124 赤の森⑩ したたかな女
■ウィリアム 人間♂ 赤い槍と呼ばれている
■ジョン アニム♂ 熊 大きい ちょいちょいお姉言葉も使う。いいやつ
■ニコル アニム♀ 狼 筋肉質 胸大きい 旺盛。色々と旺盛なタイプ
■イチカ アニム♀ 鼬 細身。白い毛に赤い目。ショートヘア(ベリショトくらい)
■サン アニム♂ 梟 どこいった?
「っつぅ――」
「あら、目が覚めたのね。よかった」
目を覚ましたウィリアムが急いで上半身を起こし周囲を確認する。声をかけてきたのはイチカ。自分の座っている場所、彼女の位置、頭に残る感触。イチカが膝枕をしてくれていたように思える。いつの間にか夜だ。けれど場所は変わらない。泉、洞窟のある大岩、折れたり砕けたりした木々。昼間と違っていたのは、それらがきれいに片付けられ、いい匂いが漂っていること。焚き火や魔法の光があたり一体を明るくしている。
「一体何が?」
「あら? あなた、負けたのよ。覚えてないの? あの白狼と最後の瞬間」
「そうだ、白狼!」
ウィリアムが遠くにいる二匹の大きな狼を見て興奮した様子を見せる。けれど体の痛みがまるで地面から伸ばした見えないその手で体を抑えるかのように彼を取り押さえる。再度尻もちをつくとウィリアムは息を整えながらその瞬間を思い返そうとしていた。そう、あの時……加護を使い白狼を倒しているはずだったあの瞬間を。
※
白狼が最高速度、本領発揮の動きを見せるやいなやウィリアムの加護が発動する。それは彼女から貰った特別な力。効果は同じだが彼女のようには使えるわけではない。彼女の場合は好きな空間だけを力の影響下における。そして、すべての速度が自分に近づくほど遅くなる。体に当たる頃には止まっているため、彼女を傷つけることは難しい。
ただ、ウィリアムの場合はその範囲を指定できない。言い方を変えれば常に全力のためその回数も制限される。連続で使えばその負担は大きく、頭痛、鼻血、昏倒と続く。あとは精神力で可能な限り耐えるのみだ。
今日はまだ使っていないし、むしろ高速で近づいてくる相手なら好都合だ。近づかなくとも距離を縮めてくれるからだ。そう、思っていた。
ほぼ全ての物が動かなくなったその空間。音もどこか遠く一方通行。静かだが確かにそれらは存在する世界。動きの止まった白狼。両足は地面についておらず、こちらへ向かってきている。ジグザクにかつ直線を保とうとする雷のような青白い光の線の集合体は残像を作り出していて幻想的だった。
ウィリアムの加護が発動した直後、その景色が破壊されることとなる。
時間にしたら一瞬。だが、確かに動きの止まっていたはずの白狼が窓を割るかのようにウィリアムと彼女だけの作り出す空間に入ってきた。すっと地面に脚をつけ、ゆっくりと歩いて近づいてくる。少しだけ間合いを保ち話しかけてきた。
「驚いたか?」
「お前……なんで動けるんだ?」
「これがお前たちの世界か。済まないな。通りで勝てるわけがない。いくら速くても関係ないからな」
「お前は、何者なんだ?」
「そう慌てるな。安心しろ。彼女から預かったものがある。もう少しだけゆっくり話そうじゃないか」
その時、ウィリアムは気づく。そろそろ限界が近いはずだと。体調や未だに不明な要素はあり、加護を扱える時間そのものは不安定だった。しかし、毎回体がその限界を教えてくれていた。それなのに今はそれを感じない。代わりに平然と動く白狼の左目が崩れていくのがわかった。
「お前、それ? 目が……」
「ああ。気にするな。もともと見えないんだ。これのおかげで今、こうして時間が取れている。とはいえ、いつもよりちょっと長いだけだ」
「そうか、わかった! その声! いや、ありえない。でも、そういうことかっ!?」
「察しがいいな。俺は彼女からお前を殺す手伝いをするように言われた。それを見届けるようにな」
「どういうことだ? 彼女は他にはなんて?」
「それは後で教えてやろう。まずは勝負をつけようか。今まではお前の『これ』にしてやられたが今回は逆になったな。行くぞ」
「行くぞって、おまっ、おい!?」
そして白狼が外の世界と同じように超高速で彼に突っ込むと加護が解けニコルたちが見た時間へと戻る。
※
まるで夢のような出来事に感じるウィリアムは今、ふつふつと湧き上がる怒りを心にためながら二匹の大きい狼を見つめる。片方がニコルなのはすぐにわかった。寄り添い、甘えた声を出している。イチカが差し出すコップを受け取り水を飲むウィリアム。彼は二匹の狼から視線を外さずにイチカに聞く。
「はいこれ」
「ああ、ありがとう。あれ、ニコルだよな。で、結局あの……白狼はどうしてああなってるのかな?」
「もう、ベッタリよ。白狼の方は赤の魔女と何か約束をしたみたいよ。あなたのことも含めて」
夜の宴。騒がしく、にぎやかで、ニコルのように心を寄せる相手に甘える者も多い。皆が幸せそうな中、ウィリアムとジョンだけはどこか悔しそうだった。大きいジョッキを片手にゆっくりと近づいてくるジョン。イチカを間に挟みウィリアムと同じように地面に座ると「よぉ」とジョッキを掲げる。ウィリアムは彼に質問をする。
「これは何をしてるんだ?」
「ああ。これからあの狼野郎に姉御が何かするらしいぞ。お前を負かして、ご褒美ってとこか」
「お前も負けただろう? しかも一瞬で」
「いや。それにほら、俺はまだ本気出してないから」
「え? めっちゃ本気だったじゃん」
「俺の本気は赤の魔女である姉御と連動してるんだ。あの時はなんかいつもと違ってた。お前のせいか? なんか最近ちょっとおかしいんだよ」
「へぇ。まぁ、俺も、どっちかっていうと頑張ったほうだし。一番長く戦ってたし。しかも、人間だし」
男の維持の張り合い。イチカはめんどくさいなと思いつつジョンが目覚めた時の事を話す。
※
ジョンは母親を知らない。いつだか拾った木の板。そこに掘られた女性の姿。旅人が落とした何でもない物。それを見たときに思いついたのだ。
そうだ、自分にも母親を思い浮かばせる何かを用意しよう。それに向かって毎日挨拶をすればまるで家族がいるみたいじゃないか。
赤の魔女と出会うよりもずっと昔のこと。それは今でも続く、独り身である彼の習慣だ。運悪く白狼にやられた時、ニコルが代弁した嘘の言葉が彼の奥底に引っかかっていたのだろう。目覚めるときについつい叫んでしまったのだ。
「お母さん!!」
※
ジョンは顔を赤くし、ウィリアムは笑っている。ジョンが「母親を大事にしろ。俺はその母親すら知らないんだ」と半ば悲しそうに、半ば怒りを織り交ぜて反論するとウィリアムも「すまない。だけど、俺も親は知らないんだ。気持ちはわかるよ」と言う。するとなぜか黙ったままだが、二人はお互いに少し優しく接するようになった。イチカにはそう感じた。
森の住人である大勢のアニムが集まる宴の中、ふと赤の魔女とシエナが話しているのが目に止まった。ウィリアムが立ち上がり彼女の元へ向かおうとするとジョンがそれを止めた。
「待て、何かするみたいだぞ」
ウィリアムに気づいたシエナが笑顔に変わり手を振る。無事を確認するとすぐに赤の魔女についていく。向かう先は白狼とニコルのいる場所。赤の魔女が「シッシ!」とニコルを追い払うと、白狼が立ち上がり赤の魔女の横につく。そのまま洞窟の奥へと向かった。
「あ、ちょっと。なんだ? 何をするんだ?」
ウィリアムが遠目に気にしていると追い払われたニコルが人化し合流する。裸のまま歩いてくる。張りのある大きな胸は揺れ、魔法の光と焚火の光が彼女をより美しく見せる。イチカがニコルに合図すると彼女はウィリアムがいることに気づき、そそくさとおいてある布の服を一枚被る。
「お? 目覚めたんだな。よぉ、負け犬二人組。元気かぁ」
ニコルに頭のてっぺんから髪をかき乱される二人の男。イチカは笑っている。何をするのか問い詰めるとあっさりと答えてくれた。
「ああ、彼が人の姿に戻るのを手伝うらしい。まぁ、もともとこの森にはそういうやつが来るんだけどさ。アニムで獣化したまま戻れないやつとか、そういうやつらが」
「へぇ」
「それで、彼もそうなんだけど。ちょっと特殊みたいで。赤の魔女がホセにしたみたいに強引にやるみたい。んでもって、シエナがその手伝い。エルフだし、魔法が上手だから確実に成功するだろうってさ。本人も人の姿に戻ってから飯を食いたいみたいで、その間あたしが空腹のお腹を満たしてたってわけ」
「お腹にくっついたからって満たせるわけじゃないだろう」
「いひひ」
大きな木の幹の根元に、ジョン、イチカ、ウィリアム、ニコルの順で肩を並べて座り話し込む。話し始めたのはウィリアムで何か思いついたようだった。
「おい。今、これから飯を食うと言ったか?」
「あ? あぁ。ほら、あそこにホセいるだろ。あいつが喜んで作ってるよ。あたしたちと違って外から来た客だからね。何か感想が聞けると思って楽しそうに作ってるだろ。あたしらじゃ毎回同じだからね。美味い! すごい美味い! 美味しい! すごい美味しい! ってね」
「そうか、そうか。ところでニコルはあの男が好きなのか?」
「はぁっ!? ば、ばか言ってんじゃないよ。こんな出会ったばっかりで惚れ、惚れるわけないじゃない。ただ、子種がほしいだけだよ!」
子種がほしいだけ。恥ずかしそうに顔を赤くしながら言うニコルのセリフにイチカもジョンも何か恥ずかしさを感じた。ウィリアムが悪巧みを考えた顔をして三人に肩を回すようにこっそりと話す。
「そうか。要はあいつと一晩過ごしたいわけだな。ニコルさんは?」
「あ、あぁ。そう。一夜。一夜だけの関係。別に毎日でもいいんだけど。毎朝、彼の横で目覚めたらあたし、考えただけでもやばいって」
「おい、ニコル黙れ。聞いてるこっちが恥ずかしい」
「……」
「俺とジョンはあいつに一矢報いたい。だろ、ジョン?」
「はぁ? 負けたのがそんなに悔しいの? あたしは更に惚れ直したけどね。もう好きにしてって感じ。大きくて強い彼が暴れるあたしをさらに強く押さえる」
「おい、ニコル黙れ。生々しい」
「……」
「たしか、ホセの料理に一瞬で眠る何かがあったと思うが? どうかな?」
「眠り草? それをどうするのさ」
「ほぉ。それはいい案だぞ、ウィリアム」
「……嫌な予感がする」
「偶然、あいつが食べる料理にはそれがかかっている。偶然だ。そして、俺はあいつの顔に落書きをしてやる。あとあいつの脇に臭い実もこすりつけてやる」
「眠らせるぅ? ふざけんなよ。あたしは彼の声を聞きたいし、顔を見てみたい、あんな格好いい男なんか滅多に会えない。しかも強い。手放したくないし子種もほしい」
「おい、ニコル、黙ってくれ。男が居るのに子種とかいうな」
「……」
「ニコル。よく考えるんだ。あいつが眠るとどうなる?『まぁ、大変! きっと疲れたのね! 横にならなくちゃ。そうだわ。私の家にはちょうど狼用のベッドがあるわ。運ばなきゃ』ってな感じで自然な流れでお持ち帰りできるぞ」
「おい、ウィリアム。あんたすげぇよ。戦ってた時もなんかそっち方面に優れてるとはおもってたけど。あたしはそのまま子種をいただけるわけだ。そして彼と仲睦まじく、愛の包容を毎日」
「おい、ニコル。お前のそれは駄目なことばかりだぞ。だが、面白そうだ」
「ニコル? それじゃ不戦勝みたいなものよ」
「……」
「おう。それもそうだな、イチカ。やっぱり、あたしは起きたままの彼と一緒にいる。悪いなウィリアム」
「やっぱり惚れてるじゃないか。ニコル」
「いいことじゃない」
「おいおい。ニコル? 誰も寝てる間に襲えとは言ってない。お互いに裸になって好きなだけ彼を撫でまわすがいい。そしてないもせず朝を迎えるんだ。いいか、既成事実だけを作るんだ。すると次はどうなる? 彼は『二回目だからまぁいっか。よおし、今日も獣のように彼女を襲っちゃうぞ』みたいなことになるんだぞ」
「よし。やろう」
「お前は馬鹿なのか?」
「……」
「それでは決をとる」
「賛成」
「賛成」
「反対」
「……よし。満場一致で賛成だな。それではニコル、例の物を用意したまえ」
「ちょっと待ってろ」
「楽しみだぜ」
「あの、私は反対したんだけど?」
ニコルは嬉しそうにコソコソとその場を抜け出し昼間に使用した眠り草の粉末を持ってきた。小さな子袋に入れたものだ。ジョンに無理やり連れていかれたイチカは二人で料理人ホセに人数分の料理を注文している。ウィリアム、ジョン、イチカ、ニコル、人化した白狼と同じ席で同じ料理を食べるためだ。だが、眠り草は一定の人物にのみ仕込まれる。皿は全部で五皿。当然、白狼の肉料理にそれは振りまかれる。ホセにばれない様に慎重にだ。
離れたところで料理が出来上がるのを見守る四人。席は用意した。椅子も用意した。出来上がり運ばれる料理。するとまずはニコルが自然に歩み寄る。いつもの事だ。ホセは「まだ食うなよ!」と彼女に怒鳴る。ニコルは珍しく我慢した様子で「これが白狼の?」と聞きながらすぐに離れていった。もちろん、こっそりと眠り草の粉末を振りまいた。
実はジョンがこの話に乗っかったのには理由があった。落ち着いたとはいえ赤の魔女にウィリアムを近づけたくない彼は何気に彼を眠らせてとっとと運び出そうと考えていたのだ。席に近づき、ホセから注意されるが何食わぬ顔でさりげなくウィリアムの料理に眠り草を撒く。そして同志の元へ戻ると「いやぁ、美味しそうな料理だった」とうそをつく。
次いでウィリアムが「ちょっと用を足してくるわ」とその場を後にする。理由は一つ。白狼とジョンの両方に眠り草を仕込みたい。もちろん、すでに白狼の料理にはニコルが仕込み終わっている。あとはジョンの料理。彼はホセを褒めつつ昼間の事をお詫びする。ホセも「お互い様だよ。今度は俺の料理をゆっくり味わってくれ」と真摯な対応。もちろん、すでに自分の料理に眠り草が仕込まれていることなど知る由もない。ウィリアムは無事、ジョンの料理に眠り草を仕込むと別の方向から同志の元へ戻る。
最後はイチカ。ニコルが珍しく男性に心から惹かれているのは嬉しいが、このままだと本当に彼が寝ている間に子種とやらを奪いかねない。そう心配してホセの眼を盗みニコルの料理に眠り草を撒く。ニコルには勝ち負けや、奪い合いではなく先ほど見せたように赤面するような一面をもっと経験して、女性らしくなってほしいと願う。そして同志の元へと戻る。
現在、イチカ以外の料理全てに眠り草が仕込まれている。お互い知る由もない。ちょうど洞窟から赤の魔女とシエナ、それに一人の男性が出てきたところだった。