129 古の森② 訪問者
戦士オードンを含め、アスカラ族の戦士達が古の森の戦いに出発することとなった発端はある訪問者の影響が大きかった。
一人目はいつの間にか現れ、そのまま古の森へと消えた謎の女性。薄紫の髪に細い体、無感情な表情に、合わせる視線はどこか別の所を見ているよう。「小さい女の子知らない?」とまるで迷子の子を探す母親みたいに聞いてくる割に、古の森へと向かう足は止まらなかった。
その後、森で狩人達が気絶しながらも無傷で戻る現象が多発する。やがてそんな彼らに共通する症状が現れると、全てのアスカラ族に恐怖と不安が蔓延することとなった。そこで新たな訪問者がやってくる。
アスカラ族の森にやってきたのは、猫背のエルフが一人と戦士が三人の計四人。彼らはある日突然にやってきた。ここがどこで、どういう場所で、何がいて、誰が偉いかをまるでよく知っている風にズカズカとやってきた。当然、氏族長の家屋へと近づくにつれて現場は険悪な雰囲気となる。
先頭を歩く一番偉そうな猫背のエルフ。アスカラ族の戦士達はこの時、生まれて初めて見るエルフに対して「耳長」と珍しそうに呼ぶだけだった。特に興味を引いたのは連れている三人の戦士。
一人は巨躯でフードが付いた外套を深く被っている。わずかに見える体はどこか灰緑。十三氏族の中で一番頑丈な男を連れてきてもまるで比較にならない。筋肉の密度そのものが違うのではないかと不安を抱いた。
残りは双子で金髪の戦士。静観する眼差しに少し軽蔑する表情。いや、卑下を含んでいるようにも見える。どこかアスカラ族の若者たちを見下しているように見えた。一緒にいる灰緑の巨躯のせいですごく小柄に見えるが、実際は高めの身長に鍛え上げた無駄のない体つき。少し長めの片手剣と小盾は見たことのない金属で作られているようだった。
勇敢で強く、そして屈強な戦士達がそんな三人の戦士を相手にただ指を加えてみているわけがなかった。ましてや、氏族長の元へと行こうとしている。一人の戦士が歩いてくる四人の前に立ちはだかった。
「俺の名はディカイ。おい。それ以上は行かせないぞ。どうやってここまで来たのか知らんが、俺達は何も聞いていない。それ以上進むなら痛い目を見ることになるぞ」
この集落では一番大きく、一番力のある大男のディカイ。それでも灰緑の巨躯と見比べるとどこか頼りない。猫背のエルフがため息をすると丁度、氏族長が現れた。
「これこれ、お前たち。その方は大切なお客さんじゃ。無礼を働くでない」
猫背のエルフが視線を外さずに小さく会釈をする。大男ディカイの横を通り、残りの三人も意気込んだ彼の横を素通りする。巨躯は無言で、双子は小さく「間抜け」「腰抜け」と囁いた。
大男ディカイは顔をプルプルと震えさせながら歯を食いしばる。上唇は怒りで引きつり、鼻の穴は呼吸で大きくなった。
挨拶をした猫背のエルフと氏族長。二人が家の中に入ろうとした時に「あぁ、そうだ」と振り向き猫背のエルフが話す。どこか拙いようにも思える喋り方がかえって戦士たちを腹立たせた。
「そうだ。お前たちはアサカラ族の末裔なのダロ? アシカラだったか? まぁ、どうにもお前たちを見てると前に見た先祖たちの立派な名前が消えるヨ。思い出せないね。死ぬ覚悟があるならその三人に挑んでもいいぞ。こいつらはまだ戦闘経験に乏しくてな。そこの小さいやつ、そう、お前だ。戦いたいんだろ? 何秒で死ぬか試してみろ。アグリ、アグラ? 私の言葉は通じてるか? 通訳しといてくれ」
小さいやつと揶揄された大男ディカイの堪忍袋の緒が切れた。静止する仲間が五人、六人と増えてやっと動くのが止まる程だ。「ヒッヒッヒ」と笑いながら入っていく猫背のエルフ。すると氏族長が意外にも彼らに話しかける。
「構わんぞ。ただし、そいつらと同じ人数だけだ。三人まで。同じ家族からは挑戦しないことを守れよ。それと、あまり騒がしくするでないぞ」
氏族長が戸を閉める。玄関までは土に丸太を埋め込んだ簡易な階段が十メートルほど。そこを一人ずつ歩いて戻ってくる三人。双子が灰緑の巨躯を挟む形でアスカラ族の戦士たちに取り囲まれている。双子が話し出す。
「良かったなお前ら」「おじいちゃんから許しが出たぞ」
「このデカブツが気になるんだろ?」「そうなんだろ?」
「そこの小さいやつが相手になるのか?」「相手にできるのか?」
「もしかして話が通じてないんじゃないか?」「そうじゃないか」
「通訳しよう」「教えてやる」
「なんで女が男みたいな恰好してるんだ?」「スカート捲し上げてちゃんと確認しろ小粒ちゃん」
大男ディカイが仲間を振り落とし、双子へ襲い掛かる。しかし、双子は剣を抜くこともせず、盾を構えることもせず、平然としゃべりながら大男ディカイを翻弄しながら話し続ける。
「おいおい」「落ち着けよ」
「お前の相手は俺達じゃない」「あいつだろ」
「そうだ、教えてやれよ」「そうだな。教えてやろう」
「お前の先祖は"こいつ"を倒したことがあるそうだ」「死んだけどな」
「お前は子孫だろ」「同じディカイって名前だしな」
「どうだ? 試してみたら」「そうだ。試してみろ」
双子が大男ディカイに灰緑の戦士と戦うように促している。嘘ではなく、事実だった。ディカイの遠い先祖、同じ名の戦士『ディカイ』は人ならざる者を倒したと謳われている。今、目の前にいる灰緑の巨躯に当てはまる言葉が多い。次第に動きを鈍くすると大男ディカイは息を整えながら灰緑の巨躯と対峙する。
「よし。お前の相手は決まり」「あいつだな」
「楽しませろよ」「笑わせろよ」
氏族長と猫背のエルフが話す間、アスカラ族の戦士たちと三人の戦士の腕試しが始まる。先ずは大男ディカイと灰緑の巨躯との戦い。話しかけるのは大男ディカイ。灰緑の巨躯が無言で応えると双子が説明した。
「お前、俺の先祖と戦ったのか?」
「……」
「違う、違う。そいつは死んでる」「どんだけ昔の話だよ」
「今、目の前にいるのは別物」「だけど同じもの」
「いわゆる改良版」「昔のは劣化版」
「お前は倒せるか? 改良版」「先祖が倒したのは、劣化版」
「「死んだけどな」」
暴れまわり、交互に話す二人の話を聞いてるせいで怒りを通り越して今は少し冷静になっている。それでも自分と同じなの先祖を馬鹿にするような口調と表情に彼はマグマのように内側を熱くしていた。仲間のアスカラ族からは応援や野次が飛ぶ。
対面する灰緑の巨躯は仁王立ちのまま動かない。来るなら来いと言わんばかりにただ、じっと待っている。大男ディカイは正面から力比べをしようとした。殴り、蹴り、突き飛ばすために体当たりをする。けれどその全てが不思議な感覚に飲み込まれ、まるで効果があるようには思えなかった。どうにかフード付きの外套を引きはがすことに成功し、その風貌を見ることに成功したが時すでに遅く彼の視界は顔から空へ、空から暗闇へ、暗闇から静寂へと変わる。
灰緑の巨躯。それはオークだった。ここにいるアスカラ族がオークを見るのは初めてだ。目の前で大男ディカイの首を鷲掴み、持ち上げ、地面に叩きつけ、二度、三度と顔面を殴り破裂音を鳴らす。地面に倒れるディカイの体を痙攣させたのがオークだとは理解していない。分厚い皮膚は衝撃を吸収し、刃物すらまともに通さない。加えて人間種とは比較にならない筋肉。大男ディカイの素手の攻撃など無意味。あまりの弱さに苛立ったオークが一瞬で彼を叩き潰した。文字通りに……。
「んだよっ!」「あっははは」
「もう終わりかよ」「マジでウケる」
「さぁ、じゃぁ次は俺だな」「お前からか」
「俺はこうしよう」「さぁ、次はどいつだ?」
オークが拳についた血や突き刺さったディカイの破片を外套で拭き取る。双子の一人がそれを受け取り、真っ赤に滴るそれで目を隠すように頭に縛り付ける。そして剣を抜くとアスカラ族にかかってこいと挑発した。
「ふざけやがって」
大男ディカイの死と双子の態度に怒りを覚えた一人の戦士が名乗り出る。目隠しをしているとはいえ、油断はしない。片手斧に盾を構えじりじりと双子の一人に近づく。
「そうそう、俺はアグリだぞ」「こっちがアグラな」
「どうした? 目隠ししてるのにビビってるのか?」「ちびってるのか?」
「ん? なんか臭いなぁ」「死体のせいじゃないか?」
「死にながらちびったのか?」「二人ともじゃないか?」
アスカラ族の戦士は双子のアグリへと踏み込む。大男ディカイの血でべっとりと染まった布で目を隠している。細工などあるまい。仮に隙間から見えていたとしても不利なはず。横たわる彼の弔いをせねば。そう意気込む戦士だったが。
斧を振れど盾で防がれる。「よっ」「ほっ」っという具合に軽く傷を負わせられるアスカラ族の戦士。「見えているのか?」という疑念もあったが、挑発的に見せる無防備な背中に向けた一振りでさえ軽くあしらわれると、転げ態勢を整えながら双子のアグリを睨みつける」
「おいおい、睨むなよ」「その目は見えていないんだぞ」
「そうだ、教えてやろう」「勝てるかもしれないぞ」
「俺は耳が良いんだ」「ものすごくな」
「だから、どこから来るかわかる」「まるで蝙蝠だな」
「さぁ、どうする?」「目の見えない男に負けるのか?」
すると戦いを見守っていたアスカラの戦士たちがドン、ドン、ドンと地面を踏み鳴らす。盾を叩き、武器を鳴らす。双子が「そうそう。一致団結。それがお前ら」と言うと、膝をついていた戦士が双子のアグリの首を落とすべく襲い掛かる。
双子のアグリは盾で斧を流しつつ、剣でアスカラ族の戦士の腕を斬り落とす。次いでそのまま片方の足、膝から下を回転しながら切り落とす。倒れた彼に片手斧を腕ごと返すと二人の戦いは終わった。そして双子がまた話す。
「信じたのか?」「バカだな」
「耳が良いのは嘘じゃない」「俺よりいいのは確かだな」
「正直がっかり」「拍子抜け」
「アグラの番だな」「アグリは終わり」
双子が交代する。出てきたのはアグラ。見た目ではほとんど区別がつかない。ただ、毎回話すのはアグリが先でアグラが後だ。怒り心頭のアスカラ族には正直どっちでも良かった。ただ強いだけなら、相手に称賛を贈ることが出来る。だが、双子の態度にはその場にいる全員が殺意を覚えていた。
「お、いいね」「期待できるか」
「そうだ、初めからその気でやれ」「殺意は十分」
「恥じぬ程度に好きな人数で取り掛かれ」「構わんぞ」
双子のアグラを取り囲んだのは十三人。ちょうど氏族それぞれから一人となる。時計回りに一人ずつ相手をするが、一人、また一人と地面に倒れる。休む暇もなく襲い掛かるアスカラ族に対し、背後からの一撃にすらまったく動じず、顔を向けることなく必要最小限で避けるとまるで見えているかのように剣を振るい倒していく。その手口も鮮やかで、手、足、胴体、首をそれぞれ流れるように斬りつける。必ずとどめを刺している。表情も変えず、呼吸も乱さず、同じ人間に見えるアグラは屈強なアスカラ族を手玉に取るようにあっという間に十三人全員の息の根を止めた。
この話は瞬く間に広がる。もちろん、三人の戦士に怒りを覚える者も居たが勝負を挑んだ以上、それは仕方のないこと。その後は古の森に入る準備が整うまでの間、彼らとの訓練が幾度となく繰り返された。犠牲になったのは最初の十五人だけだった。
物資が届き、訓練が終わり、準備が終わる。それぞれの集落からも森の深部へと向かう狼煙があがる。目指すは古の森の最深部であり、紫の魔女がいる場所。猫背のエルフ、オーク、双子の戦士の四人の目的はわからないままだが、アスカラ族を悩ます問題は解決すると言っていた。
古代の森での熾烈な戦いは数週間続き、今は少し手前で膠着状態となっている。娘レアに送り出された戦士オードンは無事生き残り、猫背のエルフ達が設営する野営地近くで次の指示を待っていた。皆が確かな手ごたえを感じていた。
生きたまま、こんな奥深くまで入り込んでいること。それこそが成果の証だった。大切な人を守るため。謎の症状を止めるため。彼らにわずかながらの希望が満ち溢れている。
この時はまだ、
彼らアスカラ族の戦士たちは気づいていなかった
彼らが奥深くへと進むほどに、
木人を倒す度に、
戻るべき場所にいる大切な人が死んでいることを
自らの手で
彼女たちを
殺していることを……
知っているのは二人
紫の魔女プルプラと猫背のエルフだけ
■オーク(全般) 緑系皮膚 分厚く鎧要らず 物理に強いだけでなく、半端な魔法も届かず魔女の天敵とされる。しかし、世界中を移動し強い魔物を狩ること、強いものと戦うことを目的としているためよほどのことがない限りはぶつかることがない。オークが移動した後の森は魔女が居ないので安全と言われる。
■双子:アグリ どっちもどっち
■双子:アグラ こっちもこっち
■猫背のエルフ ええ。そうです。そうですよ。そうなんですよ! いやな予感がしますね