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聖ウェヌス女学院  作者: Paddyside
第1章 不思議のメダイ -Mysterious Medal-
104/215

#104 鳶目兎耳

ドカンッ!バキッ!ガシャン!‥‥‥


けたたましい音が部屋の中に響く。

窓ガラスが割れるのを恐れた樋口ソフィアは椅子を投げた刹那,片腕で目の前を覆い瞼を閉じていた。


ガタガタッ!‥‥‥


音が止んだのを確認してゆっくりと腕を下ろして目を開ける。まず目に飛び込んできたのは足の折れた椅子で木片が部屋の中に飛び散っていた。

視線を上げて窓を見るとガラスには皹すら入っておらず,悠然と朝陽の光を部屋に送り込んでいた。

彼女は足に怪我を負わないように木片を片付けながら窓に近付き,ガラスに掌を当ててみる。少しひんやりとした感触があり,直ぐに離すと今度は拳を握ってドンドンと叩いてみる。

やはり当たり前だが彼女の力ではビクともしなかった。実際には恐々だったのでそれほど力は入っていなかったのだが‥‥‥


「完全に閉じ込められたみたい‥‥‥」


ドアと窓が開かない以上,天井や壁に抜け穴など存在せず,この部屋は完全な密室状態になる。


「あれっ?」


部屋の中を見回して不審な点に気が付く。


「そう言えば‥‥‥窓の外ってどうだったっけ‥‥‥」


ふと窓を見遣る。今は差し込む朝陽が眩しいし,さっき窓に近付いた時は窓から脱出する事しか考えておらず,外がどうなっているかなんてまるで気にしていなかった。

恐る恐る窓に近付き,差し込んで来る陽光を避けるようにして,階下の方を覗き込む。


「えっ,どういう事?」


視界に捉えた情景は自分の知るものとは違った。窓から見えるはずの向かいの家もその向こうに建つマンションも何もない。

ただ天からは眩しいくらいに光が差しているというのに地にはそれと反して物質や光を総て吸い込んでしまうブラックホールがあるように感じた。いや,現に降り注ぐ光が渦を巻き吸い込まれて闇に喰われている。

樋口ソフィアはこんな異様な情景を見たのは生れて初めてだった。そして無理に外に出ると自分もあそこに吸い込まれてしまうのではないかと恐怖した。


「もしかすると,こっちも同じなのかな‥‥‥」


振り返って扉の方を見る。扉の外も窓の外と似たような光景が広がっているのではないかと容易に推測できる。だとしたら脱出方法があっても今部屋から出るのは非常に危険な行為だと感じる。かと言っていつまでもこのままという訳にもいかない。

開き直って今はもう少し眠りに就く事にした。どうせ出来る事もないし,もしかしたら寝ている間に何か状況が変わるかもしれない。そんな淡い希望を抱いて。




高坂先生と春日結菜は行方不明になった樋口ソフィアを捜していた。

しかし横道や部屋などのない1本道だったはずで自分たちより後ろを歩いていた以上,前に居る訳はなく,聖ウェヌス女学院総合病院の方に戻れば発見できるだろうと簡単に思っていた。

でもボイラー室に繋がる扉の前まで戻っても樋口ソフィアは発見できなかったし,今回はボイラー室に警備員を駐留させて出入りのチェックをしている。彼らの証言でも樋口ソフィアが戻っていないという。


「樋口さんはいったいどこに行ったと言うの‥‥‥」


見落としはないだろうが総合病院内の捜索と学院への連絡を依頼して2人はもう一度地下通路へと足を踏み入れた。

そして2人は憔悴していた。いつの間にか大切な生徒を置き去りにして2人の世界に没頭して,気が付いた時にはその姿を見失ってしまった事を。

高坂先生は学年主任という立場と責任感から‥‥‥春日結菜は別世界で帰れなくなっていたところを助けてもらったのにという後ろめたさから‥‥‥

2人はそれぞれ違う意識だったが,自分たちの犯してしまった現実を赦せないでいた。




一方,真田先生と加地美鳥もいつの間にか逸れてしまい居なくなっていた長尾智恵の捜索をしていた。加地美鳥は自分が長尾智恵に浴びせた言葉に後悔している。


「何であんな八つ当たりみたいな事を言ってしまったんだろう‥‥‥」


真田先生はそんな加地美鳥を慰める。


「加地さん,仕方なかったのよ。」と真田先生は言うが,加地美鳥はその言葉に納得していない。自分は8人の幼馴染の中で一番みんなの気持ちを読むことが出来て,汲み取るのが上手だと自他ともに認めていた。

8人の中でリーダーはクラス委員でもある長尾智恵で,自分は参謀役や調整役でいいと思ってきたし,今でもそう思っている。なのにそれを裏切る態度を取ってしまった自身を許せなかった。


「智恵には後でちゃんと謝ります。だから今は‥‥‥」


加地美鳥は真田先生に改めて長尾智恵を捜すのに協力して欲しいと懇願し,「もちろんです」と真田先生も胸をドンと叩いて協力を惜しまないと言ってくれた。


「でも‥‥‥」


困った事にこの地下通路1本道で逸れる横道も何もなかったはずだった。

もしかしたら何か見落としていて,そこに長尾智恵が入り込んだのかも知れないと来た道を戻りながら入念にチェックしていくが,何の成果も得られない。

2人は結局,総合病院のボイラー室まで戻って来てしまった。

ガチャリと扉を開けるとそこには普段はいない警備員が居た。

2人は「何でだろう?」と疑問に思いながらも長尾智恵が戻っていないか訊いてみた。

しかし返ってきた回答は予想通りだった。

そして加地美鳥と真田先生は扉を閉めて地下通路に戻った。




警備員たちは頭の中がパニックになっていた。

さっき高坂先生と春日結菜が戻って来て樋口ソフィアの事を訊いてきたかと思うと,ほぼ時間差もなく今度は真田先生と加地美鳥が戻って来て長尾智恵の事を尋ねてきた。

あんな短時間であれば通路内で4人は擦れ違っているはずで情報交換だってしているはずだと思うのにまるで途中で出会っていないかのような態度だった。


「学長に報告しておいた方がいいのか?」

「ああ,そうだな。」


1人がボイラー室から出て電波の届く場所まで戻り,馬場学長に報告をする。


「そんな事があったのですか?」


馬場学長は焦っていた。敢えて長尾智恵と樋口ソフィアを一緒にしないために午前と午後に分けて捜索班を出発させた。それなのに2人は地下通路内で行方不明となり,しかもそれを捜していたそれぞれの同行者がほぼ時間を置かずに帰ってきて,しかも接触した雰囲気がないという。


「報告ご苦労様です。」


馬場学長は電話を切ると学長室のデスクに腰掛けて頬杖を突き考え込む。


「また何かが起こったのだけは確かだけど‥‥‥」


これ以上,地下通路に捜索班を出せる状態ではない。せいぜい山県先生と一条日向を組ませた上で生徒を1人付けるのが関の山だった。しかし,それは最終手段であり悪手とも言えると感じていた。


「あの地下通路に何かが‥‥‥」


馬場学長は椅子から立ち上がると鍵を手に取り生徒会室へと向かった。

生徒会室の隠し書庫には自分も知らない伝承研究会に連綿と受け継がれてきた史料が残されていると長尾智恵は言っていた。

それに地下通路も自分の師である梶原学長から先の戦争中には防空壕として利用されたと聞かされていた。防空壕として新たに掘られたのではなく,元々あった地下通路を利用したと。

ただ現実世界の地下通路は避難のために脇道や食糧などを備蓄するための空間などがあちこちにあったはずだ。


「それがこっちでは存在していない‥‥‥」


明らかに腑に落ちない。

まずはあの地下通路はいつから存在していたのか,何の目的で造られたのかが気になって仕方がない。

もしかしたらそれが分かれば何かこの閉鎖空間から脱出できるような突破口にならないかと考えていた。


「長尾さん,片付けしていなかったのね。」


生徒会室に入ると目の前のテーブルには本が山積みになっていた。それに座っていた場所には開いたままの本も置かれている。


「もう,仕方ないわね。」


まるで言う事を聞かない子供の尻拭いをして後片付けをする母親の気分を感じていた。

しかし馬場学長は子供がいないどころか結婚もした事はない。何で自分にそんな母性本能のようなものが今さら芽生えたのか理解できないでいた。

学生時代,戸田愛乃と伝承研究会を失い試練を背負った生徒会長として高等部の首席の座を守り,大学に進めば卒業後は聖ウェヌス女学院高等部の優秀な教員として戻らなければならないと恩師である梶原学長からのお達しで勉学と研究に明け暮れて恋愛どころではなかった。

実際にその努力のおかげで今の地位があると言えるが,大学卒業後に結婚して3人の娘を生し幸せそうだった北条祈里の母・北条美織に嫉妬した事もあった。

でも北条美織が子供たちを守るために犠牲となり交通事故で亡くなった時はつまらない嫉妬をした事を物凄く後悔したのを今でも覚えている。

北条祈里姉妹の祖父母はまだ生きていたが近くに住んでおらず,既に高齢だった事もあり,「もし自分たちに何かあれば佐南に託すので‥‥‥」と北条美織に言われていた祖父母たちもそれを認めて北条祈里たちの身の回りの世話は馬場学長が見る事になった。

ただ上の双子の姉北条花織と北条咲織からは「本当に困った時にはお願いします。」と気丈にも言われ3人の住む場所を聖ウェヌス女学院の近くにする事で了承した‥‥‥


「何で急に昔の事を思い出してしまったのかしら‥‥‥」


不意に馬場学長の頬を一筋の涙が零れ落ちた。


「あれ‥‥‥」


一度きりの人生だから後悔はしたくない‥‥‥そう思って頑張ってきたが,正直どうなのだろうとこの歳になってから考えるようになっていた。どうしても抗えない周囲の力に巻き込まれて思うように生きてこられなかった。現に今は神の力で軟禁されていて抵抗すら儘ならない。それは既に高等部で試練を受けた時から始まっていたのかも知れないと今では感じている。


「それに私ももう若くはないし‥‥‥」


しかしここには将来有望な若者たちも沢山居る。それに長尾智恵と樋口ソフィアが消息を絶っている。自分はどうなっても彼女たちを救い出し現実世界へ帰還させなければならない。それが神の意思に逆らう事になるのかどうかは分からないが,いつまでもここに居る訳にもいかないのも事実だ。


「よしっ!」


気合いを入れ直して馬場学長は本を片付け始め,その中から自分の知りたい事が載っている文献を探し始めた。


「伝承研究会の史料とは云うけど,学院創立前の蔵書が多いわね。」


片付けを済ませて隠し書庫の文献を調べてみたが,江戸時代の浦上崩れ,天草・島原の乱,元和の大殉教をはじめとするキリシタン弾圧だけでなく,室町時代以前の仏教の宗派間の争いや平安・奈良時代の宗教に絡む事件の史料まで存在した。


「この史料がどこまで正しいのかは分からないけど‥‥‥研究する価値はありそうね。」


でも馬場学長はこんな資料が高等部の伝承研究会に継承されていて,大学の図書館に存在していないのかが不思議でならなかった。

自分が大学生の時は閉架図書を閲覧する資格も無かったけど,閲覧可能な図書は書誌で全て確認した上に宗教関係の蔵書は総て読破したはず‥‥‥それに高等部の教員になり,学長に就任してからは閉架図書は完全閉架図書室も含めて閲覧したから読み残した本は無いはずだ。


「こんな重要な史料が一研究会によって秘匿されていたなんて‥‥‥しかも数十年にも渡ってその知識が断絶していた‥‥‥」


自分が大学生の時からでもこれらの史料に目を通していれば,山県先生の時の試練が失敗に終わる事もなかっただろうし,今回長尾智恵や樋口ソフィアを巻き込んで試練が発生する事もなかったのかと思うとどうしても残念でならない。


「それが運命だというのであれば‥‥‥これから少しでも修正して自分たちの望む世界にしていけないだろうか‥‥‥」


彼女は別世界の恩師・梶原学長から授けられた世界巡回の術で色んな世界を廻り見聞してきた。

既に滅亡してしまっていた世界,目の前で滅亡した世界,自分が関わる事で滅亡を回避できた世界を見てきた。

だとしたら自分が生きてきて,これからも生きていく世界を変える事だって出来るのではないか‥‥‥今まで放棄してきたはずの思考が自分の中に渦巻いていくのが分かる。

彼女自身,何故急にそんな考えが浮かんでくるのか分からない。でも如実に出来る気がするのだ。

だったら今までの自分を脱ぎ捨てて1歩踏み出してやってみればいい。そう思える。彼女の表情は今までとは明らかに違い明るい未来に希望を持っていた。


プルルルッ‥‥‥プルルルッ


馬場学長のスマートフォンが着信を知らせる。


「馬場学長,松田院長が見付かりました!」


高坂先生の依頼で総合病院内で樋口ソフィアの捜索をしていた警備員からの連絡だった。


「それでどこで発見したのですか?」

「霊安室です。」

「れ,霊安,室?」

「あっ,心配なさらないで下さい。衰弱していますが生命に別状はないそうです。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「精密検査が済んだら医師から学長に連絡するように手配してありますので。それでは。」


電話が切れると馬場学長は胸が上下するほどに大きく深呼吸をする。


「聖美が見付かって良かった‥‥‥でも長尾さんと樋口さんがまだ見付かっていないから油断できないわね。」


今は松田院長の事は医師たちに任せて,面会が出来るようになれば会いに行けばいい。

それに長尾智恵たちもだが,戸田愛乃たちの行方だって気になる。


「ここに長尾さんと一緒に来たはずなのにその後どこに行ったのかまるで分からないわよね。」


閉鎖空間のはずなのにこう度々関係者が行方不明になるという事は絶対にどこかに脱出できる場所なのか抜け道があるのだろうと馬場学長は考えている。そしてそれはあの地下通路なのだろうとも思っている。

以前であればウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂も怪しかったがこの3年あそこで別世界に転移出来た例はない。もう別世界への扉は塞がっていると思う。加えてカフェテリア・ポーモーナルの厨房も3年前までは行き来が可能だったが,今は向こう側からの一方通行になっている。

長尾智恵と樋口ソフィアが行方不明になった事でそれがはっきりするとは思いも寄らなかった。

ある意味,検証のために2人を犠牲にしたと言われても否定できない状況だった。

そんな中での松田院長の発見と生還は喜ばしいが危惧すべき事もあった。


「発見されたのが総合病院の霊安室だなんて‥‥‥」


あの部屋は霊安室という特異な環境というのもあるが,北条祈里の母・北条美織が運び込まれ死亡を確認して安置したはずなのに遺体だけ行方不明になった場所でもあった。

最初は誰かの手で運び出されたとも当時は考えたが,成人女性の遺体をストレッチャーや車椅子を使うにしても担ぐにしても地下の霊安室から運ぶのは人の目に付くし至難の業と言え,だからこそ何かオカルト的な者が絡んでいると思った。

そして今度は閉鎖空間であるはずの中に立地する聖ウェヌス女学院総合病院内で3年も消息不明だった人間が発見されて生還したというのだ。


「だったら聖美はどこから現れたというのか?」


自分たちがどんなに出口を探しても発見できないというのにひょっこり消えたり現れたりされては精神衛生上良くない。

いっそ閉鎖空間の中にワームホールの出入口が開いていますと言われた方がどれだけ気分的にすっきりできるか。実際にはその出入口がウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂だったとも言えるが今はなくなっている。


「もしかして礼拝堂に存在していた別世界への門が不安定になったか別の場所に移動している‥‥‥とか?」


そうだとしたら次にどこに現れるかは分かる訳もない。まさに偶然に頼るしかない。


「ただ,本当に偶然なのなら巻き込まれている人があまりに偏っている‥‥‥いや,ピンポイントで長尾さんや樋口さんが狙われているのでは‥‥‥」


でなければ彼女たちの前に別世界への門が出現しているのかも知れない。明らかに樋口ソフィアはウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の別世界門を利用していたのだから。


「まさか‥‥‥別世界へ渡る事の出来る門は彼女たちの持つというソピアー様と呼んでいる神様の分霊に反応しているのでは‥‥‥」


そう考えるとストンと仮説が成り立つ節もある。そもそもこの世界自体がソピアーの創造した世界であり,この閉鎖空間はその眷属であるヤハウェとヤルダバオトという神に近い存在によって創造された空間なのだから‥‥‥


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