133 紫の魔女③ アグリとアグラの楽しみ
■双子の戦士アグリとアグラ 金髪の人間の戦士(♂♂) 剣盾(小丸) あらゆる方向からの攻撃を振り返りもせずに戦う。アスカラ族の戦士は皆、二人の強さを認めてはいるが・・・。
■杖 猫背が用意した杖 先端は尖っている。上部に玉。刺すと光り三日月状の板が回転する。高速で手を入れようものならあっという間に削られていく
■オードンとレア 父と娘 オードンは娘を助けるため森の遠征に参加した
■木人 魔女が呼び出す生き物。2種類。雑魚と魂の入った凶暴な種類。後者はアスカラ族から奪った魂。家族などの血縁者や想いに反応し真っ先に向かう。魂が死ぬ時と同じように肉体も死ぬ。集落で見る光景はその様子だが、このことを知っているのは双子と猫背とオークのみ。
古の森の深部にある野営地。猫背のエルフが双子の戦士アグリとアグラに杖を回収してくるように命令している。アグリは面倒くさそうな表情を浮かべ、アグラは「ほらな」と顔で言う。
数人の戦士を引き連れて父オードンが落ちた崖の上までやってきた双子。下に降りる準備と、下から杖を運ぶ準備の両方を終えると崖を降りていく。縄を使い途中まで来るとわずかな足場と曲がりうねった森の樹を使い器用に地面に降り立つ。
周囲を探索し、回収した杖を運び終わる。十本以上運んでいたはずだが、結局見つかったのは九本だけ。いつものようにアグリからアグラへ話しかける。
「なぁ、もう少し探すか?」
「そうだな。十本以上と、十本以下。聞こえがいいのは」
「だよな。くそ。面倒くさいな」
「仕方がない」
「昨日のヤツ。オードンてやつ。まだ生きてると思うか?」
「死んでるだろう。木人が飛びかかっていたからな」
「だよな。この高さだ。仮に死ななかったとしても木人に殺されるだろうな」
「むしろ、落下しなら幸せだったんじゃないか」
「ん? あぁ、そうだな。それは言えてるな」
「いずれ木人も誰かに殺されるだろう」
「紫の魔女ってのもえげつねぇなぁ」
「それを見て楽しんでる俺達も同類」
「はは。だよな。バカなアスカラ族」
「愚かなアスカラ族」
双子は話しながら森の中を探索した。オードンはあと二、三本は持っていたはずだが見当たらない。ここの森の樹は真っすぐではないので地面だけでなく、どこかに引っかかっていないかあちこちを探す必要があった。
「あ、あそこに一本。ちょっと取ってくるわ」
「あい。俺にも見えた」
「アスカラ族の戦士がさ、木人を殺した時の顔みたか?」
「ああ。何とも言えない顔だったな」
「そりゃそうだろ。だって、自分たちの家族を救う為に来たのに、その家族を自分で殺しちまうんだ。魔女があいつらに囁いた後の顔といったら」
「顔一つじゃ足りないくらいの感情が入り混じってるな」
「笑えるぜ。どんな気持ちなんだろうな? 殺した後悔か? 魔女に対する怒り? いや、自分に対する怒りか? むしろ不甲斐なさか? あ、喪失感かな? 無力感? 昨日の奴なんてさ『俺はこの戦いで妻を救うんだ!』って言ってたぜ。そいつ、魔女に囁かれてから必死に木人を守ろうとしてた。んで、その木人に殺されてたの。直後に別の戦士に妻の魂が入った木人は殺されてたぜ。マジで笑える。どう転んだって魔女の勝ちだろう」
「まぁ、それがアスカラ族」
「オードンを襲ってたのもあの種類だったよな?」
「ああ。動きがそれだった」
「くそ。見たかったな。あいつとは意外と話してたんだぜ」
「知ってる。それが目的か」
「ああ。家族に抱えているヤツを見つけたら仲良くなってるんだ。そんで、最後の瞬間を見るんだよ。そうでもしなきゃ、こんな戦いの繰り返しなんてやってらんねぇ」
「そうだな。俺も飽きてきた。あいつら馬鹿みたいに自分たちが早く着いたと思ってるからな」
「そりゃそうだ。俺の名演技のおかげ」
「いや、猫背の目論見だろ」
「『やっとたどり着いたなお前たち! 待ってたぜ! さあ、戦いはこれからだ。この後に来る戦士たちの為に道を切り開こう』ってな」
「バカなアスカラ族。すでに相当数の死体が魔女の餌になったというのに」
「ほんとな。何人くらい?」
「数千は余裕で……一万を超えたくらいか?」
「うひゃ。すっげぇな。っていうかそれだけ捧げても紫の魔女ってのは復活しないのか?」
「目覚めたと喜んではいたが」
「まぁ、よくわかんねぇな。それに昨日の杖も失敗だったしな」
「あれは予想してた。そもそも、木人の体だからな。魔女本体じゃない」
「でもよぉ、やっとの思いでこれをぶっ刺したってのに」
「おい、あそこ。木人がいるぞ」
「あぁ、俺にも見えた」
「ん? あれはオードンじゃないか?」
双子が発見したのは父オードンと娘レアの魂が入った木人。川辺で隠れるように木人が何かをしていた。
「おいおい、何してるんだ?」
「それよりもあいつ、生きてるんじゃないか?」
木人がオードンに水を与えている。木でできた体、枝で出来た手では水がうまく掬えず苦戦している様子。その時、ちょうどオードンが目覚めようとしていた。彼は夢を見ている。小さい頃のレアの夢。
※
「お父さん」
「ん? なんだいレア」
「これ。作ったの。名前も彫ったの」
「おお。私の名前だね。ありがとうレア」
「はい。手を出して。ね? ちゃんとお父さんの左手に合わせて作ったの」
「すごいじゃないかレア。手にしっくりと収まるよ」
「えへへ」
「あぁ、だから最近やたらと私の手を握っていたんだね」
「そうだよ。それで鍛冶屋のおじさんと一緒に作ったの。木を削ったのは私だよ。あとは鍛冶屋のおじさんに手伝ってもらいながらできるところは一緒にやったの」
「ははは。よく頑張ったな。ありがとう」
娘レアが自分の手を握る感覚。遠い日の思い出。耳に流れる川の音。目を覚ますオードンの左手に残る感触が、次第に蠢く固い何かに変わる。彼は目を開け驚いた。手を握っていたのは木人だったからだ。
「うわぁ! くそ、離せ!」
立ち上がり、離れようと思った。けれど脇腹や腕を痛みが襲いうまく立てず小石の上に倒れこむ。スルスルと近づく木人の枝を払いのけ、必死に抵抗していた。その様子を見ていたアグリとアグラが嬉しそうに口角を上げる。
「なぁ、考えてること一緒か?」「やりたいことは一緒」
「おい! オードン!」「こっちだ」
オードンは声のする方へ振り返る。双子の戦士アグリとアグラが杖を持ち立っている。彼は双子へ助けを求めた。体中を木人の枝で掴まれうまく動けないでいる。
「おい! 助けてくれ! 体が動かない!」
「お前、よく生きてたなぁ」「まさに奇跡」
双子の言葉にオードンも同意する。崖から落ちて、木人に捕まり、どうして生きているのだろうと疑問にさえ思える。
「くっ。離せ!」
木人はオードンの言葉に反応してゆっくりと地面に彼を下ろした。全ての枝が離れると彼はすぐさま双子の元へも向かうが、走ることは出来なかった。
「お前、どうなってるんだそれ。木人に手当てされたのか?」「包帯みたいに枝がグルグル巻かれてる」
「はぁはぁ。あ、あ? あぁ。そう言われればそうだな。あいつが俺を捕らえるためにやったんじゃないのか? それより、あいつを殺さないと」
「おお。いいねぇ。殺そう、殺そう」「その言葉が聞きたかった」
「さぁ、杖を運ぶから、渡してくれ。それくらいならできる」
「あ? お前、何か勘違いしてるな」「杖は俺でも運べる」
オードンが痛みで膝をつき、木人と双子を確認しながら呼吸を整えている。アグラは杖を持ち遠巻きに木人へと近づく。足元で休むオードンにアグリが話しかける。
「なぁ、オードン? ケガをしたお前を連れて帰る理由ってあるか?」
「あ? ああ、治れば戦える。これからもあの谷間で戦うんだろ?」
「ん? あぁ、そうだな。でもな、戦士の数ならこれからも補充される。俺はさ、弱い奴は嫌いなんだよ。あの木人。お前を標的にしてただろ?」
「あ、ああ」
「だったらさ、あいつを殺せ。そしたら考えてやる。俺達は杖の回収をしに来ただけだ。お前を見つけたのは偶然」
「あ? あいつを?」
仲がいいわけでも、優しさを期待していたわけでもない。オードンはアグリの言葉が耳に入る度に少しずつ冷静になっていく。胸に抱く不安がやがて彼らへの不信感へと変わり、何か目論見があるようにさえ感じた。
「あんな怯えた木人を殺せと?」
「ああ。お前が殺さなかったら、あの木人。別の場所で誰かを襲うかもしれないだろ。そしたらお前、どうする? そいつらに顔向けできるか? 『そいつが死んだのは俺が見逃した木人のせいだ』って言えるか?」
オードンはアグリの表情を見ながら、これがただの嫌がらせのように見えた。離れたところに見える木人が怯えているせいもあるのだろうか。双子の戦士の強さを知っているから余計に木人が弱く見えるからだろうか。なぜか、木人の事を見る度に胸の奥が苦しくなる。
「ほら、この剣を使えよ。切れ味は良いから。いっぱい斬ってくれ。俺達にあの木人を殺すところを見せてくれよ。お前の強さを証明してくれ」
アグリは剣を地面に突き刺す。同時に一本の小瓶を彼に渡した。
「あぁ、俺はそこまで悪い奴じゃないぞ。ほら、これを飲め。一時的に痛みが和らぐはずだ」
オードンは薬を受け取ると少しだけ迷ったが、一気にそれを飲み干した。そして剣を握り、痛みが消えたとはいえおぼつかない足取りで木人へと近づく。剣を構え木人に対峙すると雰囲気がおかしいことに気づいた。目の前の木人は怯えながらも、体から枝が伸びて戦おうとしている。けれど、それを拒むかのように別の枝が抑えている。そういった様子で蠢いているのだ。
「おい! オードン! さっさと始めろ。殺せ! そいつを殺すところを俺達に見せてくれ!」
咆えるオードンは、娘レアの魂が入る木人に向かって走る。