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着せ替え人形

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「もう嫌ぁあああ!」

この声は…………ひらり?


部活も終わり、そろそろ帰ろうと下駄箱で靴を出していたら、上半身はワイシャツで前だけ隠し、スカートは穿いてはいるが、チャックの所を持った姿で、ひらりが部室棟の方から走って来た。

「春壱ぃ~助けて~!」


「お前、その格好……。何があった?何から逃げてんだ?」

半泣き状態でひらりが訴えかけてきた。

「もう……もう……着替えたくない!!」

ひらりは頭を項垂れて、座り込む。

「え?は?とりあえず……服着ろ!」

この格好でここで大騒ぎは確実にマズイ。

「ここで?」

「あーもう!」


俺は何か貸せる着るものがないか考えた。制服はもうとっくに夏服に変わっていて、上着はない。ふと、鞄に道着がある事に気がついた。俺は急いで道着の上を出して、ひらりの肩にかける。

「これ、貸してくれるの?」

ついでに前紐も結ぶ。


「とりあえずこれで更衣室行け!早く!」

「助かった!春壱ありがとう!」

ひらりは更衣室の方へ走って行った。あいつ、部室で何やってたんだ?


ひらりが戻るまで下駄箱で待っていると、演劇部の部員に見つかった。

「あ、春壱君!」

「ちょうど良かった!ちょっと、部室に来てよ!」

「はぁ?」


俺はあっという間に部室前まで連行された。部員が部室のドアをノックすると、中から声がする。

「ちょっと待って~!はいはい。」

しばらくして、部室の扉が開いた。部長らしき人が入り口にやって来た。

「あ、春壱君!どうしたの?やっぱり入部希望?」

「いえ………違います。俺はただ連れて来られただけです。」

「なんだ~!」


部長らしき人は中の部員に呼び掛けた。

「じゃ、今日はもう片付けしよ~?」

「了解~!」

なんだよ本当に遊んでるのか?俺は何だかムカついて一言言ってやりたくなった。

「あの、たかがデートぐらいで稽古休むなんてどうかと思いますけど。」

「たかがデート……?」

部室の空気が一瞬にして変わった。それでも、俺は止まらなかった。


「そもそも、あいつのプライベートに首突っ込みすぎじゃないですか?」

そう言った瞬間、矢継ぎ早に怒号が飛んで来た。

「はぁ?ふざけんな!」

「そもそも、ひらりに入れ知恵して演出ぶち壊したのはどこのどいつだよ!」

「ひらりの役次第で他の役も変わってくる。練習した所で無駄になる。それなら遊んだ方がマシ!あ、違った。個人練習した方がマシ!」

え……今遊んだって…………

「今、遊んだ方がって言いましたよね?」


部長らしき人がみんなをなだめつつ、フォローしてきた。

「まあまあ、ひらりが貴重な経験して、役に生かせるなら、協力しないわけにはいかないって事。そうだよね?みんな?」

部員は口々にそうだそうだと言っている。

「でも、さっき着替えるのもう嫌だって言いましたけど?」

そう言った瞬間、みんな爆笑する。

「それはね~、しょうがないじゃん?遊んでるうちにひらり、みんなの着せ替え人形になっちゃったんだよね~!」


やっぱりあいつは、この人達のいいオモチャなんだな……。

「せめて好みがわかればなぁ……春壱君はどんな服が好み?」

「え?俺の好み聞いてどうするんですか?」

「どうするって、ねぇ…………」

部長は部員と顔を見合せる。もしかして、この人達勘違いしてるんじゃ…………?

「え、だってひらりのデートの相手って………」

「いや、俺じゃないですよ?」

「え!?えーーーー!!!!」

やっぱりな……。部長はショックでふらついている。

「部長~!」


「てっきり………春壱君とデートかと思ってた!!じゃあ……誰?どこのどいつだ?うちのひらりとデートするのはどこの馬の骨?!」

ふらついた部長は今度は、急にキレ始めた。

「落ち着いてください。急に態度変わりすぎですよ。」

「だって!春壱君なら人畜無害。ひらりも、初デートはちょっぴりドキドキ☆ぐらいで帰れるけど……春壱君じゃないなら……」

「先輩、俺の事何だと思ってるんですか?」

そのうち、部室はパニックになる。

「どこぞのチャラ男とデートなんかしたらどうするの!?」

「あの子ボーっとしてるから、即お持ち帰りだよ!初デートどころか、初体験までしかねないじゃない!」

あれ?一応心配?してるのか?

「ああ!くそっ!何で春壱君じゃないの~!?」

「あの、遠回しにディスってます?」


勝手に勘違いして、勝手にパニックになって……なんて人達だろう……。

「ま、それはそれで経験だよね~」

部長は開き直りも早い。


「で、相手はどこのどいつ?どこのどいつよ?え?知ってるんでしょ?吐け~!!吐きやがれ~!!」

俺に容赦なく詰め寄る部長と部員達。何で俺が知ってる前提なんだよ!

「先輩、近い近い。近いっす。」

「デートの相手、誰?」

これ以上知られて晴は大丈夫なのか……?まぁ、いつもの事か。いいや。晴の事教えて俺は逃げよう。


「お、同じクラスの…………白石です。」

「知ってる子?」

「幼なじみ……ですけど……。」

「幼なじみに奪われた?お前はバカか?」

出◯哲朗のモノマネ?


いや、そんな事より……

「ちょっと待ってください。俺があいつの事好きみたいな話の流れになってるんですけど……」

「はぁ?ひらりの事好きじゃないの!?新歓の公演見ても全然なの?」

胸ぐらを掴みながら部長は俺を睨んでくる。

「え…………あ、はい。」

「イメチェンしても?」

「はい。」


確かにイメージは変わった………。部長の勢いがおさまり、胸ぐらを掴む手が緩んでいく。

「ちっとも?全然!?」

全然……?と考えた一瞬の時間で、間が開いてしまった。


「……………………はい。」


「何だよ今の間は!?春壱君、今度の日曜暇かな?暇だよね?」

部長はまた詰め寄ってくる。

「部長さん怖い!怖い!俺、か、帰りま~す!」

に、逃げよう。言うべき事は十分言った。

「待て~!逃げるな~!」

俺は全速力で校舎に逃げ込んだ。


ようやく演劇部から逃げて、C館の非常階段前に来た。そこには肩に道着をかけたままのひらりがいた。

「やっぱりここにいた……。おい、道着返せ。」

…………まさか、まだ着替えてないとかじゃないよな?


「…………。」

振り返ると、ひらりはちゃんと制服を着ていて、少しホッとした。ひらりは無言で道着を返してきた。道着を返した後もまだボーッとして非常階段の出入口の窓から外を見ている。


「帰らないのか?」

ひらりは廊下の隅で体育座りで、ようやく口を開いた。

「…………デート行きたくない。ハル君と映画行っても全然楽しくないし………準備も全然楽しくないし……」

そりゃそうだろうな。俺は道着を畳んで鞄にしまう。


「じゃ、やめれば?役も降りればいいだろ?それとも、部長に謝って、今のままでやらせてくださいって頼めば?」

でも、これ以上こいつに近づきたくはない。これ以上巻き込まれるのはごめんだ。

「そんなのどっちでもいい。どっちでもいいから、もういい加減俺を巻き込むのはやめろよ!」


ひらりはいつの間にか、後ろを向いていた。

「…………そうだよね。春壱には……関係ないよね。ごめん、道着?ありがとう。めちゃくちゃ汗臭かった。」

「人から物を借りといて、一言余計だ。」

こいつ、何考えてるのか全然わからない。

「…………。」

「無視かよ!」


ひらりは立ち上がり、俺を避けるよう足早に帰ろうとする。道着を入れ終えた俺も、さっさと帰ろうとする。

「ついて来ないで。」

はぁ?自意識過剰だ。

「方向が同じなんだから仕方な…………」


あいつが振り返ると、あいつの目から、涙がこぼれている事に気がついた。気がついてしまった。あいつは慌てて涙をふき、震えた声で言った。

「あんなに汗かくほど練習してるんだね。もうすぐ試合だっけ?試合、応援しに行くね。」


俺は、そこから一歩も動けなかった。あいつが去って行くのを、ただ呆然と見送った。


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