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私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
古の魔女 〜紫の魔女編〜
118/144

118 赤の森④ 森の料理人

■イチカ ♀細身 イタチのアニム。ショート白毛、赤目。耳:上、鼻、尻尾がアニム

■ニコル ♀筋肉質胸大きめ 狼のアニム。髪はTHEオオカミの灰色。肉が大好き。耳:横 隠れてる 鼻、尻尾がアニム


「おや? 驚かせてしまったね……。こんな森の奥深くで突然に声をかけられたんだ。無理はないか」


 名前を呼び、声をかけてきた男は両の手に白い皿を持っている。伸ばした指で下から支える皿の上には香草を添えた肉料理。男の上半身は人間で、下半身が馬。ウィリアムは別に半獣化した状態のアニムに驚いているわけではなかった。何よりもこの謎の男が獣化した場合の方が気になっている。つまり下半身の前後の脚に両腕が加わり合計六本の脚を持つ馬になるのか? そういう疑問が今、ウィリアムの頭の中を駆け巡り動きを止めていた。


「私の名前はホセ。見ての通り美しい馬だ。見惚れてしまうのはわかるよ。私自身でさえ、鏡を見るたびに脚を止めてしまうからね」


 謎の男は正面で両手に皿を掲げたままウィリアムに自己紹介を始める。頭が禿げているのに「美しい馬」だと名乗ったことにウィリアムが眉を寄せる。


 そもそもアニムというのは人化した状態でも部分的に特徴が現れていることが多い。一目でそれとわかるのは位置に関わらず耳の形状が動物のそれであった場合。それに鼻は遠くから見てもわかることが多い。尻尾の有無も重要だが何よりも"毛並み"が判別するのに役立つ。彼らの持つ髪の毛や体毛は同時にその特徴をよく出している。毛並み、毛質、毛流、色。だが、目の前にいる男にはそれがない。頭が禿げている。


「見てくれ! この美しいかっ!?」


 ホセと名乗った男は意気揚々と話しながら突然に動きを止める。両手に皿を持っていることもあったのだろう。それに見せようとした髪の毛がないことを忘れているようにも見えた。徐々に痙攣を起こし始めた口元が歪む。意味もわからず睨まれるウィリアムは「え? 俺? 俺が何かしたの?」と目が点になる。ホセが歯を剥き出しにしてウィリアムに対して見せる怒りの表情が緩やかに笑顔へと変わる。


「これは失礼。とりあえず、冷める前にほら美味しいから。食べてご覧よ」


 彼の前脚……いや、この場合は中脚になるのか? と、ウィリアムが考えつつも慎重に彼の挨拶に応える。


「俺はお前なんて知らないぞ? 一体誰の話をしてるんだ?」


 正面、数メートルの距離。二人は僅かな距離を保ったまま会話を続けている。


「ははは。これは失礼。私はホセ。君の乗ってきた馬だよ。長年連れ添ってきた私はこの森でついに人の姿を得ることができた。そこでだ! いっちょ手料理をお見舞いしてやろうと思ってな。さぁ、冷める前に、食べてご覧よ。お前はウィリアムだろう?」


 ホセは一歩踏み出すために浮かせた曲げたままの膝を伸ばし一歩進む。そして反対の膝を上げ静止する。ウィリアムが半歩後退るとお互いに動きを止める。そしてウィリアムが答える。


「いや、俺はジョゼフ。それに俺の馬は牝だ。更にいうなら近くの村で初めて会った馬だし、そもそも禿げていないし」


 知りもしない相手に本名以外を名乗ることなどウィリアムには容易いこと。ましてやその怪しさがずば抜けている男となれば尚の事だ。対してホセには今目の前にいる男が、たまに迷い込む旅人や村人ではなく森の集会でも言っていたウィリアムという男だという自信があった。茂みに隠れている協力者の情報もある。


 それは昨晩のこと。赤の魔女を尾行していた三人衆の鼬のイチカ、狼のニコル、梟のサンからの情報だ。何やら赤の魔女がこの男の寝姿を遠くから眺めていたとのこと。それに合わせて数日前の追い剥ぎ事件。忘れもしない……そう……


「ちょっと、大丈夫か? そんなに歯ぎしりしたら」

「うるさい! 貴様のせいで俺の美しい髪が!!」


 流れる静寂。つかの間の沈黙。聞こえるのは風で揺れる葉の音。ホセは目を閉じ大きく息を吸い再び笑顔になると足を上げ話す。


「さぁ、これを食べてご覧って。美味しいから! いわゆるお礼参りってやつさ。遠慮するなって」


 何もなかったかのように進んできたホセ。同等の距離を、同じ速度で後退するウィリアム。二人は正面を向いたままグルグルと同じ場所を回っていた。それを茂みから見ていたイチカ、ニコル。この作戦が成功するか否かを心配して見ていたはずなのに、男二人の滑稽なやり取りについつい笑ってしまう。二人はお互いの口を塞ぐと存在がバレていないことを祈った。


「おいおい! 気持ち悪いなお前! 美味しそうだけど、なんか怖いぞ!」


「いいかよく聞け。俺は料理人だ。この森で一番の料理人。例えどんな理由で出そうとも素材を辱めるようなことは絶対にしない。だからほら、何も入っていないから、食べてご覧って。感動と喜びはその瞳に美しい涙を流させるから。そんであっという間に夢心地になるから、ほら」


 とても器用に差し出してくるその皿を避けるウィリアム。美味しそうな香りは胃袋を刺激してくる。白い皿、肉、網目のついた焼き具合、タレ、上に添えられた香草。動くほどに周囲にその香りが充満していく。


 茂みから二人の男のやり取りを見守っていたイチカとニコルが少し不安そうにしている。美味しそうな肉の匂いを嗅ぎヨダレを垂らし我慢しているニコルに対してイチカが問いかける。


「ウィリアムじゃないって本当かな? 結構自信あったんだけどな」

「どうだろうな。あぁ、あんな美味しそうな肉、なんで食わないんだ?」


「いつもならうまく行くのにね」

「いつもなら……そうだ。そうだよ。よく見てみろよ。あの動き」


「え?」

「ホセがあんなに素早く器用に差し出す皿を避けるだけじゃない。動きを止めるために繰り出す脚もすべて避けてるぞあいつ。そもそもどうやってこんな奥までやってきたんだ? 誰にも気づかれずにさ」


 森の迷い人。種類は様々で、旅人であったり、近くの村人であったり、冒険家に探検家、流れの狩人だっているし、この森の噂を聞いてやってきたアニムも少なくない。茂みに隠れ様子を伺う二人がウィリアムの動きに注視する。


「ほんとね。あの人、器用に全部避けてる。ウィリアムじゃないにしろ手練なのは確かね」

「だろう? それと匂い。こんな奥に来るまであたしたちが気づかないなんてあるか?」


「……その通りだわ。どうしてかしら? でも、今は彼の匂いを感じるわ。いい匂い。すごい好きよ」


 目を閉じ匂いに集中したイチカがリラックスした表情を浮かべる。ウィリアムから漂う不思議な香りに気分を良くしていた。それは鼻のいいニコルも同じ。そして動き回る肉の香りがあるせいでニコルの表情が複雑になっている。今にも飛び込んでウィリアムの口を抑えて肉を流し込むか、自分が食べてしまおうという勢いだ。


 ちょうどその時だった。「あ」という二人の声と同時に皿から肉が落ちる。ホセがすかさず中足の膝で打ち上げるとそのまま口に頬張る。そして、自分の料理に満足そうな顔をして言う。


「美味しい! なんて美味しいんだ! こんなに美味しい肉料理を無駄にするところだった。動き回ったおかげでちょうどいい火加減。優しい暖かさと、芯に残る熱さ。表面の硬さに比べ中はっ! あぁ、噛みしめるごとに溢れ出す肉汁と解ける食感。あぁ! もったいない」


 何か怪しい食べ物なのかと思い、避け続けていたウィリアムだったがホセ自身がそれを食べたのを見て「あれ?」と思う。一歩、また一歩とウィリアムが鼻の下を伸ばして少しずつ近づいて行く。まるで子猫や子犬が初めて人と出会ったときのようだ。「大丈夫。安全な食べ物だよ。こっちへおいで」そう訴えてくるホセに少しずつ歩み寄る。続けられる二人の滑稽なやり取りを茂みに隠れて観察しているイチカとニコル。ただ、ホセが自分の料理を食べた時点で「あぁ、あのバカ」と二人とも嘆いた。


 実はこの料理には眠り草が仕込まれている。ホセは「料理に無礼だ!」と怒っていた。しかし過去、何度も迷い込んできた人間を眠らせては外の世界へと送り届けてきた手口の一つなのだ。「あなたの馬ですよ」から始まり「料理を出す」そして「眠ったあとに外まで運ぶ」だけの簡単な手口。


 その肝の料理をホセ自身が食べてしまった。眠り草を調味料として使うことを反対していた彼も「眠り草を細かくして少し載っける程度なら」と了承してくれていた。ウィリアムに嘘はついていなかった。『中には入れていない』のは確かだ。実際は染み込んだ眠り草が抜群の効果を発揮するのだが……。


 案の定、今の彼の下半身の後脚は膝が震えて左右へ動いている。ホセは恐ろしいほどの眠気に耐えながら下半身である馬の部分の半分を茂みに隠した。


「おい、大丈夫か? お前の……その、なんだ。下半身の下半身がおかしいことになってたぞ」


 この世に六本足の馬など聞いたことがないウィリアムは考えた挙げ句、下半身の下半身と表現したが相手には通じたようだった。


「くそう、思わず食べてしまった。ちょっと……美味しすぎて、眠くっぅ!?」


 ホセがガクガク震える後ろ脚を茂みに隠したのには理由があった。そこにイチカとニコルが隠れているからだ。期待通り、お尻に何かをしてきた。思わず声が裏返ってしまったがその刺激で彼は今、眠気と痛みで言いようのない中で起きている。


「あぐはぁ! いたうまぁい! さぁ、早くたべれへぇ!」


 前脚、つまり彼の真下の下半身も軽くよろけている。後ろ脚に関しては左右に行ったり来たりしている。なぜかお尻に枝が刺さっているし歯型もついている。呂律も回らなくなり今にも皿から肉が滑り落ちそうだし、変な声で気合を入れ直す姿に近寄りがたい雰囲気がある。


「おいおい、お前、ゆっくり休めよ。それ、食べていいからさ。また今度、ごちそうしてくれよ」


「おま、おまっ、くそ! もったいない! 俺は――」


 ホセは料理人だ。素材を愛し、料理を舌で愛撫する。今の頭が禿げて腰がガクガク、「へあへあ」悶える男が言うと変態にしか聞こえないのでウィリアムは聞かなかったことにした。


 そしてホセは料理を口に入れたまま眠りについた。なんとも幸せそうな顔をしている。ウィリアムが足元に落ちている棒を拾いホセの顔を突く。その時だ。そばの茂みから白い髪の毛の細い女性、鼬のイチカが素早く彼にまとわりつく。


「うわっ! びっくりした。今度はなんだ!?」


 イチカはウィリアムの両手首を抑えるとそのまま一緒に地面へと倒れ込んだ。上に乗るイチカが少し確かめてみようとウィリアムの首筋に鼻を近づける。スンスンと匂いを嗅ぐ細身で美しい女性にウィリアムが頬を染め、顔を背けて申し訳なさそうに言った。


「俺、妻と子がいるんで……」


 イチカはウィリアムの言った意味を理解すると少しだけ顔を赤くした。

■ホセ 馬のアニム? ♂ ハゲ ほんとうは髪サラッサラ。料理人で誇り高く美しい自分が自慢。理由はすぐあとの話で判明します。オカマの執事っぽい感じ。ちなみに彼の調理台は高いので他の人は使いづらい。下半身が馬なので(笑)

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