119 赤の森⑤ 魔法の銀の鎖
■シエナ 赤い髪のエルフ♀ 前髪パッツン
■ウィリアム よく偽名を使う。ジョゼフもその一つ。
■ニコル ♀狼アニム 筋肉 胸大きめ アマゾネスイメージ的な 快活 目上には「っす!」
■イチカ ♀鼬アニム 細め 短髪 白毛赤目 穏やか 照れ屋
■ホセ 上半身が人間、下半身が馬 アニム? 誇り高い料理人 誇り・・・高い・・・?
茂みから出てきたイチカがウィリアムの両手を掴み覆いかぶさる形で地面に倒れる。ウィリアムが顔をそらして匂いを嗅ぐイチカに話しかけると、顔を赤くした彼女が大きな声で答える。
「ちがっ、そんなつもり無いわよ!」
「あはは、余裕だね」
地面でやり取りする二人を下目にニコルが茂みから現れる。笑いながら言っているが内心はがっかりしていた。この男がウィリアムという男でないにしろもう少し抵抗してくると思っていたからだ。
「なんだ、あっけないなぁ。もうちょっと暴れてくれるかと思ったのにさ」
イチカがウィリアムを押さえている間にニコルが彼の足を縄で縛る。続いて上体を起こすと後ろ手に両手も縛った。「よっ」と一声。ニコルはウィリアムを肩に担ぐとそのまま歩き始める。すぐさまイチカは彼を運ぶニコルの横につく。担がれたまま笑顔を見せてくる彼に、イチカは少しだけ照れて惑う。そんな背後のやり取りは知らずニコルが話し始める。
「あんた、ウィリアムって男じゃないの?」
「え? あぁ。俺はジョゼフ。よろしくね」
「よろしくね。あたしはニコル。そんで、こいつがイチカ。見ての通りアニムだ。逃げようったって無駄だよ。でも、逃げようとするのは大歓迎」
狼のニコルは追いかけるのが大好きだ。ウィリアムがいつでも逃げられるように縛っている縄も少し弱めにしてある。ただの旅人にはわからないかもしれないが、それなりの経験と技量があるのならきっと気づいているはず。相手がウィリアムであれ、ジョゼフという男であれ、戦ったり、追いかけたり出来るのなら楽しみでしょうがない。
「もう。ニコルって……よろしくね、ジョゼフ。彼女の追跡は三日三晩続いても終わらないわよ。追い回されて、結局は外に運ばれるだけよ。諦めて」
「そうなの? すごい体力だな」
「あはは。体力だけじゃないよ。力だってある。なんだったら腕試しするかい? こっちは大歓迎だよ。ウィリアムってやつをボッコボコにして二度とこの森に近寄れないようにしなきゃならないし、軽い準備運動にはなるだろう? お前、中々いい動きしてたじゃないか」
「それはどうも。なんでそのウィリアムってやつをボコボコにしなきゃならないの?」
ニコルが事前に準備して木に立て掛けておいた棍棒を拾う。
「うちの姉御を傷つけるやつは許さない。それだけだよ。あたしら皆そうだ。ここの森の動物もアニムも……。姉御に近づく悪いやつは徹底的に追い払ってやるんだ」
ニコルが肩に担いだウィリアムの尻を、手に取った棍棒で何度か軽く叩いた。「痛い」と嘆くウィリアム。横を歩くイチカが話しかける。
「ジョゼフは何をしにここへ? ここが赤の森、鮮血の魔女がいるって知ってて来たの? 村で悪い噂をいっぱい聞かなかった?」
「悪い噂ね……」
確かに聞こえは悪い。血が飛び散っていた、殴られた、吹き飛ばされて川に落ちた、崖を落とされた、獣に追い回されただの……ただ、そう話す村人達の姿が楽しそうにも、誇らしげにも見えた。
「赤の魔女っていうのに会ってみたくてさ。連れも赤い髪をしててね。それでどっちのほうがきれいな赤い髪なのか?ってことになってさ」
「ふぅん。そうなんだ」
「それにちょっと聞きたいことがあってね。友人のこともあるし、あとは古の魔女のことかな」
「古の魔女? おとぎ話に出てくるような? 話は聞いたことあるけど、姉御はそういうのとは違うわよ、きっと。だって、若くて、綺麗で、そもそも名前もないわ」
「名前? あぁ、そうか。俺たちが聞きたいのは紫の魔女のこと。古の魔女『プルプラ』だよ。ちょっと野暮用があってね」
「紫の魔女プルプラ? 九つの森の魔女ね。小さい頃たくさん聞いたわ。紫の魔女は森九つ」
「そうそう、それ。これからその魔女がいるとされる森に行かなきゃいけないんだ。その前に彼女……赤の魔女に……会いたくてさ」
「ふぅん」
道中、ウィリアムとイチカが話している。それを背中越しに聞いていたニコルが割り込んできた。
「赤い髪の女? 昨日さ、魔法を使ってたよね? あたしたちが発見できなかったのってそういうことか?」
「ああ。ここまで気づかれずに来れたのは彼女のおかげだね」
「やっぱりな! 魔法で匂いを消してたってわけかぁっ! 通りであたしの鼻でも気づけないわけだ」
「そういうこと。まぁ、こんな深いところまで来たのに彼女を見つけられないからこっちからお知らせしたってわけ。そしたら……」
「今に至るってか。あはは。まぁ、捕まってそのまま外に連れて行かれるのは予定外ってとこか?」
大口を開けて笑うニコル。運ばれるウィリアムが横にいるイチカに片目を閉じウィンクをすると「ふふ」っと彼女が笑った。三人は森の中を進んでいく――
一方、赤の森を堪能しているシエナ。まるでエルフの郷がある『何もない森』を思わせる雰囲気。空気はその身を内側から浄化し、匂いは心を穏やかにする。目に入る光や景色はどこか優しく、眩しい。動物たちもまるで害意がない。
シエナは暫くしても戻ってこないウィリアムを心配に思い、彼の跡を辿った。すると少しだけ開けた場所に一人、身動きしない人物を発見する。上半身が人間で下半身が馬の男がうなだれている。膝を折り地面につけ上体を支えているが、腕をだらりとぶら下げ、口には肉料理を咥えている。なんとも器用に寝ているなと思い、彼の様子を伺っていた。
「本当に彼と旅をすると話の種に困らないわね。あはは。この人はどうしたらこんな状態になるの? ねえ、教えて。眠りたかったの? 食べたかったの?」
肉に添えられた眠り草の効果で眠っている謎の男。彼の名はホセ。シエナが彼を様々な角度から眺め、観察する。口に挟まった肉料理を取ろうとした時。
「あら。顎が硬直してる? 何か混ぜものかしらね。眠ってるのもそのせいかしら……ね? ちょっと悪い夢を見るかもしれないけど、起きてもらうわよ」
シエナは腰につけた小さなバッグから木の実を取り出すとそばの石を使いすり潰した。そしてホセの鼻の下に塗ると小さく囁く。ユラユラと白い煙がそのままホセの鼻に吸い込まれていく。少しだけ時間を置き今度は彼の頭に手を添え魔法を唱え始めた。次第に彼の表情が強張っていく。どんな夢を見ているのかはシエナにはわからない。ただ、無理やり起こすときは大抵何かを叫んでくる。シエナはホセの正面に座るとその時が来るのを待った。
※
――ホセ? ホセ?
「え? あ、ああ。お前か。どうした?」
「どうしたじゃないわよ。ここ、大丈夫?」
馬に乗ったホセに話しかけてきたのは身重の幼馴染だ。お腹の子の父親はわからない。彼女が男と付き合っては別れてを繰り返したせいもある。ひょんなことから彼女を別の町まで送ることとなった。
「もう。ホセってば馬の事ばっかり見つめて。もうちょっと人間の女性を見たら? 別に貴方は見てくれが悪いってわけじゃないし、むしろ優しいし、気も利くし、料理も上手。私みたいに子供が出来てもいい歳でしょ?」
彼女の言うことはごもっともだ。ただ、ホセは美しい馬にしか興味も情熱も抱けない。楽しいのは料理をしている時。大好きなのは愛馬のホルセナという牝馬。今も一緒に旅をしている。
「ああ。悪いね。でも見てくれよこの髪。美しいだろ? ああ、彼女が人間だったら……いや、俺が馬だったら良かったのに」
「あはは。何を言ってるのよ。そうそう、貴方に教えてもらった方法で髪を洗ったら凄い調子がいいのよ? 本当にありがとう」
「それは良かったよ。あ、ほら。あそこ、あの谷を抜けたらあとは真っすぐ。馬で一日もしないうちに辿り着くよ」
「よかった。長かったわ。ホセ?」
「ん?」
「ありがとう……」
「いいんだよ。俺もあの町を出ようと思っていたからね。それにさ、このホルセナに似合ういい馬を探さなきゃいけないからね。ここの近くの森は『獣の森』とも呼ばれているそうだよ。なんでも美しい動物、立派な動物が多いらしい。もしかしたら」
「何言ってるのよ。先ずは貴方の奥さんを探さなきゃでしょ? まったく……。ホルセナ、ホルセナ。二人は相思相愛よね」
ホセの愛馬ホルセナが応える。笑うホセ。満面の笑みの幼馴染の女性。それはあっという間に惨劇へと変わる――。
気づいたときには目の前には美しい赤い髪の女が立っている。
笑って、自分を見定めるよう。
見透かすよう。
その瞳で魂を掴まれるよう。
熊もいたような気がする。
首のない血だらけの馬。
感覚がない。足の感覚が。
熊が誰かの下半身を運んでいる。
女性が見える。
すべてが断片的だ。
泣き声。
喜ぶ赤い髪の女が血だらけになった何かの塊を掲げている。
そして、話しかけてくる。
「お前は新しく生まれ変わった」
あぁ、なんて幸せなんだろう。
美しい女性。その赤い髪。赤い血。横たわる女。
すべてが美しく見える。
安心できる。
「ありがとう。私は貴方に一生ついていきます」
※
――うか、私を貴方の傍に!」
「うふふ。眼が覚めたわね?」
ホセは目よりも先に言葉が現実へと舞い戻る。すぐに「夢か……」と気づいた。頭ではなく、夢の世界が虚ろな感覚を曳いていくのがわかったからだ。ただ、赤い髪への高揚感はそのままだった。
「う、美しい」
「あら、ありがとう」
自分を覗き込むように見る謎の女性にホセは驚き、立ち上がろうとした。しかし脚が、四本の脚がうまく動かない。痺れているせい? 動揺しているせい? まるで好きな人を前にするといつもの事が出来ない少年のように。
「大丈夫? 悪いことしたわね。無理やり起こしたせいで少しふらついてるのよ。ゆっくり、そう、ゆっくりでいいわ」
「あ、はぁ!」
変な声が出た。自分でもわかっている。下半身を支えてくる彼女の優しい手。なんて温かく、柔らかく、優しく、心地よい感触なのか。
「ホセです!」
「え?」
「ホセです!」
「え? 名前? よろしくね。私はシエナ」
「ホセです!」
「ええ。ホセね。わかったから落ち着いて。よかった。貴方みたいな人、初めて見たわ。話せるのは名前だけじゃないわよね?」
「はい! ホセです!」
「あはは」
興奮するホセにシエナがウィリアムの事を聞くと、包み隠さず経緯を話してくれた。構った様子の彼女を見て、ホセが提案をする。
「あ、あの、良かったらわた、わたしの、背中に乗りませんか!?」
「え?」
「あてはあります! ぜひ、わたしの背中に跨ってください!」
「ええ。構わないけど。ちゃんと彼の所に連れて行ってくれる?」
「はい! 何だったら、姉御……赤の魔女の所へでも!」
「そうねぇ。そっちのほうが手っ取り早かいかもね。まぁ、貴方にまかせるわ」
ホセの目的は単純だった。一つは美しい彼女を背中に乗せてみたいという欲求を満たすこと。もう一つは赤い髪の美しい女性を並ばせて眺めたいということ。こんな機会はそうそう訪れないだろう。そう思っていた。
「あ、あぁ、なんて柔らかい!」
「あら? あなた男よね? まるで牝馬みたいな体ね」
「はぁ、はぁ」
「これは、どうやって……」
ホセの背に乗ったはいいが問題があった。ホセには今、髪がない上に裸だということ。掴むところが何もないのだ。ゆっくりと歩きだしたがすぐに「止まって」とシエナが言う。ホセは至福の時間は一瞬で終わりか、と落ち込んだ次の瞬間にシエナが背中から抱き着いてきたのだ。
「痛くはしないから……これでちょうどいいわね。どう? ちょっと、見た目はよくないけど。これならいいんじゃないかな?」
「あぁ! いいです! すごい、いいです! ちょっとひんやりしてるのがまたいい!」
シエナが取り出したのは銀の鎖。魔法の鎖で通常は手のひら程度の長さだが、伸ばせば伸ばすほどに長くなる。端同士をくっつければ何かを拘束したり、結びつけたりするのにも役に立つ。それを器用にホセの上半身に巻き付け手綱まで仕上げた。背中から抱き着く形で上から、脇の下から、彼女の腕がホセの体をまさぐるかのように動き銀の鎖を巻き付けていく。「ちょっと変な声ださないで」「だまりなさい」とシエナが言う。ただ、それがホセには初めての経験であったし、自分を知る機会にもなった。どうやら美女に縛られ、命令されるのが嬉しいようだ。
「ああ! すごい興奮してきました! さぁ! 命令してください!」
「じゃぁ、さぁ、私を赤の魔女の所へ連れて行って」
赤の森に、新しい趣向の人物が増えた日でもある。
彼曰く
「俺は人ではない。馬だ。だからこれが普通だ」
ホセの話は小話でも出ます(後半、古の森編に行く前頃予定)




