂を見抜いたのだろう。猫背のエルフは、自分の作品が紫の魔女プルプラにエルフとして扱われたことに誇りを感じた。だが、自分を入れてもこの森に居るエルフは三人。あとの二人は誰なのだろう? そう考えを巡らせていたが心当たりはあった。エルフの郷が地上に落ち、解放されて数年。すぐに閉ざされたあともこちらの世界を行き来できる人物は限られている。二人で行動する者といえば……
「くだらない。たしかに拙いな」
「ええ"ッ」
返事をする間もなく、紫の魔女プルプラが繰り出した土と枝と霧が造り出す蛇が猫背の片足を持って行った。
「汚い。穢れている。悍ましい。卑しい者、臆病者よ。これは何だ? エルフとはこんなにも汚れてしまったのか? お前たちの祖先は何をしている。お前は何だ?」
「ああぁ"っ! 足がぁっ!」
「これは何だ? これがオークか? 可哀そうに。お前の作り出す物とは破壊した物を指すのか? 愚かな者よ」
プルプラがオークに近づく。猫背のエルフがオークに頷くとすぐに大きな拳が彼女の頭から足元まで、地響きを鳴らし叩きつけられる。が、何事もなかったかのようにすぐそばに新しい彼女が現れた。
「オークよ。お前の相手は彼がするだろう。いや、彼の目的はお前か? 紛い物よ」
猫背のエルフはプルプラの指さす方に顔を向けた。その間もオークが二度、三度と彼女を叩き潰している。ドスン、ドスンと地面が揺れる中、森から白く大きな狼がゆっくりと近づいてきた。
「何だ? あ? え? あぁっ! お前! 何で、生きてるんだ! いひゃぁっ!! 来るな! 何でここにいるんだ! オーク! おい、あの狼も殺せ!」
オークは猫背に近づいてくる白い狼へと標的を変更し突進する。白い狼もまたオークに歩を進めると、バチバチと雷が走るように青白い光の残像がオークを周囲の森へと運んでいった。
「何で、あいつがここに!」
「あはははは。役者は揃った。それで、お前は? その杖。欲しい物は分かるよ。けれど目的は何だい? ゆっくりと聞かせてほしいね。けれどもう時間はない。お前は邪魔だ。しばらく上から眺めているといい」
また地面から樹の蛇が生まれた。そして猫背のエルフに絡みつくとそのまま彼を大樹の上の方へと運んで行ってしまった。遠ざかる声、離れたところではオークと白狼の戦いの音が鳴る。
紫の魔女プルプラは両手を広げ、訪問者を称えた。
「待っていたよ。ウィリアムと名乗る者。あの女が欲しいのだろう? さぁ、私と踊りましょう。そして、あなたを頂きたい。どんな味がするのかしら? どんな香りがするのかしら? どんな舌触りがするのかしら?」
堅く偉そうな口ぶりから、女性のような口ぶりに変わる紫の魔女。彼女の声は木の体を通って木霊するようだった。同時に周囲の森からも響くように聞こえるその音が最後の頃には一人の出す音へと変わっていた。声を掛けられたウィリアムの背中をシエナが細長い杖で小突く。
「え、俺!? ちょっとしょっぱいし、汗臭いし、髭でチクチクする。それだけだ! だからとっととアレクサンドラを返せ! ちくしょう! こっそり救い出すはずだったのに……いきなり見つかったじゃないか」
「連れてきた二人のエルフはどうして顔を隠すんだい? 森で会ったじゃないか。あぁ、あの猫背のせいか? それならもう近くにはいないよ。安心しておくれ。それと、お前はオードンだね。娘を抱えてここまでくるとはね。偶然とはいえアスカラ族がここまで来たことは褒めよう。生きて戻れたら語り継ぐといい」
「お前が紫の魔女の本体か? いいか、お前は絶対に許さない! ここにいるウィリアムって男が、そう、彼だ! 彼がお前を倒す。俺はそれを見届けて、その死にざまを語り継ぐ。お前が俺達にしたことを皆に伝えねばならないからな!」
臆するどころか思いの外、気合の入ったことを言ったオードン。ウィリアムは確かに森や谷間を歩いている時に「魔女をぼっこぼこにしてやる」とか「屁でもないね」とか「俺、本気出したらすごいから。まだ本気だしてないだけだから」とか言ってたが、さっきまで震えていたオードンが土壇場でハードルを上げるとは思っていなかった。そんなウィリアムの心の中を知ってか知らずか、顔を出したシルヴェールとシエナがそれぞれ彼の肩に手を置いた。そして、オードンは指の減った手で娘の魂の入った球体を大事そうに抱え後ろへと身を退いた。
「お前、なに言ってくれてんの?」と顔で示そうとオードンに振り返ったウィリアム。しかし、オードンの瞳が期待と自身で満ち溢れているのを見て、彼は小さく頷き正面にいる魔女を睨む。
紫の魔女プルプラが両手を大きく広げ、上に広がる大樹の葉を見上げながら言う。
「名前をアレクサンドラと言ったか。彼女はほら、あそこに」
大樹の幹が少しずつ開いていくと、埋もれていたアレクサンドラが現れた。顔と胸元、手足の一部を僅かに覗かせている。魔女が突然崩れ消え去ると「う」と声を漏らしアレクサンドラが目を覚ました。
「アレックス! 俺だ! ウィリアムだ!」
「……? …アム? ウィ…リアム!!」
そしてまた彼女の意識がなくなる。彼女を囲うように枝が伸びると紫の魔女が形成された。ゆっくりと地面に降り立ち、嬉しそうに歩く。今度はさらに若い女性の足取りと体だ。
「面白い娘。けれど、どうして? 彼女からはお前に会いたいという想いが伝わって来る。ウィリアム……それが彼女の希望。お前? 大切な人なの? ウフフ。さぁ、味合わせて頂戴。お前は私の胎盤に入る資格があるのだから」
突如背後から現れた紫の魔女をシルヴェールが一閃、切り裂くとウィリアムはすでに走り出し正面にいる紫の魔女へと向かった。笑い声が響く中、ウィリアムは若い紫の魔女を相手に、シルヴェールは老女の紫の魔女を相手に、シエナは他の木人を相手にしつつ二人を援護し戦いは繰り広げられる。
オードンは三人と魔女達の戦いをその目に焼き付けていた。
最近、少し話が長めになっていたので初心に帰ってサクサク進めます。数話で終わらせるはずだった幕間がすんごい長いことになってます。ここの章に関しては後々、半分以下に抑えようと思ってますので今は詳細版としてお読みください(笑)
(*'ω'*) いつもありがとうございます♪
更新について:年末~先日までバタバタしておりまして、滞っておりました。申し訳ございません。しばらくは忙しいままかと思いますが、週1更新は出来るように調整したいと思います。多分、更新するときは数話一気に入れると思いますがゆっくり味わってください。(小分けに予約投稿しろ!という突っ込みは可能)