53話・雪降る朝
弟 ボッシュ視点です
結局、僕は一晩中眠れなくて、ずっと宿のロビーに居ました。
ファンタジーには付き物の獣人…ケモ耳に尻尾な可愛らしいビジュアル。こんな世界に来て、期待しなかったと言えば嘘になります。
それが。あんな、熊と狼を合わせたような…。
人種?差別かもしれませんが、全力でOUT判定です。
オルガさんも、あんななんでしょうかね…これ以上夢を壊さないために、詳しく聞かないことにしました。
ボッシュさんは心配してくれましたが、マイヤーさんや他の騎士、役人らしき人達と相談するのに忙しそうです。自分も怪我人なのに大丈夫でしょうか。
テーブルの端で大人しくしていると、宿の人が医者だと紹介してくれた男の人が話し掛けてきました。
結構なお年で、シワシワ加減は7、80代でしょうか。実は痩せてるだけで、もっと若いのかもしれません。
「君があの獣人族に襲われたんだって?それで済んだのは、運がいい」
大きな水色の目がギョロリと動きました。ちょっと不気味です。失礼だけど。
残り少ない白髪が乱れていて、タイムスリップする車を造った科学者に似ています。
「患部は清潔に保つのだ。そうさな、近所の温泉に行くのもよかろうな。傷が早く癒える」
「温泉ですか…」
トモが聞いたら喜びそうです。僕も好きですけど、今の状況で温泉行きたいとか言えないですねぇ。
皆殺気立ってる。
「おはようございます」
遠慮がちに、宿の人が話し掛けてきました。
この人も夜からの騒ぎで徹夜をしたんじゃないでしょうか?お気の毒です。
「朝食用意したから、お姉さんに持って行ってあげて下さい。アダー先生も、お帰りの前に食ってって下さいよ」
僕には優しく、お医者さんには気やすく話し掛けながら、食事の載ったトレーを持って来ました。
小さなパン、ホットミルクに野菜スープ、それからオムレツみたいなもの。
美味しそうです!
「ありがとうございます」
冷めない内に持って行きましょう。姉は昨日碌に食べてないから、お腹空いてるはず。
「失礼します…」
ノックして、アガサさんの返事を待って入ります。
姉は意外にももう起きていて、窓の外をぼんやり眺めていました。
「トモ、朝ご飯」
振り返った顔は血の気が無く、表情も暗いです。
「ん…」
トレーをベッドの上に置くと、もぞもぞ動いて食べに来ました。よかった。食欲はあるようです。
そんな様子を見て、アガサさんは力強く伸びをして、明るく笑いました。
「ちゃんと全部食べるんだよ!アタシは下行ってくるからね」
あんまり寝てないはずなのに、いつもと変わらず颯爽としています。
殺気立っていた男性陣とは違いますね。
姉はまだ目が覚めないらしく、半目でホットミルクをすすっています。甘くて、フルーツのような香りで正直僕はお茶のほうが良かったですけど。
そういえばお菓子をくれたし、小さい子供扱いされてるようです。
「あのね、近くに傷に効く温泉があるんだって。お医者さんに勧められたよ」
姉が、パチパチと強く瞬きをしました。
やはり温泉に反応していますね。
「トモがボッシュさんにオネダリしたら、多分すぐ連れて行ってもらえるよ。あの人も怪我人なわけだし」
姉はフォークでオムレツを突き刺しながら、心ここに在らずといった様子でニヤリと笑いました。
「温泉…混浴…?」
ちょっとなんの妄想してんの?!
○ ○ ○ ○
リョータとしばらく話した後、馬小屋から戻ったマイヤーに報告をいれる。
「マイヤー。彼女が言うには、今回は3人だけで実行したらしい。それより、ハウィットを逃がす計画があると言っていた」
「フ…ン何考えとんのやろなぁ?逃げたかて行くとこないやろ」
相変わらず不機嫌極まりない。こいつがここまで態度を変えたことなどなかったんだが。
あの姉弟に、それだけ心を砕いているということか。
「あの獣人はどうだ」
「手当てが早かったから、大したことないで。喋るの問題なかったわ。初めて見たけど頑丈やな。切れ目は残るやろぅけど」
恐らく、奴らの行く末には傷の有無など問題ないだろうが。
殺意を以て騎士が護衛する人物を襲い、捕われた。しかも罪人の家族であり、その指示で同じ人物を襲ったので再犯とされるだろう。
極刑か、よくて強制労働だろう。見せしめの為に、重い刑を科するのは、よくあることだ。
今回は全く心が痛まない。
「君達、私は失礼するよ。患者は毎日いるもんでね。何かあったら呼んでくれたまえ」
「ああ、世話になった。報酬は後で届けさせる」
一晩付き合ってくれた医者は、年齢を感じさせない動きで、さっさと帰っていった。
見送りに出てみると、雪が降り始めていた。
空を見上げて雪を見ていると、上下が逆転したような奇妙な錯覚に陥る。
頭を振っていると、2階の開いた窓からトモが顔を出しているのが見えた。
ぼんやりと白い顔で灰色の空を見つめ、沈んだ表情をしている。首の包帯が痛々しかった。
「あ」
じっと見ていると、視線に気付いたのか偶然か、下を向いたトモと目が合う。
不思議そうな顔をして、それから微笑んだ。
ひどく無防備な顔に、目が離せない。すぐにでも飛んで行って、抱き締めたい。
こんなにも他人を切望したのは初めてだ。
トモは手を振って中に引っ込み、静かに窓を閉めた。
俺が戻ると、姉弟が降りてきたところだった。
「おはようございます。ボッシュさん、顔色悪いですよ?朝食とりました?」
リョータが聞いてくるが、2人して青白い顔だ。鍛えている自分より、よほど堪えただろう。
「そうだよ。無理しちゃだめだよ」
トモがそう言って肩へ手を伸ばし、触れない辺りで止めた。
その手を取って冷たい指先に口付けると、トモの頬に少しだけ赤みがさした。
流石にここでは唇は奪えない。その代わり、手を繋いだままにした。
「あの、ボッシュさん。お医者さんが言ってたらしいんだけど。近くに傷にいい温泉があるんだって。
温泉行きたいなぁ〜って。ボッシュさんも怪我治ってないし」
上目遣いのトモの言葉に、リョータも期待に満ちた目で見つめてくる。
何か、自分の中で、この目には逆らえない、逆らいたくない、という声がする。
「すぐには無理だ。…そんな目で見るな!引継ぎをして、夕方には連れて行くから!それまでちゃんと食って、リョータは寝ろ」
俺の言葉に、トモはいつものようにへにゃりと目を細めた。
抱き締めて撫で回したい。
疲れているのか、そんな衝動に駆られた。
ちょっとだけ、日常が戻ってきました。
ボッシュさんは萌え死にそうです。




