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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest31:葛葉を討伐せよ その7


※


 マコト達が食事を終えると、メアリとアンは誰に言われるともなく食器を重ね始めた。

 他のチームも食事を終えたのだろう。

 あちこちからカチャカチャという音が響く。

 メアリとアンは食器を重ね終え――。


「あたし達は食器を片付けてきます」

「……きます」


 ペコリと頭を下げ、フランクの下に向かった。

 しばらくしてユウカがリブに視線を向けた。


「リブ、いい?」

「ああ、いつでもいいぜ」


 ユウカとリブは立ち上がり、少し離れた所に移動した。

 杖術の訓練をするつもりなのだろう。

 二人とも武器を持っている。

 リブがポールハンマーを構えると、ユウカはぎこちなくそれを真似る。

 杖を突き出したり、薙いだりするが、やはりぎこちない。

 ユウカもそれを理解しているらしく面白くなさそうな顔をしている。

 もう少し上手くできると思っていたのかも知れない。

 気持ちは分からなくもない。

 人間は自分のことを過大評価するものだ。

 実際にやってみて、初めて正しく評価できるのだ。

 それが分かっているので、頑張れと心の中で声援を送る。


「ユウカは魔法使いなんだからそっちに注力すればいいのにみたいな」

「姐さんには姐さんの考えがあるんスよ」


 フジカがぽつりと呟き、フェーネがしみじみとした口調で答える。

 いや、窘めているのだろうか。


「どう見ても付け焼き刃みたいな」

「それは仕方がありません。誰だって最初は素人ですから」


 ローラはフジカを窘めるように言った。

 ふと守破離という言葉を思い出した。

 武道――いや、武道に限らないか。

 物事を学ぶ時の段階を示す言葉だ。

 初期段階では基礎を守り、次の段階では自分なりの解釈を加えて技を改良する。

 最後に独立――師の下から離れて自分の流派を立ち上げる。

 確か、そんな内容だったはずだ。

 さて、とマコトは立ち上がった。


「兄貴、どうしたんスか?」

「ああ、座禅を組もうと思ってよ」

「座禅ッスか?」

「ジョブ・スキルを習得するのに必要らしくてな」


 マコトは毛布の上に座り、胡座を組んだ。

 幸い、座禅――と言うか、瞑想の仕方は知っている。

 呼吸を整え、気分を落ち着けるのだ。

 目を閉じ、静かに呼吸を繰り返す。

 周囲から聞こえる音が遠くなったような気がする。

 いい感じで集中できているような気がする。

 もしかしたら、これもジョブ・スキルの一つかも知れない。

 あとは気の存在に気付けばいい。

 何となくできるような気がした。

 意識を内面に向ける。

 意識を内面に――。

 意識を――。

 不意に別れた彼女のことを思い出した。

 彼女を意識するようになったのは就職して一年くらい経った頃だろうか。

 切っ掛けは大したものではない。

 上司にどやされてへこんでいる時にコーヒーをもらった。

 それで、いいなと思った。

 我ながら単純なものだが、そんなものだろう。

 半年くらい悶々して告白した。

 OKをもらった時には飛び上がって喜んだものだ。

 だが、幸せは長く続かなかった。

 親の借金のせいだ。

 今にして思えば考えなしだった。

 借金を背負った男と付き合っても先などないのだ。

 そんな引け目を感じていたことも影響していたのかも知れない。

 二年ほど付き合って彼女と別れた。

 人伝に彼女が結婚したと聞いた時、置いて行かれたような寂しさを感じたものだ。

 さらに二人目の――。


「――ッ!」


 マコトは目を開けた。

 鼻の奥がツンとする。

 目頭を押さえるよりも早く涙が零れ落ちた。


「うぉぉぉぉ、どうしたんスか?」

「ま、マコトさんが泣いてるし」

「人間の心の中には無明の闇が存在すると聞きます。恐らく、それを見たのでは……」


 フェーネ、フジカ、ローラがそんな言葉を口にする。

 いけねぇ、とマコトは目元を拭った。

 瞑想するつもりが、メランコリックな気分になってしまった。

 いかんいかん、と再び目を閉じる。

 意識を内面に向ける。

 意識を内面に――。

 意識を――。

 ふと兄のことを思い出した。

 幼い頃から兄と比べられていた。

 お兄ちゃんは学校から帰ってすぐに宿題をやる。

 お兄ちゃんは部活を辞めなかった。

 お兄ちゃんは――。

 それが両親がマコトを叱る時の常套句だった。

 それだけ自慢の息子だったのだろう。

 だが、マコトは両親が言うほど兄がいい子ではないと知っていた。

 兄は自分をよく見せる術に長けていた。

 どうすれば我が儘を通せるかを熟知していた。

 要領がよかったと言い換えてもいい。

 金に汚い所もあった。

 兄が逃げ出した時、マコトはやっぱりと思った。

 あの男ならば家族を見捨てても不思議ではない。

 借金を返している間、兄はいないものと扱われていた。

 その後、兄は嫁と子どもを連れて戻ってきた。

 家族と一緒ならば戻りやすい。

 そう考えたのだろう。

 兄らしい姑息さだった。

 両親はその姑息さにコロッと騙され、兄とその家族に関心を向けるようになった。

 兄とその家族も、両親も許せなかった。

 労いの言葉が欲しかった。

 謝罪の言葉が欲しかった。

 十年もの歳月を借金返済に費やしてしまった自分を慮って欲しかった。

 言葉があれば、優しさを態度で示してくれれば怒りを呑み込めた。

 そのはずなのに――。


「――ッ!」


 マコトは目を開けた。

 全身がじっとりと汗ばんでいる。


「兄貴が汗を!」

「苦悶の表情も浮かべていたみたいな!」

「自分の心と向き合うのは危険な行為なのですね」


 フェーネ、フジカ、ローラの言葉を聞きながらマコトは頭を振った。

 集中しろ、と自分に言い聞かせる。

 意識を内面に向ける。

 意識を内面に――。

 意識を――。

 あれはいつのことだっただろうか。

 確か幼稚園の頃だ。

 小さい頃は気が弱くて――。


※


 マコトは気配を感じて目を覚ました。

 まあ、目は閉じたままだが。

 体が怠い。

 ステータスは完ストしているので体質的か、精神的なものだろう。

 もしくはその両方という可能性もある。

 もう少し休みたい。

 その時、ユウカの声が聞こえた。


「マコト、起きて」

「もう少し寝かせてくれ」

「皆、起きてるわよ」

「疲れてるんだよ」

「いいから起きなさい!」

「……チッ」


 仕方がなく体を起こす。

 ユウカは肩幅に足を開き、こちらを見下ろしていた。

 スカートの中を覗かれることを気にしているのか。

 少し離れた位置に立っている。


「なんで、舌打ちするのよ?」

「もう少し寝ていたかったんだよ」


 うんざりした気分で返す。


「昨日はさっさと寝ちゃったくせに……まあ、いいわ」

「どういう風の吹き回しだ?」

「風じゃなくて空気よ、空気」


 ユウカはムッとしたように言った。

 もしかして――。


「空気を読めないって言ったことを気にしてるのか?」

「そうよ。あたしが空気を読めないだなんて言い掛かりもいい所よ」

「言い掛かりか?」

「あたし達は……一度、腹を割って話す必要があるわね」

「俺もそう思う」

「通じ合ってるわね」


 ふふん、とユウカは笑い、何故か腰の短剣に手を伸ばした。


「……ユウカ」

「何よ?」


 ユウカはぴたりと動きを止めた。

 手は短剣の柄を握り締めているが――。


「切腹したい訳じゃねーからな?」

「遠慮しなくていいのよ。水薬(ポーション)もあるし」

「腹を割って話すってのは正直に話し合うって意味だぞ」

「そんなこと分かってるわよ」


 ユウカはしれっと言った。


「分かってるけど、舌打ちしたことを後悔して切腹したくなるかも知れないでしょ?」

「ムカついたんならムカついたって言えよ」

「別にムカついたなんて言ってないでしょ」


 普段のユウカなら顔を真っ赤にして叫んでいるはずだが、今日は落ち着いている。


「ムカついてないなら、なんで切腹させようとするんだ?」

「自主性を尊重したのよ」

「切腹する自主性ってなんだよ?」

「侍は自分で腹を切ったんだからマコトだってできるわよ」

「自分から進んで腹を切った訳じゃねーよ」


 命令されて仕方がなく、だ。


「まあ、そうね」

「空気を読んでるんだか知らねぇが、遠回しな嫌味は止めてくれ」

「分かったわ」


 ユウカは目を閉じ、深呼吸を繰り返した。

 カッと目を見開き――。


「死ね!」

「直接的すぎるだろ!」

「それくらいムカついたのよ!」

「お前がムカついたことくらい分かってるんだよ!」

「分かってるなら謝りなさいよ!」


 ユウカは顔を真っ赤にして怒鳴り――。


「まあ、いいわ」

「死ねって言ったじゃねーか」

「あたしは空気が読める方だから」


 ユウカはマコトの言葉を無視した。

 随分、空気が読めることに拘る。

 ユウカはこんなに他人の評価を気にするタイプだっただろうか。


「昨日、座禅をしてぐったりしてたの知ってるし」

「知っててそれかよ」

「空気は読めるけど、正直な言動を心掛けてるわ」

「空気を読む意味がねーな」

「意味はあるわよ」

「どんな?」

「ギリギリのラインを攻められるわ」

「一人でチキンレースすんなよ」


 少年マンガにだって、そんなヤツは出てこない。

 と言うか、今までギリギリを攻めているつもりだったことに驚きだ。

 いつか壁に激突するのではないかと心配でならない。

 まあ、余計なお世話かも知れないが――。


「ぐったりしてたけど、そんなに座禅ってキツいの?」

「お前なりに気を遣ってたんだな」

「お前なりには余計よ、お前なりには」


 ユウカはムッとしたように言った。


「で、どうなの?」

「集中はできたんだが……」


 マコトは小さく溜息を吐いた。


「メランコリックな気分になっちまってよ」

「メランコリック?」

「感傷的とか、憂鬱なとかそんなニュアンスだよ」


 ユウカが不思議そうに首を傾げたので説明する。

 ひょっとして今の子はメランコリックという言葉を使わないのだろうか。


「座禅を組んで、気分が落ち込むって」

「昔のことを思い出しちまったんだよ」


 元カノの話とか、家族のこととか、思い出したくないことばかりだ。


「……マコト」

「何だよ? メランコリックな気分にならない秘訣でも教えてくれるのか?」

「そうじゃないわよ。ただ、ちょっと……」


 ユウカは気まずそうに言い淀んだ。

 珍しい反応だ。

 文句の一つや二つ言われると思ったのだが――。

 それとも、そんなにひどい落ち込み具合だったのだろうか。

 ともあれ、気遣ってもらえるのはちょっとだけ嬉しい。


「マコト、精神的に脆弱すぎない?」

「気遣えよ!」


 マコトは声を張り上げた。


「くよくよ悩むアラフォーをどうやって気遣えばいいのかなんて分からないわよ」

「くそッ、弱音を吐くんじゃなかった」


 こういう反応が嫌だから弱音や愚痴を吐かないようにしていたのに大チョンボだ。


「いいから、さっさとご飯を食べましょ」

「分かったよ」


 マコトは溜息を吐き、立ち上がった。


※


「よし! 出発するぞッ!」


 フランクが宣言して歩き出すと、討伐隊も動き出す。

 ゆっくりと坂道を下る。

 下り続けるが、第三階層に辿り着けない。

 さらに坂道を下る。

 おかしいという言葉をすんでの所で呑み込む。

 これでも、マコト達――黒炎は一目置かれているチームなのだ。

 そんなチームがそんな言葉を口にしたら――。


「ちょっとおかしくない?」

「お前はそういうヤツだよな」


 マコトは深々と溜息を吐いた。


「何よ、そういうヤツって?」

「空気を読め、空気を」

「読んだわよ。マコトが……云々って考えてるのはお見通しよ」

「見通せてねぇじゃねーか」


 マコトが、と言われた時はドキッとしたが、ユウカは超能力者じゃないのだ。


「とにかく、あたしは注意喚起をしたの。『い、嫌な予感がする』ってヤツね」

「念のために聞くが、誰の真似だ?」

「マコトの真似に決まってるでしょ。ボケたの?」

「ボケてねーよ」


 不意に首筋がチクッとした。

 首筋を手で押さえる。

 ユウカは杖を握り締める。


「敵?」

「みてぇだな」

「足音は聞こえないッス」

「あたいもだ」

「ゴーストかもな」


 フェーネとリブの言葉から敵の正体を推察する。

 と言っても乏しい経験から導き出した答えだ。

 間違っているかも知れないという気持ちの方が強い。


「フジカ、昇天(ターン・アンデッド)の準備だ」

「分かったし」


 フジカが錫杖を握り締める。


「パニックになるんじゃないわよ」

「ユウカこそ、杖を振り回して味方の脳みそをぶち撒けたりしないようにして欲しいし」

「チッ、覚えてなさい」


 フジカが珍しく言い返し、ユウカは面白くなさそうに顔を顰めた。


「……出口だ」


 討伐隊の誰かが呟き、マコトは前を見た。

 確かに出口らしきものが見える。

 フランクが片手を上げる。

 何かを感じ取ったのだろうか。

 討伐隊は歩調を落として坂を下る。

 フランクが出口に到達するかしないかの所で――。


「ホァァァァァッ!」

「ホォォォォォッ!」

「ホァ! ホァァァァッ!」


 壁から無数のゴーストが飛び出した。

 いや、ゴースト・メイジだろうか。

 いやいや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 無数の――十数体を超えるゴーストが現れた。

 重要なのはそれだけだ。


「うッ!」

「ち、力が……」

「抜ける」


 ゴーストに纏わり付かれた荷物持ちの冒険者がよろめく。


「フジカ!」

「昇天みたいな!」


 マコトの呼びかけにフジカは魔法を放った。


「ホォォォォォッ!」

「ホァァァァァッ!」


 フィンガーリングブレスレットと錫杖が眩い光を放ち、ゴーストが身悶えする。

 一撃で消滅しないということはやはり上位種だろうか。


「走れぇぇぇッ!」


 フランクが叫び、討伐隊が走り出す。

 もちろん、マコト達もだ。

 直後――。


「ホォォォォォッ!」

「ホァァァァァッ!」


 背後からゴーストの叫び声が響いた。

 肩越しに背後を見ると、二十体を超えるゴーストが迫っていた。

 敵は先程の十数体だけではなかったのだ。

 気配探知(スキル)を過信しすぎたか、とマコトは舌打ちをした。

 気配探知は機能した。

 問題は敵の数を把握できなかったことだ。

 敵の数を把握する方法も確保しなければなるまい。

 マコトが三階層に駆け込んだ後、やや遅れてシャンク達が駆け込む。

 いや、最後尾にいた冒険者がゴーストに捕まった。

 無精髭を生やした男だ。


「シャンク! シャンク、シャ――」


 叫び声はどんどん小さくなり、冒険者は急激に萎びていく。

 パクパクと口を動かして踏み出した瞬間、乾いた音と共に脚が折れた。

 変化はさらに続き、最終的に冒険者は粉塵と化した。


「くそッ!」

「やれッ!」

「はい!」


 シャンクが悪態を吐き、フランクが命じる。

 すかさず、盗賊と思しき小男が坂道に何かを投げ込んだ。

 次の瞬間、白い光が炸裂した。


「ホァァァァァッ!」

「ホァ、ホァァァァッ!」

「ホォォォォォォォッ!」

「ホィィィィィィィッ!」


 白い光の中で二十体を超えるゴーストが悲鳴を上げ、苦悶するように身を捩る。

 人間ならば体がねじ切れている。

 だが、さらに身を捩り、やがて限界を迎えた。

 体が千切れ、光に溶けるように消えたのだ。

 シャンクは死んだ仲間に歩み寄り、金属のプレート――通行証を拾い上げた。

 しばらく通行証を見つめ、ポーチに収める。

 ポーチを開く時に手間取ったのはそれだけ共に死線を潜り抜けた戦友だからだろう。


「ゴースト系は初めてではなかったな?」

「一緒に隊商を護衛した時にも遭遇してる」


 いつの間にか隣に来ていたフランクに答える。


「念のためだ」

「ああなっちまうのは初めてだけどな」


 マコトは粉塵と化した冒険者を見つめた。


「さっきのはゴーストか? それとも、ゴースト・メイジか?」

「分からん」


 フランクは小さく頭を振った。


「だが、ダンジョンを探索している時に遭遇したことがある」

「特殊な能力を持ったゴースト?」

「恐らくな」

「何処で遭遇したんだ?」

「骸王のダンジョンだ。確か十ニ、いや、十三階層だったと思う」

「マジかよ」


 マコトは顔を顰めた。

 ユウカとさまよった十階層の下にそんなアンデッドがいたとは――。

 遭遇していたら死んでいたかも知れない。

 気を引き締めねぇと、とマコトは視線を巡らせた。

 そこは通路だった。

 見た目は天井が高くなり、通路の幅が広がったくらいで二階層とさほど変わらない。


「第三階層でいいんだよな?」

「できたばかりのダンジョンだからな。何とも言えん」


 フランクは苦笑した。


「普通のダンジョンに当て嵌めたら何階層くらいだ?」

「そうだな。坂道の長さを考えたら第四階層と言った所だな」

「そうか」

「驚かないのだな?」

「ダンジョンの最下層まで落ちたこともあるし、転移したこともあるからな」


 マコトは軽く肩を竦めた。

 今までのことを考えれば階層をぶち抜いて伸びる坂道があっても不思議ではない。


「修羅場を潜ってるようだな」

「潜りたくて潜った訳じゃねーよ」

「冒険者のくせに安定思考か」

「夢はスローライフだからな」

「そいつは大きな夢だ」


 くくく、とフランクは笑った。

 だが、馬鹿にされているような感じはしない。


「よし! 治療が終わったら先に進むぞッ!」


 フランクは表情を引き締めて叫んだ。


※


 討伐隊は一列になってダンジョンの第三階層を進む。

 と言ってもやることはこれまでと変わらない。

 行ったり来たりしながら下の階層に続く坂道を探す。

 それだけだ。

 今までと異なる点があるとすれば討伐隊の雰囲気だろうか。

 第一、第二階層ではまだ余裕があった。

 フランクを始めとするベテランに任せておけば大丈夫という安心感だ。

 荷物を担いで付いて行くだけの簡単な仕事だと錯覚さえしていたかも知れない。

 しかし、ベテランの死は彼らの楽観を吹き飛ばした。

 ベテランでさえ死ぬ。

 これは命懸けの仕事なのだ。

 そう強く実感したことだろう。

 気を緩めすぎだろ、と思わないでもない。

 だが、人間なんてそんなものだろう。

 覚悟ができていると言いながら、いざその時が来たら怖じ気づく。

 それが人間だ。

 それほど死は恐ろしいのだ。


「何か雰囲気が……」


 ユウカは何かを言いかけ、口を噤んだ。

 人が死んだ後だ。

 空気を無視した発言はできないと考えたのだろう。

 なんだかんだと越えてはいけない一線を弁えているのかも知れない。

 その時、首筋がチクッと痛んだ。

 敵だ。

 反射的にフェーネを見ると、耳がピクピクと動いていた。

 リブも同様だ。


「鎧の音ッス! 前後から一体ずつ来るッスよ!」

「敵だ! 荷物持ちは壁際に寄れッ!」


 フェーネが叫び、やや遅れてフランクが指示を出す。

 荷物持ちの冒険者は一斉に壁際に避難する。

 しばらくしてガチャガチャという音が聞こえてきた。

 鎧の音だ。

 流石にスケルトン・ジェネラルが出てくるとは思わないが、いい予感はしない。

 通路の奥に光が見えた。

 銀色の光――板金鎧を身に纏ったスケルトンだ。

 スケルトン・ウォーリアとは比べものにならないくらい見事な鎧だ。

 手にした剣もそうだ。

 肩越しに背後を見るが、敵の姿は見えない。

 まだ距離があるようだが、シャンク達は武器を構えている。


「ユウカ、ステータス」

「やってるわよ。スケルトン・ナイト、物理と魔法に抵抗があるわ」

「抵抗?」

「耐性の下位スキルです。手強いですよ」


 マコトが鸚鵡返しに呟くと、ローラがすかさず説明した。

 スケルトン・ナイト特有のスキルだろうか。

 スケルトン・ナイトは立ち止まり、剣を構えた。


「来るぞッ!」


 フランクが叫んだ直後、スケルトン・ナイトが走り出した。

 陸上の短距離走者もかくやというスピードだ。

 しかも、最初っからトップスピード。


「岩弾(ストーン・ブリット)!」


 ロインがレイピアの先端を向け、魔法を放つ。

 岩弾が直撃し、スケルトン・ナイトのスピードが鈍る。

 鈍っただけだ。

 すぐに元のスピードを取り戻し、あっと言う間に距離を詰める。


「おぉぉぉぉぉッ!」


 フランクが雄叫びを上げて殴り掛かる。

 だが、拳は空を切った。

 スケルトン・ナイトがジャンプしたのだ。

 第一、第二階層であれば天井に激突して終わりだったはずだ。

 しかし、ここは第三階層だ。

 第一、第二階層に比べて天井が高い。

 スケルトン・ナイトは着地と同時に地面を蹴った。

 狙いはロインだ。

 切っ先が迫る。

 盾を構えた冒険者が庇おうと前に出るが、距離があり過ぎる。

 このままでは死ぬ。

 ロインはどうするつもりだろうか。

 攻撃を仕掛けるか、それとも防御に徹するつもりか。

 どちらも成算は低いように思える。

 スケルトン・ナイトはフランクの攻撃を躱したのだ。

 魔法使いであるロインに荷が勝ちすぎる。

 だが、何もしなければ死ぬだけだ。

 ロインはレイピアの切っ先をスケルトン・ナイトに向け――。


「岩弾!」


 こともあろうに魔法をぶっ放した。

 至近距離で岩弾が直撃し、スケルトン・ナイトが吹っ飛ぶ。

 もちろん、ロインも無事では済まなかった。

 砕けた岩が飛び散ったのだ。

 破片が体に突き刺さり、血塗れになる。

 だが、無事だ。

 二本の足でしっかりと立っている。


「ロインを庇え!」


 フランクが走りながら叫び、盾を持った冒険者達がロインを庇うように並んだ。

 カチカチと歯を打ち鳴らしながらスケルトン・ナイトが剣を一閃させる。

 どれほどの威力があったのか。

 盾を構えた冒険者達が押される。

 それでも、戦列は崩壊しない。

 スケルトン・ナイトは剣を振り上げ、壁に叩き付けられた。

 フランクが背後から殴りつけたのだ。

 派手に激突したが、スケルトン・ナイトはさほどダメージを受けていないようだ。

 何事もなかったように足を踏み出し――。


「捕縛陣(バインド)!」


 光の帯によって絡め取られた。

 ロインの魔法だ。


「壁に押し付けろッ!」

「おうッ!」


 フランクの命令に従い、盾を持った冒険者達がスケルトン・ナイトを壁に押し付ける。


「少しだけ時間を稼いでくれ!」


 フランクは盾を持った冒険者達の背後に立ち、腰だめに拳を構えた。

 淡い光が体を包む。

 できればじっくり観察したかったが、そうもいかない。

 マコトは小さく溜息を吐いて振り返る。

 すると、背後からスケルトン・ナイトが迫っていた。


「やるぞッ!」

「おうッ!」


 シャンクがハンマーを片手に駆け出すと、盾を持った冒険者達も後に続く。


「……ユウカ」

「いつでも助けられるように準備しておくわ」

「察しがよくて助かる」

「言ったでしょ、あたしは空気が読める女だって」

「そうだな」


 マコトはシャンク達を見つめた。

 シャンク達とスケルトン・ナイトの距離が一気に詰まる。

 どちらも全力疾走しているのだから当然と言えば当然か。

 あと数歩で激突するという所でシャンクがハンマーを投げた。

 ハンマーが直撃し、スケルトン・ナイトの動きが止まる。


「今だ!」

「盾撃(シールド・バッシュ)!」


 シャンクが避けると、同時に盾を持っていた冒険者達が一斉に突撃する。

 マコトは思わず目を見開いた。

 まさか、全員が騎士系のジョブとは思わなかったのだ。

 その光景は津波に似ていた。

 一切合切を押し流す自然の猛威だ。

 だが、スケルトン・ナイトはこれを易々と跳び越えた。

 盾撃が虚しく空を切り、スケルトン・ナイトはシャンクと盾を構えた冒険者達の間に着地した。

 背後から斬りつけるつもりか、スケルトン・ナイトが振り返る。

 シャンクは――ハンマーを拾っている最中だ。

 スケルトン・ナイトが体を捻り――。


「魔弾(ブリット)!」


 魔法がスケルトン・ナイトの後頭部に突き刺さった。

 衝撃で兜が歪む。

 ユウカの魔法――呪文を唱えていなかったのでマジックアイテムの効果――だ。


「ありがとうございます!!」


 シャンクは礼を言い、ハンマーを片手に背後からスケルトン・ナイトに襲い掛かった。

 ハンマーで殴りつけるが、スケルトン・ナイトはびくともしない。


「くッ! 聖雷よ!」


 シャンクが叫ぶと、ハンマーが白い光に包まれた。

 バチバチッと火花を散らす様はまさしく雷だ。


「おおおおおッ!」


 シャンクがハンマーを叩き付けるが、スケルトン・ナイトは動かない。

 一度、二度、三度――とハンマーを叩き付け、四度目でバラバラになった。

 こっちはもう大丈夫だな、とマコトはフランク達に視線を戻した。

 丁度、盾を構えた冒険者達がスケルトン・ナイトに吹っ飛ばされる所だった。

 フランクが動く。

 一足で距離を詰め、拳を突き出した。

 拳が甲冑を打つ。

 だが、それだけだ。

 スケルトン・ナイトは何事もなかったように剣を振り上げた。

 次の瞬間、背中――甲冑が破れ、白い光が噴き出したのだ。

 スケルトン・ナイトは痙攣するように震えていたが、やがて崩れ落ちた。

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