54話・星降る夜
弟 姉 視点です
温泉温泉♪
思わず鼻歌がでてしまいます。
露天風呂でしょうか、それともローマ風?
硫黄の臭いは苦手なので、無臭のお湯がいいですね。
僕が部屋に戻って温泉を思い浮べてうっとりしていると、下から聞き覚えのある声がしてきました。
徹夜明けなのに眠たくならないので、下に行ってみることにします。
「パイクさ〜ん!クルトも会いたかったよ!」
僕が目にしたのは、珍しく嬉しそうな姉が、背の高い騎士に抱きつく様にして出迎えている姿でした。
それに応えるパイクさんはいつものように柔らかく、クルトはふざけた感じで。
でも2人共、抱き返しはしませんでした。彼らの正面からは恐ろしい先輩が、表面上はいつもと変わらず見つめていたからです。
「早かったな?」
早かったのは誉めてあげるべきじゃないのかなぁ?
まるで邪魔者を見るような目ですね!
「先輩怪我したって聞いて――トモも大丈夫?」
まず心配するのはボッシュさんなんですね。僕が近寄っていくと、一番に気付いたクルトが両手を広げて寄って来ました。
「おぉっ、リョータ!お前も大丈夫かっ?皆心配してたぜー」
大げさに言いながら、僕の頭をワシワシします。
「誤魔化したって無駄ですよ、睨まれてますよ」
「俺から抱きついたんじゃないのに〜」
「言っときますけど、機嫌悪いのボッシュさんだけじゃなくて、マイヤーさんもですからね」
ひそひそと会話をしていると、パイクさんも寄って来て、腰に提げた袋を外して中身をそっと取り出しました。
「……あ」
「心配してたからね。ロボは大きいから、流石に街には連れて来られなくて」
優しく僕に渡されたのは、モップ。
狭苦しかったのか、短い四肢を伸ばしてくねくねしています。体操のつもりでしょうか?
思わず、顔がにやけるのが解りますが、止めようがありません。
「やっぱりリョータにはこの子が効くでしょう?」
得意げに言うパイクさん。さすが同志!
僕は何度も頷いて、感謝を表しました。
ふわふわもふもふ。
あったかい。
知的な瞳でじっと見て、抱き上げている僕を長い尻尾で包むように巻き付きました。
心配、されているようで。
僕がほのぼのしている横では、姉がボッシュさんにとっ捕まって何か言われてました。
後ろから女の子を抱き締めるのっていいなぁ〜。
「さて、急いで済ませないと先輩達が休めないね。マイヤーさんどこかな」
仕事モードに切り替わったパイクさんがそう言うと、だらけてモップを突いたり姉の方を半笑いで見ていたクルトも背筋を伸ばしました。
「じゃ、俺は事務方と話してから行きます」
真面目なクルトって初めて見ました。
それから、地元の騎士を帰すために引継ぎをして、都から来る役人や兵士を待つということになりました。
砦からはすぐに来たのに、都からはまだ来ないようです。パイクさんに聞いたところ、手続きが無駄に複雑なので時間がかかるそうです。
温泉大丈夫でしょうか。
2人が来たってことは、ボッシュさんがフリーになったってことですよね。
○ ○ ○ ○
朝ご飯を食べて休憩しているボッシュさんの傍に、なんとなく座っている。
マイヤーさんは尋問した結果を報告書にまとめる為に部屋に引っ込み、アガサさんは馬の様子を見に行っている。
ボッシュさんは字を書くのが辛いみたい。やっぱり傷が痛むんだ。
聞いても大丈夫だ、と言うけど。やせ我慢というか、心配させたくないってところが弟とよく似てる。
ちょっと2人でぼーっとしていると、馬の走る音が聞こえてきて、宿の前で停まった。
慌てたように入って来た人達を見て、久々にテンションがあがった。
パイクさんとクルト。
なんだかほっとする。思わず駆け寄って、勢いのまま腕とか掴んだ。
パイクさんは相変わらず優しく、天気が悪いのに輝いて見える。キラキラだね!
クルトは子供みたいに笑ってて、いつもの2人が居ないせいか、お馬鹿発言はなかった。先輩ばっかりだから遠慮してるのかな?
寝に行ってたはずの弟の方へ2人が行くと、後ろから腕がのびてきた。
なにかな?
「なんであいつ等が来てそんなに喜ぶんだ」
う、後ろからお腹に腕が回されている!
その姿勢で耳元で囁かれると、なんかすごい恥ずかしくないか、な?
イチャこいてるバカップルじゃない?
「2人共、お兄さんみたいで安心するんです」
クルトは自分から立候補したし。
「兄に抱きつくのか?」
ん?こっちでは普通じゃないのかなぁ。家族でキスとかハグとか。
あ、男兄弟だから?
そう思って聞いてみると、ものっそい微妙な顔をされた。
文化の違いは注意してないといけないね。これまでもおかしな事してなきゃいいんだけど。
「あ〜つっかれたぁ、て、俺に書類丸投げして何和んでんねん」
欠伸をしながら、パイクさんを従えたマイヤーさんが戻ってきた。
ちょっとは機嫌が直った気がする。
そして何故か手を伸ばして私のほっぺをぐにーっと摘んだ。痛くないけど、周りの視線が痛い。
「伸びるだろう、放せ」
お腹に回った腕に力が入って、持ち上げられて後ろに下がった。
伸びはしないと思うな。
たまにボッシュさん天然?て思う発言がある。
マイヤーさんはケケケ、みたいに笑って、モップと遊ぶ弟の方へ行った。いつものマイヤーさんだ。
ボッシュさんは私の向きをぐるりと回転させて、摘まれたほっぺを優しくさすってくれた。
伸びてないか確認してるんだろうか。
「温泉いけるよね?皆で行くの?」
「アガサは武器屋に行くと言ってた。マイヤーは嫌いらしい」
温泉嫌いなんだ〜。珍しいな。
伸びてないのを確認して安心したらしく、クルトが戻ったところで皆してどこかの部屋に入ってしまった。
外を見ると、まだ陽は高かった。
温泉・・・。
壁際の木のベンチでモップを撫でる弟の横に座って、大人しく待つことにした。
「……モ、トモ」
「リョータ、ほら起きて」
「まだ寝かしといたらぁ?この子等あんま寝てないんやろ」
「かっわいいっすよね〜…ていやなんでもないです」
夢現つで楽しそうな声がする。
仕事終わったのかな?
「温泉は無理か」
苦笑混じりの声に、目が開いた!
「「温泉!」」
どうもあのままベンチで寝ちゃったみたいで、弟と並んで毛布に包まれていた。
いきなり起きた私達に皆の視線が集中する。
あれ?
「誰か温泉って言いませんでした?」
夢だったのかな?
ぼーっとしてる弟と顔を見合わせると、マイヤーさんが笑いだした。
「大丈夫そうやな、飯の前に行ってきぃ」
外は暗くなってて、ランプに火が入れられていた。結構な時間、眠っていたらしい。
こんな、人がいっぱいいる中で、皆が仕事をしてるのに、思いっきり熟睡。
駄目すぎる。
「ご、ごめんなさい」
「皆が居て安心できたんだねぇ」
赤くなって謝る私達に、パイクさんがにっこり笑って言ってくれた。
こういう言い方だと、なんだか良い事に聞こえる。やっぱお人好しなんだなぁ。
§§§§§§
私達が起きてすぐ行けるように用意をしてくれていたので、馬車に乗って温泉へ急いだ。
歩いて行ける距離らしいんだけど、皆に大反対されて弟も歩きたくない、と主張したので馬車になった。
体が鈍ると思うんだけど。
温泉は、日本の秘湯みたいのかな〜と思っていたんだけど、意外に整備されて男女の区切りがきっちりしてあった。
半露天みたいになってて、療養に来る人向けとかで男湯が圧倒的に広かった。
「混浴じゃないんだ」
ザンネン。
別に、見たかったとかじゃなくて!1人はちょっと怖いってゆーか!
「気を付けろよ、何かあったら呼べ」
ボッシュさんは入り口で真面目に言ったけど、本当に来たら捕まるんじゃないだろうか?
店番?のおばさんに説明を受けて、恐る恐る中に入った。
日本の温泉施設みたいに、籠が置いてあって脱いだ服を入れる。
温泉には先客がいた。
目が釘づけになる。
サルマ・ハエックとGAGAが居た。ぷるぷるばいーん、な音が聞こえてくる気がする。
なんかもう居たたまれなくて、隅っこで、お湯に漬けると泡立つ謎のふわふわ物質で体を洗い、首の薬も洗い流した。
「し、失礼します…」
先客に声をかけて浸かるとちょっと熱めのお湯が懐かしい。思わずため息がでてしまう。
「あらぁ?あなた、この前の子じゃない〜。昨日も来てくれたわねぇ」
ザバザバとお湯を掻き分け近付いて来たオネーサンは酒場の店員さん達だった。化粧無いほうが美人!
「まっ、どうしたのそれ!ひどいわねぇ」
両横に陣取って、喉にお湯をかけたり肩を揉んでくれる、のはいいけど。
「ものすごい圧迫感が…」
むにむに当たるんだけど!男の人が胸触る気持ちが解っちゃったんだけど!
「あぁ、アナタはまぁ、細すぎねぇ」
哀れみの視線が痛い。
「あの方に協力してもらいなさいよぉ」
「協力って?」
私が首を傾げると、サルマ似のオネーサンは両手をわきわきさせて、にっと笑った。凄絶に色っぽい。
「揉んでもらったら大きくなるわよぉ〜」
誰が何を揉むって?
時間差で脳みそにその意味が到達して、私はフリーズした。
いや、よく聞くけどさ!
生々しいのよっ!
散々からかわれて、私は逆上せる寸前。その丁度良い時に、飲料水のサービスがあった。
「こっち来なさいよ」
GAGA風オネーサンに手を引かれて屋根の無い所へ進むと、雪がちらちら降っていて気持ちが良い。
「アナタこの前と雰囲気違うわよねぇ」
サルマ似の方に言われて、自分でも今更だけど気付いた。
多分、香水も酒も匂わないからだ。
「この前ちょっと調子悪くて…ごめんなさい」
「別にぃ、いいのよ。救けてもらったんだしぃ」
あっけらかんと笑う姿に、はっとする。
こっちの方が絶対良い。
「お詫びに、都で流行の格好を伝授します、オネーサマ方」
胸は出さずに隠してもエロいし、元が良いからドギツイ化粧も勿体ない。
胸元ふんわりハイウエストで強調して、髪をアップにして細い首を強調。
「香水はつけすぎない!ああいう店だと匂いが麻痺して解らなくなるとは思うけど。体じゃなくて服に香らすくらいで」
お風呂のないところで発達したんだから、ここではあんまり用は無いはず。
「やっぱり都は随分違うのね。香水は皆つけると思ってた!」
GAGAネーサンが目を丸くして言った。
情報が伝わるのが遅いからかな。きっと昔はこうだったんだね。
「どちらかと言うと、服も化粧もあっさり、清潔感があるのがもてるみたいでしたよ」
まぁこの人達なら何着てももてるんだろうけど。
「いいこと聞いちゃったわね〜。寒いけど来てよかった」
「ホントねぇ。若い子と喋るの楽しいわぁ」
3人で並んで空を見上げると、びっくりするくらいの星空が見えた。
思わず口が開きっぱなしになるくらい。
夜は早く寝かされてたから知らなかった。
見ていると、星が動いた。
流れ星?!
願い事3回言えない、と焦っていたら別の所でもつつーっと流れた。いくつも。
何この大盤振舞。
なんとか流星群?
結局、見るのに忙しくて願い事を言えなかった。
温泉を心行くまで堪能した私が、オネーサンと別れて待合室に出ると、ボッシュさんが1人で座っていた。
弟は?
私の視線に気付いて手招きするので、横に座った。
「リョータももう来る。モップを拭いていた」
連れて来てたのか!
ボッシュさんは私の髪を引っ張り、濡れてる、と言って布で拭きはじめた。
手、大きいな。
………だめだやばい!
変な事言うから意識しちゃうじゃないか!
「顔赤いぞ、逆上せたか」
顔を覗き込まれて、またフリーズした。
再起動中。
ボッシュさんから目が放せないのが困るんだけど。
ふ、とその顔が和んで近付いて来て、ちゅっと音がしたと思ったら離れていた。
再起動に失敗しました。
俯いた私の頭を、再びワシワシするボッシュさん。
犬じゃないんだから。
2回しか言えてないけど、願い事が叶ったよ。
こっちの流れ星は気前が良い。
ちょっとはトモちゃんも強くなりました。




