北海道ばれいしょの日:始まり
「あっついわねぇ」
朝からカンカン照りの本日、八月四日は私山崎葵の二十五回目の誕生日だ。
嬉し恥ずかし誕生日に、私は厚手の長袖の上に腕カバーをして、下はデニムを履き足元は長靴、頭は日焼け対策用の目元以外を覆う黒いカバーの上からタオルを掛けその上から麦わら帽子をかぶっている。
手持ちできるサイズのクーラーボックスには濡らして凍らせたタオルと、凍らせた麦茶と普通の麦茶を半分ずつ入れたプラスチックのボトルが二本と、糖分補給用のチョコレートが入っている。
「今日こそ裏庭の草刈りしなきゃ」
休耕中の田んぼはやっと昨日草刈りが終わったから、今日から庭周りの雑草を刈る。
少し早めのお盆休みの初日、すっきり庭を綺麗にしてお盆を迎えたい。
「一時間程度とはいえ家にいちいち戻るの面倒だもんね、水分対策、暑さ対策大事」
ブツブツ言いながら、古くて重い納屋の引き戸を開く。
昔は戸なんてついていなかったのに、私が東京から帰ってきた時に狸とかハクビシン対策で頑丈な戸がつけられていた。
昔は野良猫が入り込んでいつの間にか子猫産んでたりしたから、戸は大事なんだと思うけれど頑丈なのが取り柄の戸だからやたらめったら重いのだ。
「ふう、うわ中も暑い」
むわりとした熱を感じて顔をしかめ、入り口近くの照明のスイッチを手探りで探して明かりをつける。
大型機械は処分済だから、中は車が三台は余裕で止められる程度には空きスペースがある。
入って正面の壁にそって棚がずらりと置いてあり、草刈り鎌とか鍬とか工具関係が置いてあり、横には手押しタイプの耕運機やネコ車、電動草刈り機が置いてある。
「オイルは昨日入れておいたし、後は軍手と防護メガネと、鎌と手斧と、よし準備完了」
電動の草刈り機はまだ上手く使えない、というか怖い。
だけど広い土地の草をいちいち手で刈ってられないから、怖いとか言っていられない。
「さあて、さっさと刈って、シャワー浴びたらビール飲むぞぉ!」
まだ朝とはいえ炎天下、そこでの労働は精神疲労が先に来る。
マシなところは、周囲が私の家のハウスと畑と田んぼだから、そこまで時間を気にしなくても作業ができるところだ。
「待ってなさいよ、雑草……あれ、なにこのドアこんなのあったっけ? え、ここから裏庭出られるようにしてた?」
裏庭は、納屋からぐるりと裏に回って行かないと辿り着けない。
納屋の隣にある物干しスペース、駐車スペースと裏庭はフェンスで区切ってあるのでこれが地味に面倒なのだ。
まあ、元々は居久根があったところが木を伐採して出来た庭だからフェンスで区切っていたんだと思うけど、フェンスのところを一箇所切って出入り出来る扉をつけた方がいいのかなと思う。
「父さん達無理しなくて良いって言ってたけど、やれる時やっときたいもんなあ」
両親と私のお盆休みはちょっとズレている。
私の方が数日早く始まり、数日早く終わる。二人は私が作ったお弁当を持って出勤し、弟は二週間の出張でそれが終わってからお盆休みに入る。
「もお、あるならあるって教えておいてよねぇ」
なんか古い木のドア、鍵もないし、なんならドアノブじゃなく木の取っ手がついてるだけだ。
もしかしてお父さんの手製なのだろうか、木工好きなんだよね、あの人。
下手なのにそういうのが好きなのか、やたらと作りたがるの止めて欲しいんだけどな。と考えながらドアを押してみると、恐ろしいくらいの雑草に視界を塞がれた。
「え、こんなに伸びてたの?」
これ頑張んなきゃ一日で終わらないよ。
先に庭をやっておくんだったと後悔しつつ、ドアを開いた場所にクーラーボックスを置いて、軍手をはめて草刈り機のスイッチを入れる。
「よし、行くぞおっ!」
ういぃっんと、モーター音を響かせて一歩足を踏み入れ進路を塞いでいた私の背丈より高く育った雑草を刈り始めた。
その瞬間私の頭の中に変な声が響いて、慌てて草刈り機を止める。
『なんの日ダンジョン初入場者及び魔物初討伐者に特別スキル付与いたします。探索能力覚醒しました。特別スキル鑑定、特別スキルアイテムボックス、特別スキル各属性魔法、一般スキル身体能力向上』
今ダンジョンって言った? 嘘でしょここダンジョンなの。
『特別スキルの鑑定では、自己鑑定が可能になります。特別スキル各属性魔法はこのダンジョンのみ任意で好きな魔法を使用可能。他のダンジョンではスクロールで覚えた魔法のみ使用可能、特別スキルアイテムボックスは時間停止容量無限大、ダンジョンと外どちらでも使用可能。身体能力向上は今までの能力からすべての能力が、レベルに合わせて向上。現在レベル一のため向上も一倍です』
なんなのこの説明、ダンジョンというものは私が生まれた頃にこの世に現れたけれど、覚醒というものをしない人間には関係のないところだから私には縁遠いって思ってたのに。
魔物肉とか魔石とか、そういうのって買うものであって私がダンジョンに入って取ってくるとか想像したこともないのに。
「え、私覚醒したってこと?」
家族も親戚も友人も会社の人も、誰にも覚醒者なんていないのに。
なんで私が覚醒?
「誕生日の日にダンジョンに入ると覚醒するって都市伝説じゃなかったの?」
普通に覚醒する人は何かのタイミングで覚醒するらしいけれど、日本どころか世界でも覚醒者ってそこまで多くない。
でも、都市伝説みたいな感じで、誕生日にダンジョンに入ると覚醒するという噂はあった。
「まさか、本当だったなんて……それよりこのダンジョンいつからここにあったの? 魔物狩らないとダンジョンブレイク起きるんじゃないの?」
ダンジョンブレイクは海外のダンジョンで何度か起きている。
ダンジョンに入って魔物を狩らないと、ダンジョンの中に魔物が溢れて外に出てきてしまうのだそうで、そうなると外に出て来た魔物を皆で狩らないといけなくなる。
魔物って、興奮した肉食獣よりも巨大で凶暴だから簡単に狩れるものじゃない。
だから一度ダンジョンブレイクが起きると、そこの町は助からないと言われているのだ。
「国に報告するにもとにかく中を確認しないと」
怖いけど、ここがダンジョンブレイクしたら、家が潰される。
私が生まれ育った大切な場所。車だって買って一年しか経ってないしローンも残ってるのに潰されたら泣くになけない。
「覚醒者は私だけ、それならやるしかない。女は度胸よ! 葵はできる子頑張る子っ!」
小さい頃、よくおばあちゃんがそう言って私を励ましてくれた。
折り紙が上手く出来ない時、縄跳びが飛べなくて転んで泣いた時、怖くてプールの水に顔をつけられなかった時、私を励ましてくれて、できるとすっごく褒めてくれた。
おばあちゃんは私が小学生になる頃亡くなっちゃったけれど、不安な時私はおばあちゃんが励ましてくれたみたいに自分を励ましている。
そうするといつもより力が出せるんだ。
「お家とおばあちゃんとおじいちゃんのお墓は私が守るんだからね!」
ダンジョンブレイクなんてさせてたまるか、とにかくまずは草刈りだとばかりに草刈り機を起動して夢中で草を刈り始める。
「うわっ、レベルアップってなに?」
ガンガン草を刈り進めていくと、頭の中にレベルアップの声が響いた。
なんで草刈りしてるだけで、レベルアップしたんだろうと、ふと足元を見ると足元になぜかジャガイモが転がっていた。
「ジャガイモ?」
草刈り機を止めジャガイモを一つ手に取って、なんでジャガイモ? と見つめると頭の中に情報が浮かんでくる。
なんだろう。テストの時、問題を解こうとして答えが閃いたみたいな感じに近いのかな。
「ジャガイモ、今日はなんの日、北海道ばれいしょの日? どゆこと?」
訳がわからないけれど、食用可ホクホク美味しいと鑑定が言っているから、見える範囲のジャガイモを全部アイテムボックスに入れていく。
ちなみに、入るかなと思ったらジャガイモは手から消えて、アイテムボックスに入った感覚がした。出すのも簡単だった。
「これならクーラーボックスも入る?」
ドアのところに戻りクーラーボックスをアイテムボックスに入れ、また草刈り機を起動する。
「ジャガイモなんてどこに生えてる?」
ジャガイモらしい葉っぱは見えないのに、草を刈るとジャガイモが落ちていて、暫くすると私のレベルが上がる。
それを暫く繰り返し、気がつくと田んぼ一枚程度の広さの地面が見えていた。
ちなみに私の家の田んぼ一枚は大区画化しているから一町弱の広さがあるんだけど、その広さを刈った草はどこにもなくジャガイモがあちこちに転がっているだけだ。
「え、なんでこんなに草刈り出来たの?」
田んぼの草刈りなんてこんなに簡単に出来ないのに、まだ多分一時間経ってないのに見える範囲の草が刈り終わっている。
草刈りが終わった地面の向こうには、見慣れた山々も田んぼや畑やビニールハウスの姿はない。
つまりここは本当にダンジョン、つまり別の空間というわけだ。
それにしてもダンジョンだから早く草が刈れたのだろうか、でも普通なら手が疲れて一時間も草刈り機を使い続けられないのに。なんで?
「あ、自己鑑定」
自分に鑑定を使ってみると頭の中に情報が浮かぶ、文字にするとこんな感じだろうか。
山崎葵:ヤマザキアオイ
年齢:二十五歳
レベル:十二
魔法使いレベル:三
体力:三百
魔力:九十
称号:なんの日ダンジョン初入場者、なんの日ダンジョン魔物初討伐者
特別スキル:鑑定、アイテムボックス、各属性魔法
一般スキル:身体能力向上(現在十二倍)上限五十
使用武器:魔道草刈り機
保持武器:草刈り鎌、片手斧
使用防具:厚手のシャツ、デニム、長靴、軍手、腕カバー、厚手の靴下、下着、日焼けカバー、麦わら帽子
「多分これだ身体能力向上」
これのお陰で楽々刈れたのか、と納得仕掛けて魔道草刈り機という情報に首を傾げる。
「魔道って、え、ダンジョン内の魔素を吸収し動くってどういうこと?」
魔道草刈り機(なんの日ダンジョンの魔物初討伐祝いに魔道具化)
魔素を燃料にして動く、自動刃こぼれ修復、自動刃研ぎ。
ダンジョンの外では使用者の魔力か元の通り燃料で動く。
「なにそれ魔物初討伐祝いって」
呆然としながら、ジャガイモを拾い集める。
広大な場所を延々拾って歩くのは大変だけど、ダンジョン産の食べ物は高額で売れるのだから拾わない選択はない。
「疲れないけど面倒だな。一気に集まって、ボックスに入れ! なんちゃって。うわっ」
なんか私の体から抜けた感覚がした後、ジャガイモが四方八方から私めがけて飛んできて、私にぶつかる寸前に消えた。
「何今の、えっ、嘘アイテムボックスに入ってたの? 今ので全部。何なの三千個って」
ジャガイモそんなにあるのか、そんなに売れるのか? いや、売れなくても腐らないなら。
「駄目だ動揺してる。こんな時は糖分摂取しないと」
チョコレートと思い浮かべたら、クーラボックスに入れていたチョコレートが一つ手の中に現れた。
なんなのこの謎仕様、分からないけれど便利ならいい。
便利はすべてを救う。
「それにしても魔物出てこないな」
レベルが上がったということは、植物が魔物なのだろうか。
それを刈ったから、レベルが上がった。
なら、このダンジョン魔物は植物だけなのか?
「それなら疲れたし帰ろうかな」
チョコレートを食べて甘味に癒されたら、何だか精神的な疲れを感じ始めてきた。
癒やされて疲れってなんなのって感じだけど、お腹もすいたし帰って休みたくなった。
「ここって、そんなに広くない?」
ぐるりと見渡しても、雑草を刈り尽くしてむき出しになった地面部分だけのように見える。
「つまり、一町分かあ……あれ、向こうに何か見える?」
壁があるとかじゃないのに、広さの程度が目視で分かるというのも変な話だなと思いながら見ていると、何もない空間にドアっぽいものが浮いていた。
「ええ、階層あるタイプ?」
ダンジョンって、学校の社会の授業で習った程度の知識しか私にはない。
ダンジョンはただ一面に広がるタイプと、階層が分かれているタイプがある。
階層があるタイプは、その階層毎にボスというものがいて、それを倒さないと次の階層にはいけないらしい。
「上、見ないと駄目よね」
ため息を吐いて、ドアに向かう。
ドアは、納屋にあったのと同じ木のドアだ。
がっかりしながらドアを押すと、その先に居たのはジャガイモだった。
「ジャガイモがボス?」
大きさが半端ない。
私の背丈を超える、見るからにジャガイモの葉っぱと花がついていて、根っこにはジャガイモがゴロゴロとついている。
「なんで花が咲いてるのに実がついてるのよ!」
おかしいでしょとばかりに指をさすと、ジャガイモは怒り狂ったように私に突進してきた。
「嘘でしょ動くのっ!」
逃げようと振り返ると、ドアが消えていた。
私、ドア閉めてないのになんで消えたの!
「いやあぁっ! 来ないでっ!」
悲鳴を上げつつ、私の武器草刈り機を起動して構える。
大丈夫、レベルは上がってる、私はやれるっ!
「私はできる子頑張る子、なんだからね!」
自分を鼓舞して、ジャガイモに突進する。
ういぃっんっ、ジャガイモとはとても思えない丸太みたいな太さの茎に草刈り機の回転する刃が突き刺さった感触に、力任せに押し込んで行く。
「頑張れ、草刈り機!」
電動ノコギリよりだいぶヤワな草刈り機の刃が刃こぼれしないか心配だけど、そう言えば自動修復するんだったと思い出し、自動修復頑張れ強くなってジャガイモを倒せと念じる。
「うっ」
何かが身体から抜けた感覚に、一瞬よろけながらそれでも必死に草刈り機の刃を押し込むと、数分の格闘後にジャガイモの茎が倒れた。
「え、倒した?」
これは刈ったじゃない、倒しただ。
ゼイゼイ息を切らしながら、倒れたジャガイモを見おろしていると、ジャガイモが光だし始め、大きな箱が現れた。
それと同時に消えるジャガイモ。
そして頭に響く、不思議な声。
『おめでとうございます。なんの日ダンジョンボス初討伐完了です。ボス初討伐お祝いに今使用している武器防具、及び保持武器は使用者のレベルアップと共に強化されます』
ちょっと待て、今、今使用している武器と防具って言った? 保持武器って腰のベルトにカバーごとぶら下げてる草刈り鎌と片手斧のこと?
私が使用したのは、草刈り機、着ているのは農作業用に普段着てるもの、そして長靴に軍手。
「嘘でしょ、腕カバーにレベルがあるっ! ついでに防御力と自動修復と清潔なんて効果まで!」
目の前に鎮座している箱を開ける気力すらなく、私は鑑定結果に崩れ落ちたのだった。
八月四日は北海道ばれいしょの日だそうです。
語呂合わせに由来するらしいです。
馬:八
齢:0
しょ:四




