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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
古の魔女 〜紫の魔女編〜
135/144

135 紫の魔女⑤ 急がばばば、回れ

■防壁魔法 対物理・対魔法:対象者・物の前に出すことで効果を発揮する

■障壁魔法 対魔法:身に纏ったり、地面や壁に設置することで効果を発揮する。付与の場合は長く持たない


 驚くばかりの双子。土の塊が飛んできて、地面が盛り上がり杖を支えた。事情をしってるのか、少し前から気づかれずに自分達の事を観察していたのか。そして何よりもあの男。杖の上部にある球体を超高速回転する板の中からどうやって取り出したのか……まるで分らない。球体を失った杖は少しずつ調子を狂わせ最後には小さな爆発と共に動きを止める。杖を抱き着くように支えるオードンはその音に少しだけビクっと肩を動かすも今は目の前にいる謎の男に視線がくぎ付けだった。


「何はともあれ」「好敵手」


 双子の戦士アグリとアグラ。二人は視界を共有している。アグリが一人でウィリアムと戦っているが、実のところは離れたところからアグラが見る視界もアグリには見えている。故に彼らは振り返りもせずに、相手の位置を確認せずに避けたり攻撃したりすることが出来た。


 とはいえ、謎の男は小剣を片手にアグリに引けを取らない。剣を交える中でアグリはすぐに察知した。自分たちは共有する視界だけでなく、眼そのものも優れている。けれど、目の前にいる男は同等かそれ以上か。臆することなく、全ての太刀筋を見極め応戦してくるではないか。


「ははは! 強いなお前!」「……」

「そりゃどうも」


「俺はアグリ! あっちがアグラ」「……」

「ややこしいな」


 二人は剣を交えながら、時折間合いを愉しむかのように会話をする。


「お前の名前は? 殺す前に聞いておくよ」「……」

「俺は、そうだな。じゃぁ、アグロだ」


「あ? ふざけてんのか」「……」

「三人合わせて、グリとグラ、それにグロだ」


 謎の男がアグリの足を払い、態勢を整える間を与えずに胸倉を掴み一言。


「あ、グロいのはお前か」


 渾身の頭突きをアグリの鼻にお見舞いする。駆け付けたアグラが応戦し怒り心頭のアグリと合わせて男を蹴り飛ばす。思いのほか手ごたえが軽く、森の茂みへと転がり込んでいった。


「くそ! あの野郎! 歯が、俺の歯が!」「ほんとにグロいな」

「あ? アグラてめぇ。くそ! あいつ、ただじゃ殺さねぇ」「何者だ?」

「わっかんねぇ。なんで人間がこんなところにいるんだ?」「魔法は誰だ? 仲間がいるんじゃないか」


 茂みに入った男は一人の女性と話していた。その女性は叱りつけるように彼に言う。


「『ちょっと待って』って言ったでしょ、ウィル! ほら、それよこして。ほんとに馬鹿なんだから」


「えー? あのタイミングで助けに入らなきゃダメじゃない? なんで怒られるの? ねぇ、なんで助けたのに怒られるの?」


「私達はなるべく関わりたくないって言ったばかりでしょ! 杖を固定して、シルが二人を瞬殺する。それで終わりだったのに。あなたのその力っていうのも使わずに済んだのよ」


「……そうかもしれない」


「『そうかもしれない』じゃないわよ! そうなのよ!! ほら、行ってきなさい。一気に終わらせるのよ。逃がしちゃだめよ。アイツに知られたくないし」


「わかった。ありがとう、シエナ」


 小剣を槍に変えてもらったウィリアムがシエナにお礼を言い、立ち上がる。木の上に隠れているシルヴェールが小さな声で「その時は俺がやるよ」と言った。ウィリアムは「うし!」と一声、茂みから姿を現し双子に対峙する。


「よぉ。待たせたな。これでどっちが、どっちなのかわかりやすくなったぜ。俺はウィリアム。ちょっと通りすがりの者だ」


「ウィリアムだ? 知らねぇなぁ。しかも通りすがりだと? ふざけるのも大概にしろ。なんだその赤い槍。派手なだけか? いいなぁ、お前みたいな見た目のいいやつをボコボコにするのは好きだぜ」「赤い槍……赤い槍……」


「それはどうも。そうだ、じゃぁそのハンサム様からアドバイスくれてやる。とりあえずその短い前髪と長い後ろの髪のバランスをどうにかしよう。そうだ! 俺がその後ろの髪を切って、お前の前髪にしてやるよ。そしたらちょうどバランスいいだろ。歯はどうにもできないけどな」


 アグリとアグラが、腕に装着している小さく丸い盾を二、三回ほど軽く合わせるとバチバチと音を立て二人が繋がる。それを見たウィリアムは目を丸くして叫んだ。


「あぁ! ずるい! なんだそれ! 魔法の武具か! 雷か?」


「は! 正解! 気をつけろよ、俺達に挟まれたら痺れるぜ!」「先ずは一匹。そのあと茂みのやつ」


 アグリとアグラの盾を何度も雷が行き来している。二人の距離が近いほど線になり、二人の距離が離れる程に塊となり往来する雷の光。ウィリアムもさすがにそれには驚いた。とはいえ、盾と盾を行き来するだけ。彼は必死にそれを避けて、避けて、避けて……。


「無理、ムリムリ! ちょっと、ちょっと、ちょっと!」


「ははは! オラオラ」「無様」


 双子の盾からでる雷の光に武器が触れても駄目だった。手が痺れ勝手に声が「あばばばば」と出てしまう始末。ウィリアムは半分涙目を浮かべて茂みに視線を送る。双子の攻撃を躱し、逃げ回りながら飛び跳ねた時、前転する時、滑り込んだ時、機会を見つけては両手を合わせ懇願する姿を茂みに送っている。もちろん、それを見ているのはシエナだ。


 彼女は今、冷ややかな目でウィリアムを見ている。もちろん、彼の強さを知っているし、"見たことは無い"が彼の加護の力を知っている。相手の力量も魔法の武具を加味したうえで手ごわいことは分かっている。けれど今は彼にお仕置きをする時だと、わずかに口角を上げた。


 ウィリアムは茂みの奥にわずかに見えた彼女の悪魔のような微笑みに希望を失った。近づく光。少しずつ広がる痺れ、勝手に声が出て痙攣する。気を失うほどではないが、双子に挟まれて雷の光の縄で拘束されているような状態だった。


「マジで何だこいつ。逃げ回ってばかりで。強いのか弱いのかわっかんねぇ。まぁ、普通の奴よりかは逃げ回るのがうまいのはよくわかったな。俺達より目がいいんじゃないのか? なぁアグラ?」「ああ。いい実践になった。そろそろ殺してしまおう。とりあえず逃げ回れないように足を切り落とそう」


 双子がウィリアムを拘束しながら、どうやって終わらせるか相談している。茂みに隠れるシエナの頭上からシルヴェールが静かに降り立つと「あ、ほら。まずいんじゃない? 彼も動いたよ」と囁く。指を刺した先にはオードンがウィリアムを助けようと、アグリの背後からボロボロの体を必死に動かしていた。


 もちろん、アグリの正面に立つアグラの視線にその様子は捉えられている。つまり、アグリも背後のオードンに気づいている。近づいてきたところを剣で一刺しするつもりだった。が、突然にオードンの足が止まる。


 次の瞬間、また茂みから土の魔法。土の塊が飛んできた。「ちっ」と言いながら双子は盾を構え防いだ。一時的に消えた雷の光の拘束が解けたウィリアムが生まれたての小鹿のように茂みの方へと逃げていく。止まらない土の魔法に成す術もなく双子が「おい、逃げるな!」と罵る。オードンは盛り上がった土に足を取られて身動き取れないでいた。


「後生だからよぉ。シエナさんよぉ。助けてくれよぉ。俺が悪かったよぉ。歯が抜けるかと思った。そのぐらい痛いの!」


 魔法を駆使しているシエナの代わりにシルヴェールが話す。


「そうだね、ウィル。障壁魔法なんかどうかなシエナ? それとあの盾だけど……弱点を教えておくよ。それを合図に俺が一人受け持つよ」


「やっぱりシルヴェールは優しいなぁ」


「はぁ? 私はこうやって何回も助けてるじゃないの? いくわよ? そんなに長く持たないし、帯電するだけで許容範囲超えたらきっと全部貴方に流れ込むわよ。それまでにカタをつけなさい」


「はぁい」


 最後の返事にシエナは顔をしかめつつ、ウィリアムに雷の魔法障壁を付与する。そしていきりたつウィリアムが茂みから再度現れた。


「はははは! 待たせたな! お前ら、本当に――」

『さっさと行く!』


 耳元にシエナの怒りの声が響く。ウィリアムが怒られた猫のようにシュンとした表情を浮かべる。顔を下に向けたまま、視線を上げ落とした槍を確認するとすぐに走り出す。


「土の魔法を使ってる野郎は後で生き埋めにしてやる。先ずはお前だ」「拘束したらさっさと手足を切り落としてやろう」


 初めは双子の攻撃と盾の雷の光の線を避けながら、地面に落ちた槍を拾い応戦する。先ほどと同じように徐々に距離を詰める双子。すぐに雷の光の縄がウィリアムを捕らえると彼は「あばばばば」と槍を落とし、声を挙げる。アグリもアグラも盾をウィリアムにぶつける程近づいている。


「足をきるぞ」「このままさっさと」「なんてね」


「あ?」「え?」「おらぁ!」


 シエナに付与してもらった障壁のおかげで多少体が熱く感じたものの、痺れることも痛みも感じなかったウィリアム。双子の盾を掴みぶつけると大きな音と共に双子が痛みに顔を歪め動きが止まる。


 同時にいつでも剣を抜けるように構えていたシルヴェールがアグラへと切り込む。距離にして二十メートル近く。一歩ではいけないが、一瞬でそこへ辿り着く。距離があり、双子の目がいいのも加え、痛みで片方の目を瞑っているとはいえアグリもアグラも近づくシルヴェールに気づいてはいる。


 標的はアグラ。高速移動剣技は知っている。聞いたことはある。そもそも、そういうのを作り出すために猫背に実験された産物なのだから。アグラは近づくシルヴェールの剣を避けるために動いた。アグラも視界と脳をフルに回転させそれを手伝う。一瞬の出来事。アグリは剣を振り切るシルヴェールを見て「避けた」と思った。だが、すぐにアグラの視界が空を舞い、回転すると彼の死を悟った。


 シルヴェールが剣を振り切ると、遅れてアグラの首が空中を舞った。その様子を見ているアグリに対しウィリアムが赤い槍を突き立てとどめを刺す。それでこの一件は終わり。そのはずだった。茂みの奥でシエナはウィリアムに冷ややかな目を送っている。


 ウィリアムは帯電しすぎて一緒に痺れていたのだ。


「あばばばば」


 双子よりも盛大に。


「あばばばば」


 シルヴェールはそれも見越して、次手に走る準備をしていた。アグリはウィリアムを挟んで向こう側にいるエルフの剣士に怒りを覚えながらも恐怖した。考えるよりも先にそのエルフが自分を通り過ぎたからだ。首を振り向かせる頃には胴体が下半身と離れている。そして、そのまま地面にベシャリと落ちた。


「かはっ。クソ! グゾがぁ! アグラ、アグラ……」


「彼はもう死んだよ。君も後を追うと言い」


 シルヴェールが上半身だけになったアグリを見下ろし言う。するとアグリは恐ろしい者でも見るかのようにシルヴェールの背後を見た。同時にシエナの声が響く。


「うしろ!!」


 シルヴェールはぞっとした。背後を取られた事もそうだが、何よりも彼女に殺意がないこと、不気味な気配、心の奥底の魂が手を出すなと言っていた。


「かわいそうに。かわいそうに。だが、この森ではお前たちの魂は穢れそのもの。いらないよ。私が浄化してあげよう。あぁ、かわいそうに。これじゃ全然、美味しくない」


 紫の魔女が上半身だけになったアグリにしゃがみ込むように話しかける。頭を撫でて、切り口を撫でまわし、唇を弄ぶ。


「プルプラ」


 シルヴェールが思わず名を口にした。するとピタっとすべてが止まる。空気も、風も、音も、森の鼓動も、植物の声も、身を凍り付かせる。


 紫の魔女プルプラがゆっくりとシルヴェールに振り返る。頬と鼻が見える程度だが、それで十分だった。彼女は倒れているウィリアムを指差し応える。


「何を遊んでいる? 急げ。急げ。目と鼻の先だ。必要な分は集めた。あとはお前だけ。急げ。急げ」


 彼女は、文字通り伸ばした腕で双子の全てを掴んでそのまま森へと消えていった。立ち尽くすシルヴェールに駆け寄ったシエナが「大丈夫?」と声をかけると「ああ」と言う。二人の視線の先には霧の中に消えていく魔女の姿があった。

■シルヴェールの高速移動剣技

移動するたびに速くなる特性があり一度の連続使用に限度がある(成長中)

師であるリードレにはまだ及ばないが、ウィリアムと出会った頃は1回の剣技だったのに対して今では最大11連続可能。ただ、安定して使うには3,4回で小分けがいい。雷(雷自体は複合元素)と風の複合技術で無意識に雷の障壁を身に纏う。過去4章のアリが使うのも同じだが、彼は人間で障壁を纏えないので使うたびに死へと近づいていた。そのために無痛・無感覚になったと思われる(実験体)

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