110 ★⑤ 死の誘い(2/3) 村人風 ※残酷シーン
■魂印の儀 ウッドエルフの儀式 二人の魂を結びつける
■離魂の儀 ウッドエルフの儀式 魂の結びつけを解く。生まれ変わる。
■森の魔女(闇) 基本的に想像通り。縮れてたりボサボサの髪。細い体だけど力はすんごい。バキバキと顎を広げ子供の頭なら人噛み。大人でも半分近くいける。
白い狼が口を開いた
お前は生きた数だけ死なねばならない
白い狼が言った
お前は死んだ数だけ見なければならない
白い狼が呟いた
お前は見た数だけ知らなければならない
白い狼が呻いた
お前は知った数だけ考えねばならない
白い狼が囁いた
お前は立ち上がる準備が出来たか?
男は叫んだ
その時が来たらこの体を捧げよう
白い狼が吠えた
逃げられないぞ
どこまでも追いかけて
お前を死の眠りへと送り届ける
それが、お前の運命なのだから
※
「お願いだから! ちょっと、止まって! ご飯も食べてないし、準備がまだだから!」
ククルに跨るウィリアムはバキバキと枝を折りながら森の中を突き進む。すでにイタとバーナムとは遠く離れてしまった。
一方、森の中にある人間の村付近――。
「くそ!」
そう言いながら膝をつく者。倒れる者。まっすぐ立とうとする者達が近づいてくる森の魔女を睨む。彼女は両足を交互に上げ、はしゃぐように近づくと一人、また一人と食い散らかしていく。
「アヒャヒャヒャ! オロカだね」
切り立った崖の上にある人間の村。森を出る道はそこから森を抜け、洞窟を抜け、崖をくぐり、何もない高い岩肌に挟まれた小道を進み、また森を抜けるだけ。北東から南東へただ森の外側を歩くだけだった。しかし今は魔女が道をふさいでいる。
「このままだと、人間が飢え死にするぞ」
「だが、魔女が邪魔で食料を届けることができない」
「最近、新しい魔物が現れたと聞くぞ。倒しても倒してもキリがない」
魔女を殺すだけなら十分な人数。それが出来ないことが歯がゆい。ただ、老兵達は喜んで魔女に戦いを挑んで散っていく。時間稼ぎにはちょうど良かった。
合流したイタとバーナム。バーナムは自身の大弓を準備すると高い場所へと移動した。イタが指揮を執る男へと駆け寄ってきた。
「おお! 二人とも。リグルは?」
「まだよ。あと一か月待てばどうにかなる」
「一か月? 俺たちが魔女と戦う分にはいいんだが……」
「食料よね? 私達も手伝うわ」
魔女の陣地を超えればすぐに森を一回出ることができる。あとは若い岩肌に挟まれた小道を進み村へ行くだけ。問題は、魔女がずっと邪魔をしている事。こちらも邪魔をしなければ村へ行かれてしまうこと。ウッドエルフが両側で挟んでいて優位のはずなのに、条件が悪い。
「どんな感じかしら?」
「それが、あいつの能力が厄介で……皆、最終的には殺された。まぁ、年寄り連中は腕を試すのにいい機会だと喜んでいるみたいだが……」
「土の魔法?」
「実際に見たがよくわからん。皆、足が地面にくっついたように離れなくなったと思えば、バランスを崩して倒れる者やまるで酔ったようにフラフラと倒れていく者。魔女が踊りだしたら終わりだ」
「そのための私たちの魔法ね。代々受け継がれてきたのはそれを相手にするため。私以外に使えるのは?」
「いや、何人か殺された。それに全員を殺されるわけにはいかないから里に待機してもらってる」
「そう……じゃぁ……バーナム!」
イタが上を見上げ声を張り上げると、彼は鳥の声で応える。
「準備はいいみたいね。誰か挑戦するものはいる!?」
イタの問いかけに名乗りを上げたのが双剣の老戦士ダグラス。リグルを鍛えた師だ。彼の体術は近づき、武器に触れなければいけない。それを鍛えたのはダグラスの双剣。こと術式はもう使えないが剣の腕なら里一番だ。
「あら、もういいのかしら?」
「ああ。離魂の儀も終えたぞ。次はどこにいくかわからんがその時は頼むぜ」
「根っからの戦士ね……」
「若いのも連れていくか?」
「今は私一人みたいだから、守るのもあなただけの方がいいわ」
「わかった。お別れだな」
「ええ。リグルに伝えておく」
「よおっし! 切りまくってやるぞ! 死なない程度に殺しまくってやる!」
老戦士ダグラス。持っている剣は『マカとカカ』。ただの愛称だがこの里でずっと使われてきた逸品。髪は短く剃り褐色の肌に白と赤で戦化粧をしているが、大きな手で乱暴にこすりつけたのが分かる。魔女の武器に防具など意味がない。部族らしい格好でゆっくりと魔女の待つ場所へと歩いていく。数メートルの距離まで近づくと話し始めた。
「イヒヒヒ。オ前。待ってタヨ。強ソウ。マズソウ。楽シソウ」
「ああ。俺もだ。どうせまだまだ死なないんだろ?」
「当然。アンタ一人じゃ三日三晩アタシの首を刎ね続ケテも終ワラナイネ」
「それを聞いて安心した。『俺が』死ぬまでお前を殺すからな。楽しもうぜ」
「イヒヒヒ! いつマデ耐えラレルかな?」
流れは同じ。魔女は手に持った掌程の黒い刃の武器で応戦する。相手が双剣なら自分も同じ。鳴り響く金属音。足が切れ、腕が飛ぶ。どれも魔女の物だ。もしもダグラスに髪があったらすでに切られていただろう。紐はほどけ、視界を閉ざし、魔女との攻防において僅かな死角を作り傷を負っているはず。そのぐらいに速く、止まらず、どんな態勢になってもお互い斬り続けている。
魔女は腕を斬られると選ぶことになる。新しく生やすか、繋げるか。一瞬の出来事だ。それは強い魔女程素早くなる。今、目の前にいる魔女は若い。前回生まれてからわずか数百年。けれど、この魔女そのものはずっとこの森にいる。故に手ごわい。
繋がる腕を斬り落とすと、別の場所から黒い刃が飛んでくる。受け、避け、足を斬ると地面を走ってきた腕がまたくっつく。胴体を斬り落とし蹴り飛ばすが自分も蹴飛ばされる。上半身の腕だけで地面を叩き飛び上がる魔女は空中で体を一つにするも、ダグラスに再度真っ二つにされる。
片方の体は捨て、すぐに元に戻る魔女が振り向くダグラスに襲い掛かる。突き出した黒い刃を辛うじて受け流すも頭に歯型が付くほど強く噛みつかれたダグラス。「ぐあっ」と声を挙げながら首を切り落とし胴体を蹴り捨てる。地面に落ちた魔女の頭を剣で突き刺す。すぐそばでは魔女が再生している。
「はぁはぁ……やっぱ魔女は強いなぁ、おい」
「イヒャヒャ。アンタ、何度かアタシとヤッタね?」
「どうだろうな?」
食料を運ぶ道を作るため、少しずつ戦場をずらしていたダグラス。準備が出来るとイタが風の魔法で彼を援護する。細長い杖をグルグルと回すと次第に地面の葉が杖に合わせてグルグルと集まり始めた。
「始めるわよ」
「ああ」
イタが杖の先端を魔女に向けると風の塊が飛んでいく。地面の草や葉がそれに合わせ波打つ。
「ハッ!? コンナ魔法で何がデキル?」
魔女が笑いながらイタの魔法で身構えていた腕を下した。同時に放たれたバーナムの大きな矢が飛んでくる。太く強い。体を貫通して終わる。意味がないが何本かの矢が集まったような変な矢。魔女がそう思った瞬間だった。
「馬鹿な魔女」
「グゥァッ!!」
突如、魔女の目の前で矢が大きく広がり魔女を捕らえそのまま地面に突き刺さる。すぐにダグラスが腰から杭を取り出し腕に突き刺し固定し、両手の剣で足も突き刺した。
「キィヤアア!! クソ!! クソ!!」
叫ぶ魔女。イタの放った風の塊はバーナムの矢が広がるためのトリガーに過ぎなかった。魔女は自分に対するものだと思っていたが、これが二人の狩り。熊でさえも岩まで吹き飛ばすバーナムの弓の威力。魔女は身動きが取れずに口を大きく開け悔しがる。
「さぁ、今のうちに!」
待機していた男たちが荷車を押していく。響く車輪の音に激怒する魔女が体が千切れんばかりに動く。
「早くしろ! こいつ、抜け出すぞ!」
「グギィヤアァアアッ! 殺ス! 殺ス」
魔女は暴れ体が千切らせ脱出する。ちょうど荷車が向こう側まであと半分といった所だった。魔女が再生しながら、ダグラスに斬られながら、バーナムに射抜かれながら、徐々に全身を再生すると最後はバーナムの矢を掴んで止め、ダグラスの剣を口で受け止める。そして左足を強く踏む。魔女の動きに合わせてイタが杖を地面に突き立てる。
「チッ」
魔女がイタの魔法に気づく。ダグラスを蹴飛ばし荷車へと向かった。武器を構える男達。向かってくる魔女。能力は足踏みだ。
右足で踏み込まれると地面から足が離れなくなる。跳躍も回避も踏み込みも不可能。動く瞬間に発動すると筋肉や筋を痛める。
左足で踏み込まれると逆に地面から足が離れる。地震が起きてるかのように、酔っているかのように。踏み込みも解除され力が出ない。
対策はイタのように同時に解除の魔法を使うこと。彼女がミシエールの街でアルマに支配されないように使っていた魔法。あの時は自分とバーナムだけだったが、今は人数が多い。守り切れるかどうか難しいところだった。
飛んでくるバーナムの矢を避け、荷車に辿り着くと魔女はまず一人。乱暴に斬りつける。避けた男はそのまま下から剣を持ち上げ腕を斬り落とした。自分の腕を掴んだ魔女がイタへそれごと投げつける。
一瞬だけ隙が出来た。左足の踏み込み。周囲の男たちが全員バランスを崩し倒れたり、荷車に捕まったりしている。傍にいる男が一人下半身を投げ捨てられた。
「イヒヒヒ。さぁ、踊れ、踊レ!」
魔女が両足を交互に上げ踏み込む。まるで喜んではしゃいでるかのよう。飛んできたバーナムの矢を掴みそのまま倒れている男に突き刺す。別の男は荷車の陰で見えないが叫び声と同時にジュルジュルという音が聞こえた。地面を這うようにできてきた魔女が踊りながらダグラスへと近づく。
イタは彼に魔法を集中させる。
「ドウリデ。アイツが邪魔シテタんだネ」
「今更、気が――」
援護むなしく倒れたバーナムの頭の破裂音が響く。ピチャピチャと音を立て笑いながらはしゃぐ魔女の傍で男たちが死んでいく。最後の一人もイタの援護の元、魔女に首をはねられてしまった。
「今日は大勢が死んだな」
「くそう。あと半分だったんだが。だが、このままあいつを相手してる間に運べないか?」
「いや、無理だろう。アイツの足踏みがある限り皆が止まる」
「どうしたものか」
「俺が行こうか?」
「あん? 行くのは構わないが死ぬだけだぞ?」
「大丈夫。秘策があるから」
「ああ。それなら……って、うわぁ! 誰だお前!?」
話していた男達に割り込んできたのはウィリアムだった。ずかずかと歩くと乗っていたククルと一緒にイタの傍まで行く。彼の背中を見ていた男たちが「あいつ人間だよな? 俺たちの言葉喋ってたぞ」と驚いていた。
「遅くなったな。ちょっと寄り道を」
「ウィリアム! よかった。でも、あの魔女は強いわ。ダグラス……貴方が倒したリグルの師よ。そのダグラスでも本気を出した彼女には歯が立たなかった。いくら赤い槍だからといってもやめた方がいいわ」
赤い槍という言葉に周りがざわつく。本物を見たのは初めてだったからだ。そもそも同じ戦いの場に人間がいること自体が初めての事。
「ふふふ。俺には秘策がある。まぁ、最後の一人が死んだところは見たよ。もうちょっと早ければ良かったんだが。あの荷車を向こうに運べばいいんだよな?」
「ええ」
「よし。じゃぁ、ちょっと……」
ウィリアムがその場を離れるとククルと一緒に何かをしていた。暫くしても戻ってこない彼を放って、イタは戻ってきたバーナムと作戦会議を始める。この時にイタはふとしたことに気づき驚いた。彼と古エルフ語で話していたのだ。だが、娘が話せるのなら当然かと、今は話し合いに集中する。
「どうしましょう。今は荷車の中身に興味ないみたいだけど」
「このまま、あいつに弓で足止めをしておこう……おい、あれ、なんだ?」
「え? え??」
会議をしていた全員が向かって魔女の右側に怪しい塊を見つける。何か葉っぱが動いているのだ。ゆっくりと、すこしずつ。折った枝や葉っぱの塊がゆっくりと荷車の方へ近づいていく。カサカサ、コソコソ、ゆっくりと、ゆっくりと……時折「しっ! 静かにしろよ」というひそひそ声が聞こえると、ククルの鳴き声が漏れる。
「え!? あれ、ウィリアムと彼が乗ってたククルじゃない!?」
「は!? あいつ、馬鹿なのか!? しかもククルと一緒か!?」
馬は魔女に混乱させられてしまうため危険だ。その点ククルは安心だったが、それでも近づくのはよくない。よほど調教された種でなければ耐えられない。イタは急いで指先に彫った術式を使い彼に風のささやきを送る。
「ちょっと! 戻りなさい!」
すると葉っぱの塊が止まる。イタがホッと安心した瞬間ガサっとウィリアムの頭が塊から飛び出ると周囲を見渡す。そしてまたガサっと潜るとゆっくりと進み始めた。
「おいおい! 魔女もあいつらのこと見てるぞ」
すでに魔女は気づいていてウィリアムとククルの葉っぱの塊をじっと見つめていた。ウッドエルフと彼らとを交互に観察する。仲間? 村人? なんだ? という考えを巡らせつつ荷車まで辿り着いた男とククルが何もなかったかのようにそれを動かす準備を始めた。
「あー。村に帰りたい」
「クゥー」
村人か? 魔女は頭を振り荷車へと近づく。イタがウィリアムを守るために魔女の足踏みを解除する準備をする。しかし、一人で何回も発動させていたため眩暈と共に倒れこむとバーナムに支えられた。
「あいつ、死んだな」
「だめ。クレアのお父さんよ」
「あー、よっこいせぇ」
「クゥー」
近づいてきた魔女と目があうウィリアム。隣ではククルが唾をのむ。
「はい、ちょっと通りますよ」
魔女が前に立ちはだかる。
「ちょっと! 通行料よこせとか、そういうのは古いよ! これだから最近の魔女は」
「オマエ、何者ダ?」
魔女が握りしめた剣がククルの首を刎ねるために動き始める。ウィリアムがククルを安心させるために太い首に手を置いている中、てっぺんまで辿り着いた魔女が剣が振り下ろされる。その瞬間、その腕が飛んでいく。ただ、勝手に飛んでいった。
「オマエ、ダレダ?」
ウィリアムが低い声で前かがみになると、魔女に顔を近づけ囁く。
「ただの通りすがりだ」
ゆっくりと姿勢を戻す。
再度荷車を移動させ始めた。イタやバーナム達からは魔女と何かを話すウィリアムの姿しか見えなかった。なぜか魔女はそのまま彼を素通りさせた。それどころか少し後ろから荷車を押していた。
皆、茫然と見守る。ありえない光景。森の魔女でしかも闇の魔女が人間を素通りさせ、手伝いすらした。何か契約をしたのか? 皆が疑問に思う中、ウィリアムは村の方へと荷車を運んでいく。バーナムがイタに驚いた声で言う。
「おい。俺の間違いだな。あのククル。あの状態で騒ぎもしなかったぞ。一番度胸があるのはあいつだな。調教なんて必要ないかもしれん」
そして、魔女が定位置に戻る。しかし何故か、この時以降、あまり活発には動かなくなってしまった。クレアが来る、その日までは――。