108 ★③ アレクサンドラ後編 星海の夜
少し日が進んでます。
街に来て数か月後の話
到着→アルマと対決→家族会議→(アゼリアの日記編)1か月→ウッドエルフの森→……→この話
ミシエールの街。湖に手を添える母娘。
「お母さん? 私にも出来る?」
「ええ。きっと出来るわよ。ほら、手を貸して。こうやってお水に手を添えるの。それでアルマは水になって、木になって、花になって、草になって、魚になって、街になるの」
「街に?」
「そうよ」
「魔女は森になるんじゃないの?」
「そうよ。『森の魔女』ならね。でも、私たちは『街の魔女』。だから、街になるの。これはね、貴方が生まれる前に私の出会った人が言ってたの。何気ない一言だったけど、私にはとても好きな言葉に聞こえたわ」
「なんて言ったの?」
「『まぁ! 街の魔女なの? 森の魔女と違うのね。っていうことは、貴方は街を美しくする魔女なのね。だって、森の魔女は森を美しくするでしょ? だから、街の魔女の貴方がいるおかげでこの街はこんなに素敵なのね』って。その時にお母さん、閃いたの。いっぱい練習して出来るようになったのよ。いつだと思う?」
「私の歳くらい?」
「あはは。違うわよ。これが出来るようになったのはアルマが生まれてからよ。だからお母さんね。毎回、これをアルマに見せようと張り切ってるの」
遠い日の思い出。
今朝、シカシカしていたクラインがアニムの親子から報告を受け『星海の夜』の開催が明日の夜に決まった。半年に一回はある行事で湖に生息する魚の繁殖に合わせて行う。それを目当てに訪ねてくる人達も多い。三人の魔女で産卵の演出を行う。
「星海の夜!?」
「やったぁ! やっと見られるのか」
お昼ご飯。魔女の家で食卓を囲む五人。ローレンス、アレサンドラとアルマの三人の魔女。それにクレアとエレノアが顔を合わせ嬉しそうにしている。
「ねぇねぇ、アルマ? 星海の夜って何をするの?」
エレノアがアルマに尻尾を振りながら子供のように聞いてくる。
「本来は魔女三人が協力して、この湖の魚の産卵を光の魔法で演出するの。数が多くて、光が強く、色鮮やかなほどいい兆候だと云われる。ただのお祭り」
なんだか嬉しくなさそうなアルマ。クレアとエレノアが今度は心配そうな顔をして見合う。するとローレンスが、
「昔……、アレックスが一緒にやってた時はそれはもう美しい光景だったの。それ以前も有名で美しいと評判だったのだけれど、彼女の演出を知ってる人達からしたら……。やはり、くすんで見えてしまうのかしらね」
「そんなことないもん。お母さんがいなくたって私がんばった! お母さんみたいなことは出来なかったけど、おばあちゃんには負けてないもん」
少しだけ顎を引くように驚くクレアとエレノア、そしてアレクサンドラ。喧嘩こそすれど、張り合うのは珍しい。特にローレンスが……
「あら、アルマ? 私だってあなたにはまだ負けていませんよ。伊達に光と水の魔女と呼ばれていませんからね。たしかに貴方の特殊な魔法には叶いませんが、元素魔法においては私の方が上です。精々、がんばることね」
めずらしい……祖母と孫のやり取りを三人は視線で追いながら見ていた。
それもそのはず。実はこの『星海の夜』には裏行事がある。親子三代になると昔から行われてきた勝負。魔女による光の演出は四回行われる。一人ずつと最後に同時に。それを街の人たちが採点するのだ。アルマを産んでからはアレクサンドラが連勝。アルマは初めて参加した時からずっと三位だ。
それとアレクサンドラが居なくなってからも回数は変えなかった。ローレンス、アルマと行い三回目の時にいつも落胆の声が聞こえる。それでも、何もない三回目はずっと行ってきた。アルマのお願いだった。
「今回は色々と違うもん。私が元素魔法をうまく扱えない理由もわかったし。腕も上がったし。背も伸びた。それに、お母さんがいるから……」
アルマがアレクサンドラの手を握る。すると彼女は笑顔になり「ええ、そうよ」とローレンスに対抗する。
「それじゃぁ、今日はアレクサンドラも参加しましょうか? せっかく戻ったんだし」
「ええ、そうね。私も参加するわ。私が一番初心者ってことね」
「お母さん? 自分で言ってたけどこれは魔法が使えるからってすぐに出来ることじゃないんだからね。私、万年ドベはいやだから」
「あら、そう? 今から一緒に下の湖に行きましょ? ちょっと教えてくれる?」
「うん」
アルマが嬉しそうに母アレクサンドラの手を取る。二人は湖へと向かい練習をした。結局アレクサンドラが出来たのは初歩程度の演出で、昔のアルマといい勝負といったところだった。魔女ならだれでも光らせることは出来る。ただ、それ以上の事にはコツがいるのだ。
「仕方ないよ、おかあさん」
「難しいのねぇ。明日も一緒にいい?」
「うん! 私の見ててね。絶対に負けないから」
「ふふ。そうね。楽しみにしてるわ」
翌日の夜――。
完全に日も暮れ、空には星がたくさん輝いていた。街には少しばかりの明かりや、小さいランタン。湖には小舟がたくさん出ている。シカシカのクラインは奥さんと一緒にいる。カエルのアニム一家は特等席である水中テントで焼き肉だ。お父さんはすでにベロベロに酔っている。彼らにとっては水中そのものが満点の星空になる唯一の日。
皆がそれぞれの場所で、大事な人、大切な人、大好きな人と席を共にしている。屋根の上、ベランダ、根っこトンネルやその上の広場。過去最高の演出の再来を期待して、湖を囲む草原にテーブルや椅子を運んだ人もいる。
すでに湖では産卵が始まり、ほのかに魚や卵、稚魚が淡く輝きだしている。それは魚たち本来の輝き。水中花も花開き、透明度の高い湖は上下が美しい夜空と変わっている。
「いよいよだな」
「ああ。今年は帰ってきたそうじゃないか? 期待できるんじゃないか?」
「アルマは今年こそ上手くできるのかな」
「いやぁ、あのいたずらっ子にはまだ無理じゃないか?」
「今年の順番は、ローレンス、アルマ、最後にアレクサンドラだそうだ」
街の人々がまだか、まだかと期待して待っている。魔女が三人揃っている時は、光の演出は一晩中続いたものだった。けれど、二人になってからはほとんどローレンス一人でやってるようなもので、皆が寝る前には終わってしまっていた。あとは儚くも美しい、魚本来の輝き。それでも十分に見ごたえはあるのだが、この街に住む人々にとっては物足りない。
まずはローレンス。ベテランで、十五歳の頃からアレクサンドラがアルマを産むまでの間ずっと一位を取ってきた。歴代最高の魔女ともいえる。この街の誇りだ。
ローレンスはいつもの場所で行う。小さい頃から同じ場所。魔法には詠唱以上にリズムと感覚が大事。それそのものが詠唱ともいえる。
彼女は足首までを水につけている。少しだけしゃがみ、下ろした髪が水に浸かる。指先だけが水に触れ目を閉じている。次第に、髪の色が夜の水と同じになるとゆっくりと立ち上がる。左右に広げた両手に水がついてくる。
水中の魚の卵が青白く光りだすとローレンスが両方の指でそれぞれパチン!と音を鳴らす。同時にバシャリとすべての水が落ちたが、弾けるように魚の卵が割れ美しく輝く稚魚が生まれる。それが彼女から外側へと大きく、ゆっくりと広がる。一気に満天の星空が上下逆転してしまった。
「おお」と声が広がる。小舟に乗る男女はうっとり。街では待ってましたと乾杯が始まる。
「さすがね。安定のおばあちゃん」
アルマが別の場所でそれを見ていた。隣のアレクサンドラがその光景に見惚れている。水面では魚たちが嬉しそうに飛び跳ねている。水に戻るたびに飛び散るしずくが何色にも輝く。新しい演出だ。小舟では男女が水面を叩き騒いでいる。おばあちゃんの配慮は恐れ多い。
「さあ、アルマの番ね。頑張って!」
「うん」
ローレンスの演出が終わる。すなわち、次手アルマの番だということ。皆が期待する。それは演出の高さではない。演出の美しさでもない。演出の長さでもない。そう、彼女がほんのわずかずつ成長する様を皆が楽しみにしているのだ。確かに『姿なき魔女』とか『いたずらっ子』とか『赤どんぐり』とか呼んではいるが、皆がアルマに期待している。楽しみでもある。
「今回こそ、見返してやる」
アルマは昔、母に言われたように手を湖に添える。そして、苦手な元素魔法を駆使して、駆使して……駆使、して……。
手こずっているアルマにアレクサンドラが手を添える。そして、
「大丈夫よ。アルマならきっとできる。ローレンスにコツを聞いてきたわ。元素魔法を扱うだけじゃない。水になるんだって。それで―」
「木になって、花になって……」
「ええ、そうね。草になって、魚になって、街になる」
偶然だろうか? 初めて教えてもらった時のことを思い出したアルマ。奇しくも今は逆の立場になっている。複雑な思いの中でアルマは今ある力を駆使して母から教わった言葉を実践する。すると、思いがけないことが起きた。新しい演出。新しい光。誰もが予想していなかった。
瞳を緑に輝かせ魔法を最大限に引き出すアルマ。少し前までは、怒ったり、憎んだりしていないと使えないはずだった。最近、少しずつだけど逆の時でも自分を強くすることが出来ているのに気が付いた。クレアと出会ったから? 母が帰ってきたから? わからない。でも、今はその力。この街の魔女と森の魔女の力を両方使って、自分に出来る演出をする。結果――。
「あはは。まさか、あそこを輝かせるとはなぁ。やられたよ」
「おいおい。魚は光ってないぞ? これはどう評価したらいいんだ?」
「こんなの初めてよ。聞いたことない」
様々な声が飛ぶ。もちろん、遠すぎて彼女には聞こえていないが……
アルマに出来たのは街にある大樹を輝かせることだった。驚いたのはローレンスも同じ。皆が湖を凝視していたが、まさかの背後。いきなり明るくなったと思ったら大樹が光り輝いている。呆気にとられ、笑う者もいた。それは馬鹿にした笑いではなく、してやられたというものだ。
「すごいじゃない! それじゃ、私の番ね。ドキドキするわ」
なんか違う……と考え込むアルマを背に、アレクサンドラが同じように水に手を添える。そして、初めての挑戦で出来たのは湖の一部を強く輝かせることだった。偶然真上にいた小舟の男女は嬉しそうにしていた。まるで当たりクジを引いた時のように。
「ふぅ。難しい」
「これならお母さんに勝てた気がする」
「あら? アルマはすごかったけど……湖は一切光ってなかったわよ。魚達本来の輝きのままだったもの」
「お母さんはちょっと光らせて、一部だけ輝かせただけ。私の方がまぶしかったもん」
「結果が楽しみね! じゃぁ、最後は三人でやるのよね」
「うん」
「さっきの……今度は一緒に言いましょ。いいこと思いついたの。アルマの魔法を見てたらね。アルマの演出すごく好きよ。次も見せて頂戴」
「そうなの? じゃぁ」
遠くではローレンスが最後の魔法に取り掛かる。最初と同じようにあっという間に湖全体が輝く。残っていた卵も稚魚も輝き、湖を美しくする。アルマとアレクサンドラは水に手を添え、コツを同時に声に出している。
「「水になって、木になって、花になって、草になって、魚になって、街になる」」
アルマは自分の演出が終わると隣にいる母を見つめた。まるで昔の自分のように一生懸命になっている。今度はどこが光るのだろう? と湖を見渡す。すでにローレンスの魔法演出で光り輝いているというのに……
「私……お母さんね。アルマに見せたいの。これから毎回これをアルマに見せれるように頑張るわ。アルマの綺麗な緑の瞳と一緒」
アルマがそういうアレクサンドラの顔をじっと見つめていた。直後、視界のはずれの方から緑の光。懐かしい緑の輝きが飛び込んでくる。
湖を取り囲む草原。それがゆっくりと輝きだし光の絨毯となる。毎回、アレクサンドラ独自のこの演出を期待して草原にいた人たちは「おお」と歓喜の声を挙げる。昔のようにランタンがいらない程ではないが、優しい緑の光。
アルマは母が自分の為に考え、演出してくれたその魔法を久しぶりに見てこ喜びがこみ上げてきた。しかし言葉にせず、そのまま飲み込んだ。期待しても、落胆する思いをしたくないから。
母娘は二人掛けの椅子に座る。綺麗な湖を見ながら、役割を終え休んでいる。アルマは母に体を預けるように寄りかかり、小さく声を出す。
「お母さん……私、大きくなった。皆は小さい、小さいっていうけど。だいぶ成長したんだよ」
「そうね。私も大きくなったと思ってる。なんとなくだけど……それにね。アルマは立派よ」
「どうして?」
「だって、その名前の通りに健康で元気に育った。最近ね、アルマを見てると思うことがあるの」
「なぁに?」
「アルマを見てると……あぁ、私に足りないもの。アルマが命の源なんだなって。不思議よね。ぽっかり空いた感じだったんだけど、アルマがいると私の中の小さい炎が強く輝きだすの。まるで命そのもの。わかる?」
「……うん。私、小さい炎だけど強く輝いてるから」
「そうよ。私もそう思う。さぁ、家に帰りましょ」
「お母さん。もうちょっと……このままで」
「あら? 疲れちゃったの?」
「うん」
アルマは母アレクサンドラの肩に身を寄せ寄りかかったまま小さい声でつぶやいた。
「お母さん……変わらないね。お母さんのまま」
「そうね。変わってないわね」
噛み合わない二人の会話。アルマは遠い日の母を想い、今のアレクサンドラに言った。記憶や思い出が彼女の頭の中で思い出されることは無いのだろう。しかし、あの日、あの時言った言葉、想いは母が母である限り自然と出てくるのだろう。彼女の魂から嘘、偽りのない形で聞く二度目の愛情にアルマは密かに涙を浮かべた。
「私がアルマのお母さんになるのは長い道のりよ」
「うん。長かった……」
アレクサンドラがアルマの肩に腕を回し、顔をくっつける。
「何を言ってるの? これからよ」
「どうして?」
「だって、私が生きてる限りはずっとアルマのお母さんなんだから」
「……うん」
こうして、久しぶりに三人の魔女が揃った星海の夜の輝きは夜更けまで続いた。次回、そしてまた次回と行われる星海の夜。クレアとエレノアがこの街に滞在した約二年間で、アレクサンドラの演出は昔のように戻っていく。彼女が取り戻したのは栄光だけではなかった。それは、アルマに笑顔を取り戻させるには十分な出来事ばかりだった。