表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と魔女 −再会−  作者: 彩花-saika-
第五章 湖の街ミシエール
104/144

104 家族会議② 瞳ちゃんと秘密の部屋

(イタとバーナム)■■

  瞳ちゃんリグル  ■

ウィリアム(父)  ■ ■クレア(娘)

ローレンス(祖母) ■ ■エレノア(猫娘)

アクレサンドラ(母)■ ■アルマ(孫)

 ラドリー(オカッパ)■

 魔女の家の外に残ったクレアとエレノア。ついさっきまで家の中で話していたことなど忘れてクレアの母の話に夢中になっている。


「――それでね、お母さんが赤の魔女に会いなさいって。それとまだ早いって言ってた。あとは……ここに書庫があって、そこに日記がある……」


「どうしたのクレア?」


「ううん。そういえばお母さん。『そこにアゼリアの日記がある』って言ってたの。言い方が……。それにお母さんの姿……まるで――」


 クレアは幾度となく夢のような場所で出会った母や、それ以外の人達の事を思い返していた。今までに何度も会っていたはずなのについさっきまで思い出すことはおろか、それ自体を覚えていなかった。いつもすぐに忘れていしまう。覚えていようと何度も思い返すがそれすら忘れてしまう記憶。


 それを今、思い出したのだ。目覚めた時にだけ覚えている感覚。その時と同じ思いで、夢のような出来事を必死に繋ぎ留め思い返している。


 それがいつものようにすぐに「消えていかない」ことに気づいた。しかし、クレアは不安から何度も、何度も、先ほど見た母親の言動と姿を思い返しそのたびに覚えていることにホッとしている。それに今は自分の頭の中だけではなく、エレノアに話している。自分が忘れても彼女が覚えているはず。そうこうしてエレノアに話しているうちにあることに気が付いた彼女だったが、玄関を開けたアレクサンドラが二人を呼びそれは中断された。


「二人とも中へ。お話があるみたいよ。あら? どうしたの? 何かいいことあった?」


「え? うん。お母さんに会えるって、こういうことなんだなって思って」


「あら? それはよかったわね。来てたの?」


「うん。もう、いないけど……また会えると思う」


「その時は、私に紹介してね。でも、クレアのお母さんってことはさっき話してた女性の事よね? 私とあなたのお母さんがあまり知らない中だと嬉しいわね。きっと私、覚えていないから……アルマみたいに悲しませたくないわ」


 魔女の家の中、さっきまで六人で話していたテーブルのある部屋まで進む。さすがに一部屋に十人も集まると狭く感じた。


 席は始まりと同じように片側に大人三人、もう片側に子供三人。それぞれの親子と中央にローレンスとエレノアが対面している。テーブルの側面に新しい客人が座る。


 ウィリアムとクレアの間にウッドエルフ三人組のリーダーであるリグル。アルマとアレクサンドラの間にオカッパ頭のラドリー。


 「コホン」と咳をするラドリーが最初に口を開いた。元魔法使いで「あの日」にその身を犠牲にしてアルマを救った人物。街に戻ったのは一か月後。後遺症でうまく喋れず、怪我はないが毛がなかった。街に戻った後も数か月の間は突然泣いたり、叫んだり、震えたり、笑ったり大変だった。以後、オカッパである。


「それでは、すぐに私たちの用事を済ませましゅね」(オカッパ)


 席を立つのはウッドエルフのリグル。連れの二人は背後で壁に寄りかかり皆の様子を伺う。三人とも昼間と違い、今はウッドエルフらしい肌の露出が多い格好だ。髪は編み込み後ろに流し、色彩豊かな綺麗な糸で鮮やかな装飾。人徳、名誉、武勲。色々と培ってきたのだろう。耳にはクレアとエレノアと同じ小さい銀の平たく薄いピアス。身に着けている者同士なら小さく光りお互いを知らせる。


 リグルは何故か布を一枚、肩に羽織り胸元を隠している。軽く会釈する時に目を瞑ると裏瞼にウィリアムの描いた瞳が現れる。それに気づいたエレノアがこっそりと話す。


「ねぇねぇ、あれ何? あれも術式?」(猫娘)


「しっ。たぶんそうよ。私、昼間は気づかなかったけどもしかしたら付け足したんじゃないかな? きっと、アルマ対策よ」(娘)


「おいおい、気をつけろ。あれは第三の眼、いや、全部で四つだから第三と四の眼だ。あまり見つめてると、きけ、きっ、きっけ、危険だから」(父)


 笑いを堪えられないウィリアム。見下ろすリグルの背後では連れのウッドエルフも笑いを堪えている。以後、瞳ちゃんである。


「いいか? 俺はリグル。この街の魔女は相当の使い手だな。まさか俺が負けるとは思わなかった。人間とは言え称賛に値する。まるで森の魔女と対峙した時のようだった」(瞳ちゃん)  


 目を真っ赤にしながら正面のアレクサンドラを睨みつけるアルマが少しだけ向きを変えリグルを睨み言い返す。


「称賛? 大したことしていない。貴方が弱いだけ」(孫)


 怒りからだろうか? 相手が人間でなくウッドエルフだからだろうか? アルマが一切噛まずに喋ったことに祖母のローレンスは驚いていた。すぐ隣のラドリーも同じだった。


「お前のような小娘が魔女とはな。人間とは面白い生き物だ。それであの魔法はこの老婆か? その紫の女か?」(瞳ちゃん)


 目を真っ赤にしたアルマが瞳を緑色に輝かせ始めると、ウッドエルフの三人が驚く。


「お母さんの名前はアレクサンドラ。紫の女じゃない。私、今すごく怒ってるの――」(孫)


「落ち着いて、アルマ」(母)


 さりげない一言だが、あの日を思い出したアルマ。同じように「落ち着いて」と何度も言っていた。あの時の母には自分の姿が見えていなかった。いや、どう見えていたのか。怒りと悲しみと悔しさとが入り混じり涙が零れ落ちるのに気づくと、帽子を深く被り下を向いた。


「それはすまないな。あれだけの魔法。こんなに小さい子供が使うとは。六歳か? いや八歳くらいか? 末恐ろしいな」(瞳ちゃん)


「十二歳だよ」(父)


 ひそひそと教えるウィリアム。リグルは「そうなのか?」と驚きの表情をしながら席に座る。


「はい。それでは話を始めましょう。それでラドリー? この方たちの依頼とは?」(祖母)


 パンッと手を叩き、明るい声で部屋に漂う険悪な雰囲気を一蹴したのはローレンス。


「はい。彼らの里の近くにいる森の魔女が最近になって活動範囲を広げているそうです。それで、このままだと近くにある人間の村が隔離状態になりゆくゆくは飲まれてしまうそうです。猶予は数か月。彼らの仲間が何人か村に取り残されているようで……」(オカッパ)


「俺が話そう。彼が言うようにその村はあと数か月もしないうちに魔女の餌場になるだろう。どうして広がり始めたのかはわからない。調査として七人が向かったが、そのうち五人が死んだ。戻ってきた二人の情報で魔女の能力はある程度把握した。その魔女を殺したいのだが、いい手が浮かばなくてな」(瞳ちゃん)


「珍しいこともあるのね? ウッドエルフの貴方たちが私達人間の村を気遣うなんて。魔女を殺すだけなら貴方達だけでも十分にできるはず。どうしてそれをしないのですか? 出来れば事情も教えてくださる? 大事なことを言い忘れて惨事になったばっかりなのでね。ねぇ?」(祖母)


「そうだ、そうだ! しっかり話せよ。眼の多き者よ、あいでっ」(父)


 どうして皆が偉大なる戦士で『赤い槍』と呼ばれる男に冷たい視線を送るのか? 変な空気を感じ取りながらリグルが話を続ける。ちなみにウィリアムは今、テーブルの下から足をけったのがクレアなのかエレノアなのかすごく気になっている。二人とも笑顔だ。


「魔女を殺すだけなら可能だ。その時はあの村からまた生まれるだろうな。そして、結果的に森は広がり村人は全滅する。どうして俺たちがお前らを気遣うのか? それに関しては少し前の話なんだが……昔、あの村に救われたヤツがいてな。それから彼らとは交流があるんだ。何世代もな。あまり公にはしたくない。かといってこれ以上足踏みをしていると闇の魔女の森が広がり、俺たちの狩場が無くなる」(瞳ちゃん)


「どうしてこの街に? ギルドなら他にもあるでしょう? 支援を要請るするだけならここまで来ることも必要ないでしょう」(祖母)


「俺たちが探していたのはクレアだ。少し前にこの少女の物語を読んだ。黒髪の少女が勇敢に魔女と戦い森を解放した。ともに歩むのは彼女の牙、同じく勇敢な獣だと」(瞳ちゃん)


「獣ぉ?」(猫娘)


「クレアなら新しい魔女を生まずに倒す方法を何か知っているんじゃないかと思ってな。それでヘンザの話で二人がミシエールの街に向かっているということを思い出した。結果、昨日のことだが彼女たちを見つけた。俺たちの印を身に着けた人間はとても珍しい。それだけで信頼に値するのだろうが、実際に目にするとやはり……しばらくは観察しようと思ったんだが」(瞳ちゃん)


「そこで今日の出来事ね。クレアを助けてくれたことは聞いてます。それに、クレアにしたことも。結果、彼女の父ウィリアムに負け怪我を負ったことも。大変でしたね」(祖母)


「ああ。もう一度謝らせてくれ。本当に済まなかった。俺が弱かったばっかりに」(瞳ちゃん)


「いいのよ、リグル。それにイタさんとバーナムさんだったかしら? あの時はありがとう。ウッドエルフらしい素早い判断だった。もしあの時、二人も敵に回ってたらと思うと、ぞっとするもの」(娘)


 クレアの優しい瞳に思わず笑顔がこぼれたのは壁際に立つウッドエルフのイタ。細長い杖を持っている。動物の皮や毛皮で作った腰巻や胸巻。それ以外は肌が露出している。引き締まった体に対して腿がしっかりとしている。そのせいか腰のくびれが強調されているのに加え、胸の布は巻いているというより「乗っかっている」という表現に近い。人間と違って恥じらいが弱いのもあるが、横を向くと目のやり場に男性陣は困ってしまう。以後、お姉さんである。


「ごめんなさいね、クレア。あの時は操られないだけで精一杯だった。あとで治療してあげるから。リグルの技、痛かったでしょう? 私だってまだ頭痛がするのよ。それを何度も食らったのでしょう? リグルも貴方のお父さんにこっぴどくやられたから……それにある意味きつい罰を受けてるわ。それとこれ、人間の薬よりかは多少早く治ると思うわよ」(お姉さん)


「うん。ありがとう」(娘)


 イタが背後からリグルの羽織っていた布を奪い取る。「あ」というリグル。胸にはぐるぐるの模様がいっぱい書かれていた。それを見たエレノアがこっそりとクレアに聞く。


「ねぇねぇ、あれも術式? この人さ、術式何個持ってるの?」(猫娘)


「しっ、エレノア。あれは多分、違うと思う……」(娘)


「おいおい、エレノア。気をつけろよ。胸毛式術式って言ってな、それ、それっ、そっれはもぅ」(父)


 クレアにはわかった。眼も胸も父の仕業だと。笑いを堪えている父。それだけなら怒ろうかと思ったが、リグルの背後ではイタが口を手で押させ、バーナムが口を結んで鼻の穴をヒクヒクと動かし笑いを堪えている。ウッドエルフは体に刻む文様を大事にしている。父がイタズラで描いたのに三人のウッドエルフはそれこそ「子供のイタズラ」として受け取っている。ましてや、人間の仕業なのに。この三人のウッドエルフがどういう人物なのか。クレアは何となくわかった気がした。


「クレア? お前は何か魔女を殺す方法を知っているのか? 物語の中ではお前に切られた魔女の腕は再生しなかったとある。どうしてだ? どうやった? 何があった? 教えてくれないか?」(瞳ちゃん)


「うーん……何もしていないわよ。ヘンザ達と戦った。それこそ無我夢中で逃げて、戦っただけ。使ったのもあなた達の武器だし。ごめんなさい。心当たりがないの」(娘)


「あたしのフライパン。あれのせいかもしれない。船ではその力が解放されたんだ。それはもう……」(猫娘)


「あれはノラが街で買ったフライパンでドワーフ製ってだけだぞ? あはは、お前、ただのフライパンで魔女と戦あいでっ」(父)


 今、足を蹴ったのは絶対にエレノアだ……


「心当たりはある。今のを聞いて半ば確信に変わったわ」(祖母」


「本当か!? ぜひ、その方法を教えてくれ。急いで戻らねば。今は浸食を抑えるために皆が時間を稼いでいる。いつ死なないとも限らないし、魔女が本気で反撃してくればそれどころではない。出来ればすぐに戻りたい」(瞳ちゃん)


「今はそれを確かめるためにある実験を始めたところです。わかるのは一か月後。そうねぇ、これは依頼よね? 討伐の手伝いってことかしら。それに魔女の足止め、つまり気を惹きつけ相手をしていれば浸食速度が遅くなるってことよね」(祖母)


「ああ、そうだ。それと依頼は最悪クレアからその方法が聞ければいいと思ってただけだ。そこいらの人間の手を借りるつもりはない。そもそも、弱い人間ではあいつの餌になるだけだしな」(瞳ちゃん)


「ウィリアム――」(祖母)

「お父さん! 行ってあげて! リグルがこんな風になったのお父さんのせいでしょ? それに村の人達が困ってる。私、魔女と戦って分かったの。確かに力は強いし、動きも速い。でも、お父さんほどじゃないって。魔法は……厄介だけど……それでも、お父さんなら足止めできるでしょ? 行って、魔女を足止めして、村を救って、生きて帰ってくる。簡単でしょ?」(娘)


「ええ? 聞いただろ、クレア? 行くのに十日でしょ、そんで一か月してからこいつらが来るとして、そっから倒して帰ってくる。せっかくクレアに会えたのに?」(父)


「何言ってるのよ。私だって、話したいこといっぱいあるけど、困ってる人がいるのよ? お父さんなら助けられる。もし、お父さんが行かないなら私、私が行く。向こうに着く頃には多少動けるようになってるわ。向こうで休んですぐに参加してもいい。明日、お父さんが出発するか、私が出発するか。それだけのことよ」(娘)


「クレアが行くなら、もちろんあたしも行くよ」(猫娘)


「んー……。お前を行かせるわけにはいかないしな」(父)


「今日、一緒の部屋で寝よ? いっぱい話して、明日出発して、さっさと終わらせて戻ってくる」(娘)


「おお。もし、お前が俺たちの味方になってくれるのなら助かるな。是非、頼む。その時はこの二人に道案内を指せる。私は方法が分かり次第戻ろう。怪我も治せるしな」(瞳ちゃん)


 ウィリアムが鼻の下を伸ばしながら壁に立つ二人、特に女性のイタを見る。もう一人の男は不愛想だが……


「どうしようかなぁ……あいでっ」(父)


 今のは絶対にクレアだ。二人だ。二人がかりでテーブルの下から蹴ってくる。だって、エレノアは今、瞳ちゃんの第三と四の眼が見えるたびに両手で手刀を作り身構えてるもの。笑顔のクレアが怖い。


「わかったよ。じゃぁ、明日出発しよう。はぁ、せっかく娘に会えたってのに……」(父)


「それでは俺たちはこれで。明日、イタとバーナムが街の入口で待つ。それでいいか?」(瞳ちゃん)


「いいけど、昼ね。朝は嫌。朝ごはんは大事だから。クレアとエレノアの二人と一緒に食べてから出発する」(父)


 子供だ。まるで子供だ。クレアとエレノアが口を開け呆れた顔でウィリアムを見つめる。これが本当に強い男なのだろうか? いや、確かに強いけど、子供だ。


 イタだけが一度クレアと別室に行き、体中の傷ついた箇所に薬と魔法で回復を促す。玄関まで一緒に歩き外で手を振り、別れると部屋に戻った。


「夜も遅くなってきたことだし、クレアもお父さんと一緒に過ごしたいでしょう? 今日はここまでにしましょう。時間はあることですし」(祖母)


「そうだな。それと二人とも? お前らにはここでしばらくの間過ごしてもらうぞ。ローレンスの教えで世界の事を学んでもらう。彼女は何でも知ってるぞ」(父)


「ええ。そうねぇ、少なくとも二年は居てもらうことになるかしら。アルマと一緒に色々と学んでほしいわね」(祖母)


「「二年!?」」


 クレアとエレノアが同時に驚く。


「ええ。この家で過ごしてもらうわね。あ、でも明日からの一か月はギルド二階の宿に泊まってもらいますからね。アルマもですよ」(祖母)


 さすがのアルマもその一言には驚き、椅子を鳴らす。


「やだよ! 外で寝泊まりなんかしたくない! なんでこの家があるのに。私の部屋があるのに?」(孫)


「あら? あなたそんなんで旅に出ようとしていたの?」(祖母)


 甦るのは母との記憶。たどり着くのはあの日。母が戻った今、その現実が突きつけれらている。ましてや今となっては外に出る必要がない。アルマは必死に抵抗する。


「お母さん戻ったんだよ? もう、いいもん! 私、この家から出ないもん」(孫)


「これは命令よ。魔女としての命令。貴方がこの街の魔女になるために大切なこと。クレアとエレノア、アルマの三人で一部屋。一か月同じ部屋で過ごしてもらいますからね」(祖母)


「うぅ……」(孫)


 家族会議が終わり、自分の部屋へと走り戻るアルマ。呆れた顔をしてからローレンスは残った二人の少女に話を続ける。


「ごめんなさいね。一か月だけだから。それと二人はこっちへ。書庫へ案内するわ」


「書庫?」


「ええ。ここには様々な知識が集まっています。今では一生をかけても読むことは出来ない程に。通常、使えるのは私達一族か一部の魔女のみですが、二人には入り口部分のみ使用可能にしておきましょう」


 三人で家の中の通路を歩く。外からの見栄えと違って中はほとんど大樹そのものだった。途中、板で作った部分や部屋もあったが、木のトンネルを歩いている感じだ。面白いことに、歩いている先には必ず花が咲いていて人が近づくと光りだす。そのおかげでランタンを持たずに済んだ。


 ローレンスに案内され、たどり着いたところには両開きの扉。鍵はかかっておらず、中に入ると棚に入った本がたくさんある。部屋の中央には胸に届く高さの台座があり、何も書かれていない本が一冊のっている。まるで台座にくっついているようだった。思っていたほど広くなく、小屋程度の空間。本棚の間にはいくつか扉がある。ただ一つだけ、おかしな扉がある。大樹の壁と一体化しているため、ただ取っ手がついているだけのように見える不思議な扉。


「クレアは体が癒えるまでは、読書を中心にここを好きなだけ使ってちょうだい。エレノアはみんなで勉強をする時にここから本を選んでもらうわ。それ以外はいつも通りでいいかしらね」


「この中央の台座は何? なんも書いてないし……あれ、くっついてて離れない。クレアもほら、触ってみて」


「ほんとだ。表紙は閉じれるけど、反対側がくっついてるのかしら?」


「ええ。それはこの大樹そのものです。知識の本と呼ばれ、私たちが使います。そうですね……例えば“アニムについて“」


 閉じた表紙に手を置くローレンスが独特の声色でそう呟く。囁くようだが、同時に数人が発しているような声。クレアには聞き覚えのある言葉だ。おばあさんから教わったおまじないをいう時と同じ発声方法に思える。


「ほら、どうぞ」


「うわぁ! なんだこれ、文字がいっぱい出てきてる。なになに、アニムについて。


 アニムとは、人間であり同時に新しい種族である。その歴史は最も新しく約七万年前に遡る。考えられるのはその名前の由来の通り、アニマつまりは魂を指す存在であること。人間の体と魂に別の動物の魂が宿っていると考えられる。故に彼らは人と動物の特徴を備え、その姿を変えられるのではないだろうか? 不思議なことに最初の子は人間同士から生まれたとされている。また、今でも人間同士の子から生まれるのを確認しているが、そもそもの親が混じりっ気のない純粋な人間なのかどうかは疑問が残る――。


 だってさ。すんごい、まだまだ色々書いてある。ほええぇ、七万年前だってさ。すっごい長い間集めてるんだねぇ」


「ええ。私達魔女のおかげでその内容は上書きされていく。ただ、膨大な量なのでこうやって探すのが一番なのよ。読むことは出来るけど、聞く方が早いわ。これはあなた達でも使えるけど、すべてを見ることは出来ない。私ですら同じね。あの奥へはご先祖様が入ったことがあるそうだけれど……」


 ローレンスが悲しそうな顔で壁にある取っ手を見つめた。それもそうだ。眼の前に何か秘密が隠されている。膨大な知識。代々、これを守ってきたのに知ることができない歯がゆさ。知識の守り手と言われて置きながら、実際その奥に入ることも、すべてを知ることも許されていない。


「戻り方は分かるわね? 時間はたっぷりあるから。ここにあるのは私達の知識であり、過去の歴史。私がこれから知ることもここに記されることとなる。もちろん、アクレサンドラ、アルマも同じ。だからアルマにはあのままでいてもらっては困るのよ。ましてやあれだけの力があるんですもの。外の世界へ行って、色々なことを知って来てほしい」


「なるほどね。そうすればこの本達が喜ぶと」


「アルマほどの魔法の使い手がいたら、私達すごく助かると思う。それに、十七歳になったら行かなきゃいけないところもあるし」


「ええ。そこにはぜひアルマも行かせたいわね。それじゃ、私はいくわね。クレアには酷だけど、今日はここで時間をつぶしすぎるとお父さんとの時間が無くなるわよ。ほどほどにね」


「はい」


「そうだよ、クレア。早く戻ろう。おっちゃん、明日には出発するんだった」


「うん。少しだけ待ってて……」


 エレノアが通路に戻ると、クレアはお母さんが言っていた「アゼリアの日記」を探してみた。疑問は多い。どうしてお母さんは「私の日記」ではなく「アゼリアの日記」と言ったのか。また、疑問が広がった。そう考えながら狭い書庫の中、本を探す。赤い本、緑の本、灰色の本、黄色い本、黒い本、薄い厚い、大きいい、小さい。たくさんの本があるなかでパッと見た感じでは怪しいものは見つからなかった。


「やっぱりちゃんと探さないとだめね。それにここにあるんだったらローレンスに見つかってるはずだし、隠したり挟んだりしてるのかな」


 クレアが独り言を言いながら棚にある本を指でなぞり歩いていた。壁に取っ手がある。扉の隙間などない。ふとその取っ手に触る。握り、押したり引いたりした。すると、意外なことに手ごたえなくそれが開いた。


「え?」


 クレアは軽すぎる扉を押すとそのまま中へ入ってしまった。数歩、勢いで中に入る。不思議な空間。想像していた場所と違った。まるで居心地のいい部屋。隣の部屋と違って床は綺麗な板で、切り株のような椅子には柔らかそうな苔がついている。奥ではちょろちょろと水が流れる。傍には二人分くらいの小さい草の絨毯。背もたれにちょうどよさそうな岩もある。驚いたのはその景色。


 上を見上げると、木の中にいるはずなのに空が広がっていた。広くはないが、天井の先には確かに空が広がり鳥が飛んでいる。扉が開いた瞬間こそすぐに戻ろうと思ったが、今ではこの不思議な景色に魅了されている。部屋の中なのに森。床があるのに森の中にいる。壁があるのに奥に森が広がり、天井は空。とても広い場所にいるように感じる。


 とぼとぼと歩いて、丸い切り株の椅子に座る。そのままあたりを眺めていると何かが近づいてくる。


 何かはわからない。見えないが、こちらへくる。

 それは今、すぐ目の前に存在している。

 危険は感じないが……

 そして、それは突然に話しかけてきた


 

「おかえり。アゼリア」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ