106 ★① ラドリーとアルマ
101・102 アルマの物語後日談
短い小話①
■ククル 馬のように乗れる鳥です。アレに近いです。トリとウマです。
■ラドリーの帰還①
ククルの背にアルマを乗せて見送った直後に気絶して倒れたラドリー。これはその後の小さなお話――。
数日後、無事に発見されたラドリーは村で治療を受けていた。「あ、あぁ」と言うばかりで目も虚ろ。廃人としか言いようがない。皆が彼を哀れんでいた。きっと森の魔女にやられたのだろう。頭は剥げて傷だらけ、青白く、震えている。叫ばず、笑わず、喋らず、怒らず、泣かず、喚かず。ただ、ただ、「あぁ」と繰り返す。
村に通りかかったのは二人の旅人。男性と女性。背が高く、フードを被っている。素性をあまり知られたくないのだろう。ラドリーを看病する女性が二人に彼を託す。彼らは通り道であるミシエールの街に廃人となったラドリーを連れて行く。
「どうだい? 彼の容態は」
「まぁ、少しは良くなったかな。あとは街で少しずつじゃないかしら」
「そうか。残りはローレンスがどうにかしてくれるだろう」
「そうね。私達はここまで。じゃぁね、ラドリー」
毎日、ミシエールの街に向かって出発する馬車。二人は誰にも見つからないようにその馬車に彼を乗せた。戻ってきた主人が「ありゃ! ラドリーじゃないか!?」と驚く。その言葉を聞くと、二人はそのまま馬を走らせ旅を続ける。
誰もいない場所に来ると女性がフードを外す。一緒にいる男性も同じようにフードを外し「ふぅ」と笑いあう。
通り過ぎる風に、軽く柔らかいシルクのような赤い髪を踊らせ彼女が言う。
「フードってあまり好きじゃないわ」
小さく笑い、彼女を見つめる男性の目は美しい青で短い金髪の髪が僅かにそよいでいる。
「僕は好きだけどな。被ってる君も、そうじゃない君も」
「あら、そういうとこ……あの人に似てきてるわよね」
「ははは。そうかもね」
馬の腹を蹴り、颯爽と平原を走り抜ける二人の旅人。草原の佇んでいる切り株に座った幼い少女が二人を見上げ目をキラキラさせ「エルフだぁ」と言った。通り過ぎた瞬間、少女に笑顔を向けつつ女性が右手で風を撫でると更に馬は加速し、あっという間に地平線へと消えていった。これは小さなお話。
■ラドリーの帰還②
アルマを連れてミシエールの街に戻ったローレンス。その後すぐに彼女はギルドで彼の捜索を依頼する。アルマに近づいた彼がどうなったかは分からない。アルマを保護し無事に連れ帰る。誰にも見られず。それが第一優先。彼も承知だった。結果、現れたのはククルに気絶したまま運ばれたアルマだけ。
不明な部分が多い術式魔法。計り知れない強さになったアルマの魔法。身を犠牲にした彼がどうなったのかはわからない……最悪、死んでいるかもしれない。
ギルドの男たちは彼を捜索することに皆が乗り気だ。ダサいし、めんどくさいし、ヒョロヒョロだし、すぐにゼェゼェ言う。でも、彼の「芯」の強さを知っている。
意外な時、肝心な時、彼は必死になって魔法を使ってくれる。それは皆知っている。すぐに迎えを編成すると、出発する男たち。
しかし、不思議なことが起きた。しばらくするといつの間にか馬車に乗っていたのだ。
後日、ギルドから派遣した男たちが戻って来た時に事情を知ったローレンス。二人の旅人が現れ彼を運んだのだという。素性も名前も名乗らず。ただ、ローレンスのこともラドリーの事も知っていた。フードからは赤い髪と綺麗な肌が見えていたという。ローレンスには心当たりがあった……
ラドリーの治療は困難だった。どこを見ているのかもわからない。ローレンスを見るとなにか反応する。小刻みに動かす体と眼球。震える手足。ほとんど食べずにやせ細っていく体。
ある日、アルマが彼に出会う。もちろん「あの日」依然の彼を知っているし、あの時、あの森で、彼が皆と同じように自分に向かってきたのは覚えている。だが、どうでもよかった。帰ってこれただけ、マシなのだから。
近づいてくる彼に煩わしさを感じたアルマが彼に精神魔法を使う。通りかかったローレンスがそれに気づきアルマを叱責する。その時、ラドリーが小さな声で言うのが聞こえた。
「……レンス」
僅かな言葉。そして、またいつもの彼に戻る。彼女はある考えにたどり着くと、二つのものを用意した。
一つはアルマに作らせたラドリー用の髪の毛だ。魔力を込め、時間をかけ作った。術式文様を描いた眉毛まですっぽりハマるように。
もう一つは、一瞬だけ魔法を飽和させる小槌だ。厳密に言うと魔力を込め続けたもので叩いた衝撃で一気に放射される。頭の中が空になるように調整している。
手順は簡単だった。彼の頭を叩き、アルマ特性のかつらを被せるだけ。ただ、効果はすぐには現れなかった。一日、三日、一週間と経った日のこと。
少しずつ食欲の戻ってきたラドリー。ローレンスが一緒に食事をしていると、彼が一言。
「あり……が…とう」
ローレンスは嬉しさのあまり、食器をひっくり返す勢いで彼に抱きついた。
「おかえりなさい! お礼を言いたいのはこちらですよ。ラドリー。あぁ、ありがとう! おかえりなさい。本当に良かった」
この日はこれだけだった。
ただ、日に日に彼の言葉は戻っていく。
少しずつ、一言ずつ
ある日のこと。魔女の家の前にある小さな草原。木陰に座るラドリー。同じ場所が好きなアルマが鬱陶しそうに隣に座る。祖母から彼には魔法を使わないように言われている。いずれにしても、カツラのせいで魔法が効きづらくなっている。それも狙ったのだろうか?
「邪魔」
そう言われて少しだけ動くラドリー
「……なんでいつも来るのよ」
ラドリーはアルマの小さな手を取る。アルマは彼の指に驚いたが顔には出さない。元から細かった指が、今は折れそうなほど弱々しい。
自分のせい
それはわかっている
でも、みんな同じだ。私は魔女だ
街の魔女じゃない
森の魔女でもない
母を壊し
優しいと思っていた人たちに襲われ
魔法で彼らに姿を見せ
何度も殺された
みんなが憎い
強く握ってくるラドリーの手。まだうまく力が入らないのだろうか。震えているようにも思える。そして、そんな彼の手を振りほどこうとした時。彼が力いっぱいにアルマの手を握ると、
「アル……マ」
「何?」
「君は悪い……」
「知ってる」
「悪…い魔…女」
「うるさい!」
「悪……い、魔女……じゃ、ない」
「……」
ラドリーの手には貧弱な強さと、暖かさがあった。アルマは彼のダサいオカッパの奥にある眼がまっすぐ自分を見ていることがわかった。怒って目が光っているのに……。彼の言葉を聞いたとき、ふと夢のように思える光景が思い浮かんだ。意識が飛ぶ直前の光景。
「ごめんね……ラドリー」
アルマはラドリーの手を握るのが辛かった。自分が憎い。自分が怖い。去り際に彼に一言だけつぶやいた。
「……ありがとう」
ラドリーはぼーっとしたまま木陰から街を見下ろしている。
この日のことを彼が覚えているのかはわからない。それでもアルマは彼に感謝した。彼だけには感謝した。
アルマの態度や行動に変化は現れなかった。いつものように森の中のような生活だったり、なるべくラドリーのいない場所に行って自分を見えないようにしていたり。ただ、木陰で話した一週間後には、ラドリーのオカッパがアルマの好きな紫色に変わっていた。
■オカッパ(おまけ)
ある日、エレノアはこっそりとアルマの部屋を覗いた。
「イシシ。アルマは何をしているのかなぁ?」
こっそりと扉を開ける。広い部屋。小さい体のアルマのせいで、余計に広く見える。アルマの部屋は木の枝や根だけで出来ている。窓があり、見えるのは湖と森だけ。扉に背を向けているためエレノアにはちょうど良かった。
「出来たぁ」
嬉しそうなアルマが一声。両手を掲げ、持ち上げたのは紫色のオカッパ……ラドリーの新しい髪だ。この時、エレノアはまだ彼の頭がカツラだということを知らなかった。
「うわぁ!」
エレノアはテーブルに置いてあるカツラ製作用の仮の頭がラドリーそのものだと思った。そして、引っこ抜かれたがごとく彼の紫色の髪の毛。オカッパごと綺麗にすっぽりいった。ラドリーが髪の毛抜かれて死んだ! 思わず、恐怖し声を挙げた。
「え!?」
同じく驚くアルマ。すぐに彼女はエレノアに魔法をかける。そして……
「あははは」
「これは罰」
普通の通路を、崖だと思い込み腕程の太さの棒の上を歩かされているエレノア。すごい必死に恐々と渡り歩いている。その様子にクレアが笑い、アルマが後ろからついていく。