101 ★アルマの物語 前半
主な登場人物(種族表記なしの場合は人間)
■アレクサンドラ ♀ 紫髪 細め 160 街の魔女
■ローレンス ♀ 白髪 気品のある女性 街の魔女
■アルマ ♀ 栗茶髪 小柄 人見知り
■ククル 羽馬 チョコbよりもトリウm寄り
今から約十二年前――
湖の街ミシエールに子供が一人、また小さな産声を上げて誕生した。
母親の名前はアレクサンドラという名前の街の魔女。二十歳を過ぎた若い女性。薄い紫色の長い髪は一目見たら忘れない美しさがある。街の湖を囲むように広がる草原を歩く彼女の姿は、まるで春に咲くラベンダーの花のように見る人を魅了した。
街の魔女。つまりは人間の魔女で『魔女の血統』もしくは『血統の魔女』と呼ばれる女性たち。『魔女の子は魔女』という言葉があるように、魔女の最初の子供は必ず女の子で、魔女の素質を持っている。アレクサンドラの子供もまた例外ではなかった。
出産を手伝ったのは同じく街の魔女のローレンス。彼女は今、瞬間に祖母となった。代々この町に住んでいる街の魔女の子孫で、これまでの人生でたくさんの子供たちの誕生を見てきた。自身が小さい頃から現在まで……。そんな彼女でも生まれたばかりの自分の孫の体の小ささには驚いていた。
「アレックス。無事に生まれたわ。ほら、見て。こんなにかわいい。少し小さいかしらね?」
「ほんと……。大丈夫かしらこの子? そうだ! 私、やっぱり名前を変えるわ。実際に見てみると浮かんでくるものね、お母さん」
「そうよ。だから言ったでしょう。名前はね、赤ちゃんが持ってくるの。それを親が口に出してあげるのよ。自分で名乗れないかわりに、親が言葉にしてあげるの」
「そうねぇ……私……この子は『アルマ』! そう、アルマよ」
「まぁ、いい名前ね。意味も教えてあげなさい」
母アレクサンドラはとても小さく、軽い、でもどこか温かく今にも暴れだしそうな、泣き出しそうなアルマを抱きなおし希望に満ちた顔で見つめる。
「アルマ、あなたは――」
※
数年後――。
「アルマ! アルマ!! どこへ行ったの? ねぇ、お母さん。あの子がどこに行ったか知らない?」
「また、いつの間にか消えてしまったのね。やっかいな子ね。早く使い方を教えてあげないと。ギルドと街の人には伝えたから、大丈夫だとは思うけど……」
「そんなの意味ないわよ。だって、それにすら気づかないんだから……。せめて、これ、これを着て行ってくれればよかったんだけど」
「あら、また下着一枚でどこかへいったのね。困った子ねぇ。元気があっていいのだけれど」
他の子供と比べて体は小さいままだが、無事にすくすくと育ち三歳になったアルマ。
通常、魔女の子といえど魔法は五歳頃から使えるようになる。使い初めは弱弱しく、そこから学んで少しずつ体現していく。十歳になる頃には得意不得意がわかり、魔女としての方向性が決まる。
しかし、三歳になったアルマはすでに無意識に魔法を使っていた。元素魔法は使えないが、二人の大人の魔女をだますほどの精神魔法。その力は異能、異質で類を見ない。
三歳のアルマは朝から走り回る。本人はかくれんぼのつもりだったが、絶対に見つからないかくれんぼ。母のアレクサンドラと祖母のローレンスは何度も騙されるうちに免疫を高め、感覚に慣れ、アルマを見つけ出せるようになった。それでも、無邪気に遊ぶ三歳の特異な魔法は痕跡をたどるのも大変だった。
当時、ミシエールの街では不思議ないたずらが頻発していた。果物がなくなり、物が動かされている。長い間アルマを見なくなったせいで街の人が「魔女の孫アルマが、本当は存在していないんじゃないか?」と疑ってきたこともある。今となっては笑い話だが、母と祖母はそんな彼女を育てるのに苦労していた。
アルマが五歳になる頃には、ローレンスの知識と魔法でどうにか対処できるようになる。強いとはいえ、この時はまだ二人ともアルマの魔法に勝っていた。結局のところ子供にはお仕置きとご褒美、アメとムチが一番効果的。いわゆる一般的な躾。
アルマはとても人見知りで母と祖母以外の人と話はおろか、姿さえ見せない。自身が使う魔法の効果もあり他人との対話が苦手なまま成長していた。
同時にこの頃から街では男の子やおじさんを驚かせて楽しむのが日課になっていた。
街では「ここに本当に椅子があるのか?」という疑いが蔓延したのは、もちろんアルマのイタズラだ。悪さをするたびに母にお仕置きをされては、アルマはお尻をヒリヒリさせて涙を流しながら怒った顔をしていた。
母アレクサンドラのお尻たたきは尋常じゃないくらい痛い。それにおばあちゃんと違って音の出し方がうまい。今じゃ、ペンペン草の撲滅方法すら考えている。
※
数か月後、もう少しで六歳になろうとしているアルマ――
魔女は代々、親の後を継ぐため滅多に他所の街へ移住することは無い。平和な街では彼女たちのように三世代がそろうことも頻繁にあった。そういう場合、第二の街へ赴くことがある。技術や知識の交流、手伝いや場合によっては引き継ぎ、またはお別れの為に訪れることも。
ローレンスの提案で、そんな第二の街に赴くこととなったアルマとアレクサンドラ。
二人が移動で使うのはククルという大きな鳥。羽馬とも呼ばれる。首は太く、大きい嘴、羽はあるが飛ぶことは出来ない。鳥の脚はそのまま大きくなっている。馬と同様に荷物を運べる。怯えることなく、機動力に優れ、高低差の激しい場所や大自然を移動するなら馬よりククルの方が便利だった。ただ、好き嫌いが激しく、調教も難しい。平坦な道を走るなら距離が延びるほどに馬が有利となる。長距離を長く走るなら馬、森の中で時間を短縮したいならククルが優位となる。
「それじゃ、行ってくるわね、お母さん」
「ええ。アレックス。あら、アルマも乗るのが上手になったわね。いっぱい練習してよかったわ」
「うん。でも、私はどんな動物にも乗れるもん」
「あらあら。従えることはできても、乗り方を知らなかったらお尻が痛いことになりますよ」
「そうよ、アルマ。今、まさか魔法使ってないでしょうね?」
途端にアルマの乗っていたククルがブルルと体を震わせ、あたりを見回す。
「使ってないもん」
母と祖母が顔を見合わせる。ため息をついたアレクサンドラがアルマに言う。
「アルマ? それじゃ本当の意味でお友達になれないのよ? いい? いつも言ってるように、人と会う時は魔法を使わずに自分の言葉で、自分の表情で、自分の目で、自分の口で、自分の言葉で、自分の声で挨拶するのよ」
「いやよ。だって、うまく喋れないんだもん。恥ずかしいし」
「あらそう、困ったわね……。お母さん? ペンペン草を積んでおいてくれる? もうすぐ六歳になるアルマなら、もう使う機会がないとおもったんだけど――」
アルマが目と口を開き、自分の失敗に気づくとすぐに訂正し母を制止する。
「でも、がんばる! 行こうよ、早く、ねぇ!」
「……いいこと? 魔法を使ったらすぐにわかりますからね。それと途中で村に寄ることも多いから、決して彼らに危害を加えないこと。わかった?」
「……うん」
「さぁさぁ、二人とも仲良くね。アルマ? アレックスにお仕置きされたくなかったらちゃんと言うことを守りなさい。アルマが毎日頑張ってるの知ってるんですからね。貴方は頑張り屋さん。ちゃんと出来る子なんだから。それとアレックス? 気を付けてね」
「うん。お母さんも! それじゃ行ってきます」
「行ってきます、おばあちゃん!」
こうして二人は湖の街ミシエールを出発した。
※
一日目――、
最初に立ち寄った村で宿を借り、一晩過ごすこととなった母娘。静かな夜、宿の一階にある食堂で食事をしていると村に住む老人が杖をつきながら近づき、二人に話しかけてきた。
「お前さんが流浪の魔女かい?」
「あらやだ、おじいさん。違いますよ。街の魔女ですよ。今回は友人の魔女がしばらく街を離れるということで私が替わりに勤めに行くんです」
「ほお。それじゃそのちっこいのは?」
「ほら、ちょうどいいわ」
「っんぐ。っわ、たしは…っじょのァルマ」
「えぇ? なんじゃってぇ!?」
「ったしは…まっじょの…ッルマ」
「はぁ? マジョノルマ? 変わった名前じゃのぉ? この子も魔女かい?」
アレクサンドラは涙を流しながら抱きついてきたアルマの頭を優しく撫でながらおじいさんに答える。
「よく頑張ったわね……。ええ、そうよ。この子は魔女よ。私の子なの。私はアレクサンドラ。湖の街ミシエールの街の魔女の子よ」
「おお、おお。“ローンス"さんのところのね。もう孫までいるんじゃな」
ローレンスの名前すらちゃんと覚えていないおじいさんの言葉に、母娘は視線を合わせ微笑むと、そんなおじいさんと話をしながら食事を済ませた。アルマは終始、おじいさんを観察し、喋りかけられたり、見つめられるとテーブルに置いた鞄を盾にし小さい体を隠した。
夜、部屋の中。ろうそくの明かりに母の魔法を加えたことで他の家より一段と優しく明るい光が窓からこぼれていた。
二人は絵本を開いていた。母が持ってきた物だ。アレクサンドラは、アルマが家で毎晩、絵本を声に出して読んでいることを知っていた。特に名前を言う台詞になると何度も、何度も声に出して練習しているのをこっそりと見守っていた。
「アルマ? たまにはお母さんにこれを読み聞かせて頂戴。ちゃんと字を読めているのか、声に出して頂戴ね。楽しみだわ」
「大丈夫だもん。文字はいっぱい読めるよ。最近は古い文字だって勉強してるんだから――」
母アレクサンドラは、本の内容よりも、言葉を間違えないことよりも、ただ、彼女がひた隠しにしている努力を誇らしく思いアルマの事を満面の笑みで見つめていた。
翌日、母娘は村の人に挨拶をして調子を伺う。アルマを同行させ、自己紹介をさせていた。胸をドキドキさせていたのはアルマよりも母アレクサンドラの方だった。すべての挨拶が失敗に終わった。失敗に慣れてきたのもあり、目に涙を浮かべることが僅かに減ったことが何よりの収穫だった。そんな成果とは別に、落ち込むアルマ。強く握りしめた母の手を話さず、見上げた時に見えた母の顔は忘れない。アレクサンドラは、娘の頑張りに胸を熱くしていた。
四日目――、
大きな森に入る直前、立ち寄った村ではアルマに変化が訪れた。訪れた家から出てきたおばあさんが祖母ローレンスに似ていたからかもしれないが、それでも母アレクサンドラには忘れられない瞬間だった。
「こんにちわ、お嬢さん。魔女なんですって? お名前は?」
「っこん、にちわっ! んぐ。まっじょの……ッアルマです」
「アルマちゃん? まぁ、いいお名前ね」
言い終わった瞬間、まだ六歳に満たないアルマは母の足に抱きつく。言った恥ずかしさとは別に、自分の口だけで言葉を、自分の名前を伝え、初めてそれが伝わった瞬間の嬉しさからくる不思議なムズムズがくすぐったかったから。それは母にも伝わる。母のスカートに顔をうずくめとれることのない痒みを一生懸命こすりとろうとしている。なんとも可愛らしく、誇らしい。抱きしめてあげたいが今は我慢している。むず痒いのは母も一緒だ。
お婆さんは優しく二人を出迎えた。これはいい機会だと、母は無理を承知で一晩、寝床を借りることにした。意外にもアルマは、ある程度話すといつものように話し始めた。母の心配は杞憂へと変わる。どうやら、苦労するのは最初だけらしい……
五日目――。
朝早くに村を出て、森を進んできた母娘。ククルを休憩させながら、薬草や珍しい植物、貴重な材料を採取しながら進んでいた。
娘のアルマは危険な魔法を扱うため、教師である二人の魔女は何よりもまず、その扱いと制御を学ぶことに尽力を尽くした。そのせいもあり、通常の魔女の子であれば学ぶはずの薬草学や魔女医学、森での採取に関する知識が乏しいアルマ。母は、一つ一つ丁寧に教えながら進んでいく。
深く、広い森を抜ければ、目的地の街はあっという間。夜になり、昔から母アレクサンドラや他の魔女が旅をする時に使う共通の洞まで来た。焚火の前で食事をする二人。
「せっかくアルマも自分の口でしゃべれるようになってきたのに……。もう少し遠回りしてもよかったかしらね?」
「そんなことないもん。いつも、上手に喋ってる。皆の耳が悪いだもん」
「あはは。そうねぇ。最初の村のお爺さん、覚えてる? あのおじいちゃんなんか、いつも同じ会話をしてくるのよ。それにね、おばあちゃんの事"ローンス"って言ったり"ロレンス"って言ったり、毎回バラバラなのよ」
「わざとじゃないの? 名前を間違えるなんて頭に来ちゃう……ねぇ、お母さん? アルマっていい名前なの? どういう意味?」
「あら、知らなかったの? それはね、アルマが生まれた時の事よ。あなたってばとても、とーっても小さい女の子だったの。他の子よりも一回り小さくて、半分の重さ。でも、すごく元気だったわ。それに一番輝いていた」
アレクサンドラが両手を使い、焚火から二つの火球を作り出す。片方は一回り小さい炎。話に合わせて、くるくるボウボウと回転させ、白い炎で輝かせる。アルマはその『小さい輝き』が自分のことを表しているのだと気づき、うれしくなった。
「でもね、やっぱり小さいと心配になるものよ。それで聞こえた名前がアルマ。その意味はね――」
アレクサンドラが名前の意味をアルマに伝えた直後の事だった。突然、アルマが表情を歪め苦しみ始めた。食べたものを吐き出し、胸を押さえ「痛い、苦しい」と藻掻く。アレクサンドラがアルマの両頬を抑え顔を見ると、一瞬固まった。
「アルマ?」
「お母さん!?」
アルマの瞳が闇夜で緑色に輝いている。不安定な炎のように、弱弱いいかと思えば、強く激しく光る。次第に息が荒くなるアルマに合わせて、アレクサンドラの意識と呼吸が乱されていく。娘の眼が輝いたり、元に戻ったりする度に強い波が生まれたせいだ。
「お母さん? 何か、おかしいよ。怖い! 怖いよ!」
「アルマ! 大丈夫。お母さんが守ってあげるから!」
アルマの肩を掴むと、ボロボロと崩れ娘の目から血が流れ始めた。触ろうとする場所から崩れ、最後は「あ、あぁ」と声を残し、最愛の娘は灰となった。
……
直後、元の景色に戻る。ハッとしたアクレサンドラは息を戻し、アルマを見つめた。すると今度は彼女の体が燃え始める。皮膚の下から赤くグツグツと煮え、あっという間に燃え始める。それは自分にも燃え移り、皮膚が焼けていく。「痛い。熱い」と叫ぶアルマ。焼けただれた皮膚が収縮し、顔が変形していく。そして、自身も火傷と炎の熱さで死ぬかと思った瞬間…………
また元の景色に戻った。
「アルマ。落ち着いて、大丈夫。お母さんが一緒に――」
アルマの両頬に手を添え、支えようとした瞬間のことだった。
今度は彼女が噛みついてきた。腕が涎で溶け、焼けるように熱く痛い。しかも涎で溶けているのはアルマも同じだ。お互い溶けながら、焼けただれながら狂った獣のように噛みついてくるアルマを必死に押さえる。そして、彼女の顎から下が全部なくなる。
直後、元の景色に………。
何度も、何度も殺されながら娘が死んでいくのを経験するアレクサンドラ。頭が狂いそうになるほど繰り返す中、わずかに戻る現実の瞬間にアレクサンドラはアルマに触れた手の感触だけに集中し、自身の身を守るのをやめた。
今のアルマから放たれる魔法は、今までの比ではない。到底、太刀打ちできるものではなかった。どうしてこうなったのか。何が起きているのか。考える暇などなく、次から次へと恐怖と不安と後悔が具現化する。彼女が魔女だからこそ耐えていられるだけで、ただ、ただ精神が削られていくだけなことを悟った。
諦めたら死ぬ。抵抗し続けても死ぬ。助かる方法はある。本当に娘であるアルマを殺すこと。または、自分を犠牲にしてこの異常な力を制御させること。すべてを犠牲にして――。
母アレクサンドラは、目の前で何が起ころうが、指先だけに集中し、本当の世界にいるアルマに言葉を伝えることだけに集中した。彼女の強力な魔法が、その確固たる自信を不安へと何度塗り替えようと、指先に彼女がいるのだと。
小刻みに震える母の指先が自分の頬を優しくなでる。アルマは、目の前にいる美しい母が次第に目を赤くし、鼻血を出し、どことも言えない場所を見ながら自分に話しかけてくるのを必死に聞き分けた。
「アルマ? 大丈夫。お母さんがついてるわ。……落ち着いて。それを自分の中に戻すの。大丈夫……大丈夫……」
見えていないのか、頬に当てられた母の指が顔をなぞるように少しずつ瞼の方へ上がってきた。そして、優しく、弱弱しくアルマの瞼を閉じさせる。
「…ルマ、聞いて…リアム…探して…彼なら……ア…マ…愛して…」
最後に聞いた母の言葉。
最後に聞いた、母だった時の言葉。
うっすらと目を開けたアルマ。
そこには、苦しみながらも心配させまいとする母の優しい笑顔があった。アルマはただ、そんな母を見つめ、最後の言葉、最後の顔を脳裏に焼き付けながら意識を失った。
六日目――。
翌朝、目を覚ましたアルマ。混濁する記憶の中、隣に横たわる母の姿を見て得体のしれない恐怖と不安に襲われる。すぐに彼女の体をゆすり、声をかけるが何も反応しなかった。
母の体のそばで、ずっと声をかけるアルマ。昼頃になり、昨日寄った村に医者がいたことを思い出した。お婆さんとも仲良くなった。助けてくれると思い、急いで向かうことにした。まっすぐ向かえば夜には到着するはず。
幸い、ククルは逃げずに留まっていた。一頭を母にあてがい、もう一頭の背に乗り急いで昨日の村まで向かった。
同日の夜――。
丁度、満月の夜だった。途中、水を飲んだだけで走り続けたククル。背から降りたアルマはトボトボと歩き、入り口の村人に声をかけようとしたが、何やら慌ててどこかへ行ってしまった。
次いで、おばあさんの家へと向かった。ククルはすぐそばで休んで待つ。玄関の扉を叩き、たくさん話をしたお婆さんが出てきた。
満月の闇夜、目の前には瞳を緑に輝かせる少女。服はボロボロ、髪はボサボサ。おばあさんは腰を抜かし悲鳴を上げ、床を手で掻くように後ずさる。疲れ切ったアルマにはその様子が滑稽に見えた。
「ひぃっ、殺さないでおくれ! 来るな、こっちへ来るな!!」
錯乱したおばあさんが手元にある小さなバケツを投げると、アルマの額にガンとぶつかる。抑えた手に血がつき、ポタポタと滴るのがわかった。直後、ククルがアルマの体にぶつかる。村人が矢を放ってきたのだ。それをククルが体を呈して守った。茫然とするアルマだったが、その隙におばあさんが玄関をバタンと閉め、何かを立てかけ開かないようにしているのが分かった。
「おい! ばあさんに何をした!?」
「やっぱりそうだ。魔女だ! 森の魔女だ! 殺せ!」
村人の男性が次々と集まる中、アルマはゆっくりと歩きだした。『森の魔女は悪しき存在。殺すべし』という考え方は珍しくなかった。地域によっては、間違った情報が流布されている。交流の少ない場所では特にそうなる。でも、どうして私を? アルマは冷めた表情をしながら、医者の家へと向かう。
村人たちがそれぞれ武器を手に持っていた。誰が最初に襲い掛かるか? そういう雰囲気の人たちが二十人近く集まっていた。
小さな家の屋根に立つ村人の放つ矢が、アルマの足に突き刺さる。痛みに耐えられず、膝をつくと走り寄ってきた男が手斧でもう片方の足を中途半端に切断する。大きな悲鳴が響く。
完全には切り離されなかった足がぶらりと垂れ下がる。ドシャリと倒れこんだアルマ。まわりでは「ひいい」と叫びながらも、槍を持った男たちが次から次へと少女の体を突き刺す。頭、目、口、胸、腕、体、槍の届く範囲で刺せるとこを次から次へと。痛さで叫んでいたが、次第にグシャグシャと音を出すだけの肉の塊となった。
別の所では、アルマの死体を担いで草むらに運んでいる怪しい男。ある程度離れると、地面に起き、それに覆いかぶさる。
最初に矢を放った男が、草むらにいるアルマを発見すると「あっちだ!」と叫ぶ。そして、矢を放つと草むらで男の死体の上にまたがるアルマの背中に矢が刺さった。次から次へと襲い掛かる村人たち。最後には少女の首をはねて、踏みつけている。
とぼとぼと歩くアルマは、そんな殺しあう村人を後目に医者の家に入った。しかし、そこには誰もいない。アルマは途方に暮れ泣き笑い、綺麗な布を手に取ると顔を拭いた。そして、そのままククルに乗り森へと帰った。
どうして、みんな私を殺そうとするのか……
七日目、朝――。
疲れていないと思わせ、一晩中走らせ続けたククルが途中で死んだ。残りの道を歩き、母の元へと戻ったアルマ。起き上がり、目を開けている母の姿に一気に笑顔になると、途中でつまずき、コケながらもその胸に飛び込んだ。
「おかあさん! おかあさん。おかあ……さん、おか……」
「……」
何も言わない母。ボーっとしたまま、虚ろな目で見つめてくる。
「お母さん?」
「……」
「大丈夫?」
「……」
「気分、悪い?」
「……」
「ねぇ、何か言ってよ」
「……」
何も言わない母の顔を拭いていた時、二人のお腹の音が鳴った。アルマが荷物に残った最後の食事を差し出す。しかし、アレクサンドラは何もせず、渡されたパンくずをずっと握っていた。
「お母さん。それ、食べないと」
「……」
「こうやって、口に入れるの」
「……」
数日。こういうやり取りだった。食べさせるのも一苦労。その場で用を足し、髪が焚火で焦げた。この時にはすでにアルマも母も下着を履いていなかった。洗えず、替えもなく。むしろ、ない方が楽だった。アレクサンドラに用を足させて、履かせる方が大変。髪も洗えず、ボサボサになり、食事もわずかな木の実。アルマにはまだ知識がなかったせいもある。
十二日目――、
それはやってきた。例の村の人達が偶然通りかかった冒険者を雇い、森の魔女を討伐するため近づいてきた。約三十人。
「なんでも、恐ろしい幻覚を見せるそうだ」
「魔女を殺せる日が来るなんてね。村人も全員死んでないんだろ? ってことは強くないってことじゃないか? 魔女を殺して名を売るいい機会だ」
「子供みたいな魔女なんだろ? いいなぁ、首を飾りたいなぁ。魔女の皮って売れるのかな?」
どんなに強くても、街の魔女が抵抗出来ない精神魔法を相手に、防ぐ準備もなしに戦えるはずがない。彼らも同じく、皆が殺し合い、最後の一人は両腕がないと思い込んだまま、警告として村へ戻らされた。
十七日目――、
その話は、ミシエールの街にあるギルドにも届いた。普通の人間にはわからないが、魔女にはお互いの存在を感じることができた。「姉妹」と呼ぶのもそのせいだ。血が近いほどにそれは強くなる。もちろん、ローレンスもそれを感じていた。一晩だけ、二人に何かが起きたのが感じ取っていた。
ギルドに届く話、特に魔女関係のものは必ず彼女の耳に入るようになっている。日時、特徴、魔法の種類。ローレンスの抱いていた不安は確信へと変わる。急いで旅支度をして街を出た。傍につけるのは実力ともに信頼できる人物。魔法使いのラドリーだ。
「悪いわね。とても危険な旅になるわよ」
「いえ。構いません。私にはローレンス様に助けていただいた御恩があります。それにアレクサンドラ様にも。孫のアルマ様には……いたずらされっぱなしですけどね」
二人は街一番のククルを用意した。自身とククルに杖の力で魔法と使い続けるラドリー。魔女と違って魔法使いは、杖と詠唱がないと魔法が使えない。効果も威力も魔女には到底かなわないが、媒体を通して使うため魔女ほど精神疲労が多くないのが強みだ。
今回は、世界屈指の魔女がその大樹で作った最高の杖を惜しみなく取り揃えた。過剰に使い、杖が死んでは交換し出せる限りの最高速度で二人の元へと向かった。
※ ネットも電話も科学文明もない世界。伝承、口伝のため情報が曖昧な部分があります