離せない袖
80
僕は、相田さんを元気づけようと必死だった。
「慎ちゃん背高いからうまく隠れそう。助かる~じゃ、出発進行~!!」
相田さんを後ろに隠して進むと、すぐに立ち止まる事になった。急に止まったせいで相田さんは、僕の背中にぶつかる。
「痛っ!慎ちゃん発進だよ!発進~!」
「待ってよ。掃除用具入れ避ける。」
目の前の掃除用具入れから、数歩右にずれて、また進み始める。
「じゃ、改めて、出発進行!」
僕はまた急に止まった。
「ぶっ!また何かあったの?」
相田さんはまた背中にぶつかった。
「ごめん。今のはわざと。」
「おい!」
少しの無理して冗談をやってみる。
「あははははは!」
「あはははは!ちょっと~!慎ちゃん頼むよ~!」
僕は笑った。相田さんに笑っていて欲しくて。
相田さんとギャーギャー言いながら部室へ向かう。途中、何人かの剣道部とすれ違う。
「あ、片岡だ。楽しそうだな~。」
「あんな顔して笑うんだな。笑ってる所初めて見た。」
そう言われているのが聞こえた。
「あ、ひらりちゃん?」
「…………。」
その声に、思わず僕と相田さんは立ち止まった。白石だ……。それは、相田さんもわかったはずだ。でも、相田さんは返事をしない。あんなに笑っていたのに、急に黙った。
「…………。」
僕の後ろで、相田さんは僕の浴衣の袖をぎゅっと掴んでいた。
「相田さん?」
「ひらりちゃん、後ろにいるよね?」
もう一度、白石が言った。相田さんはやっと返事をした。
「うん……。晴君?なの?今、お化粧落ちちゃって、とんでもないことになってるから、顔見せられなくて……」
「どうして?気にしないよ?」
「晴君は気にしなくても、私は気にするの。」
この状況に、どうしていいかわからなかった。でも、とにかく、ここから去った方がいい事だけは何故かわかった。
「あの……相田さんがいないと打ち上げ始まらないから、支度しに部室に早く行かないと……。」
そう言って行こうとすると、白石は止めた。
「待ってよ。片岡、少しひらりちゃん借りてもいいかな?」
「え…………?」
「あの、晴君、部室にメイク道具とか、着替えとかあるし……だから……行かないと……」
相田さんは何とか言い訳をして部室へ行こうとするが、白石は聞くつもりはないようだった。
「僕達付き合ってるんだから、そんな事気にしなくてもいいよね?」
「え…………。」
相田さんと白石が?その瞬間、須藤の妹を思い出した。
『お互いの気持ちに気づく前に、他の誰かにとられたら?』
「ひらりちゃん、ちょっと話があるんだ。行こう。」
白石は僕の後ろに隠れていた相田さんの腕を掴んで、連れて行こうとする。相田さんは僕の浴衣を離そうとしない。
「相田さん、……先に美術室行ってる。みんな、相田さんを待ってるから、早めに……。」
僕には、そう、言う事しかできなかった。相田さんに言った言葉に、白石が答えた。
「うん、わかった。少し借りたらひらりちゃん美術室に返すから。じゃ。」
相田さんは、無言で僕の袖を離した。




