第一話 魔王討伐と、それから
初めての連載作品となります。
しばらくの間、毎日投稿します。何卒よろしくお願いします!
魔王城最奥、王の間。
城というには広すぎるその空間は、血の匂いと霧散した魔力が漂っている。
「流石だ……勇者レイよ……」
半壊する王の間の中央に、今まさに死闘を遂げた魔王と勇者が共に倒れていた。
「終わった、のか」
血みどろの状態で倒れ込む俺は、かろうじて肩で息をしながら、勝利を噛みしめる。
肩から先が無くなっている左腕も、立っていられないほどの疲労感も、魔王を打破したことにくらべれば些細なことだった。
この世界に勇者として召喚されてから、実に7年もの時が経ったが、ようやくその使命を果たすことができたのだ。腕一本失ったくらい、どうってことない。
もう回復魔法を使うだけの魔力も、店を構えられるほど買い込んでいた回復ポーションも底を尽きている。
「……はぁ」
紙一重の戦いだった。
魔王が死に際に魔法一発でも撃てば、あるいは道連れにせんと自爆していれば、ただでは済まなかっただろう。
しかし、魔王がもう立ち上がることはない。
勝ったのだ。
とはいえ、勝利に酔いしれるのもそこそこに、そろそろ帰還することを考えなければならない。
(残党に殺されましたなんて悲惨な最期は遂げたくないからな……)
しかし、どうしたものか。
帰還のポーションやら、転移できる魔法やらがあればよかったんだが。生憎とそんな便利なものはこの世界に存在しない。
「帰らないとな……」
俺をこの世界に召喚した東の国は、魔王軍の侵攻で滅んだ。
比較的魔族との親交が許容されてる西の国にいけば、魔族から石を投げられるかもしれない。
南の国は訪れたことがない。もはやどんな国かも知らなかった。
それでも大陸の中央、ゼファイル王国にいけば、それはさぞかし盛大な凱旋パレードが開かれるのだろう。とても勝利に酔いしれたい気分じゃないが、王国に帰れば気が変わるかも知れない。
「……っし」
ようやく、足に力が入るようになった。
右腕で衰弱した体を支えながらなんとか立ち上がると、視界の端に魔王の亡骸が映る。
「…………」
これが、人類を恐怖に陥れた魔王の最期。
さっきまであんなに大きく見えた魔王は、ひどく小さく見えた。
他の魔族は死んだらすぐ灰になるのだが、魔王は依然としての醜怪な躰のままだった。単に生き物としての生命力なのか、はたまた執念がそうさせるのか。
俺にはわからないが、灰になってもらわないことには安心して帰れない。
「【火球】」
僅かに自然回復していた魔力で、念のため燃やしておく。
搾りかすの魔力では初歩も初歩な魔法しか撃てないが、灰にするには十分だ。
ところで、ここから手ぶらで帰るわけにはいかない。戦利品、すなわち勝ったという証を持って帰るべきだろう。とは思ったものの魔王の頭を持っていくわけにもいくまい。相手が人間ならそうしたかもしれないが、相手は魔族。頭だけの状態から生き返るなんてことがあってもおかしくないのだ。
徐々に灰になっていく魔王を見ながら、そんなことを考える。
「……なんだ?」
しばらくして、灰になった魔王の跡に小さな石が落ちているのに気付いた。
掌に収まりきるほどの大きさ。深紅に輝くその石は、おそらく。
「魔石……?」
魔物にとっての心臓。
強ければ強いほど、大きくなり、純度が増すとされる魔物の核。それが魔石と呼ばれるものだった。
しかし、今拾ったものは純度こそ文句なしに最高峰のもので間違いないのだが、その大きさが通説に反している。例えば魔王軍の幹部なんかは、小さな子供サイズの魔石だったが、この大きさだとせいぜいゴブリンとか、比較的弱いとされる魔物程度のものだ。魔王軍の中で実際に一番強かった魔王がこの大きさなのにはどうにも納得がいかない。
「……まあいい」
別に、魔石欲しさにここまで来たわけじゃない。
俺の目的は魔王を討伐することだけだ。
もちろん、念のため魔王の魔石(暫定)を麻の道具袋に入れ収納魔法で格納し、戦利品として持ち帰ることはにした。
もっとも、これだけ小さいと魔石が魔王討伐の証明になることはなさそうだが。
たとえ認められなくたって、魔王の指揮下で動いていた魔王軍の侵攻はなりを潜めるだろう。いずれ時間が経てば魔王は復活するのがこの世界の理らしいが、それまでの間は魔物の脅威に脅かされることが極端に減る。
つまり、この世界に平和が訪れる。
ようやく、与えられた使命を完遂することができたのだ。
「終わった……」
ああ、俺の異世界での役目は終わったのだ。
これからは、晴れて自由の身となる。
しかも魔王討伐の報酬で一生遊んで暮らせるだけの金が手に入ることが約束されている。それで、波乱万丈だった勇者生活とはおさらばできる。
惜しむらくは、元の世界に帰れないことだ。戦闘はもうこりごりだし、辺境でスローライフを送るのもいいかもしれない。安定した衣食住があれば、この世界でも生きるのはさして嫌じゃなかった。
とにもかくにも、まずは魔王城から帰還しよう。
それからのことは、そのあとに考えればいい。なにせ、時間はたっぷりあるのだから。
*
──さん、──レイトさん。
どこからか、俺を呼ぶ声が聞こえる。真っ暗な世界で、どこからともなく。
優しい声だ。どこかで聞いたことがある。どこだろうか。思い出せそうで、思い出せない。
長らく孤独だったから、俺をそう呼ぶ人間なんてすぐわかりそうなものなのに。
ああ、そうだ。
この声はきっと……。
「いい加減……起きてくださいっ!」
快活な声と共に、羽織っていた毛布が引き剥がされる。
寝ぼけ眼をこすると、視界にぼやけた赤髪の少女が映った。
「……ここは?」
「レイさんってば、まったくいつまで寝てるつもりなんですか。もうお昼ですよ」
「ああ、すまない」
次第に頭が鮮明になってくる。それと同時に、頭がズキズキと痛んだ。
酒屋で酔いつぶれて、目覚めの悪い夢を見ていたわけだ。
「すまない、リズ」
「はいはい、謝るくらいならその酒癖の悪さを治していただけます?」
「……返す言葉もない」
すっかり萎縮していると、厨房からのっそりと男が出てきた。
でっぷり、という擬音がしそうなほどふくよかな腹。そして、もっさりと胸元まで生えた髭が特徴的なその男は、俺のことを見るなり、にやりと笑った。
「やっと目が覚めたか。まったく、相変わらず酒癖が悪いのう」
「お前には関係ないだろ、ガードルド」
ガードルドはつまらなそうな顔をする。
しかし、炭鉱族に酒のことを指摘されては言い返せるはずもない。悲しきかな、種族間に先天的な差があるのだ。
「だいたいなんでお前がここに居るんだ?」
「なんでって、そりゃあ仕事だ。酒を卸しに来たに決まっておろう」
そうか、もうそんな日が経ったのか。
ガードルドは10日ごとに酒を卸しにリズエットの酒場にやってくる。もう、そのサイクルが回ってきたということだ。
「毎度毎度ありがとうございます、ガードルドさん」
「良いってことよ。じゃあまた10日後に卸しに来るわい」
「はい、お願いします!」
リズは接客で培った営業スマイルでガードルドを送り出すと、今度はじっとりとした目線をこちらに向けてくる。
「レイさんも、ガードルドさんを見習って勤勉に働いてみたらどうです?」
「……考えておくよ」
ガードルドの後を追うように、酒場を後にする。後ろでリズが何かぶつぶつ言っていたような気がするが、どうせ何か小言を言っていたに違いない。
*
さて、手持ち無沙汰になった。
酒場に入り浸ると言ったって、昼間は店が空いていないのだから放浪するしかない。無職の俺がやることなんて、ぼうっと暇を潰すくらいのことしかなかった。
今日もいつもの如く、大通りを闊歩する。
「よう、レイじゃねぇか! こないだは助かったよ」
「ああ、ボポル。腰痛はもう大丈夫なのか?」
「おうよ! この通り問題ない!」
肉屋を営むボポルは、自分の腰をパシンと叩く。どうにも肉の解体作業で腰をやっちまったらしいが、今は回復しているらしかった。
「だがよ、あんな高ぇポーション貰っちまって良かったのか?」
「いいさ、どうせ俺は使わん」
「恩に着るぜ」
「恩は……」「リズエットの酒場に、だろ?」
被せるようにボポルは言う。
当然だ、とでも言うように。
「ああ、そうしてくれ」
肉屋を通り過ぎ、大通りから細い路地へと抜ける。
声を掛けられるのも悪い気はしないが、今日は1人の時間が欲しかった。それもきっと、懐かしい夢を見たからだろう。
「やけに人が少ないな」
確かに人を避けて路地へと入ってきたが、不気味なほどに静かだ。
まるで、誰かの意思で人除けがなされているように。
「……まさかな」
路地とはいえ、王都の中。身剝ぎが全く居ないわけではないだろうが、可能性としては低いだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか袋小路に来てしまったようだ。考えごとをしながら歩くもんじゃないな。
すぐに引き返そうとするも、小路の奥に人を見つけ思わず足が止まる。全身をボロボロの皮のローブに包んでおり、人だとわかるのに少し時間がかかった。
(物乞いか……?)
身なりが貧しいしなと、そんなことを考えていると、ふと目が合ったような気がした。向こうの目はフードに隠れているし物理的に視線がぶつかったわけではないが、確実にそいつはこちらを見ている。
そして、懐から水晶を取り出すとこちらに向かって手招きをする。物乞いではなく、占い師だったようだ。
見たところ怪しさ満点だが、暇潰しにはちょうどいいかもしれない。盗られるようなものもないが、少し警戒しつつ占い師の前に腰を下ろした。
「魔術王の誘いに導かれし者よ」
魔術王? 聞いたことない二つ名だ。
そんな人物いただろうか。魔王の言い間違いとかではなさそうだ。魔法使いの権威とはそれなりに会ってきたつもりだが、初めて聞いた。
架空の人物の可能性もある。まあ、占いに明るくはないし深入りするようなとこでもないな。
「珍しいな、占い師とは。何を占ってくれるんだ?」
聞くと占い師はきょとんとして、ぴたりと動きが止まる。そして、少し考えるような素振りを見せたが、何事もなかったかのように続ける。
「私は、死の淵の占い師。願わくば、其方の行末を」
死の淵の占い師か。
行末を占うとはつまり、俺がどんな死に方をするか占うということ。まさに死の淵を知れる、と。
「なるほどな」
正直、どうでも良かった。
全く気にならないと言えば嘘になるが、俺はもう使命を終えた身。言わば、生きながら死んでいるようなものだ。
今更どんな死に方をするかなんて、知ってどうする。
「悪いが……」
帰らせてもらうよ。
言いながら、立ちあがろうとする俺の手が強く引かれる。もちろん、手を握っているのは眼前の占い師だ。
「……手を離してくれないか?」
決して強く引かれている訳ではない。振り解こうと思えばすぐにできる力だ。
ひとえに、占い師がすぐに手を離してくれれば穏便に事が済む。それでもなお引き止めようとするなら、こちらも相応に対応するしかない。
「これ以上は待たないぞ」
忠告も虚しく、占い師の手は俺の手を掴んでいた。
やむなく握られた手を力任せに振り解こうとして、そして気づく。
(震えてる……?)
端から様子はおかしかった。
占い師だからと目をつぶっていたが、思えば何を占うか聞いただけで戸惑っていた時点で怪しむべきだった。
どうしたものか。
こいつは、占い師ではない。だが、敵意は感じない。
「そんな……まさか……でも、どうして」
それどころか、さっきから手が震えている。言葉遣いだって素が出ているし。
俺の手を掴んでいた手が離れる。立ち上がる気はもう無くなっていた。
「おい、どうした?」
この変わりよう、まさかとは思うが俺の死の淵を見たんじゃないだろうか。もし仮にそうだとして、この震えよう。俺はそんなに悲惨な死を遂げるのだろうか。
「あなたは勇者に殺される」
占い師は震える声で、そう言った。
勇者であるこの俺が勇者に殺される。つまり、自殺ということだろうか。それとはまた何かニュアンスが違うような物言いだが。
「……どういう意味だ?」
占い師が、俺の問いに答えることはない。じっと押しだまったかと思えば、何かを閃いたように口を開く。
「勇者レイよ、北の森を訪れなさい。さすれば……さすれば、世界の安寧は保たれるでしょう」
北の森? 世界の安寧?
何を言っているんだ。
「それはどういう……」
その言葉が、占い師に届くことはなかった。
使われることのなかった水晶だけが、その場に残っている。少なくとも占い師ではなかったようだが、果たして何者なのか。
「何だったんだ……」
呟きは誰に訊かれる事もなく、消えていった。




