Quest31:葛葉を討伐せよ その5
※
「囲め! 囲めッ!」
「おう! おうッ!」
フランクの指示に従い、盾を構えた冒険者達がマンティスを囲む。
本日二度目のマンティスだ。
「おう! おうッ!」
盾を構えた冒険者が少しずつ包囲を狭める。
威嚇のつもりか、マンティスがカチカチと歯を打ち合わせる。
だが、それで怯む者はいない。
いずれもベテランの冒険者だ。
マンティスは滅茶苦茶に鎌を繰り出すが、包囲を破ることができない。
ただし、冒険者達も無傷では済まなかった。
鎌を引き戻す時に先端が背中や肩に引っ掛かり、手傷を負っている。
とは言え、首を刈られることに比べればかすり傷のようなものだ。
「壁に押し付けろ!」
「おう! おうッ!」
フランクの指示で盾を構えた冒険者はマンティスを分断して壁に押し付ける。
おう! おうッ! という掛け声が無性に気になる。
最初のマンティスと戦った時は無言だったのだが――。
スキルなのだろうか。
考えてみればローラは敵の注意を引く声を発することができる。
声を上げることで連携が上手くいったり、防御力を高めたりできるのかも知れない。
単に自分や仲間を鼓舞するためだったとしても無駄ではないだろう。
マコト達がやる声かけみたいなものだ。
壁に押し付けられたマンティスが鎌を振り回すが、虚しく空を斬るばかりだ。
そこへ――。
「魔弾!」
「ほぁぁぁぁッ!」
ロインや長柄の武器を持った冒険者が攻撃を仕掛ける。
壁に押し付けられていなければ――いや、それはないか。
アンデッドは基本的に攻撃を避けない。
生者を殺そうとする意思しかないのだ。
ただし、あくまで基本的にだ。
さらに言えばこれは実戦だ。
相手はこちらの想定を上回ると考えるべきだ。
そういう意味で相手の選択肢を奪えたのは大きい。
「魔弾!」
「ほぁぁぁぁッ!」
魔法と武器が再びマンティスの頭蓋骨を捉える。
乾いた音と共に頭蓋骨が割れ、結合する力を失った骨がバラバラと地面に落ちた。
盾を構えていた冒険者達がつんのめる。
「全員、傷の浅い者は周囲を警戒しろ。傷の深い者は治療だ」
フランクが言うと、盾を持つ冒険者の半数以上が通路を遮るように布陣した。
残りは水薬を使って治療する。
「私が――」
「止めておきなさいよ」
駆け寄ろうとしたフジカをユウカが止める。
「助け合いは大事みたいな」
「助けが欲しけりゃ言うでしょ。つか、体力を温存するのも仕事の内よ」
「……分かったし」
「ああ、分かっちゃうのね」
「体力を温存するのも仕事の内って言ったばかりみたいな」
「アンタがどれだけ人を助けたいと思ったのか試したのよ。あたしの一言で助けるのを止めるだなんて、アンタって女は……」
やれやれ、とユウカは首を振った。
「治療するって言ったら?」
「自分の仕事を何だと思ってるの、って言うわ」
「どっちも駄目だし」
「それはアンタに強い意思がないからよ」
ふふん、とユウカは鼻で笑った。
マコトは不毛な会話をする二人からフランクに視線を戻す。
すると、リブが声を掛けてきた。
「どうかしたのか?」
「ん、いや、ああいう風に倒すんだなと思って」
「んな訳ねーじゃん」
リブは否定するように手を振った。
「なんだ、違うのか」
「あれはかなり贅沢な、なりふり構わねぇ戦い方だよ」
「そうなのか?」
かなり余裕のある戦い方だと思うのだが――。
「ダンジョンの探索ってのはさ。金つか、魔石を集めるだけじゃなくてレベルを上げるってのも目的の一つなんだよ」
「まあ、そうだな」
分が悪いからとアンデッドは撤退しない。
レベル差があっても襲い掛かってくる。
「あんま人数がいると、レベルが上がらねーからさ。普通は人数を調整するんだよ」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
まあ、言われてみればという気はする。
「俺達の場合は?」
「あたいらは適性だろ。マコトとユウカは基本的に手を出さねーし。うん、まあ、そういう意味ではあたいらも贅沢だな」
うんうん、とリブは頷き、ローラに視線を向けた。
「騎士団はどうなんだ?」
「どう、でしょう?」
マコトが問いかけると、ローラは難しそうに眉根を寄せた。
「騎士の修業にダンジョン探索は入ってねーのか?」
「いえ、ダンジョンを探索することもありますが、王都の周辺にはそれほどダンジョンが多くないので……」
ふ~ん、とマコトは相槌を打った。
どうすれば騎士になれるのか分からないが、ローラの口ぶりから察するに王都に騎士を育成する学校のようなものがある感じだ。
自分の領地で育てればいいのにと思うが、それなりに理由があるのだろう。
たとえば騎士同士が顔見知りになることで争いを回避するとか、王国の騎士であると認識させるとか。
「エルウェイ伯爵領でダンジョンを探索しなかったのか?」
「なかなか修業する機会が……」
ローラは呻くように言った。
「それに、メンバーが……」
「ローラ、友達がいねーのか?」
「違います」
マコトの言葉にローラはムッとしたような表情を浮かべた。
「騎士だけでダンジョンを探索するのは難しいんです」
「冒険者を雇ったり、非番の日にチームに入れてもらったり……できそうにねーな」
「分かって頂けて嬉しいです」
「あんま現実的じゃねーよな」
治安維持に携わる騎士が冒険者――根無し草のような人間に関わるのは問題があるし、アルバイト感覚でダンジョンを探索すれば冒険者の反感を買うだけだ。
「クリスはその辺りをどう思ってるんだ?」
「何とかしようとは思っているようですが、一朝一夕に人は育たないので……」
「割とブラックな環境なんだな」
マコトはしみじみと呟いた。
クリスは部下のレベルを上げようとしているが、人がいなすぎてダンジョンを探索してレベルを上げるというシフトを作り出せないのだろう。
「はい、出会いの少ない職場です」
「それはブラックの条件じゃねーから」
「出会いの少ない職場はブラックではないのですか?」
ローラは神妙な面持ちで問いかけてきた。
「ブラックな職場ってのは拘束時間が長かったり、上司が理不尽な命令をしてきたり、ノルマが厳しかったり……まあ、そんな感じだな」
「思い当たる節が多々あるのですが、マコト様の仰るブラックではないのでしょうね」
「多分な」
そもそも、マコトとローラでは常識も、業種も違う。
「マコト様はどのような仕事をされていたのですか?」
「どんな仕事か」
マコトは内心首を傾げた。
派遣会社の内勤営業と言っても分からないに違いない。
「説明するのは難しいんだが、イメージは教会の受付に近いな」
「受付ですか」
「十二時間ひっきりなしに来る冒険者の対応をしながら担当者と折衝して依頼書を書き起こし、自分の担当している仕事に人を回すように根回ししたり、直接声を掛けたり――」
マコト様、とローラが手を上げた。
「受付の仕事をしながら、どうやって依頼書を書き起こすのですか?」
「合間を縫ってやるんだよ」
「合間を縫って」
ローラは神妙な面持ちで呟いた。
だが、本当に合間を縫ってやるとしか言いようがないのだ。
「で、対応が終わったら事務処理をして資料を作って、明日に回せそうな仕事は明日に回して、回せねぇ仕事は……本当はいけねぇんだが、家に持って帰ってやる」
「それでは家のことをする時間が取れないと思うのですが……」
「洗濯は週一、食事は外食だ」
トランクスとランニング、ワイシャツが七枚ずつあれば洗濯は週一で済む。
エンゲル係数と健康にはよくないが、コンビニ飯が一番楽だ。
「ああ、忘れちゃいけないのが上司の罵倒だな」
「そこまでして罵倒されるのですか」
「うん、まあ、100%仕事をこなして当たり前って感じだからな。ちなみに休日でもあれはどうした、これはどうしたって連絡が来るぞ」
「あの、その、出会いは?」
「なくはねーけど、若い内だけだよな。歳を取ると体力だけじゃなくて気力も追いつかなくてな」
と言っても、同年代、もしくは上の年代で結婚に漕ぎ着けている者もいたのでマコトが枯れていただけだろう。
「よく保ちましたね」
「いや、保ってねーよ」
保たなかったから尿酸値が基準値を超えるほどアルコールを飲んでいたのだ。
どうして、あんなにストロングでゼロな酎ハイを飲めたのか。
今となっては不思議でならない。
「異世界は厳しいのですね」
「こっちもこっちで厳しい所はあると思うが……」
人権が仕事していないし、命の危険が身近にある。
まあ、そこを差し引いても――。
「俺はこっちの世界が好きだな」
「そうですか」
ローラはホッと息を吐いた。
もしかして、マコトが元の世界に帰りたがっていると思っていたのだろうか。
「よし! 出発するぞッ!」
フランクの声が響き渡る。
どうやら、治療が終わったようだ。
討伐隊はゆっくりと動き出した。
※
討伐隊は行ったり来たりを繰り返しながらダンジョンを進む。
あれからマンティスと遭遇していない。
他のアンデッドともだ。
「……暇ね」
「結構なことじゃねーか」
溜息交じりに呟いたユウカに突っ込んでおく。
正直に言えばユウカと同じ気持ちだ。
ダンジョンの中は蒸し暑く、ずっと似たような光景が続く。
蒸し暑さと単調な風景のせいか、頭がボーッとする。
対処できないほどの敵に囲まれるのは嫌だが、偶には出てきて欲しい。
「そんなこと言って、マコトも退屈なんでしょ?」
「そんなことはねーよ」
「ふ~ん、本当に?」
ユウカはニヤニヤと笑った。
欠片ほども信じていない目だ。
信じていないのならわざわざ聞かなくてもいいのにと思わないでもない。
「本当だよ」
「なら、そういうことにしておいてあげる」
ユウカは『あげる』の部分を強調して言った。
マコトは視線を巡らせた。
フェーネは地図を描いているが、リブ、ローラ、フジカの三人は暇そうだ。
リブなんて欠伸を噛み殺している。
この環境に慣れたら自分達で探索する時に思わぬ失敗をしそうだ。
次にダンジョンを探索する時は気を引き締めなければなるまい。
「フェーネ、地図はどうなんだ?」
「順調に埋まってるッスよ」
「そうなのか」
「そうなんス」
フェーネが順調と言うのだから順調なのだろう。
「順調? 行ったり来たりを繰り返してるけど?」
「これが普通ッスよ、普通」
ユウカの言葉にフェーネは地図を描きながら答える。
「あたし達がダンジョンを探索する時はそんなに戻ったりしないじゃない」
「おいら達の目的はレベル上げッスから」
「そうだけど……」
「それに、姐さんの魔法があるッスからね」
「ま、まあ、それほどでもあるわ」
ユウカは満更でもなさそうに言った。
「ユウカは傲慢の罪を犯してるし」
「アンタは偽善の罪を犯してるわよ」
チッ、とユウカは舌打ちした。
「あと自分を偽った罪で死刑ね」
「や、ユウカが文句を言うから続けてるだけだし」
「本当にアンタは人のせいにするのが好きね。人に何を言われようと、自分の生き様を貫くのが人間でしょ」
「……」
「なんで、黙るのよ?」
フジカが黙り込むと、ユウカは訝しげに眉根を寄せた。
「ユウカが言うと重みがあるし」
「当然でしょ」
ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。
まあ、色欲に半殺しにされても折れなかった女だ。
言葉に重みがありすぎる。
「私はユウカほど強く生きられないからこのままでいいし」
「軟弱な生き様ね」
「ユウカ、適者生存って言葉をご存じみたいな?」
「キリスト教徒のアンタがダーウィン先生を引っ張り出すんじゃないわよ」
「それは偏見だし」
「は~、都合のいい時だけ学説を利用して、これだから宗教女は嫌なのよ。この世界に法則があるのは神様が作ったからだとか言い出して、何を言ってもそういう法則があるのはそういう風に作られたからだって……舐めてるの?」
「他人のことで責められても困るし」
「坊主が憎けりゃ袈裟まで憎いのよ。つまり、憎しみが二倍ってことね」
「私も憎まれてるみたいな?」
「愚問ね」
ふん、とユウカは鼻で笑った。
「マコトもそう思うわよね?」
「何についてだよ?」
「宗教女が嫌いって所に決まってるでしょ」
マコトが問い返すと、ユウカは当然のように言い放った。
「宗教な~」
「ま、マコトさん」
フジカが肩越しにこちらを見る。
「なに、縋るような目で見てるのよ」
「『ような』じゃなくて、縋ってるし」
「目で訴える前に助けてって言いなさいよ」
「助けて欲しいみたいな」
「男に縋るって訳ね。これだからビッチは。そんな真似をしておきながら清純派気取って……いやらしい女ね」
「まあ、落ち着け――」
「フジカ、よかったわね。助けてもらえそうよ。あとで『あの時、助けてやったんだ。分かってるよな?』って言い出すかも知れないけど」
マコトの言葉を遮り、ユウカはそんなことを言った。
「お前は誰の味方なんだ?」
「あたしはあたしの味方よ」
やはり、当然のように言い放った。
「八方美人もどうかと思うけど、八方ぶ――」
「脳みそをぶち撒ける準備はOK?」
ユウカはそっと杖を突き出した。
「死ぬ準備は流石にできてないし」
「死なないわよ、多分。脳みそがちょびっと減るだけよ」
「それは致命傷だし」
「脳幹が傷付かなきゃ大丈夫でしょ。それに水薬もあるわ」
「水薬で治るのか?」
マコトはポーチを押さえた。
「さあ、試してみる価値はあるでしょ?」
「人体実験は反対だし」
「医学の歴史は実験の繰り返しよ。バリー・ジェームス・マーシャルを知らないの?」
「アメリカ大統領?」
「ピロリ菌を飲んだ人よ!」
フジカが可愛らしく首を傾げて言うと、ユウカは声を荒らげた。
「なんで、ピロリ菌みたいな?」
「自分の学説を確かめるためよ。それまで胃の中に細菌は棲息できないってのが定説だったんだけど、マーシャル博士はピロリ菌を飲んで胃潰瘍になることで定説を覆したのよ」
「立派だとは思うけど、ちょっと遠慮したいし」
「なんでよ? 医学の歴史に名を刻みたいと思わないの?」
「胃潰瘍と脳みそじゃリスクが違い過ぎるし」
「チッ、根性なしが」
「根性なしで結構だし」
ユウカが吐き捨てると、フジカは溜息交じりに言った。
「で、なんでアメリカ大統領だと思ったのよ?」
「昔見た映画で――」
「その話題は駄目よ」
ユウカがフジカの言葉を遮った。
マコトに視線を向け、ホッと息を吐く。
「何だよ?」
「何でもないわよ」
「嘘を吐くな」
「また、くだらない映画の話が始まると思ったのよ」
「くだらなくねーよ」
「ゾンビとか、鮫の話はうんざりなのよ」
ユウカは吐き捨てるように言った。
「うんざりするほど話してねーよ」
「リアルでゾンビと戦ってるのにゾンビ映画とか……」
「俺はゾンビと鮫の映画以外も見てるって」
ゾンビと鮫が戦うサ●ゲリアという映画があったが、これは黙っておく。
「たとえば?」
「スプラッター映画だ。ジェ●ソンXは笑ったぜ」
「……」
ユウカは無言だった。
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「なんで、そんな顔をするんだよ? ジェ●ソンが宇宙に行くんだぜ? すごくね?」
「すごくどうでもいい話を聞いたわ」
「いや、本当に面白いんだって。ナノマシンが――」
「興味ないから」
「最後はサイボー●009ばりに――」
「興味ないから」
ユウカは顔を背けた。
マコトはジェ●ソンXの素晴らしさを説くのを諦めた。
自分が好きだと思っているものに興味を持ってもらえないのは辛い。
だが、馬鹿にされるよりマシだ。
「ユウカ、マコトさんの話に付き合ってあげた方が――」
「あたしは嫌よ。アンタが付き合いなさいよ」
「好きな映画のジャンルが違うって言ったのはユウカだし」
「また、あたしのせいにして。もう好きにしなさいよ。勝手にゾンビと鮫、ゴア描写について語り合えばいいわ」
「ゴア描写?」
「――ッ!」
フジカが不思議そうに呟くと、ユウカはハッとこちらを見た。
ちなみにゴア描写とは、映画やゲームの残虐シーンを示す言葉だ。
「ち、違うから! 雑誌で読んだだけだから!」
ユウカは帽子を目深に被り、通路の端に寄った。
マコトはすかさず距離を詰め――。
「おいおい、謙遜するなって。好きなんだろ、ホラー映画が?」
「違うわよ! なんで、そんなに嬉しそうな顔をするのよッ?」
「付き合うぜ、一晩でも二晩でも」
「あたしはそんな異常者じゃないわッ!」
「ホラー映画にはお前の大好きなリア充が出てくるぞ。アメフト部とか、チアリーダーが無惨に飛び散るんだよ」
「くッ、ぐいぐい来るわね」
「お~、ユウカが押され気味だし」
「ホラー映画には法則ってヤツが――」
「興味がないって言ってるでしょ!」
「おわッ!」
ユウカがぶんぶんと杖を振り回し、マコトは慌てて跳び退いた。
「いきなり何をするんだよ?」
「マコトがホラー映画の話を聞かせようとするのが悪いのよ!」
「面白いのにな~」
「チッ、何処が面白いのよ」
ユウカは舌打ちをした。
しばらく無言で通路を進む。
不意にローラが口を開いた。
「……宗教女の件はどうなったのですか?」
「宗教女?」
「宗教女が好きか嫌いかという話です」
「そんな話が気になるの?」
ユウカが訝しげに眉根を寄せた。
「ローラには関係ないじゃない」
「信心深い方ではありませんが、信仰心はあるので……」
「暗黒面に落ちたくせに未練がましいわね」
「うぐぐ、まだチャンスはあると思ってます」
ローラは呻くように言った。
「信じるのは自由ね」
「それで、どうなのでしょうか?」
「う~ん、難しい質問だな」
「宗教女は嫌いって言えばいいんだから簡単じゃない」
「お前は単純でいいな」
「何事もシンプルが一番よ」
「灰色の領域も作っておけよ」
世の中は白黒で割り切れるほど単純ではないのだ。
だが、判断の基準は大事か。
「どうなのでしょう?」
「宗教の勧誘はマジで勘弁して欲しいな」
「……なるほど」
「宗教上の習慣は、まあ、あんまりエキセントリックなのじゃなけりゃ」
「と言うと?」
「食事の時や寝る前のお祈りとかだな」
「勧誘の他に受け入れられないことは?」
「宗教的常識を押し付けられるのはちょっとな。あと根本的に価値観が噛み合わないって点を見せられるとかなり引く」
霊感だの、前世だのの話を大真面目に話されると困る。
まあ、こちらの世界では霊感も、前世も存在するのかも知れないが。
「安心しました」
「び、微妙に安心できないし」
ローラはホッと息を吐き、フジカは呻くように言った。
「宗教女で思い出したけど、フジカは何を言おうとしたんだ?」
「何って?」
フジカはきょとんとした顔でこちらを見ている。
「脳を刺激してみる?」
「適者生存! ユウカみたいに我を張って生きるより環境に合わせて、柔軟に対応した方が生き延びる確率が高いって言おうとしたみたいな!」
ユウカがコツコツと杖を鳴らしながら言うと、フジカは捲し立てるように言った。
どうやら、忘れたふりをしていたらしい。
「浅い見解ね。環境に適応するんじゃなくて環境を作り替えればいいのよ」
「環境破壊はよくないし」
「チッ、偽善者が」
ユウカは吐き捨てるように言った。
別に環境を作り替えなくても繁栄している生物はいるよな、とマコトは天井を見上げた。
三億年前から姿形が変わっていない昆虫とか。
憎まれっ子、世に憚る。
マコトはユウカを見て、小さく息を吐いた。
※
討伐隊は行ったり来たりを繰り返しながらダンジョンを進む。
蒸し暑さと単調な光景によって眠気を覚えた頃、広い空間に出た。
高さは五メートルもないが、五十メートル四方はあるだろうか。
その中央にマンティスの姿があった。
第二階層で遭遇したマンティスよりも一回り、いや、二回りは大きい。
さらにその奥には通路がある。
戦っている最中に奥の通路から別のアンデッドが現れる可能性がある。
さて、フランクはどうするのか。
「荷物持ちは壁際に寄れ! 盾持ちは前に出ろ! 盗賊は結界で通路を塞げ!」
フランクが素早く指示を出す。
すると、荷物持ちの冒険者は壁際に避難し、盾を持つ冒険者が前に出る。
盗賊はまだ動かない。
「進め!」
「おう! おうッ!」
フランクが叫ぶと、盾を構えた冒険者達が声を上げながら動き出した。
「……この掛け声、何とかならないのかしら?」
「気合を入れてるんだろ」
隣でぼやくユウカに答える。
「何て言うか、オットセイみたいで嫌なのよね」
「……そうか」
オットセイってどんな生き物だっただろう? とマコトは内心首を傾げた。
まあ、アザラシみたいなのを想像しておけば問題ないか。
「おう! おうッ!」
マコト達が話している間にも盾を構えた冒険者達はマンティスと距離を詰めている。
そこで盗賊達が動く。
壁に沿うように走りながら通路に辿り着き、跪いて釘のようなものを打ち込む。
「おう! おうッ!」
盾を構えた冒険者達は声を上げながら距離を詰める。
カチカチ、と威嚇するようにマンティスが歯を打ち鳴らす。
次の瞬間――。
「――ッ!」
マンティスが声なき声を上げた。
マコトは耳に痛みを覚え、顔を顰めた。
「チッ、こんなに離れてるのに……」
それはユウカも同じだったらしく顔を顰めている。
これだけ距離があるにもかかわらず、ちょっとしたダメージはあった。
最前線にいる冒険者のダメージはもっと大きいはずだ。
それにしてもステータスをカンストしているのにどうして音でダメージを負うのか。
ステータスに対する信用が揺らいでしまう。
「おう! おうッ!」
冒険者達は声を上げながら距離を詰める。
だが、ダメージを負ったせいだろう。
足並みがズレている。
スキルが使えないのだろうか。
ローラならば衝撃反転で攻撃を跳ね返していたはずだ。
「衝撃反転は騎士……系統のスキルで、連中は戦士だからな」
マコトの疑問を察したのか、リブが解説してくれた。
「そうなのか?」
「ま、基本的にあたいら……バイソンホーン族は遊牧民だからな。どうしたって、ジョブに偏りが出るんだよ」
「そういうものなのか?」
「そういうもんなんだよ」
「なるほど」
マコトは頷いた。
とは言え、リブが言っているんだからそうなんだろうくらいの納得具合だ。
素質やら、経験やらで取得できるジョブが決まってくるのだろう、多分。
足並みの乱れを隙と捉えたのか。
マンティスが跳ぶ。
天井すれすれの大ジャンプだ。
しかし、飛距離が足りない。
このままでは盾を構えた冒険者の遥か手前に落ちるだろう。
この場にいる誰もがそう感じたのだろう。
空気がわずかに緩む。
「油断するな!」
フランクが鋭く叫んだ。
そして、警告は正しかった。
マンティスは天井に鎌を突き立てたのだ。
振り子のような軌道を描いて跳び、飛距離を稼ぐ。
「――ッ!」
盾を構えた冒険者の一人が息を呑む。
次の瞬間、冒険者は吹き飛ばされていた。
マンティスが腕を一閃させたのだ。
冒険者は地面を二転三転し、ようやく止まる。
多分、トラックに轢かれたらこんな風になるだろう。
元の世界ならば死んでいる。
だが、流石は冒険者と称賛すべきか。
彼はまだ生きていた。
せめてもの、救いはその冒険者が突出していたことだろうか。
そのお陰で巻き込まれる者はいなかった。
残念ながらせめてもの救いはそこまでだ。
いくら贅沢な戦い方をしていると言っても壁役は無限にいない。
一人倒れたことで戦線に穴が空いた。
マンティスは歯を打ち鳴らしながら戦線の穴に飛び込み、無茶苦茶に腕を振り回した。
全員で対応できれば攻撃を防げただろう。
だが、限りなく一対一に近い状況だ。
盾を構えていた冒険者は次々と吹き飛ばされた。
「……これまでだな」
「待てって」
マコトが足を踏み出すと、リブがポールハンマーで行く手を遮った。
「ここから挽回の手があるのか?」
「助けを呼ばねぇってことは、つまりそういうことだって」
「……」
マコトは押し黙った。
かなり追い詰められていると思うが、ここから本当に立て直せるのだろうか。
その時――。
「魔弾!」
ロインが魔法を放った。
魔弾が側頭部に直撃し、マンティスは動きを止めた。
ゆっくりと首を動かし、ロインを見る。
マンティスがロインに向かって足を踏み出し、そこにフランクが割って入った。
マンティスが鎌を振り上げる。
だが、フランクは攻撃を躱そうとしない。
その代わりに手を合わせ、腰を落とした。
やや内股気味で――空手の、サンチンの型に似ているだろうか。
残念ながらマコトの知識はマンガのものだが――。
マンティスが鎌を振り下ろし、フランクが叫んだ。
「不動の構えッ!」
甲高い音が響き、マンティスの鎌が弾かれる。
どれほどの勢いで弾かれたのか。
大きく仰け反っている。
「……あれは?」
「ジョブ・スキルの一つで不動の構えです」
説明してくれたのはシャンクだった。
「そんなのがあるのか」
「まあ、格闘家はメジャーなジョブじゃありませんからね」
「マイナーなのか」
そうなのか、とマコトは溜息を吐いた。
努力せずに身に付けたジョブだが、マイナーと呼ばれるのは切ない。
むぅ、とユウカが小さく唸る。
「どうしたんだよ?」
「ちょっと気になることがあったのよ」
「どんな?」
「拳闘とか言ってたくせに空手の型みたいなの使っていいのかしら?」
「いや、まあ、それは……」
ユウカの言葉はマコトに向けられていたはずだが、何故かシャンクが口籠もった。
所在なさそうに腰から提げたハンマーを弄っている。
「どうなの?」
「いいんじゃねーの」
「いい加減ねぇ」
ユウカは呆れたように言った。
それを言ったら魔法使いのくせに杖術を習得しようとしているユウカも同じだ。
自分のことを棚に上げてよく言うものだ。
「まあ、型の件はいいとして……」
「いいとして?」
「なんで、反撃しないのかしら?」
ユウカが首を傾げ、マコトはフランクに視線を向けた。
マンティスが滅茶苦茶に鎌を振り回し、フランクは耐えている。
「不動の構えってくらいだし、動けないんじゃないか?」
「使えないわね」
「そうか?」
「なんで、笑ってるのよ?」
「笑ってたか?」
マコトは頬に触れたが、当然のことながら自分が笑っているかは分からない。
「笑ってたわよ。ったく、何が楽しいんだか」
「そりゃ、俺にも伸び代が残ってたからな」
「暴力は駄目とか言ってたくせにとんだ戦闘狂ね」
「悪かったな」
そう口にしたものの、護身術だろうが、活人術だろうが、暴力には違いない。
どんなに言葉を飾っても暴力には暴力で対抗するしかないということだ。
ならば暴力に長じる――力をつけることは間違っていないと思う。
そんなことを考えていると、甲高い音が響いた。
今までで一番大きな音だ。
フランク達の方を見ると、マンティスが大きく仰け反っていた。
今にも転倒しそうなほどだ。
フランクは不動の構えを解き、足を踏み出した。
ドン! という音と共にフランクは左右の拳を突き出した。
大きく体勢を崩していたせいもあるだろうが、マンティスが吹き飛んだ。
二転、三転し、立ち上がる。
拳を受けた胸骨に亀裂が走っているが、まだまだ余力がありそうだ。
「今だ!」
「岩弾ッ!」
フランクが身を翻し、ロインが魔法を放った。
ソフトボール大の岩石がマンティスの胸骨に直撃した。
衝撃で岩が砕け、散弾のように飛び散った。
亀裂が広がる。
だが、まだだ。
まだ、マンティスは動いている。
「おぉぉぉぉッ!」
フランクは雄叫びを上げ、拳を叩き込んだ。
ピシッという音が響き、それが切っ掛けだったようにマンティスはバラバラになった。
「岩弾ってのは初めて見たな」
以前、フェーネ、リブ、ローラ、フジカの四人で戦った時は苦戦した覚えがあるのだが、それだけ岩弾の攻撃力が高いと言うことか。
いや、フランクがスキルを使っていた可能性もあるか。
「ユウカは岩弾を使えるのか?」
「使えるわよ」
ユウカはしれっと言った。
「……ユウカ」
「あの魔法は危ないのよ」
ユウカはうんざりしたように言った。
「そうなのか?」
「見てたでしょ?」
「まあ、見てたけどよ。そんなに危ないのか?」
「マコトの目は節穴ね」
「……ああ、そういうことか」
岩弾はマンティスに直撃し、砕け散っていた。
「仲間を巻き込んじまうんだな」
「そういうこと。分かってくれて嬉しいわ」
そう言って、ユウカは小さく溜息を吐いた。
その時、重々しい音が響いた。
音のした方を見ると、床が崩れていた。
そこにあったのは第三階層に続く坂道だった。





