114 ★⑨ 小話集 日常編2
魔女一家
ローレンス(祖母)、アレクサンドラ(母)、アルマ(娘、孫)
エレノア 獣人
クレア 人間
■クレアの訓練
クレアとエレノアの魂がつながっており、お互いに影響していることがわかった後の話。
街の魔女ローレンスはある仮設を立てていた。それは、クレアならエレノアにかけられた精神魔法を強制的に解除できるのではないか?
書庫の情報によれば、エルフがアニムと魂の契約を結ぶ時の影響がいくつかある。
一つ、魂で結ばれたアニムは本来持っている以上の能力を発揮できるということ
一つ、エルフの魔法による強化が飛躍的に上がること
一つ、他者からの魔法の影響を受けにくくなるということ
一つ、他者からの魔法の影響を解除できるということ
エルフの時代の話なのでどこまでが本当で、有効なのかはわからない。それにクレアはエルフではなく人間である。とはいえ、ローレンス含め皆が試して見る価値はあると思っていた。
これから先も旅をするならとても役に立つ。もしも森で魔女に出会い、または悪意ある者がエレノアに魔法をかけた時、それをクレアが察知し解除できるのなら危険が一つ減ることとなる。
これはその修行の一つの話――。
魔女の家の外。小さい草の絨毯が広がり一本の大きな木が生えている。アルマが気に入ってる場所。今では、母アレクサンドラ含め女子がたまる場所となっている。そこでエレノアが話している。
「はぁ? アルマってばそんなに小さいのにあたしより重いわけないだろ?」
「そんなことないよ。じゃぁ、私を持ち上げられる?」
「はっ! 何をいってるんだよ? あたしの方が背も……胸も大きいのに? まぁ、アルマも可愛いけど……こじんまりとしててね」
「二年後には同じくらいになってるもん」
「ははは。じゃぁ、え、あれ? ちょっと、思ったより重いな。ちょっと待ってね。え? んが! クソ。なんだ」
すぐそばでは、クレア、ローレンス、アレクサンドラ、それにアルマが彼女の様子を見守っている。エレノアは今、アルマの魔法で木のことをアルマだと思い込み一生懸命に持ち上げようとしていた。
「―ということで、あの状態のエレノアをクレアが強制的に解除して、現実に戻してあげましょう」
「どうやるのかな?」
クレアとローレンスが話している。
「そうねぇ。何か違和感はないかしら?」
「んー。特に感じなかった」
「アルマ? 一度解いてくれる? クレアも意識を集中させてその違和感を探すのよ。あなたは自然に感じているのかもしれないけど、そこに意識を傾けるの。一度感覚がわかれば……緒が掴めればいいのだけれど」
「えっ、えぉわぁ! アルマが木になった! って、そういうことかぁい! ちくしょう!」
アルマとアレクサンドラはクスクスと笑っている。クレアは「これは訓練だから」と彼女の肩を叩くが、当のエレノアは複雑な心境で鼻の穴を広げ悔しそうにしている。本人は絶対に魔法にかかっていないと思っているからだ。今のところ、全戦全敗だ。
「いくよ、クレア?」
アルマが合図を送ると「へっ! やるってわかってればだーれがそんな魔法にかかるかぁい!」と意気込むエレノアだったが、あっという間に木をなで始めた。
「何この木? すっごい。すっごい滑らかなの。ふわふわ。え? 何? 抱きしめて? しょうがないなぁ。おっふ。おっふ」
幸せそうに木を抱きしめるエレノア。笑いを堪えれているクレアが目をつぶり集中していたが、何が起きているのかのほうが気になってまた何もわからなかった。
「あはは。アルマ? エレノアを黙らせてもらえる?」
「……しょうがないなぁ。一回解くよ?」
幸せそうだったエレノアのほっぺと顔。突然にその木肌を感じると目が死んでいく。そして並んで立つ女性たちをにらみつける。
「ちがう。ちゃんと分かってた。なんだよ! ちくしょう!」
クレアが彼女に近づき肩に手を添える。そして、一枚の葉っぱを手渡した。
「なんだよこれ?」
「それが離れないってことにしてもらうわ。アルマお願い」
「うん。いくよ」
「何を言ってるんだ? こんなの指を離せば……ちょっ、あれ? え? うぉっ、くそ、何だこれ! 離れろ! はっなっれっろぉ!」
葉っぱを摘んだまま腕を振り回すエレノア。魔法がかかる瞬間にクレアが何かを感じたのか「あ」と一言だけ発していた。
その後も訓練は続いた。ローレンスにとっては新しい知識を得るいい機会でもあった。幸いにもアルマには魔法による負担がない。結果的に精神魔法に対する対処法やその方向性がわかればとても有意義な時間となる。
エレノアは一人、騒がしくもアルマの魔法で様々な幻覚を見せられている。都度、クレアが「あ」「今」「これね」と次第に感覚を掴んでいく。結局アルマの魔法を解除する方法に至ることはなかったが、それでも数カ月後にはクレアはエレノアにかけられた魔法に対して敏感に反応するようになった。訓練のたびにエレノアの叫び声が響くが、エレノア自身が成長することはなかった。
「ちくしょう!」
■エレノアと商人のおじさん
ミシエールの街、日中。エレノアがいつものように商店街をブラブラとしている。皆がエレノアに気づく。「今日はどこだ」「何しに来たんだ」「やぁ、エレノア」等と様々な言葉が飛び交う。そして、一人の商人が目をつけられる。店に並んだ木箱に腕を載せ寄りかかるエレノアが話す。
「やぁ、おっちゃん。元気?」
「お、おう。今日はどうしたんだ?」
「へへへ。おっちゃんさ。アニムの歴史って知ってる?」
「いや、詳しくは知らねぇな」
エレノアは好機だとばかりに口角を上げる。
「知ってるかい? アニムってのは七年万なんだよ」
「は? え? 七年万?」
「はは。すごいだろ。知ってた? 七年万」
「え、うあ、いや、知らねぇな。初めて知ったぜ」
「かぁっ! 商人たる者が数字に弱いたぁ情けない。いいかい? 七年万ってのはね、七年を四十回繰り返すと同じことになるんだ」
「あ? ぁあ? よくわかんねぇが、そうなのか? 二百八……」
「つまりだ! 約五百と七年ってこと」
「あ? え?! そうなのか?」
「ああ。あたしのこの体にはね、七年万の美貌が詰まってるの。アニムの髄たる結晶ってわけ」
「あ、ああ。まぁ、お前さんが可愛いのは認めるが、言ってることがよくわかんねぇな」
「ははは。それじゃ、あたし行くよ。これは勉強代として貰っていくよ」
「別に構わねぇけど……」
エレノアが林檎を一つ掴んでかぶりつく。元々、クレアとエレノアには無償で手伝いをしてもらうことが多い。その殆どが頼む前にしてくるのだが。そんなわけで彼らは、果物一つ程度は何も気にしていなかった。
彼女はゆらり、ゆらりとしっぽを振り、腰をゆっくりと動かしながら離れていくといきなり振り返りざまに叫ぶ。エレノアの短めの髪がまるで女性が履くスカートのようにふわりと浮き上がる。奇跡だ。
「ちょっと! あたしを見てたね」
「ん? あぁ、そりゃそうだろ。俺の店は突き当りだからな。正面にはお前しかいねぇ」
エレノアが両手で胸を隠す仕草をする。どこで覚えたのか、ここ最近はあれをやりたいらしい。
「いいかい。あたしはね……」
ゴクリ
商店のおじさんがつばを飲む。次に何を言うのか。それが不安であり、楽しみであり、やっかいでもある。
「あたしはタダじゃないんだよ!」
「え!?」
「意味はわかるだろ? 高い女ってことさ」
「意味を間違えてないか」
商人はつぶやきながら、満足そうに帰っていくエレノアを見送る。商店街のみんな、街のみんなが、クレアと違った意味でエレノアのことが大好きだった。これはエレノアの日常の話。