あんなの出会い
わたしは祐樹にメッセージを送り終わるとベッドにダイブした。
「あー今回も疲れたー」
私は翻訳の仕事をしている。3年前までは英語系の依頼が多かったが最近は依頼の多くが韓国系のネット記事やインタビューが多くなった。だから英語に触れていなさすぎて英語の翻訳が次回来ても断ろうと考えている。やはり2つの外国語の翻訳するのは相当な気力と体力が必要だ。
今日は仕事も終わったから久しぶりに祐樹とご飯の約束と取り立てた。まあ、祐樹は乗り気じゃないって分かってるけど自分のために毎回無理やりご飯の約束をする。祐樹はわたしの幼馴染で都内の普通の会社員。もう1人の幼馴染は祐樹みたいに普通ではなく人生の成功者の道を歩んでいる柊。
でもわたしは柊の秘密を知っている1人。そのことを柊は知らない。そしてわたしも秘密を持っている。
◇
国分寺までは1時間50分ぐらいかかる。わたしは祐樹と会うときは毎回国分寺を待ち合わせ場所にしている。理由は後程。
退勤時間の電車内は疲れ切った人もいればすっきりした顔の人もいる。わたしの趣味の1つに人間観察がある。この人はどんな人なんだろうと想像するだけで目的地の場所に着いてしまう。国分寺の駅の改札口を抜けると駅前のお洒落なカフェに入る。これは待ち合わせルーティン。祐樹はいつ退勤するのかわたしには分からない。毎回、待ち合わせ場所に到着する5分前に連絡が来る。もうちょっとこまめに連絡しろよ!と内心イライラすることもあるが自分が強制的に約束にこぎつけてしまった罪悪感なのか咎めていない。なのでわたしはこの落ち着くカフェで自分の時間を過ごしている。
temps cafe-テンプス カフェ-
「こんにちは。お決まりでしょうか?」
あ、この人…
「あ、アイスカフェラテのレギュラーサイズで氷少な目でお願いします。」
「かしこまりました。ミルクを多めに入れましょうか?」
「はい。お願いします。」
「はい。それでは470円になります。」
「カードでお願いします。」
「かしこまりました。」
店員はわたしのカードを手に取り決済作業をしている。わたしはその手を見つめていると
「すいません。あのーこのカード…」
と手渡されたカードは韓国の銀行のキャッシュカードだった。
「あ、ごめんなさい!!それ使えないですよね!!」
「あ…はい!」
あー恥ずかしい!!わたしは無我夢中で違うカードを探す。
「あのー韓国人ではないですよね?」
「あ、はい…私、韓国でも働いているので。」
「そうなんですね!私韓国人なのでそのカード見て話しかけてしまいました!」
店員はそう言うとニコッと微笑んだ。
うん、あなたが韓国人だとわたしは最初から知っていた。
「日本で働いてらっしゃるんですか?わたしこのお店好きでたまに利用させていただいてます。」
わたしは見つけ出したカードを渡しながら答えた。
「はい。でもあなたも韓国仕事されてるんですよね?同じじゃないですか!」
「いえいえ、わたしはそんなにすごくはないんです。」
わたしはそう言うと店員が差し出しているわたしのカードを受け取り会釈をして窓際の席に向かった。
わたしは席に座ると持ってきたパソコンを開き電源を入れる。次の翻訳の仕事依頼が来ているかチェックする。メールフォルダを開くと5件も来ていた。ため息をついた。5件か…内容にもよるけどわたしに来る依頼は締め切り期間も短く内容も長いものが多い。底辺の翻訳者っていうのはこんなものだ。
「お待たせしました。アイスカフェラテです。」
先ほどの店員がわたしのテーブルにアイスカフェラテを運んできてくれた。
「ありがとうございます。」
「サービスで抹茶ケーキロールお付けいたしますね!内緒ですよ?」
「え?」
わたしの目の前に抹茶ケーキロールが置かれた。
「あ、抹茶お嫌いですか?」
「あ、いえ…好きですけど…どうして?」
店員は長い指でロールケーキの位置を直しながら話し始める。
「女の人が悲しい顔を不意にするときは人に言えない何かを抱えてるってことでしょ?そんな時は甘いものを食べて少しでもリフレッシュしなくちゃね」
そう言いながら店員が自分のと思われるスマホをテーブルの上に置いた。
―ん?
よく見るとメッセージアプリのQRコードが表示されていた。
「良かったら、連絡先交換しませんか?」
唐突に言われた一言に驚きを隠しきれなかった。
「嫌なら、大丈夫です」
店員がスマホをしまう仕草をした瞬間、咄嗟にその手に自分の手を重ねていた。店員はわたしの行動に驚きを感じた表情をしたかと思うとわたしに微笑みかけた。
「拒絶されなくて良かったです。」