夢の中
《あれは小学校高学年の頃に見た夢》
仙堂が夢の中で目を覚ますと、映画館や劇場のような場所にある大きな扉の前にいた。
仙堂は言葉しゃべれない程の赤ん坊だった。
そんな仙堂はある男性に抱っこされていた。
抱っこされた仙堂は男性を下から見上げていた。
夢の中で「この人誰だろう?」と思っている仙堂の顔を覗き込む母親の姿があった。
「あ 母さん」
夢の中 少し若い母親の姿。
抱っこされた仙堂を覗き込む母親の隣に姉の姿も見えた。
姉の姿も若く、小学低学年の子供のようだった。
ここで仙堂は夢だと気付き始めた。
夢だと分かった仙堂はどうして自分が抱っこされているのかを考えた。
[あ 仙堂起きた]
仙堂を覗き込んでいた母親が呟いた。
どうやら夢の中でも仙堂は寝ていたようだ。
男性の腕の中で寝ていた仙堂が起き、母親と男性は話し始めた。
[そろそろ時間ですね]
[席に行きましょうか?]
〔そうだな〕
〔行こうか〕
[はい・・・]
男性と母親は知り合いのようだ。
けれど男性と母親の会話は、久しぶりに会った者同士の会話にみえた。
どこか照れや気遣いがみえた。
小さな仙堂、母親、姉、男性は大きな扉を開け、舞台を見ていた。
そこで目が覚めた。
仙堂は目が覚め夢であることを実感した。
夢にしてはどこか不思議で、どこか懐かしい夢だった。
仙堂はこの不思議な夢を母親に伝えた。
「今日不思議な夢を見たんだよね~」
「なぜか僕がまだしゃべれない小さな子供で、母さんも姉ちゃんもすごく若くて」
「僕は知らない男の人に抱っこされてたんだ」
仙堂は断片的に夢の内容を母親に伝えた。
すると母親は驚いた表情をした。
[それって・・・]
[どうして・・・]
[お 覚えていたの? 仙堂?]
母親は少し動揺しながら仙堂に問いかけた。
「え? 覚えてた?」
母親の一言に疑問をもった仙堂。
「覚えてたって夢の話だよ?」
仙堂は夢の話をしていたのだが、母親はなぜ動揺していた。
[あ! 夢の話?!]
[そう・・・]
「・・・・・」
「どうしてそんなに慌てているの?」
仙堂は母親の動揺を素直に問いかけた。
仙堂の問いかけに母親は静かに答えた。
[それは本当にあったことよ・・・]
母親はおかしなことを言った。
「本当にあったこと・・・?」
[そうよ]
[その時お姉ちゃんピンクの服着てなかった?]
「ピンク?」
仙堂は夢でみた幼い姉が着ていた服の色を思いだそうとしていた。
「・・・・」
「そうだ・・・ ピンクだ」
母親は仙堂がみた夢の中の姉の服装を言い当てた。
「どうしてわかったの!?」
断片的にしか説明していない夢の内容を言い当てられ、驚く仙堂。
もちろん夢の中での姉の服装については説明はしていない。
[そうでしょう・・・ だってそれは本当にあったことなの]
[本当に昔にあったことなの]
[仙堂は小さかったから覚えてないと思っていたけど、覚えていたのね]
[頭の中の記憶が、夢となって蘇ったのね]
[抱っこされていた男の人は仙堂のお父さんよ]
「お父さん・・・・?」
夢は現実で起きたことの記憶を整理しているのだ。
ひとつの夢は複数の記憶の一部一部で構成されている。
だから不思議な夢や楽しい夢、悲しい夢へとなる。
しかし仙堂がみた夢は複数の記憶から構成された夢ではなく、ひとつの記憶で構成された夢だった。
夢の中に現れた男性は仙堂の父親。
仙堂にとってたったひとつの父親との記憶が夢となり、仙堂の記憶を蘇らせた。
夢の中で出合った父親の姿、父親と出会った場所について母親に確認し始めた。
「夢でみたことは本当にあったことなの?」
「夢に中で出合った男の人にはヒゲがあったよ」
「お父さんにはヒゲがあったの?」
仙堂がみた夢の中に現れた男性にはヒゲがあった。
[そうよお父さんにはヒゲがあったよ]
「え 本当にあったことなの?」
仙堂はまだ現実のあった事実とは納得できていない。
仙堂は母親に本当にあった事実なのかを何度も確認にした。
夢の中での床の色。
夢の中でみた舞台の席位置。
夢の中での言動。
仙堂は夢と現実を照らし合わせた。
[そうよ]
照らし合わせるものすべてに等しい程当てはまった。
「本当に・・・ 本当にあったこと・・・」
「・・・じゃあ夢の中に現れた男の人が、僕のお父さん・・・」
仙堂は夢を照らし合わせて証明された事実。
[そうよ]
[その記憶 大切にしなさい]
「お父さん・・・」
仙堂は嬉しくなった。
自分にも目を閉じればお父さんに会えることが。
けれど仙堂はこれ以上父親について母親に聞くことはなかった。
夢と現実を照らし合わせたときも母親はどこか悲しそうな表情をしていたから・・・。
夢と現実を照らし合わせている最中は、仙堂も興奮や驚きがあったせいか父親について話したくない母親に自分の記憶が正しいのか 聞いてしまった。
仙堂はこの夢について聞いた後、父親について十五年間一度も聞かなかった。
しかしこの奇跡のような夢をみた仙堂。
夢の中に現れた父親のことは一生忘れない。
保育園のとき描けなかった父親の顔。
夢とはいえ父親の顔を知ることが出来て心が温かくなった仙堂。
仙堂は何度も目を閉じて、父親の顔を思い浮かべた。




