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駅を軽やかな足取りで抜ける彼女の背中を追いかけ、僕は早足で進んでいた。
彼女は凛とした風貌に加えて、歩きかたまでしゃきしゃきとしていて、見ていて心地よい。
五分くらい歩いただろうか。見えてきた公園の入り口で立ち止まり、彼女は長い髪を揺らして振り返った。
「ここで少し休憩しましょう。私、ちょっとだけ電話をしてくるから、ベンチに座って待っていて?」
優しげな声で、そう言う。
僕はまだ夢のなかみたいにぼんやりしながらも、まるで魔法をかけられたようにこくりとうなづいた。
「いい子」と微笑み、彼女は黒の革のスクールバッグから携帯を出し、公園のすみにあるブランコのほうへと駆けて行った。
一体、どこのご令嬢なのだろうか?
とても品があって、穏やかで、優雅で。令嬢、というより、お姫さまといった感じだ。
ベンチに浅く腰掛けながら、彼女の芯の通った背中を見つめ、そんなことを考える。
しかも、あの制服は、この辺りで一番のお金持ち校だったはずだ。通っている生徒は、みな、お嬢さまやお坊っちゃま。僕みたいな一般的な高校生とは庶民と貴族くらいの差がある。
そんな学校に通っているお嬢さまが、あからさまにただの高校生である僕に、「痴漢扱いしたおわびがしたい」なんて言うだろうか。
よほど律儀で真面目な人なのだろう。
ふと思い立って、ナイロンのスクールバッグから携帯を取り出す。今さらだが、高校に連絡を入れていないことを思い出したのだ。
時間を確認すると、すでに一時限目が終わっていた。
「仕方ない、今日は休もう……」
呟き、学校の電話番号を押していく。
どうせ急いで登校しても、なぜこんなに遅れたのかと問いただされて、なかなか解放してもらえないだろう。
もしかしたら、課題を増やされる可能性もある。
そんな危険を伴うくらいなら、いっそ仮病でもなんでもして休んでしまおう。
携帯を耳に当ててコール音を聞いていると、ぱっと目の前で綺麗な爪がひるがえった。
気がついたころには、手のなかに携帯がない。
顔を上げると、痴漢騒動の美少女が、僕の携帯を耳に当ててこちらをいたずらっぽく見つめている。
そして、恐らく教員が応答したであろう携帯に向かって、朗らかな声をつむいだ。
「おはようございます。私立帝条高校に在籍しております、春ノ宮真月と申します。冬月葵さんのことなのですが、電車のなかで、貧血を起こして倒れてしまったのです」
僕は、表情が石化するのを感じた。




