81話・ぱんぱかぱーん
トモ ボッシュ 視点です
ドキドキする。
喉がカラカラだし、手が震えてうまく字が書けるかどうか。
人生初だし、出来るなら人生最後にしたい。
唾を飲み込んで、自分に落ち着くよう言い聞かせてから、改めて机の上にある書類を見る。
まだ難しい単語でわからないのが幾つかあるけど。
それは、決意の言葉。覚悟の言葉。
自分で選んだ、未来を決める言葉。
先に書かれた、ちょっと角張った字体は半円状になっていて、私も続けて半円状に書いていく。
二人の名前がきれいな円になるように。
円には始まりも終わりもなく、上下もない。
結婚したら、家庭内では夫婦間で序列をつけないという思想からこういう署名の仕方をするようになったとジルさんが教えてくれた。実際には地域差とか身分とかで色々あるから、苦労している奥さんも沢山いるようだけど。
でも、こういう考え方があるという事がちょっと素敵だ。
丸って好きなデザインだしね。
さっきの唾を飲み込む音が周りにも聞こえてしまったんじゃないかと思える程静まり返った室内に、私がサインする音がカリカリと響く。
文官のお姉さんに特訓してもらった、こっちの文字で書く『トモ・アーロン・ラーソン』は、考えてみたらこれでお別れな訳か。
韻を踏んでて面白いから、気に入ってたんだけど。
今日からは『トモ・アーロン・フォザーギル』になるんだなぁ。
せっかくだから隊長の『ラーソン』も入れたままにしてもらいたかったんだけど決まり事でダメらしい。
しっかし、私が奥さんになるんだぁ。
なんか、なんかもぅ、くああぁぁ~って叫びながら転がりたいくらい、嬉しいのと恥ずかしいのがせめぎあってる。
書き終えて羽ペンを置いて顔をあげると、いつも通り静かに真剣な表情のラーソンパパと、ケラーさん。
白い顔を珍しく火照らせている、リョータ。
お互い目があって、ふにゃりと泣き笑いみたいな顔になった。
もしかして寂しいんですかね~?
でも大丈夫、成人するまではリョータ優先だから!
良い嫁をゲットするまで!
「嘘偽りのない事を示す、誓約の署名は成された。二心あれば石は濁るだろう」
書き終わった書類の不備がないかを確かめるみたいに眺めていたケラーさんが、机の上にあった銀色のお盆様な物の中にふわっと落とした。
それから呪文みたいな言葉を呟いた途端。
金色の炎があがったと思ったら、書類は一瞬で灰になった。
燃え尽きちゃったよ。
え?
○ ○ ○ ○ ○
正直言って、自分がこれを書く日は来ないんじゃないかと思っていた。
武名はあるが、金が余るほどある訳でもない騎士家の三男で、評判が良い訳でもない。
任地が辺境だったので、知己は騎士仲間や流れ者、安定など程遠い者達ばかり。
安定など求めた覚えも無かったが。
署名が終わった紙を横に滑らし、トモが名前を書き始めるのを見守っていると、胸の奥が熱くなるのを感じる。
戦いの時でもここまでは高揚しなかったが。
あぁそうか。
俺はかなり『浮かれて』いる。
ただ一人、傍にあって欲しいと望むひとが、自分だけのモノになるのだから。
今初めて、レイジーの気持ちが理解できた様な気がする。
多くを望む者よりも、ただひとつだけを求める心は、一種狂気のようで。
手に入れてしまえば、独占欲に支配される。
白い頬を紅潮させ、得意気にケラーへ誓約書を渡したトモは、誓いが受理された金の炎に目を見開き、硬直していた。
もしかして、説明してなかっただろうか?
「落ち着け、トモ。今のは怖いことじゃなくてな、婚姻が成立した証だ」
震える手を握り、耳元で囁いてやると、涙目になっていたトモはすぐに立ち直った。
「そうなの?なんで、何もしてないのに燃えたの?」
そういうものだとしか言えないが、今は説明している暇はない。
先に進めたがっているケラーの視線が刺さる。
トモと似ているので、どうもこいつに逆らいにくくなってきた。
「失礼、こちらを向きなさい」
ケラーがトモに声をかけ、振り返った額に灰で円を描き、こちらにも同じく円を描く。
触ろうとする手を掴み、不思議そうな顔に口を寄せ。
「これは婚姻が認められた証だ。初夜が済むまで触ってはいけない」
周囲に聞こえないように囁いてやると、初な妻は、首まで真っ赤になって俯いてしまった。
このまま部屋に連れ去りたいが、トモを喜ばせるためにリョータが何か計画しているらしい。
年長者としては譲らないとな。
今からずっと、自分のものになったんだから。
この話だけで二ヶ月近く…暑いのは苦手です
思考がまとまりません
亀より遅い更新ですみません。
道で会った亀は思ったより速かったです。
次回は宴会です。




