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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
古の魔女 〜紫の魔女編〜
122/144

122 赤の森⑧ そんなこと言ってない

「わあああーー」

「あはははー」

「きゃぁーっ!」


 次第に近づく子供の声。少し前から見覚えのある魔法の光に包まれた仲間たちが飛んできている。樹にぶつかり、地面に刺さり、川に落ち、転がっていく。今度は複数の子供たちの笑い声だ。


「何をしているのホセ?」

「いや、このあたりに確か……あイタっ」


 ウロウロと何かを探していたホセの頭に子供がぶつかる。そのうちの一人はシエナに受け止められ抱き寄せられた。赤の魔女と同じような赤い髪を見て驚いていたが、居心地の良さにそのまま動かない。地面に落ちた小さな子が「よっ」と立ち上がりキョロキョロと現在地を確認すると、シエナを見て「あっ!」と言う。


「綺麗なおねーさんだ! エルフだ!」

「あらどうも。貴方達はどうして空を飛んできたのかしら?」


「えっとね、光の剣でどっかーんって! ニコ姉に斧を持ってくるように頼まれたの。あたしたちが一番近くに落ちた!」

「光の剣?」


「いててて……そうそう、その斧を探してるんだよ。やっぱりここだったよな?」


 ホセが頭を撫でながら涙目で子供に聞く。すると何人かが大きな木の幹を掴み始めた。掛け声とともにそれを剥がすと中から大きな斧が出てきた。両刃の斧で柄が長く、生半可な盾では受けることさえ危険になる。そういう代物。子供たちが「よいしょ、よいしょ」と引きずり出すとせっせと運び出した。皆が整列して斧の下から両手で持ち上げ走り出す。


「おいおい、大丈夫か?」

「うん! これ持って行って、そんでまたおにーさんに飛ばしてもらうんだ! あははは」


「おにーさん? もしかして、茶色い髪で後で縛ってて、背はこのくらい、人間で大人かしら?」


「そー! 眉毛がよく動くの」

「おじさんだよぉ」

「おにーさんだよ」


 ホセが斧を持ちあげると子供たちはそのまま彼にくっつく。シエナの前、シエナの後ろが子供で満席となる。斧の先端にぶら下がったままの子が道案内をしながら彼らはその現場へと向かった。



     ※



 森から出てきたのは一匹の狼。


 白く大きい。


 ジョンがウィリアムを追い回した結果、泉の周囲の木々は倒され、少しだけ広くなっていた。足元に倒れている木や折れた木を避けるようにゆっくりと現れる。先ほどまでの加護と違い、赤の魔女の加護である光の衣が強くなったのを感じたジョンはウィリアムと白い狼、どちらを相手にするべきかすぐに悟った。


 突然の訪問者に静寂で歓迎する森の住人。同じ狼であるニコルにイチカが話しかけている。


「ねぇ、ニコル? あれは知り合い? 何かすごい、怖い」

「いや、知らない。それにしてもいい男だな。でも、あんな奴、この森に居たかな? 会ったことない」


「男? すごく大きい。貴方より大きいかも」

「だな。やばい、震えてきた」


「大丈夫?」

「いや、なんかワクワクしてきてさ」


 耳をピクピクと動かす白い狼。どこぞのアニムがここの噂を聞きつけてやってくることは珍しいことではない。けれど、ニコル達狼は森の番人でもある。新しい住人を見逃すことなどほとんどないはずだった。特に何をするでもなく白い狼はその場にいる者達を順番に見ている。赤の魔女を見て、ウィリアムを最後にそのままだ。


 ジョンが大きく息を吸い歩き出し、白い狼に近づく。ドシドシと威厳を放ちつつその訪問者へと近づく。いっちょビビらせてやろう。そういう意気込みで近づいたが、距離が縮まるにつれ怖気づいたのは自分だった。おかしい。なんか、だんだんと大きく見えてくる。たしかに大きいが何かそれ以上に大きい。無言で見つめあう二人を皆が静かに見守る。するとジョンはゆっくりと背中を向けないようにウィリアムやニコルのほうへとやってきた。呆れたニコルが彼に声をかけようとすると「シー!」と一蹴してきた。


「こら! 静かにしろ。見ろアイツの眼。まるで獣だ。いいか、獣に出会っても目を合わせるな。それと背も向けるなよ。あぶないんだぞ」

「ジョン? あんたビビったね」


「はぁ? まさか。俺は今、あいつと目と目で殴りあってきたんだ。それでちょっと目が乾いたからいったん離れただけだし」

「なんでこっちに来たの?」


 ジョンはニコルとは反対にいるウィリアムを見つめる。


「よお」

「おお」


「お前がまぁまぁ強いのはわかった。そこでだ、ちょっと休戦といこうじゃないか」

「そうなのか?」


「ああ。あの狼野郎はちょっと危ない気がする。ほら、あの眼。口も開けたり閉じたりしてハァハァ言ってるぞ」

「いや、ああいうもんだろ」


「シーッ! 目を合わせるな。ああいうタイプは空気読まないからな。いいか、二人でかかれば怖くないからな。お前のその剣を使って吹き飛ばしたらいいだけだ。俺が抑えるから。頼んだぞ」


 ニコルが横から口をはさむ。


「やっぱり怖いんじゃん。あーくそ。斧があればな。早く届かないかな」

「斧?」


「ああ。あたしの相棒。ジョンはそれがあるから強いけど、ただ打たれ強いのと力自慢なだけだからね。戦闘技術じゃあたしのほうが上。格上だよ」


 ジョンが下唇を上に押し上げノコルに苦い顔をしている。だが反論はできなかった。とはいえ、攻撃が効かない以上安全に確実に相手を抑えられるのはジョンの役目。数歩前に出るとジョンが話しかける。


「おい! お前! 白いの! どこから来たか知らんが、何か言ったらどうだ? お邪魔しますとか、お世話になりますとか、いい毛並みですねとか、何かあるだろう! 体が大きいからって強いわけじゃないんだぞ! 体が大きいから相手に優しく接するのが大人ってもんだぞ!」


 ウィリアムの横についたニコルが小さな声で言う。


「だめだ。すでに負けてる」

「だな」


「おい! まったく。ただのでかい獣か? アニムじゃないのか? ニコル? あいつ何か言ってないか? 同じ狼だろう?」


「ん? あぁ」


 するとニコルは何か閃いたようだった。そして話し出す。


「言ってるよ。えっとね、『おい、このぬいぐるみ野郎。母親譲りのその汚い毛並みを整えてから話しかけてこい。ああ、そうか。そういえば昔見たことがあるなぁ。お前みたいなヤツ。汚い町の裏の方にいるみすぼらしい服を着た女だったはずだが。どうしてお前は男みたいな恰好をしてるんだ? もっと女らしい格好したらどうだ。女だろう? なぁ、そうだろう?』って、言ってる」


「グヌヌヌヌ! 俺は男だ!!」


 白い狼が座り込む。前脚を交差させ余裕の態勢だ。イチカは眉を寄せニコルを怪しむ。ウィリアムもニコルに顔を向け「え? そんなこと言ってるの? 口が動いてないけど」と言ったところで唇を抑えられてしまった。そして続ける。


「まだまだ、『ここに来る途中に小さい草の玉を見つけたぞ。どんぐり程度の大きさのだ。何かと思ったら。そうか、そうか。お前みたいな大きい熊がいるとはな。納得だぜ。体が大きいだけで尻の穴が小さい熊がいるなんてなぁ。あぁ、聞いたことあるぞ。そういえばお前の尻はリサイクル専用だってな。手伝ってやろうか? あのくっせぇ、小さい、どんぐりみたいに小さい草の玉を探すの。俺なら匂いですぐにわかるぜ。お前の体臭と同じだからな。はっはっは。とはいえ言いすぎたな。すまんすまん。あれはお前の脳みそかもしれんな。コロりと落ちたお前のクソみたいに臭い小さい脳みそかもなぁ。だから俺の言葉もきっと届いてないんだろ? いやぁスマンスマン』っだってさ」


 ジョンの背中に炎が見えた。彼は振り返らずウィリアムに言う。


「おい。作戦変更だ。アイツをぼっこぼこにしてから吹き飛ばそう。俺の本気を見せてやる。この加護の力と俺の怪力の恐ろしさをアイツにもお前にも見せてやる。いくぞぉぉうぉおおおおお!!」


 熊が本気で走ると速い。四つ足で走り、白い狼を掴めるため手当たり次第に突っ込む。しかし、ひらりひらりと躱す白い狼。静かに素早く、すぐに態勢を立て直す。その姿にニコルは見惚れている。


「どうしたぁ、怖気づいたか? 人の事散々馬鹿にしておいて! その舌を引っこ抜いてやる!」


 一瞬、白い狼が後ろに体重と移すようにしゃがみ込む。ジョンが走り突っ込む。物理的な攻撃など今の彼にはほとんど無意味だ。それこそ上回るほどの強さの攻撃でなければ通らない。だが、次の瞬間にニコルもイチカも息をのんだ。


 白い狼がバチバチと火花や雷のようなものを発生させたかと思うと青白い残像と共に消えた。きっと速すぎて視界に残った幻影なのだろう。もしくはその場に残った残像。それはともかく「あふぅ」という女みたいな声が聞こえたかと思うとジョンが消え、少し離れたところで岩が崩れる音がした。そして、戻ってきたのは白い狼だけ。ゆっくりと、またウィリアムの前に立ちはだかる。


 するとウィリアムは光る剣を白い狼に差し向け、自信満々に言う。


「はっ! 次は俺が相手だ! 今は俺の武器はないが代わりにこの光る剣がある。さぁ、行くぞ!」


 そう言い左手を柄に添え、右肩のあたりで構えた時にちょうど剣の寿命が切れた。木剣だった剣身が完全に崩れ去り光が消える。ただ、柄だけが残る。ウィリアムは口をつぐみ、目の黒い部分だけを右に向けると無言のまま左手を前に差し出す。「ちょっと待ってろ」そういう圧をかけ、ニコルの所へ戻ってきた。


「ちょっと、なんか武器ないかな?」

「あはは。あんた、面白いね。それにしてもあいつ強いね。ジョンが負けたの初めて見たよ」


「そうなの?」

「ああ。あの加護がある限り負けるわけがない」

「なんなのかしら、あの狼」


 ちょうどその時、別の場所から高らかと笑い声が響く。聞き覚えのある声だ。笑いながら、ゆっくりと出てくる。鼻と頬を真っ赤に染めた禿げた男。下半身は馬。子供たちがわらわらと走り、斧をニコルに届ける。


「はーっはっはっは! おまたせ! 何が何だかわからんが、良い時に来たって感じはするぞ! さぁ、受け取れ!」


 やってきたのはホセだ。銀の鎖で裸の上半身を締め付けられ汗だく、鼻と頬が赤く何か嬉しそうだ。スルスルと銀の鎖が戻っていくときに変な声を出してもいる。背中から降りてきたのはシエナ。白い狼を横目にウィリアムに合流した。


「おお、シエナ。ちょっと変なことになっててさ」

「そうねぇ。この有様はあの狼のせい?」


「いや。その前にジョンってやつがいてさ」

「熊のジョンね? ホセから聞いたわ」


「で、今はあの白い狼が相手ってわけ。あ、そうだ。俺の槍持ってる?」

「ええ。ちゃんと持ってきたわよ。ったく。しっかりしなさいよ。油断しすぎよ。はいこれ」


 シエナが持ってきたウィリアムの小剣を渡す。すぐに彼は柄を伸ばし槍へと変貌させる。すると白い狼も待ってましたとばかりに立ち上がる。しかし、そこでニコルが割り込んできた。大きな両刃の斧を片手で軽々と振り回し笑顔で前に出る。


「悪いね。先にあたしが行くよ。あんたも後で勝負しようじゃない。お互い長い獲物同士ってのもいいね。まぁ、あたしのほうが威力はあるけどね。ジョンがやられたんだ。どういうからくりかわからないけど、あいつには姉御の加護が意味なかったように見えた。それなら実際に強いのはあたしの方ってわけ。あぁ、ゾクゾクするね。いい男だし。あいつの子が欲しいね」


 斧と振り落とすとその重さだけで地面に深く食い込む。そして、ニコルが問いかける。


「おい、あんた! 名前は? そうかい……じゃぁ、あたしが勝ったら教えてもらおうか」


 ニコルが走り、次いで斧が地面から引き抜かれる。二匹の狼の戦いが始まった。

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