悪い夢
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この様子じゃ、羽多はやっぱりやめると言い出しかねない。
しかし、ひらりの辞めるはいつもの事で、どうせすぐに戻って来ると説明した。その説明で納得した羽多は、その日の演劇部の練習に出た。演劇部の練習には、元部長、井上先輩が来てくれていた。
俺の部長としての初仕事は、一年生に羽多を紹介する事だった。
「今日から入部した、小河羽多さんです。」
「2年A組小河羽多です。よろしくお願いします!」
羽多はみんなの前で挨拶をした。
「やっぱり来てくれたんだね~!ありがとう!演劇部へようこそ!」
井上先輩は羽多と握手して、ひらりを探した。
「今日はひらりは?あ、学祭実行委員会か。」
「辞めました。」
「え?実行委員やめたの?」
そんな事が可能なの?という顔で先輩はこっちを見た。
「いえ、演劇部辞めました。」
「あの子またなのか~!春壱、台本決まったら持って行ってやって。ま、台本見せればまたやりたくなるでしょ。」
そう、ひらりの辞める病は今に始まった事じゃない。どうせまたやる気になって戻って来るはずだ。だから大騒ぎもしなかった。するだけ無駄な事だ。
「そうなんだ。」
「本当に世話の焼ける奴……。」
「女優って感じだね。」
どこがだよ……。
「高校生に女優も何もないだろ?ただの迷惑女だよ。」
「良かった~!せっかく入ったのに、ひらりちゃんの演技が見れないんじゃ入った意味が……あ、すみません!」
羽多は思わず本音が出ていた。
「羽多ちゃん、ひらりを見てひらりファンになっちゃったんだね~!」
「だって、だって、新学期公演、1日目も良かったけど、2日目、まるでひらりちゃんじゃないみたいで……凄くて……。」
それはいくらなんでも感動しすぎだろ羽多……。その顔を見て井上先輩が羽多に言った。
「羽多ちゃんも、ひらりと同じ世界が見られるといいね。」
「同じ世界……?」
「羽多ちゃん、演劇の世界へようこそ。」
演劇部をやめたひらりちゃんは、しばらく剣道部の練習を見に来てくれていた。今週末に先輩達の引退試合が控えているせいか、今週は毎日部活があった。毎日毎日、ひらりちゃんは剣道場の隅で絵を描いていた。
「正面に礼!今週末は、三年生対一、二年生の三年生引退試合です。三年生は絶対に手を抜かないように!一、二年生は全力で三年生にぶつかって行くように!」
「はいっ!!」
「それでは、これで今日の稽古は終わります。お互いに、礼!」
いつの間にかひらりちゃんは、掃除用具入れの前でスケッチブックを持ったまま、寝ていた。
「部長~美術部の人が寝てて、掃除用具出せないんですけど~!」
「起こせ~」
「全然起きません~」
僕はひらりちゃんを抱き起こし、引きずって移動させる。
「重っ……。」
それを見て部長に言われた。
「お前、本当にこいつと付き合ってるのか?随分扱い雑だな。」
「え?そうですか?」
え?扱い雑かな?
「先輩、すみませんこの人起きるの待ってるようでしたら、戸締まりお願いしてもいいですか?」
一年生が困っている様子だったから、鍵を受け取った。
「わかった。」
僕は帰る支度を終えて、ひらりちゃんの隣に座って、寝顔を見ていた。人の気も知らないで、よく寝てる。しばらくすると、ひらりちゃんの顔は眉間にシワを寄せていた。
ひらりちゃんの眉間のシワにそっと触れると、ひらりちゃんは起きる。
「え……あ……夢……私寝ちゃってたんだ。」
「おはよ。」
ひらりちゃんは僕に気がつくと辺りを見回した。
「あれ?晴君防具……あれ?部活終わっちゃった?」
「何の夢見てたの?眉間に深ーいシワできてたよ?」
「え?私、顔ゴルゴ13になってた?」
「シワだけじゃそんなにシブくならないでしょ。」
「そっか…………。」
ひらりちゃんはがっかりしたように、スケッチブックに視線を落として、帰り支度を始めた。
「夢、どんな夢見てたの?」
「大した夢じゃないよ。あんまり覚えてないし。」
「そっか……ひらりちゃんの事何でも聞きたいんだけどな~」
「何でも?」
少し困ったよう笑いながら、鞄に筆箱をしまっていた。
「夢って深層心理でしょ?」
「深層心理……?」
「ひらりちゃんが怖い物って何?」
鞄を持つひらりちゃんの手が止まる。
「怖い物……怖い物は…………怖い夢」
「だからそれを……」
「…………閉じ込められた。静かで、誰もいない、暗い部屋に。1人で閉じ込められた。」
それは…………僕のせい?
「そっか……それは怖かったね。」
僕が抱き締めようとしたら、ひらりちゃんは急に立ち上がる。
「美術室まだ空いてるかな?スケッチブック戻して来る。」
そう言って、ひらりちゃんは僕を残して剣道場を出て行った。




