102 ★アルマの物語 後半
■ 魔法使い 街の魔女に師事 素質と資質により修行。杖や魔法道具を扱えるようになる。魔女と違い、媒体に頼るため実力差が大きく分かれる。効果、威力も劣る。男性でもなれるのが人気。
■ 魔女殺し 地域、年代により食い違いが多い。
二十日目――、
アルマが自身の魔法の強さに気づき、精神魔法を広く展開し始めた時のことだった。襲ってくる、森へと入ってくる戦士たちに対応するためにしたことで母に変化が起きた。
ずっと無言だった母が話し始めた。ずっとアルマから垂れ流し状態だった精神魔法を一番近くでずっと受け続けていた彼女。森へ入り、近づこうとする人達に対して魔法の範囲を拡大することで個から複数へと変わり緩和されただけのことだった。
「そろそろ、行こうかしら」
「どこに?」
「わからないけど、向こうの方。これ邪魔よね」
「ちょっと、お母さん!」
突然に髪を切り落とすアレクサンドラ。薄い紫の美しい髪がバッサリとなくなる。
「お母さん? ねぇ、私はあなたを知らないし、あなたのお母さんではないわ」
「違う。お母さんだもん。お母さんだもん……」
「名前は何て言ったかしら」
「アレクサンドラ」
「そう。アレクサンドラ? 貴方のお母さんはきっとどこかにいるのよ」
「違う! 私はアルマ。お母さんの名前がアレクサンドラ」
「そうなの?」
「!?」
もし、どこかの街の魔女がアルマと同じ強さ、同じ濃度の精神魔法を一分だけ使ったとする。ならば、その魔女は死んでいるだろう。精神が崩壊して、二度と魔法が使えない。それほどに危険な魔法。それをアルマは数日、ずっと使い続けている。そんな中での彼女とのやりとりは精神にこたえる。
同じ頃、森の外側では増えた戦士たちに交じってローレンスとラドリーがテントに用意されたテーブルの上で作戦を練っていた。予想以上に大ごと。予想以上に惨事。周りに気づかれないように、彼女の元へたどり着くための準備をする。
「ラドリー? いい? どうして眼が光っているのかはわからない。でも、私の孫であり、私の娘の子です。それに、街の魔女がそのまま森の魔女になるなんてことはありません」
「はい。知識の守り手であるローレンス様がおっしゃるのなら疑う余地などありません」
「そこで、あなたにお願いがあるのです」
「どうぞ! 何なりと」
「その、多分ですが……今までのやり方では彼女の魔法には到底かなわないでしょう。ここにいる彼らに聞いた話だと、森の中では数日間、魔法がかかったままだそうよ。私達、街の魔女が同じことをするなら、きっと昼夜交代で何十人、いや百人以上必要でしょう。彼女……アルマは今、街の魔女の範疇に収まらない強さにあります」
「はい。『だけど』と続くんですよね?」
ラドリーの決め顔にローレンスが呆れた顔で応える。彼がこれから起こることを予想した上で、"なんでもやりますよ"と意気込んでいるからだ。頭が上がらない。
「ありがとう、ラドリー。貴方に出会えてよかったわ」
「私もです」
「それで、貴方の頭に直接魔法を施そうと思うの。前からあの子の精神魔法に対抗できるものを作れないかと、探していたのよ。予想ではもっと後になると思っていたけれど……。書庫で調べていたときにこの文様が見つかった。効果は分からないし、抵抗したことで生まれる反作用も不明」
「ほぉ。ですが、今はそれしか方法がない」
「ええ」
「頭に直接描くということは、髪の毛を剃るんですね。ちょうど、髪型を変えたいと思っていたところですし。一本や二本。構いませんよ!」
ラドリーの決め顔が、テーブルに置いたランタンで照らされる。
「あのね、全部剃ることになる。眉毛から上全部よ」
ラドリーが決め顔のまま一瞬、無になる。嫌だとか剃りたくないとかいうことではなく、純粋に「眉毛?」という疑問から。目いっぱいに上に視線を動かし、見えることのない自身の眉毛に別れの挨拶をする。
「……眉毛もそろそろ邪魔だと思ってましたから! 指に生えてる毛と一緒ですよ! 剃っちゃいましょう!」
ラドリーの決め顔。彼の地毛が残った最後の決め顔は、ランタンの明かりの元誰の記憶にも残らなかった。
二時間かけ、ラドリーの髪を剃り文様を刻んだ。ウッドエルフが体に施す術式と同じ手法で、通常なら面積に合わせて数日に分けて行うもの。それを僅かな時間で無理やり……。
とても痛いはずなのに、一切の声を挙げないラドリー。多少、鼻息と肩が力むが彼は鼻歌を歌っていた。さらには心配するローレンスに気を使い下らない話をする。
そして、準備が整いアルマの領域へと入る。まだ、被害の出ていないギリギリの範囲まで集まった戦士たちと、違う思惑の二人が突入する合図を待っていた。
たった、六歳にもならない少女を殺すために。
最後の夜――、
「作戦はわかった?」
「はい! こいつらに紛れて森へ入る。頭数が多いうちはアルマ様の精神魔法も範囲効果になるせいで私は大丈夫。その間にとにかく彼女の元へ向かう。そして、最後の一人、つまり私だけになった時、この頭のおしゃれな文様が光りだす。そうなったら時間との勝負。とにかく、この小槌で彼女の頭を叩くことだけを目標に命をささげること」
ラドリーの冗談ともとれる口調の決意を耳にし、ローレンスが涙を滲ませた瞳で彼を見つめ、優しく、強く抱きしめる。
「光栄です」
「様子を見て私も後を追います。彼女があなたと私に気づいて、何もしなければいいのですが」
「大丈夫ですよ。普段からいたずらされて慣れてますから。ずっとコツンとしてやりたかったんですよ! ほんとに……手加減しなくていいんですよね?」
「ええ。躊躇したら……あなたの全てを注ぎ込んでくださいね。詠唱こそ必要ありませんが、もしかしたら貴方は今後一生魔法が使えないかもしれません。本当に、なんとお礼を言ったらいいのか」
「むしろ、光栄ですよ! 一度は死にかけた身を助けていただいた身です。必ずはアルマ様をローレンス様にお届けしますよ」
「もしもの時は……」
ラドリーがローレンスの口を塞いだ。その一言は言わせない。自分が言ったことで、彼女が業を背負わないように。
「もしものときは、私を放ってアルマ様だけを連れて行くように! 大丈夫。私は必ずや戻りましょう! では!」
合図とともに走り出す面々。その数は百人以上に膨れ上がっていた。最初の夜、村人が色々な村や町に向かったせいもあった。
森の中で迎え撃つアルマは近づいてくる人達に気づいていた。
母が話し出してからは気が気でないため魔法を感知することだけに集中させていた。何をするかわからないし、まるで他人。
森の外では村の人たちから始まり、自分を殺しに来る戦士たち。母と一緒に森を出る? まるで他人のような人が子供を守ってくれるだろうか? ローレンスが来るのを待つしかなかった。毎日、わずかな木の実だけ。心身共に衰弱しきったアルマは次々と近づいてくる人達にいつものように魔法をしかける。
とても簡単なこと。
誰かを自分の姿に見せる。すると、彼らは殺しあう。殺そうとする人はここに近づけさせない。一人、また一人と数が減っていく中、今までと違い近づいてくる人物がいた。その人物には魔法がうまくいかない。面倒に思ったアルマは、残った人たちに幻覚を見せ死んだと思わせ、地面に倒した。やはり、一人だけこちらへ向かってくる。もう少しでたどり着きそうだ。
「しぶとい」
アルマの瞳が今までになく緑に輝くと、走るラドリーのつるつるの頭が突如同じく光りだした。
「きたきたきたー! やばい! 急がないと!」
光りだした瞬間こそ「大した事ないな」と思っていたが、それが間違いだとすぐに気づかされる。頭からは湯気なのか、煙なのかもわからない白いものが噴出していた。赤紫から白へと光が強くなると、いよいよ頭が割れそうなほど痛い。歯を食いしばり、ラドリーはひたすらに走った。
やがて暗闇の中に浮かぶ緑の光。瞳を緑に輝やかせて立っている少女を見つけた。ボロボロの服に汚い手足、髪がボサボサでまさに森の魔女と言っても過言ではない。しかし、ラドリーには関係ないことだった。
今、目の前にいる少女。言わずと知れた光と水の偉大なる街の魔女ローレンスの孫にして、知識の書庫を守るべく子孫。暗闇に輝くその眼は光の魔女の証。されど彼女は街の魔女。
どうして光の魔女の眼が暗闇で光るのか?
闇の魔女の眼が光らないのはどうしてか?
ラドリーはアルマを森の魔女として殺そうという意気込みの人達を見てここまでやって来た。そもそも、眼が光っているのなら光の魔女の証。光の魔女は静かに暮らし、近くの村や人に恩恵を授ける。自分から人を襲うこともないし、動物を愛する優しい魔女。
故に、怒り心頭に無我夢中で叫んでいた。
「居場所を知らせて、襲われないようにしてるからでしょうがっ!」
ローレンスの言葉を一切疑わずに、迷わず、あきらめず、小槌を握りしめ血の吹き出し始めた頭など無視して、アルマに飛びかかる。
振りかざした小槌が彼女の頭まであと数センチ。拳一個分程度まで近づいたその時、
「ぐうぁ」
使えないはずの風の魔法を使ったアルマ。無意識なのか自分でも驚いている様子だった。飛びかかってきたラドリーを払うように手を当てると吹き飛んでいった。威力こそ魔法使い程度のものだったが、予想外。ラドリーはすぐ側の木に叩きつけられると、背をぶつけ地面に落ちた。
彼は両手をついたと同時に地面が暗くなったのを知り、頭の文様が消えたことを知った。
覚悟を決めたラドリーは可能な限り素早く起き上がり、走り出している。そんな必死な体とは別に、殺されるという言葉が頭を過ぎった。
「お母さん、待って!」
どこかへ行こうとする母を止めるアルマ。魔法に夢中になりすぎたせいで、近くにいる母をおろそかにしていた。その隙をラドリーは逃さなかった。強く握りしめた小槌でアルマの頭へ一発。
カン!
音こそ軽いが、それは森の外まで波打った。同時に、地面に伏していた死にもどきの戦士たちが正気に戻る。「あぁ、あぁぁ」と廃人になった者。泡を吹いているもの。起きた瞬間、叫びだした者。アルマの魔法が解けたとはいえ、幼く強い、躊躇のない彼女の魔法は生き残った戦士たちに後遺症を残す。
周囲の戦士たちが起き上がり、又は横たわったままで阿鼻叫喚とする中、走るローレンスはラドリーに感謝しながら急いで向かっていた。
「あぐっ」
白目を向いて倒れるアルマ。その様を立ったまま何もせず見下ろすようにじっと見つめる母アレクサンドラ。そんな彼女の様子に疑問を感じつつ、ラドリーが少女の体を抱き支える。
「もういいかしら? 終わったんでしょ?」
「はい。いきましょう」
何気ない会話だった。だが、これを最後にアレクサンドラは姿を消した。ラドリーが洞の前にいるククルの背にアルマを乗せ、固定させると囁く。
「よくがんばったな。いいか、誰にも見られずにローレンス様に届けるんだ。俺はちょっとここで休むから。頼んだぞ」
ククルは賢い。特に、魔法使いや魔女にとってはよき友。ラドリーはアルマを見送るとその場に倒れた。そして、ローレンスがククルに気づき、打合せ通り密かに街へと戻る。
アルマが目を覚ましたのは数日後。衰弱しきった彼女は、しばらく目隠しをされたままベッドで過ごした。両目を塞いでいるのは隙間だらけの古い布。見えるのは自分の部屋。扉が開く度に期待するが、彼女が起き上がることはなかった。
おばあちゃんは何も言わないが、何が起きたかは覚えている。最後の方だけ記憶が飛んでいるが……
目隠しが取れた後も、彼女は帽子を被るようになった。深く被り目あまり見せないようするため。ワンピースを着て下着は履かない。彼女にはまだあの日が続いている。変わったのは魔法の質や強さだけではなかった。あの日、体の中で何かが変わった。変わったというよりも、やっともとに戻った。そういう感覚だった。そして、森でできないことはしない。そういう日常が続いていた。
もともと父親を知らないアルマ。家族三人で暮らしていたが、母一人いないだけで家の人気がこんなにもなくなるものなのか。彼女は虚ろな表情でペタペタと、裸のまま誰にも姿を見せず歩いて回る。
街で母娘を見つけると、親から子供が見えないようにした。また逆もした。そして、再会した時の二人の様子を見ていた。
そして、数年の月日が流れる。
ある年の事だった。一糸まとわず、母のシャツ一枚だけを手に持って街を歩いていた。もう、二ヶ月間同じ物を握っている。それを抱くことはあっても着たりしない。ただ、たまに匂いをかぐ。お母さんの匂い。
いつものように用を足すときは、近くに犬を呼び寄せる。誰にも見られないし、面倒だし、気楽だ。犬を傍に置き、人々が行き交う中でしゃがみこんで用を足すアルマ。街の人たちを観察しながら……。「終わる」と思った瞬間のことだった。
道の反対側、露店で果物を売っている店の主人と話をしながらこっちを指差す男の人に気づいた。薄茶色の髪で、無精髭、鞄を背負っていて小剣を携えている。身長は高く、三十代後半くらいだろうか? 若くも見える。格好いいおじさん。そう感じた自分にも驚いた。
その人がちょっと恥ずかしそうな顔をしながら、しゃがみ込んで用を足している自分を指を差して布を一枚受け取っている。この犬の事でも話してるのかな? そう考えたアルマ。
「あ、くそ! この犬がまたおしっこしやがった」
街の人からしたらいつもの流れ。アルマは立ち上がり、ペタペタと母のシャツを片手に街の散歩を続けた。最初の角を曲がった時、後ろから男の声がした。
「おい! お前、なんで服着てないんだ? なんだ、しかも、あんなところで小便なんかしやがって。恥ずかしくないのか?」
「……」
話しかけられることなんてありえない。私は今、誰からも見えない存在になっている。さっきの格好いいおじさん。どの人に話しかけてるんだろう?
アルマはキョロキョロと辺りを探してみたが、自分以外誰もいないことに気が付いた。
「お前だよお前。あー、もう。恥ずかしいったらありゃしない。なんでシャツ片手に握りしめてるの? 着たらいいのに。ほら、これ。街の人も何も言わないなんて。ちょっとひどくないか? 女の子だぞ?」
「え?」
アルマから目をそらさずに近づいてきて、露店の主人から受け取っていた布をかぶせる男性。アルマは突然の出来事に呼吸が乱れ、顔を真っ赤にし、角まで走った。
なんで? なんで? なんで? なんで? どういうこと!?
逃げ隠れたアルマに戸惑う男性だったが、隠れた場所からこっそり覗いてくる少女に懐かしさを感じた。それが何度か繰り返される。あんな少女をほってはおけない。こんなに平和な街なのに、家無しの子か? せっかく近づいても逃げて離れ、こっそり見てくる。
困った顔をして頭をポリポリと掻く男性を、通りの角からひょこりと顔を出して観察するアルマ。やはり、自分の事を見ている。追いかけてくるし、話しかけてくる。
何か閃いたのか男がポン!と手を叩き「わかった!」と言い、ニカーっと笑う。
「お前、鬼ごっこがしたいのか? そうか、そうか、よおし、俺が鬼だ……ぐぅう、くそぉ、右手が、右手がおかしいぞ! ぐぁあ、だめだ、言うことを聞かない。あぁ、左手まで! 逃げろ! 逃げるんだ! 捕まえちゃうぞぉ」
何かしている。見てるだけでむず痒い。指を動かし、手が言うことを聞かないと言い出した。くすぐる仕草だ。
アルマは「めんどうくさいな」と思い、男に今までになく強い精神魔法をかけた。もう知っている。ある一定の強さを超えると、眼が緑色に光ることを。彼にも見られる。でも、構わない。もう会うこともないだろう。会ったところできっと、あの森の奴らと一緒だ。きっと、怖がったり、襲ってくるだけだろう。そうなったら、一度殺せばいい。勝手に離れていくから……
アルマは男に背を向けペタペタと歩き始めた。今頃、通りをまっすぐ突っ切るだろう。恥をかけ。そう思い、ペタペタと歩く。だが、
「わははは! どうした、走らないのかぁ!? ああ、手が、手がぁあっ!」
「きゃああ!」
心臓が止まるかと思った!
アルマは必死に逃げた。何度も男に魔法をかけた。精神魔法を何度も、何度も。眼を光らせ、自分の姿などお構いなしに彼に正面から、捕まり顔に手を当てながら、背後から、上から……
魔法にかかっていないわけじゃない。ずっと効いてる。しかも一度や二度じゃない。はじめは一人分。そして二人分。やがて十人分。百人。五百人。千人分とどんどん膨れ上がる。今では、街の人全員分はかけてある。なのにまるで効いていない!
効いているのに、効いていない。底が見えない!
「がはははは!」
息を切らしながら必死に逃げ回るアルマ。何度も捕まり、くすぐられたり、振り回されたりした。何度も罵った。何度も魔法をかけた。隠れても見つかり、魔法をかけても意味がない。気づくと彼とは普通に喋っていた。
ふと自分が隠れている木箱を見て思い出した。先日、どこかの親子がかくれんぼをして遊んでいた場所だ。そして、近づく足音。わざとらしく言う「あれぇ? どこかなぁ?」というセリフ。手の影がワシャワシャと動いている。ムズムズとする体。既に彼に叩き込まれたくすぐり地獄の感覚は体をゾワゾワとさせる。
アルマは飛び出すと、男を避けるように走り去ろうとした。しかし捕まるとまた、くすぐられた。彼はすでに私の弱点を知っている!
「ガハハハハ!」
「いや、あは、あはははは」
アルマは涙を流すほど笑った。ヒクヒクとさせ、笑いすぎて腹が痛い。走りすぎて足が痛い。楽しすぎて胸が痛い。嬉しすぎて涙が止まらない。
「おいおいおい。どした?」
「わからない……おじさん、誰?」
「俺? 俺はジョゼフ。ちょっとこの街に用事があってね。それよりお前なんで裸だったの? 親は? なんで皆無視するの?」
「アルマ。名前はアルマ。親は……居ない」
「両方?」
「うん」
「そうか。何か出来ることはあるか?」
「そうだ。おじさん、冒険者でしょ?」
「ああ。話、聞きたい?」
「うん。でも、お願いがあるの」
「なんだ?」
「お母さんが言ってたの。居なくなる前に……リアムって人を探してって」
「リアム?」
「うん。お願い。そのリアムって人と一緒に私のお母さんを見つけて」
「特徴は? 名前は?」
「お母さんは、薄い紫色の髪をしてる。同じ色の綺麗な瞳に美人。名前はアレクサンドラ」
「アレクサンドラ? なら覚えやすいな。昔、一緒に仕事をした人が同じ特徴で同じ名前だったからさ。じゃぁ、あとはその特徴の似た同じ名前の人に聞くだけだな。『あなたはかわいいアルマのお母さんですか?』って」
「ううん。聞いてもだめ。私の事覚えていない」
「ほぉ。詳しく」
「おじさん。私が怖くない?」
「なんで?」
「だって、眼が光るんだよ?」
「そうか? 綺麗な色じゃないか。まぁ、あまり人には見せない方がいいな。俺の知り合いにも眼が光る人はいるからな。才能だぞ? 裸で走り回るのは才能じゃないけどな。ははは」
「……」
少し、自分のしていたことを恥ずかしく思い顔を赤くしたアルマ。そのあとも暫く彼と話をつづけた。そして、彼は用事を済ませるためにその場を後にしようとする。
「じゃぁ、約束だよ。おじさん」
「ああ。必ず見つけるよ。でも、これは依頼だからなぁ。よし、取引をしよう」
「取引?」
「ああ。アルマの依頼を受ける代わりに、俺からも頼み事だ」
「なに?」
「服を着ること。下着を履くこと。もし、それが破られたら」
「そんなの簡単だもん」
「ほぉ。ほぉほぉほぉ。では、破った時に何をするのかな?」
「おじさんが選んでよ」
「いんや。アルマが選ぶんだよ。絶対に嫌なこと。俺がその中から決める」
「えっとね。嫌なこと……知らない人と話すことでしょ、お勉強でしょ、それと湖に飛び込むこと」
「湖に飛び込む? そんなの楽しいだけじゃないのか?」
「ううん。犬かきしか出来ないし、水の中だと魔法が使えない。自分の力でしか出られないから嫌い」
「なるほどね。よし。それにしよう。もし、服を着てなかったり、下着を履いていなかったら、俺がお前をこの街で一番高いところまで連れて行って……いやいや、あの木の上は無しだぞ。おじさんでも死んじゃうからな。そうだ、あの魔女の家があるところからアルマを湖に投げ込む」
「いいよ。だって、簡単だもん」
「約束だぞ」
二人は指を絡め約束をする。アルマはその後も街をブラブラしていた。にやにやと笑顔で、鼻歌を歌いながら。
不思議な男ジョゼフ。次会う時には母親の情報を持ってくるかもしれない。その頃には、自分で旅もできる歳になってるかもしれない。流浪の魔女になってあの人についていくのもいい。
夜になり、アルマは期待に胸を膨らませ家に帰った。その時にはすでに客人が帰った後だった。
「誰か来たの? おばあちゃん」
「ええ。ウィリアムという人よ。昔の知り合い。娘さんが十一歳になって、旅に出てきたの。お互い頼みごとがあったからちょうどよかったわ」
「へぇ」
これだけの会話。でも、ローレンスには嬉しかった。何かあったのだろうか? 顔にわずかだが笑顔が、未来への希望が見えた。
そして、数年後。
この街に、二人の少女がやってきた。
黒髪の少女からは、あの日に似た何かを感じた。それも当然のことだった。
アルマが暴走した日
それは、クレアの八歳の誕生日のことだった