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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
古の魔女 〜紫の魔女編〜
132/144

132 紫の魔女② オードンと杖

 谷間の戦いから生きて戻って来れる者はごく稀だった。ほとんどの場合が全滅で、毎日補充されるかのように集結するアスカラ族の戦士たちが互いに会うことは皆無だった。生き残った者もなぜか翌日には死んでいる。ただ「木人は殺すな」とか「自分に殺される」と呟いてばかりいた。


 今日の戦いは今までで一番多い人数で望んでいる。約三百人の戦士。老若男女を問わず、各集落からここへ向かってきた者達。すでに百人近くの戦士が息絶えて地面に転がっているが、魔女が作り出した木人は残り数体となっていた。


 紫の魔女は霧に変わったり、または霧の中を移動するかのように武器を持つ戦士から戦士へと移動しては密着し何かを囁いたりしている。双子の戦士アグリとアグラが持ってきた杖を彼女に突刺そうと奮闘しているが、未だに成功していない。


「くそ! あと少しなのに」「遊ばれてる」

「一度でいいから刺され!」「もうあっちだ」


 手に持っているのは猫背のエルフが長年かけて作り出した道具。先端は尖り、上部には白濁とした球体がついている。三日月状の板が二枚。外側と内側についていて、それが球体を支えているがよく見ると浮いているのがわかった。内側の一枚は回転するようになっている。


 少しすると、紫の魔女が大きな戦士に仕留められた。偶然か、油断したのか。大きな戦士が持つ大槍に紫の魔女の木人が突き刺さっている。わらわらと蠢く彼女の腕がそれを掴む。大きな戦士は大槍を振り回しそれを拒んだ。彼女は叩きつけられ、他の戦士に殴られたり、蹴られたり、潰されたり、斬られたりしてすぐに顔と胸部だけになっていた。


「よくやった! ほらよ!」「任務完了」


 双子の戦士アグリとアグラがその場にたどり着くと、手に持っていた杖を彼女の体に突き刺した。アグリは喉元に、アグラは胸元に。紫の魔女はひきつるように笑っている。そこへ周りの戦士たちがつばを吐きかけていた。


「今日はまた、多いネ」


「さすがにこの人数じゃ辛いか?」「多勢に無勢。数は力だ」


「アハ、ハハ、ハ」


 紫の魔女が笑っている間も杖の球体は光り続ける。白く輝く頃には内側の一枚が高速で回転し光る文字が螺旋状に現われている。


 紫の魔女が腕を伸ばした。スルスルと小枝を伸ばすように球体へ近づけるとあっと言う間に消し飛ぶ。高速で回転する板にどんどんと削られていくのがわかったが速すぎて、ただ手がなくなっていくように見えた。


「は! 無駄だぜ! バカが」「これを素手で掴むのは無理」

「ハァハァハハ。やっぱり。思ったとおりだね」


「あ? 何がだ?」「負け惜しみか?」

「あぁ、もうだめだ。体が持たない」


「さっさと死ね」「あとはコイツラに任せる」


 紫の魔女がパキパキと崩れていった。残るの静かな余韻が不気味に感じる。双子のアグリとアグラは杖を持ってその場から離れた。紫の魔女がこれで終わるわけがない。もう潮時だと思い、全滅する前に今日も退路を確保するために準備を始める。


「おい、オードン! 杖を運ぶ準備をしろ。さっさとここから去るぞ」「オークも帰るぞ」


「……」


「おい、一人でこれ全部は無理だ。あと二人ほどよこしてくれ」


 灰緑で巨躯のオークは無言でアグラのあとを追い、杖持ちを頼まれたオードンは仲間を二人呼び寄せ三人で杖を運ぶ準備を始めた。


 一方、戦場の中心ではすでに紫の魔女が新しい体を形成している。転がる死体の肉片、散らばる木人の破片。漂う紫の霧。それらを使い美しい女性の木人を作り出す。しかし、美しく妖艶な姿は影の中だけで、陽の光の下で見るその姿の禍々しさは木人の域を出ない。


 すぐにまた二百人近いアスカラ族の戦士が紫の魔女を取り囲む。魔女は両手を高く空に掲げ素早く、かつ滑らかに地面に対して広げた。同時に霧の塊が周囲を駆け抜け、アスカラ族の戦士たちがその波動で数歩退く。静寂の中、皆が彼女に目をやる。両手を広げわずかに膝を曲げる姿は女性がスカートを広げ挨拶しているように見える。うつむいた紫の魔女が微笑み、視線だけを上げて囁く。


「我が名はプルプラ」


 バキバキと足元から音が鳴り響く。皆、何事かと周囲を見渡し音のする方へ視線を送る。目に入ったのはおかしな動きをしながら立ち上がる死体。今日、この戦場へ共にやってきた仲間達だ。


「先ずは半分。さぁ、どうする?」


 先ほど、魔女を刺し貫いた槍を持つ大男が動く死体を一突き。「ひるむな!」と叫び、また一体の動く死体を倒す。すると別の場所で戦士が一人倒れた。


「気づいたね? そう。そこに入っているのはお前たちの魂。魂は肉体を求める。魂が死ねば、体は死ぬ。さぁ、どうする? 自分を殺す? 自分に殺される? 仲間を殺す? 仲間に殺される? さぁ、さぁ、さぁ、さぁ? 宴の時間だよ」


 一体倒せば、一人が死ぬ。バキバキと音を鳴らし、歯を剥き出しで襲ってくるそれは加減など一切関係ない。腕が折れようが、もげようが、ひたすらに自分の肉体を奪い返すために襲い掛かってくる。戦いは悲惨なものだった。二百人近くの戦士があっという間に半分に減ってしまった。戦いの最中、紫の魔女は戦士たちの耳元で囁きながらまた新しい魂を回収する。そして、


「それじゃぁ、次の半分」


 同じことの繰り返しだった。すでに双子の戦士とオーク、それにオードンと他の二人の合計六人はその場を後にしていた。紫の魔女は落ちている一本の杖に目をやると彼らが走っていった方へ向きなおす。三体の木人を作り出し、三つの魂を入れた。杖を運ぶアスカラ族の戦士達にとって大切な者の魂。


「さぁ、お行き。会いたいだろう? 殺したいだろう? 助けを乞いたいのだろう? 走れ、見つけろ、食いちぎれ」


 走り去る木人を見送る紫の魔女の背後では、最後の一人が自分自身の魂が入った木人に殺されている。肉体を失った魂はそのまま朽ち果て、消えていった。紫の魔女は溜息を洩らしながら絶頂に達する。そして今日もまた、若返る喜びを感じていた。


 遠い地、父オードンの集落では娘レアがその時を迎える。目を開き、動かなくなった彼女。同じ食卓に着く家族が様子に気づいて涙を流す。手を握り、ただ、祈るだけだった。唯一いつもと違ったのは、すぐに症状があらわれなかったということ。それは単に娘レアの魂が入った木人が、父オードンを探すために森を走っている間だけの事だった。


 三人は双子の戦士アグリとアグラ、オークのあとを必死で追いかけた。最初に追いついた木人が戦士の一人に襲いかかる。


「うわぁ! くそ! この!」


 襲われ持っていた杖をばら撒くともう一人の戦士が援護に入る。木人はそのまま死んでしまった。同じ頃、襲われた戦士の息子が遠く離れた集落で同じように死んだ。


 倒れていた戦士は杖をかき集め、再び走り出す。


「おい! お前、もう少し持ってくれ。三人が同じ量を持ってたんじゃ戦いづらい。次が来たら俺たちが木人を殺すから。頼んだぞオードン。お前が一番力があって、走るのが早い」

「そうだな。俺の分も頼むよ。戦うのは俺たちに任せろ。生き残ったら、お前の言う自慢の娘にせがれを会わせたい。ともに生き残るぞ」


「ああ」


 直後、別の木人が現れた。同時に紫の魔女もいる。最初に木人を殺した戦士に何かを囁くと響き渡る笑い声とともに消えた。木人に襲われ奮闘している仲間のもとへ走るとおかしなことを叫んでいた。


「おい! おい! やめろ! 殺すな! だめだ! 木人にはお前のぼご」


 間に入った戦士が木人に殺された。彼が戦士を抑えていたせいもあって同じように二人が同時に死んだ。死に際に握っていた杖で木人を突き刺したおかげが相打ちとなった。杖の球体が紫色に光っているのがわかった。


「に、げろ、オードン」


 最後の一言を聞いて、オードンは自分の役目を果たそうと再び走り始める。両手に杖を抱え、野営地へと向かった。


 背後からは枝を折り、草を揺らす音が聞こえた。新たな木人が自分に向かって走ってくるのがわかった。父オードンはその体躯からは想像できない器用な動きで森の中を走り、どうにか双子の戦士たちに合流しようとしている。


 しかし、追い詰められた場所が悪かった。父オードンと娘レアの魂が入った木人は崖の上へとやってきた。ゆっくりと近づく木人。その中に愛する娘の魂が入っていることなど知らないオードンはひとまず杖を置き、武器を構えた。


 遠く離れた地では娘レアがその様子を見ている。どうしようもなかった。頭の中では抗っているが、自分の父を追いかけて彼の中身で温まりたいような感覚になっている。一向に症状の現れない様子に手を握り祈る家族は困惑している。


 次第に息が荒くなるレアの様子に、家族が覚悟を決めた。何度も見た光景のように彼女はこれから死ぬのだと。


 ゴン


 大きな音を立て彼女の頭がテーブルに打ち付けられた。そして動かなくなると皆が泣いた。他の者のように悲惨な最後ではないが、彼女は糸が切れたようにその場に倒れた。


 娘レアがそうなる前に見たのは、崖っぷちに立つ父オードンが武器を持ち襲いかかる自分へ抵抗しようとする姿。


 これが彼らの苦悩だったのか。これが斬られたり、折られたり、潰されたり、焼かれたりして死ぬ者たちの真実だったのか。脳裏に焼き付く中で瞳に映る遠く離れた場所にいるはずのオードンの姿が白い稲妻のようなものに遮られた。


 杖が数本だけ残った崖に双子の戦士がやってきた。ちょうど、木人とオードンが雷に打たれたかのように崖を落ちていったときだ。


「あ、くそ! あの野郎。どうせ死ぬなら杖は置いていけっての」「あとで回収」


「いまのは何だったんだ?」「落雷?」


「明日は杖探しだな」「まぁ、戦場より楽」


 双子の戦士はそのまま野営地へと戻った。少し離れた場所で片目のない大きな白狼が密かに彼らを観察していた。

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