もう一度
涙を止めよう。泣き止もうとすると余計涙が止まらなかった。
仙堂が泣き続けているともう帰りの電車時間が迫っていた。
[・・・・もうこんな時間]
[すみません・・・ 電車の時間がありますんで]
この母親の言葉に仙堂は安堵した。
もうこの空間にいなくてもいい・・・・・・
十五年間が生んだ子供と父親との溝は、一日では埋められることはなかった。
仙堂はなんとも言えないこの気持ちが終わることになり、父親、祖父、祖母の顔を心に焼きつけた・・・。
きっともう出会う機会がない気がして。
このなんとも言えない空間の始まりの入口となったエレベーターの前へとたどり着いた。
〔元気でな〕
父親は仙堂達に言葉をかけ右手をさしだした。
父親との握手だ。
仙堂は父親に右手をさしのべられ 恐る恐る仙堂も右手をさしだした。
〔お母さんを頼んだぞ〕
父親は言葉を言った後、ぎゅっと握手した手に力を入れた。
はじめて知った父の力。
握手から伝わる父親という力強い力。
握手の力が最後の言葉の意味を強いものにした。
仙堂達はエレベーターという出口へと乗り込んだ。
エレベーターは始まりの口火をきり静寂と共に下へと下りて行った。
はたして仙堂はどれ程涙を流したのだろう。
水量などはわからないが、仙堂の十五年の人生の中で一番泣いたことは事実だった。
エレベーターが一階につき、エレベーターを降りた仙堂達。
駅に向かうためタクシーに乗った。
仙堂にとって人生のターニングポイントと言ってもいい試練が終わった・・・。
仙堂はタクシーの中心に焼きつけた父親、祖父、祖母の顔を思い出していた。
「あの人達がオレお父さん、おじいちゃん、おばあちゃん・・・」
仙堂は心の中で思い返していた。
仙堂にお父さんと言える人ができた。
保育園の行事でお父さんの似顔絵が描けなかった仙堂にとって。
仙堂は父親の顔を描けるようになったことが 古傷の傷を少し埋めることになった。
もう十五歳になった仙堂は、父親の似顔絵は描かないだろう。
けれどそれが仙堂は嬉しく、父親に会って良い面だろう。
悪い面は両親が離婚したからこそこの試練が待っていたことだろう。
離婚は子供にはどうすることできない。
親が離婚しなければ十五年ぶりの再会なんてしなくてもよかったのに・・・。
しかしそれが仙堂の運命であり、仙堂の人生という道なのだ。
仙堂の人生の道にある大きな山をのり越えたのだ。
大きな大きな山を。
山あり谷あり。
大きな山をのり越えた仙堂にもまた山が待っていた。
《一年後》
仙堂にまた山の周期がやってきた。
もう会うことはないと思っていた父親からの二度目の手紙が届いた。
そこにはこう書かれていた。
【祖父 危篤】
手紙の内容でわかったことだが、仙堂達がお見舞いに行った後。
無事に退院したもののすぐに再発したそうだ。
そこから入退院を繰り返してしたらしい。
そして今とても危険な状態だと手紙書かれていた。
仙堂達はもう一度父親達に会うことになった・・・。
一年前と同じ電車に乗って。
一年前と同じ病院に着き。
一年前と同じエレベーターに乗って。
今一年ぶりに祖父の病室に前に立っている仙堂。
人生で三度目の祖父との再会。
二度目の父親と祖母との再会。
一年ぶりの再会に仙堂はあることを心に決めていた。
【もう泣かない】
どこか子供のような誓い。
しかし仙堂は真面目だった。
はじめて父親と会ったときは涙が邪魔をして話すことができなかった。
自分がどの感情で泣いているのかもわからないくらいパニックになっていた。
だからもう泣かないと仙堂は決めたのだ。
祖父の前でどんな理由があっても泣いてはいけない。
危篤である祖父の前で泣いてしまっては祖父に心配をかけてしまう。
それに泣いていてしまっては、父親と話すことすらできないから。
今度こそ自分の父親として。
一年前に話せなかったことを話そう・・・。
仙堂達は病室の扉を開けた。
すると 目に飛び込んできたのは痩せ細った祖父だった。
「こ こんばんは・・・」
一年前より痩せてしまっていた祖父。
点滴を付け、ベットに横になっている。
父親も祖母も今回は初めから病院にいた。
〔おっ 久しぶり〕
一年ぶりの父親との再会。
一年前とは違い鼓動は早くなっていない。
仙堂は自分の鼓動が早くないことに安心した。
「久しぶりです」
父親にあいさつした後仙堂はベットで横になっている祖父に近付いた。
「お お元気ですか」
元気じゃないから入院していることは仙堂もわかっていたが、この言葉しか仙堂は言えなかった。
仙堂に声を掛けられた祖父は、やさしく微笑んだ。
三回目の再会とはいえ血の繋がった祖父。
血の繋がりの実感はまだない仙堂。
実感はなくても、祖父に死んで欲しくはない。
人が亡くなること程悲しいことはない。
仙堂は祖父にあいさつをした後、用意されたイスに座った。
母親も姉も同様にイスに座った。
イスに座った仙堂は一年ぶりの父親達の顔を見つめた。
血の繋がりの実感がない仙堂は父親達を見つめて血という繋がりを実感しようとした。
父親の顔・・・ 祖父の顔・・・ 祖母の顔・・・
顔を見つめても仙堂は血の繋がりを実感することはなく、なぜか鼓動が早くなってきた。
血の繋がりを実感するのではなく、鼓動が早くなったことを実感した仙堂は父親達から目をそらした。
目をそらさなければ泣いてしまいそうだったから。
前より痩せた祖父を見たからなのか。
一年ぶりの父親と祖母を見たからなのか。
仙堂にまたこみ上げるものがあった。
泣いてはならない。
どんな理由があろうと・・・どんな気持ちだろうと・・・
祖父の前で泣いてはならない。
泣いてはならないと思えば思えば程、仙堂の涙を誘った。
仙堂は我慢した。
一年前は我慢などできなかった。
ただ涙が出たことに戸惑っていた。
しかし今回は我慢する余裕がある。
余裕があるといっても必死で我慢しなければ涙がこぼれてしまう程だった。
ドクン・・・
我慢をすればする程鼓動が早くなる。
仙堂は我慢強い方ではない。
我慢と引き換えに心拍数上昇の原因になった。
泣かないように我慢をして。
我慢をしたからこそ心拍数が上昇し。
心拍数上昇によって涙に繋がった。
涙を我慢して涙を誘ってしまう。
涙を我慢しても仙堂に涙が襲った。
涙を我慢して、悲しくなって、また涙が出そうになる・・・。
仙堂にはもう涙を流す道しか残ってないようだ。
「ちょっとトイレに行ってくる・・・」
涙が我慢できなった仙堂は祖父の前で泣く訳にはいかないと思い、トイレへと向かった。
仙堂がこの病院に来たのは二回目である。
はじめてこの病院に来た時には祖父の病室にしか行ってなく、仙堂は病院のトイレの場所を知らなかった。
仙堂はトイレを泣きそうになりながら探した。
トイレに行きたい訳ではなく、一人で泣く個室を探していたのだ。
仙堂はトイレがみつからず、もう待合室で泣いてしまおうかと思ったときに待合室の隣にあるトイレをみつけた。
少し放心状態になりながらトイレに向かった仙堂。




