飾られた絵
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集中して描いていると、少しの間は時間を忘られた。最初は何度も手を止めては考え、また描き始める。その繰り返しだった。そのうち、考える時間も減って集中して描いていた。
「やっぱり、白石と付き合ってるって噂本当だったんだ……。」
「え?」
あまりに集中していて、誰かが美術室に入って来た事に気がつかなかった。
いつの間にか私の隣には、背が高く痩せ気味の男子が立っていた。とっさにスケッチブックを体に押し付けて、絵を隠す。
「ごめん……。見るつもりはなかったんだけど……声かけようと思っても、名前わからなくて……。」
「美術部の人?」
美術部員の男子は無言でうなずいた。
「あ!こっちこそ、ごめんなさい。でもこれ、勝手に描いてる訳じゃないの!しいちゃんが誘ってくれて……それに、これは、あの、別に付き合ってる訳じゃなくて……その……」
何を弁解しようとしてるんだろう……自分で言うのもなんだけど……この絵は確実に晴君に見える……。この人、晴君の事知ってるんだ……。
「別に誰かに言うつもりはないから。」
「……そう……してもらえると助かります。」
何をどう話していいのかわからず、気まずい雰囲気の中、しいちゃんが帰って来た。
「あ、片岡君来てたんだ。聞いて~!相田さん美術部入ってくれるって。演劇部と兼部だけど。私、相田さんスカウトしたの!」
この人、片岡って名前なんだ……。
「はぁ……椎名先生またですか?これ以上幽霊部員増やしてどうするんですか?」
しいちゃん、捨て犬拾う感覚で部員勧誘してるんだ……。
「あの、私2年A組相田ひらりです。突然お邪魔してすみません。」
「2年C組片岡信太郎……です。別に……個人活動だから問題ないです。」
「惜しい……。」
思わず心の声が駄々漏れしてしまった。
「惜しいよね~鶴ちゃんって呼んであげて。」
しいちゃんも同じ事思ってたんだ!
「やめてください。名前どこにも鶴入ってないですよ。」
「あはは。片岡君、しいちゃんにいじられてるんだね。」
何だか美術部も楽しい雰囲気で、居心地がいい。
「あ、しいちゃん、これ、ありがとう。下手だけど、書いたら何だかすっきりした。」
「そう。良かった。私準備室の片付けしてるから、気にしないで続けてね。」
片岡君はしいちゃんの後を追ってこう言った。
「椎名先生、手伝いますよ。」
「ありがとう。でもいいよ。片岡君は昨日の続きやって。」
そう言われて片岡は立ち止まる。
「じゃあ、代わりに私手伝います。」
「もう描かなくていいの?」
「出来上がりって訳じゃないけど、もう十分集中して描けました。」
私はスケッチブックを棚に戻し、しいちゃんと一緒に準備室へ入る。
準備室の壁には卒業生の絵が何枚か飾られていた。
「紙ゴミは集めてそこに置いてくれる?」
しいちゃんに声をかけられたけど、それ以上に、その絵に、その名前に釘付けになった。2年C組相田きらり。綺麗な……風景の絵。
「…………。」
しばらく、その絵を見ていると、
「相田さん?」
しいちゃんに呼ばれて、やっと我に帰った。
「え?あ、はい。紙類、そこに置きますね。」
「どうしたの?知ってる人の作品?相田……あ、もしかしてこれ、相田さんのお姉さんの作品?」
「多分……そうだと思います。姉は昔から明るくて美人で頭もよくて………私とは正反対なんですよね。」
その時、私は晴君に言われた言葉を思い出した。
無神経だね。無神経だし、ブスだし、最低だし、喋ると残念だし。きらりちゃんに全然似てなくてがっかりだよ。
紙を集めていた手が止まってしまう。
「私は……私……あの、ごめんなさい。やっぱりお手伝いできません。私帰ります。」
持っていた紙を置いて、準備室から出る。
「相田さん、どうしたの?」
もう、しいちゃんの声は届かなかった。
「今日はありがとうございました。さようなら。」
「相田さん!」
私は、ここにもいられなくなって、また逃げて、また逃げ場所を探しに美術室を出た。




