Quest31:葛葉を討伐せよ その6
※
フランクが第三階層に続く坂道を見つめている。
このまま第三階層に進むのか、ここで休憩を取るのか。
果たして、どのような決断をするのか。
沈黙が舞い降りる。
討伐隊のメンバーはフランクの決断を待っている。
どれくらい時間が過ぎただろう。
フランクが口を開いた。
「今日はここで休憩を取る!」
ほぅ、と討伐隊のメンバーが息を吐く。
「軟弱ねぇ」
「そう言うなって」
呆れたと言わんばかりのユウカを窘める。
昨日より行動時間は少ないが、敵と遭遇した回数は多い。
ボスっぽいアンデッドとも戦っている。
緊張から消耗しても不思議ではない。
緊張は酒や薬と同じだ。
過剰に摂取すれば心身を蝕む。
ベテランならば緊張を和らげる術を持っているだろう。
だが、メアリとアンのような駆け出しには難しいはずだ。
ここで休憩を取るのは間違いではない。
「もっと行けるわよ」
「そりゃ、まあ、行けるけどよ」
「何よ、その奥歯に物の挟まったような言い方は?」
「第三階層に下りても休憩できる場所があるとは限らねーだろ?」
「通路の前後に結界を張ればいいじゃない」
「それだと飯を作る時に熱と湿気が籠もるんじゃねーか?」
「それもそうね。進むのは止めた方がいいわね」
ユウカがあっさりと前言を翻し、マコトは内心胸を撫で下ろした。
通路の前後に結界を張るだけでも何とかなりそうだと思ってしまったのだ。
咄嗟に反論を思いつけたのは我ながらすごいと思う。
そんなことを考えている間に盗賊が坂道を結界で囲む。
「荷物持ちは食事の準備だ! 負傷者は治療しろ!」
「はぁ~、ようやっと下ろせる」
「……精神的に堪えました」
「攻撃を防ぐのはしんどいな」
「二階層でこれだからな」
荷物持ちの冒険者が荷を下ろし、盾を構えていた冒険者はその場に座り込んだ。
「私は治療の手伝いをしてくるし!」
「アンタの役割は治療じゃないでしょ」
「どの道、文句を言われるから心のままに動くみたいな!」
「チッ、あのなんちゃってビッチ」
ユウカは遠ざかるフジカの背を睨みながら忌ま忌ましそうに吐き捨てる。
「正しい選択なんじゃねーか?」
「何処がよ?」
「行っても行かなくても文句を言うんだろ?」
「黙って大人しくしてれば何も言わないわよ」
「本当かよ?」
「本当よ」
ユウカはムッとしたように言った。
フジカが大人しくしてても文句を言いそうなイメージがあるのだが、指摘しても怒らせるだけだろう。
雄弁は銀、沈黙は金だ。
そんなことを考えていると――。
「隅を確保ッス!」
フェーネが空間の隅に向かって走る。
よくもまあ、あれだけの大荷物を背負って走れるものだと感心してしまう。
「そんなに隅は人気なのか?」
マコトは呟き、視線を巡らせた。
フランクは調理の指示を出し、ロインは仲間と何やら話している。
シャンクは壁に寄り掛かっている。
正直、人気があるようには見えない。
競争相手がいないので、フェーネはあっさりと隅を確保する。
「隅を確保ッス! 隅を確保したッスよ!」
フェーネはこちらを向き、拳を振り上げた。
無視するのも可哀想なので拳を振り上げておく。
フェーネは満足そうに笑い、リュックを地面に下ろした。
「フェーネも、フジカも偉いな」
「どうせ、あたしは自分勝手よ」
「どうすれば、ああいう風に行動できるんだろうな」
顔を顰めるユウカを見ないようにしてしみじみと呟く。
どうすれば飲み会で率先してお酌できたり、鍋奉行になれたりするのだろう。
そんなことを考えながら毛布を並べるフェーネを眺める。
「なんで、あんなに隅っこが好きなのかしら? やっぱり、狐だから?」
「襲われる確率が低いからじゃねーか?」
「そう、かしら?」
ユウカは訝しげに眉根を寄せた。
視線の先ではフェーネが嬉しそうに毛布を敷いている。
耳は動いていない。
つまり、周囲を警戒していないということだ。
その時、ローラが口を開いた。
「フェーネさんはマコト様に役立つ所をアピールしたいんですよ。私には分かります」
「説得力に欠けるわね」
「そんな!?」
ユウカがどうでもよさそうに言うと、ローラは驚いたように目を見開いた。
「何て言うか、ローラに『私には分かる』って言われても今一つ響かないのよ」
「今一つ、響かない」
ローラは神妙な面持ちで呟いた。
「それは、何故でしょう?」
「うん、まあ、あたしは空気が読める方だから――」
「……ユウカ」
「あたしが話してるんだから邪魔しないでよ。で、何なの?」
ユウカは鬱陶しいと言わんばかりの口調で言い、こちらを見た。
「嘘を吐くな」
「………………嘘じゃないわよ!」
意味が理解できなかったのだろう。
一拍どころか、三拍ほど置いてユウカは声を荒らげた。
「読めてねぇじゃねーか」
「今のはマコトが予想外のことを言うからよ」
「予想外」
「何よ、その顔は?」
マコトが鸚鵡返しに呟くと、ユウカはムッとしたような表情を浮かべた。
「なんで、お前は自分が空気を読めると思ってるんだ?」
「高校生まで生きてれば自分がどんな人間か分かるわよ」
「そうか?」
「そうよ!」
ユウカはちょっと強めの口調で言った。
「俺が高校生の時は自分の程度なんて分からなかったけどな」
「そういう人もいるかも知れないわね。で、いつ頃、自分の分を弁えたの?」
「もう少しオブラートに包めよ」
「アラフォーのくせにナイーブね」
「碌でもねぇ人生を歩んでるから傷だらけなんだよ」
「開き直ればいいじゃない」
「それができりゃ苦労はねーよ」
ユウカみたいに生きられれば――いや、ユウカのような図太さがあればもう少し人生が違っていたような気がする。
「いやいや、ねーわ」
「マコト、あたしのことを馬鹿にしたでしょ?」
「してねーよ」
「どうだか」
ふん、とユウカは鼻を鳴らした。
「本当に馬鹿にしてねーよ。ユウカみたいな強さがあれば違う人生を歩めたのかなって思ったんだよ」
「ふ、ふ~ん」
ユウカは視線を逸らしつつ三角帽子に触れた。
言葉を飾ったが、嘘ではない。
「ま、まあ、あたしを見習って気高く生きることね」
「それは無理だ」
「なんでよ?」
「俺は大したことのないヤツなんだよ」
「相変わらず自己評価が低いわね」
「まあ、二十年もサラリーマンをやってりゃな」
自分が大したことがないというのは就職初日に分かったし、一年が経つ頃には自分が人並みか、それ以下の能力しか持っていないということも分かった。
「大したことのない俺がユウカみたいな態度を取ったら単なる嫌なヤツじゃねーか」
「言われてみれば……って、あたしの何処が嫌なヤツなのよ!」
「いや、俺は嫌なヤツなんて言ってねーよ」
「言ってたじゃない」
「俺がユウカみたいな態度を取ったら無能かつ嫌なヤツになっちまうが、ユウカの場合は有能かつ嫌なヤツで済むだろ?」
「嫌なヤツには違いないじゃない!」
「無能か、有能かで大違いだろ?」
「どっちにしろ、嫌なヤツだって言ってるのよ!」
ユウカは顔を真っ赤にして言った。
「ったく、二連続で失礼なことを言うわね。しかも、途中で上げて落とすような真似をして。手が込んでる分だけムカつくわ」
「そんなに誉めるなよ」
「誉めてないわよ!」
そう言って、ユウカは小さく溜息を吐いた。
「どうした? 疲れたのか?」
「あれだけ言い合いしたら溜息の一つも出るわよ」
ユウカは腰のポーチから水筒を取り出し、ぐびっと呷る。
「ップハー―!」
「相変わらず、おっさん臭ぇな」
「水くらい好きに飲ませて欲しいわ」
「俺が煙草を吸おうとした時、嫌な顔をしたじゃねーか」
「当たり前じゃない」
ユウカは不愉快そうに顔を顰める。
見事なダブルスタンダードだ。
ユウカの中では矛盾していないのだろう。
結局の所、好き嫌いの問題なのだ。
価値観が異なるので言葉を尽くしても理解し合えないのだ。
「で、あたしが空気を読めないって話だけど――」
「ようやく認めたな」
「認めてないわよ」
ユウカはムッとしたように顔を顰める。
「あたしはちゃんと空気を読めるわ。ただ、空気を読んだ行動をしないだけ」
「駄目じゃねーか」
「駄目じゃないわよ。『できない』と『できるのにやらない』には大きな差があるわ」
「『できるのにやらない』方が質悪ぃよ」
「前にも言ったけど、空気を読んで行動してもいいことがなかったのよ」
やはりムッとしたように言い――。
「ん?」
「どうしたんだ?」
「デジャブよ。前にこんな会話をしたことがあったような……」
「ユウカとも長い付き合いだからな」
「そうね」
「……あの?」
ユウカがしみじみとした口調で言い、ローラがおずおずと手を上げた。
「何よ?」
「あの、説得力が欠ける理由を教えて頂いていないのですが……」
「説得力?」
ユウカは不思議そうに首を傾げ――。
「ああ、そうだったわね」
「忘れるだなんて」
あんまりです、とローラはぼそぼそと呟いた。
「忘れてた訳じゃないのよ」
「本当ですか?」
「ええ、もちろんよ。ちょっと意識から外れてただけ」
「それを忘れていたと言うのでは?」
「閾値未満だったのよ」
「閾値?」
ローラは不思議そうに首を傾げた。
閾値とは、反応を起こすのに必要な最小限の刺激を意味する。
要するに忘れていたのだ。
もっとも、それを指摘しても意識できなかっただけで忘れていないと言うだろうが。
「それで、どうして説得力に欠けるのでしょう?」
「ローラって、その歳になっても異性と付き合ったことがないんでしょ? そんな人間が同じ人を好きになった者同士だから気持ちが分かる的な……」
「的な?」
「この偽善者ッ!」
「え!?」
いきなり偽善者呼ばわりされてローラは目を見開いた。
「同じ人を好きになった者同士だから分かるなんて綺麗事を宣ってるんじゃないわよ!」
「私が言った訳では……」
「ったく、少女漫画だってそんな展開ないわよ」
ユウカは忌ま忌ましそうに吐き捨てる。
「人生はイス取りゲームなのよ。そんな綺麗事は通じないわ」
「あ、はい、申し訳ございません」
自分に非がないにもかかわらず、ローラはぺこりと頭を下げた。
謝ってその場を凌ごうと考えたのだろう。
下手に反論するよりも謝った方が損害を抑えられる。
悲しい処世術だ。
「まあ、そういう訳でローラの言葉には説得力がないの。分かった?」
「お言葉ですが……」
「――ッ!」
ふ、とローラが笑い、ユウカは後退った。
別にローラが何かをした訳ではないのだが、本能的に何かを感じたのかも知れない。
「な、何よ、その勝ち誇った笑みは?」
「私は今までのローラではありません」
ユウカが口籠もりながら言うと、ローラはそこはかとなく自信に満ちた声で言った。
ローラⅡですとか言い出しそうな雰囲気だ。
それにしてもユウカは何に怯えているのだろうか。
「私はマコト様と……ポッ」
ローラはマコトに視線を向け、両頬に手を当てた。
「き、貴族が婚前交渉なんていいの?」
「そこは、大丈夫です!」
ユウカがおずおずと言うと、ローラは胸を張った。
あの時はかなり弱気かつ従順だったが、今は強気だ。
ん? とユウカは訝しげに眉根を寄せる。
そこへ――。
「仕方がねーな。何があったのかあたいが教えてやるよ」
「ちょ、待って下さい!」
ローラが止める間もなく、リブがユウカに歩み寄って耳打ちする。
ユウカはハッとしたようにローラを見て、こちらを見た。
パクパクと陸に打ち上げられた魚のように口を開けたり、閉じたりする。
やがて口を閉ざし、俯いた。
そして――。
「変態変態変態変態変態変変態ッ!」
ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。
「失礼な。マコト様の何処が変態だと言うのですか?」
「そ、それは……」
ユウカはローラを見つめ、口籠もった。
「さあ、何処が変態だと?」
「そ、そんなこと言える訳ないじゃないッ!」
ユウカは顔を真っ赤にして言って俯いた。
ふふ、とローラは勝ち誇ったように笑った。
何と言うか、珍しい構図だ。
「ユウカさんも支配を受け入れれば――」
「エロトーク禁止!!」
ローラは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
ユウカが叫んだからではない。
叫びながら杖を振り回し始めたからだ。
ヒュン、ヒュンッと風切り音が響く。
「や、止めて下さい!」
「うっさい!」
ユウカは杖を振り回しながらローラを追いかける。
無造作に振っているように見えるが、逃げる方は必死だ。
一撃喰らっただけで致命傷になりかねない。
「マコト様! 助けて下さいッ!」
「都合のいい時だけマコトに頼るんじゃないわよ!」
ユウカはぶんぶん杖を振り回しながらローラを追いかける。
俺が止めるしかねーか、とマコトは頭を掻きながらユウカの背後に回り込んだ。
「もう止めろ」
「ひッ!」
マコトが杖を掴むと、ユウカは小さく悲鳴を上げた。
遅れて杖に力を込めるが、振り解くには力が足りない。
レベルとジョブの差――要するに力の差がありすぎるのだ。
ユウカが腰のナイフに手を伸ばし、マコトは杖を放した。
すると、ユウカは振り向き様に杖を一閃させた。
狙いは頭。
マコトは溜息を吐きつつ、前腕で受け止める。
金属がぶつかり合うような甲高い音が響く。
「なんで、防ぐのよ?」
「手を放したんだから攻撃してくるなよ」
「うっさい!」
ユウカは怒鳴り、ふー、ふーと荒々しい呼吸を繰り返した。
しばらくして声を掛ける。
「落ち着いたか?」
「そう見える?」
「見えねーな。つか、そんなにブチ切れるなよ」
「あたしはエロトークが嫌いなの」
「まあ、分かるよ」
「この多感な時期に……なんで、お尻とか」
うぐぐ、とユウカは呻き、両手で顔を覆った。
恥ずかしいのだろう。
耳まで真っ赤だ。
しかも、力なく首を左右に振っている。
ツンツンしているが、純情というのはポイントが高い。
もしかして、ユウカは可愛いヤツなのではないだろうか。
「だから、もう――なんで、笑ってるのよ!」
「いや、お前って可愛いヤツなんだなって」
「――ッ!」
ユウカは顔を真っ赤にして後退った。
「だ、駄目だから!」
「分かってるよ。見てるだけで十分だ」
「ま、ま、ままさか、し、し視か――」
「お前がエロトークに持っていくなよ」
「わ、わ、わ分かってるわよ!」
マコトが言葉を遮ると、ユウカは上擦った声で言った。
う~、とユウカは唸りながら顔を背けた。
その時――。
「ただいま~みたいな」
しょぼくれた様子でフジカが戻ってきた。
「もう終わったのか?」
「水薬もあるからってやんわり断られたみたいな」
「残ね――」
「――ッ!」
マコトが言い切るよりも早くフジカはユウカに視線を向けた。
「何よ?」
「ユウカのことだから『だから、言ったじゃない。それをいい子ぶって手伝うなんて言うから恥を掻くのよ。お気の毒様』って言い出すと思ったみたいな」
「言わないわよ」
「ユウカなら絶対に言うし。さてはマコトさんと何かあったみたいな?」
「な、な、な何で、そうなるのよ?」
「いや、それしかないし」
チッ、とユウカは舌打ちしてフェーネの下に向かった。
※
マコトは壁に寄り掛かり、討伐隊のメンバーの様子を眺める。
壁役の冒険者は治療を終えて休憩中、荷物持ちの冒険者は食事の準備をしている。
美味しそうな匂いが漂っているので、そろそろ食事時かも知れない。
仲間達――ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカは皆で何かを話している。
こうして見ると、ユウカも馴染んでいるように見える。
そんなことを考えていると、フランクが近づいてきた。
「どうした? 仲間の所には行かないのか?」
「妙な空気になったんで冷却中なんだ」
「女ばかりのチームだからな」
フランクは腕を組み、何度も頷いた。
「そういう経験は?」
「女ばかりのチームに所属したことはないな」
「そうか」
期待していなかったが、話の取っ掛かりがないのも大変だ。
「フランクのチームに女はいないのか?」
「一応、いるが……」
「いるのか?」
マコトは視線を巡らせたが、バイソンホーン族の女はいないようだ。
「今回は連れてきていない」
「なんでだ?」
「レベルが低い上、荷物持ちにも向いていない」
「ってことは戦闘に向いてるジョブじゃねーのか」
「そういうことだ。それに見知った女がいると、男達が張り切る」
「何となく分かるよ」
元の世界にいた頃、インターネットで戦闘部隊に女がいると、男がいい所を見せようとして死傷する確率が上がると書いてあった。
マコトもシェリーには格好いい所を見せたいという気持ちはある。
リブとローラは微妙だ。
多分、リブとローラを仲間と認識しているせいだろう。
「ここでは命取りだ」
「そうだな」
マコトが頷くと、フランクは笑った。
変なことを言っただろうか。
「デリカシーが足りなかったか?」
「いや、気を遣われることがおかしかっただけだ。これでも俺はそれなりの傭兵兼冒険者だからな。気を遣われるのは久しぶりだ」
「普通は怒るんじゃねーの?」
マコトは視線を逸らして頭を掻いた。
正直に言えば気まずい。
出会いはよくなかった。
実力差を見抜けないなんて、それでも歴戦の傭兵かと思ったこともある。
だが、彼は尊敬できる男だ。
自分の立場を理解し、相応しい態度を取ろうとしている。
そういう男に嫌われたくない。
「はは、それくらいで怒っていたら俺はとうの昔に死んでいる」
「そういうものか?」
「そういうものだ。考えてもみろ。俺は最初から強かった訳じゃない」
「まあ、そうだな」
マコトだって、この世界に来た時――ダンジョンで目覚めた時はレベル1だった。
ユウカの力を借りながらレベルを上げ、強くなったのだ。
「馬鹿にされたことも、気を遣われたこともある」
「念のために言っておくが、馬鹿にしてねーからな」
「それも分かる」
フランクは静かに頷き、マコトは内心胸を撫で下ろした。
「そういや何か用なのか?」
「それはこちらの台詞だ」
「別に俺は用なんて――」
「戦闘中にこちらを見ていたから用があると思っていたんだが……」
「バレてたか」
「あれだけ見られていればな」
フランクは苦笑した。
視線には気付くのに初めて会った時、どうして実力差に気付かなかったのだろう。
リブの件で気が立っていたのか、それとも別の狙いがあったのか。
「用事があるのなら聞こう。役に立てるかは分からんが……」
「ああ、それなら大丈夫だ」
「そうか」
フランクはホッと息を吐いた。
「さっきの戦闘で不動の構えっての使ってただろ?」
ああ、とフランクは短く応じた。
「格闘家のジョブ・スキルを習得したいと思ったんだよ」
「……ジョブ・スキルか」
フランクは難しそうに眉根を寄せた。
「一朝一夕に身に付くものではないぞ」
「だよな~」
ちょっと虫がよすぎたか、とマコトは頭を掻いた。
「参考までにどれくらい掛かるんだ?」
「才能のある者で数ヶ月、才能のない者は何年経っても身に付けられん」
「無理な気がしてきた」
ほぅ、とフランクが声を漏らす。
その目には驚きとも、困惑ともつかない光が宿っている。
「何だよ?」
「それだけ強いのに才能がないと思っていることに驚いたんだ」
「才能なんてねーよ」
元の世界で強ければ才能があると自惚れられたかも知れない。
だが、マコトの強さは敵を倒せばレベルアップするというシステムに則ったものだ。
それを才能とは言わない。
「そうだな。一朝一夕でジョブ・スキルを習得させることはできないが、切っ掛けくらいは与えてやれると思う」
「切っ掛け?」
「まあ、見ていろ」
フランクはマコトの前に立ち、肩幅くらいに足を開いた。
目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
すると、フランクの体が淡い光に包まれた。
「見えたか?」
「ああ、光が見える」
「そうか」
不意に光が消え、フランクは小さく息を吐いた。
「今のは何だ?」
「気だ」
「気?」
マコトは思わず問い返した。
「そんなに胡散臭そうな顔をするな。気という表現が嫌ならば生命が生み出すエネルギーだとでも思っておけ」
「魔力とは違うのか?」
「恐らくな」
フランクは苦笑した。
もう少し詳しい説明をして欲しいが、察するにフランクは魔力値がゼロなのだろう。
だから、気と魔力は別物と言えるのだ。
「とにかく、気は格闘家のジョブ・スキルの根幹だ」
「どうすれば身に付けられるんだ?」
「気はすでにあるものだ。あとは気の存在に気付くだけでいい」
「禅問答みたいだな」
「座禅を組むといいらしいぞ」
「らしいって、他人事みたいに言うんだな」
「俺は実戦を通して気の存在に気付いたからな」
ふ、とフランクは笑う。
「とにかく、気の存在に気付くことだ」
「取り敢えず、やってみるよ」
「ああ、頑張れ」
マコトは仲間達の下に向かい、足を止めた。
振り返ると、フランクは男臭い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「どうした?」
「なあ、なんで教えてくれたんだ?」
「お前が自分に才能がないと言ったからだ」
「もし、才能があるって言ったら?」
「教える訳がないだろう」
フランクはニヤリと笑った。
※
マコトは仲間達――ユウカ、フェーネ、フジカの下に行き、視線を巡らせた。
リブとローラの姿はない。
「……俺の寝床は?」
「兄貴は一番端ッスよ」
「ありがとうな」
「へへ、水臭いッスよ」
マコトはフェーネに礼を言い、一番端にある毛布に座った。
隣にいるのはユウカだ。
女性陣の毛布に比べて距離がある。
気持ちは分かるのだが、ちょっとだけ切ない。
「男同士で何を話してたの?」
「ああ、ちょっとな」
「具体的に!」
「格闘家のジョブ・スキルについて話してたんだよ」
「そうなの。必殺技とか身に付けられそう?」
「まずは気の存在に気付けって言われた」
「気?」
ユウカは胡散臭そうなものでも見るような表情を浮かべた。
イラッとしたが、自分も似たようなことをしているので文句を言えない。
「とにかく、気が使えないと話にならないっぽい」
「何だか、面倒臭そうね」
「ユウカはどうだったんだ?」
「あたしは魔法使いよ?」
「参考になるかも知れねーだろ?」
「まあ、いいけど」
ユウカは渋々という感じで言った。
「魔法使いは……」
「魔法使いは?」
「呪文を唱えると、魔法が使えるわ。以上!」
「待て!」
マコトは思わず声を上げた。
「何よ?」
「座禅を組んだり、瞑想したりしなかったのか?」
「しないわよ。呪文を唱えると、魔法が使えるんだし」
「魔法を覚えるのに練習とかするんだろ?」
「そうねぇ」
ユウカは腕を組み、軽く首を傾げた。
「何て言えばいいのか、最初に魔法を使った時に魔力の流れとか理解できた感じなの」
「ふ~ん、それで」
「新しい魔法を使う時はとにかく流れを意識する感じね」
「よく分からねぇが……よく分からねぇってことが分かった」
多分、ある程度はジョブにパッケージされたスキルが補助してくれるのだろう。
「それだけ?」
「他に何を言えばいいんだよ?」
「何か気付いたことがあれば聞いてあげようと思ったのよ」
なんで、上から目線なんだと思わないでもない。
だが、教えることで何かに気付くかも知れない。
「魔法使いはジョブにパッケージされたスキルが補助してくれるんだって思ったんだよ」
「パッケージ?」
「ほら、前に話しただろ? ジョブ・スキルについて。スキルとして表示されねぇけど、補正が掛かってるんじゃないかって」
「そう言えばそんなことも話したわね」
ん? とユウカは首を傾げた。
「何か気付いたのか?」
「補助って言葉が引っ掛かるのよね」
「それで、今日はどうする?」
「今日はパスよ」
「そうか。まあ、俺も座禅を組もうと思ってたからな」
「素人が座禅を組んでも意味なさそうだけど……」
「何もしないよりいいだろ。ユウカは何かあるのか?」
「あたしは気付いたことがあるわ」
ユウカが唐突に語り始めたので、マコトは黙って聞くことにした。
「独学で杖での戦い方を習得するのは無理ね」
「……まあ、そうだな」
かなり戦えていたと思うのだが、実戦を通じて学ぶより効率的か。
「俺が教えてやれりゃよかったんだが……」
「杖での戦い方なんて知ってる方が珍しいでしょ」
「少林寺拳法には杖術もあるんだよ」
「拳法なのに?」
「一応、少林寺だからな」
「ああ、錫杖ね」
ユウカは合点がいったとばかりに頷いた。
「お坊さんが錫杖を振り回すって、絵面的にキツいわね」
「一昔前の香港映画じゃ割とあったぞ」
「……」
ユウカは無言だった。
よほど映画の話をしたくないのかそっぽを向いていた。
「お待たせしました!」
「……今日も御一緒してよろしいでしょうか?」
「大歓迎よ!」
ユウカは笑顔でメアリとアンを迎えた。





