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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest31:葛葉を討伐せよ その4


※


「ちょっと! さっさと起きなさい!」

「……」


 マコトが目を開けると、ユウカが見下ろしていた。

 腕を組み、軽く足を開いている。

 仁王立ちという程ではないが、何だかちょっと偉そうだ。


「おはよう」

「おそよう。マコトが一番最後よ」


 ユウカが視線を巡らせ、マコトも釣られて視線を巡らせる。

 フランクが指揮を執り、荷物持ちの冒険者が朝食を作っている。

 デキる男だ、と今更ながらそんな感想を抱く。


「ったく、プロの社畜だったんだから早起きくらいしなさいよね」

「今は社畜じゃねーからな」


 今は――自営業だろうか。

 呼び方はどうあれ気力が充実している。


「その内、見捨てられるわよ」

「見捨てられないように――痛(いて)ッ」


 マコトは顔を顰めた。

 ベッドで眠ることに慣れているせいか、体の節々が痛む。

 わずかに身動ぎすると――。


「――ッ!」


 ユウカはものすごい勢いで後退った。


「何をやってるんだ?」

「別に、何でもないわよ」


 マコトが体を起こして尋ねると、ユウカはそっぽを向いた。


「どうせ、スカートの中を覗かれるかもとか考えてたんだろ?」

「そうよ! 分かってるなら聞かないでッ!」

「ユウカは朝からハイテンションみたいな」


 ユウカが顔を真っ赤にして叫ぶと、背後にいたフジカがしみじみとした口調で言った。

 他の仲間――フェーネ、リブ、ローラは丸めた毛布に座り、輪になっていた。

 それにしても、とフジカを見る。


「なに、マコトさん?」

「目脂が付いてるんじゃない?」

「や、ちゃんと洗顔済みだし」

「洗顔?」


 ユウカは顔を顰めた。

 言い方も『せ~、ん~、が~、ん~?』である。


「洗顔したくらいでそんな言い方はあんまりみたいな」

「気取った言い方が気に入らないのよね」

「正直は美徳だけれど、せめてオブラートに包んで欲しいみたいな」

「どうせ、ミネラルウォーターじゃないと肌に合わないとか言うんでしょ」

「ユウカの金持ちに対するイメージは歪んでると思うし」

「チッ、今日に限って打たれ強いわね」

「それは……」


 ふふん、とフジカが鼻を鳴らし、ユウカはゆっくりと向き直った。


「それは?」

「私はマコトさんとユウカの秘密を知ってしまったし」

「ど、どんな秘密よ?」


 ユウカは上擦った声で言った。

 どんな秘密だ? とマコトは内心首を傾げた。

 二人だけで共有している秘密はない。

 と言うか、どうしてユウカは上擦った声を出しているのだろう。


「どんな、秘密よ?」

「それは……」


 ふふふ、とフジカは笑った。

 可愛らしい無邪気な笑みだが、ユウカはだらだらと汗を流していた。


「私だけが知っている~、マコトさんとユウカの秘密みたいな」


 フジカはゆっくりと体を揺らし、歌うように言った。

 マコトは立ち上がり、そっとユウカに近づいた。


「ひ、秘密を知ってるって言うんなら、い、言えばいいじゃない」

「言っちゃっていいのみたいな?」

「……くッ」


 フジカが前傾になって言うと、ユウカは呻いた。

 う~ん、とマコトは唸る。

 フジカは楽しそうだが、ユウカは真剣そのものだ。

 きっと、犯罪の証拠を握られて脅された人間はこんな表情を浮かべるに違いない。


「い、いくら……ぐッ」


 ユウカは苦痛を堪えるように歯を食い縛る。

 いくら欲しいのよ? と言おうとしていたのだろうか。


「い、言えばいいじゃない!」

「ゆ――」


 フジカが口を開いた次の瞬間、ユウカは動いた。

 腰の短剣を掴んだのだ。

 秘密とやらを口にされる前に亡き者にするつもりなのだろう。

 殺人をするとステータスが赤くなると言っていたのに、と思わないでもない。

 ユウカを殺人者にする訳にはいかないので、手首を掴む。


「裏切り者!」

「いや、裏切ってねーから」


 マコトは軽く肩を竦めた。

 ちょっと、いや、割と傷付く一言だ。


「じゃ、なんで止めるのよ!」

「お前がフジカの首を掻き切ろうとしてたからだよ」

「え?」


 マコトが呟くと、フジカは動きを止めた。


「な、なんで、ユウカがわ、私を?」

「アンタがあたしの秘密を知ったからよ」

「ユウカが人殺しの目をしてるし」


 フジカはじり、じりと後退った。


「で、秘密って何だ?」

「ちょっと!」

「どうせ、大した秘密じゃないって」


 と言うか、ユウカはフジカを殺さなければならない秘密を隠しているのだろうか。

 そんな大それた秘密を隠しているとは思えないのだが。


「ゆ、昨夜、二人がダンジョンの奥に行く所を見たし。だ、だから、ユウカが乙女モードに入ったと思ったみたいな」

「トイレに行ってたのよ」

「え?」


 マコトは思わず声を上げた。

 いや、トイレじゃねーよ。

 ダンジョンで戦ってたじゃねーか。

 そんな言葉が迫り上がってくるが――。


「いや、そっちの方が訳分からないし。と言うか、二人でトイレに行く関係って何みたいな? すごいマニアックな感じが――」


 カラーンという音がフジカの言葉を遮った。

 ローラが水筒を落としたのだ。

 飲み口から水が溢れて地面を濡らした。


「……そ、そんな」


 ローラは呆然とこちらを見ていた。


「マコト様とユウカさんが男女の関係だったなんて」

「だ、誰と誰が男女の関係よ!」

「い、いえ、大丈夫です」


 ユウカが顔を真っ赤にして怒鳴り、ローラは手の平をこちらに向けた。


「こ、これでも、べ、べ勉強しています」

「どんな勉強してるんだ?」

「そ、それは本で……」


 リブの問いかけにローラは恥ずかしそうに頬を朱に染めながら答えた。


「あれも?」

「え、ええ、ち、知識としてはありました。知識としては」


 えふんえふん、とローラは咳払いし、リブから顔を背けた。

 あれとは、あの夜の一件に違いない。

 それにしても、どうやって知識を仕入れているのだろう。

 親から子へはなさそうなので、先輩から後輩へだろうか。

 いや、本という手もあるか。

 そう言えば人面兎を討伐しに行った時、本を読んでいたような気がする。

 今回の件が片付いたら試させてもらおう。


「な、なので、二人がおし――」

「や、止めなしゃいよ!」

「噛んだぞ」

「あたしだって偶には噛むわよ! つか、とっとと手を離しなさいよ! セクハラで訴えるわよ!」

「分かった分かった」


 マコトが手を離すと、ユウカは手首を擦った。


「ったく、どんだけ馬鹿力で掴んでるのよ」

「手加減してたっての」

「なら、どうして赤くなってるの?」


 ユウカは手を上げ、手首を指差した。

 確かに赤くなっているが――。


「もう戻ったぞ」

「情状酌量の余地なし。判決は死刑よ」

「どんだけ厳罰主義なんだ」

「あたしに危害を加える者は問答無用で死刑よ」

「独裁国家か」

「もちろん、あたしを褒め称える者にはメリットがあるわ」

「どんなメリットだ?」


 一応、聞いておく。

 まあ、大したメリットではないだろうが……。


「人生を全うできるわ。生きることこそが最大の報酬という訳ね」

「最悪のクソ国家だな。吊されろ」

「なんで、あたしが吊されなきゃならないのよ」

「国家運営に失敗したら吊されるって相場が決まってるんだよ。ギロチンでもいいぞ」

「…………マコト」

「何だよ?」

「マコトが実務担当、あたしは象徴担当OK?」

「OKじゃねーよ」

「なんでよ?」

「矢面に立たされるのは俺じゃねーか」

「社畜よりマシでしょ?」

「社畜の方がマシだっての」


 自分の能力で国家運営なんてできる訳がない。

 今のチームを纏めるだけで手一杯だ。


「チッ、小さいヤツ」

「当面の目標はスローライフだからな」


 まあ、あとはユウカを元の世界に帰してやることか。

 そんなことを考えていると、ユウカが訝しげに眉根を寄せた。


「……マコト、あたしを元の世界に帰してくれるって約束を覚えてるわよね?」

「当たり前だろ」

「な、ならいいのよ」


 ユウカはホッと息を吐いた。


「マコトさんはユウカに超優しいし。だから、ユウカが調子に乗るみたいな」

「脳天かち割るわよ」

「――ッ!」


 ユウカが杖を構えると、フジカは息を呑み、きょろきょろと周囲を見回した。

 武器、いや、盾になる物を探しているのだろう。

 残念ながらそんな物は何処にもない。

 あったとしてもユウカの渾身の一撃を防げる物は存在しないのではないだろうか。

 フジカはユウカを見つめ、両手を挙げた。


「何よ?」

「降参だし! だから、脳天をかち割るのは勘弁して欲しいみたいな!」

「分かりゃいいのよ」


 ふん、とユウカは鼻を鳴らし、構えを解いた。

 やや遅れてフジカが両手を下ろした。


「とは言え、マコトさんがユウカに優しいのは事実だし」

「そりゃ、あたし達はコンビだもの」

「本当にそれだけか気になるし」

「チッ、これだから恋愛脳は……」


 そう言って、ユウカは足下を見た。


「ん? 何かあるのみたいな?」

「ストローを探してたのよ」

「や、こんな所にストローはないし。と言うか、なんでストロー?」

「アンタの耳に突っ込んで脳髄を啜ってやろうと思ったのよ」

「いきなり訳が分からないし!」

「……トライ●キシン245だな」

「それは何みたいな?」


 マコトが呟くと、フジカはきょとんとした顔でこちらを見た。


「死体を生き返らせる……人間をゾンビにする? まあ、とにかく、そういう薬だ」

「そんな薬が開発されてたなんて知らなかったし」

「んな訳ないでしょ。どうせ、くだらない映画の話よ」


 ユウカはうんざりした口調で言った。


「バ●リアンはくだらなくねーよ。いや、三作目以降は今一つだが……」

「三作以降って、何作あるのよ?」

「五作だ」

「シリーズ五作って」


 ユウカは顔を顰めた。


「俺が小学校くらいの時にTVで放送されて流行ったんだぞ。オバ●リアンなんてマンガもあってな……」

「どうでもいいわよ」

「……そうか」


 一作目は名作だし、二作目はエンターテイメントしててよかったと思うのだが。


「で、なんでトライ何とかの話が出てきたのよ?」

「それはだな。映画に登場するゾンビの好物が脳みそなんだ」

「脳みそ?」

「ふふ、それはだな」


 マコトが笑うと、ユウカは失敗したと言わんばかりの表情を浮かべた。


「死の苦痛を和らげるためだ」

「……そう」


 ユウカは視線を逸らしながら言った。


「なんで、そう素っ気ないんだよ?」

「つか、なんで、マコトは活き活きしてるのよ」

「俺は映画が好きなんだよ」

「私も映画が――」

「シャーラップ!」


 ユウカはフジカの言葉を遮った。


「どうして、止めるのみたいな?」

「多分、マコトの好きな映画とアンタの好きな映画は違うわ」

「そんなことないし」

「じゃ、好きな映画を言ってみなさい」

「い、いきなり言われても……」

「チッ、いるのよね。アンタみたいに映画好きとか言って興行収入No.1とか、アカデミー賞何部門受賞の作品しか言えなかったり、マンガ好きとか言いながらワ●ピースって答えたりするヤツ」

「……うぐぐ」


 図星だったのか、フジカは呻いた。


「で、マコトはどんな映画が好きなの?」

「ゾンビものだな。駄作も多いんだが、ついつい見ちゃうんだよな」


 個人の意見だが、ゾンビ映画の九割は駄作だ。

 本当に駄作率が高い。

 鮫映画とタメを張るほどだ。

 駄作映画率の双璧がゾンビと鮫なのだ。


「フジカ、アンタとマコトは塩素系洗剤と酸性洗剤みたいな間柄よ」

「ちゅ、中和?」

「混ぜるな危険って意味よ。アンタ、洗剤の容器を見たことないの?」

「かなり昔に見たことがあるみたいな」

「チッ、これだからお嬢様は……ゴキブリって見たことある?」

「もちろん、あるみたいな」

「グリーンバナナローチのことじゃないでしょうね?」

「黒くてデカいヤツだし」


 フジカの言葉にユウカはホッとしたような表情を浮かべた。


「なんで、ホッとしてるのみたいな?」

「あたしみたいな貧ぼ……平均的なご家庭よりちょっと収入が低い世帯とアンタみたいな金持ちの共通点を見つけて安心してるのよ。よかったわね。これで嫌いなものランキングの最下位を脱出できたわよ」

「ちなみに一位は?」

「金持ちね。ああ、でも、蚊や蠅も嫌い」

「が、害虫扱いだし」

「別に害虫だなんて思ってないわよ。ただ、嫌いなだけで」

「あんまりだし」


 フジカは深々と溜息を吐いた。


「とにかく、マコトとフジカの言う映画は違うのよ」

「まあ、映画の話はいいし」

「何だよ、いいのかよ」


 一度でいいから思いっきり映画の話をしたいものだ。


「マコトさんがユウカに優しい理由が気になるみたいな」

「だから、コンビだって言ったじゃない」

「むむ、私的にはそれ以上な感じだし」

「ったく、すぐに恋愛に結びつける」


 ユウカはうんざりしたような口調で言った。


「コンビで足りなければ命の恩人よ、恩人。ダンジョンで死にそうになってたマコトをあたしが助けてやったの」

「ああ、そんなこともあったな」

「この恩知らず!」


 ユウカがいきなり声を荒らげた。


「なんで、怒るんだよ?」

「命を助けたなんて重大情報じゃない! どうして、そんなことを忘れるのよ! 犬だって三日飼えば恩を忘れないってのに!」


 ユウカは拳を震わせながら言った。


「でも、まあ、そうか。命の恩人だったんだよな」

「そうよ。一本しかなかった水薬(ポーション)を泣く泣く使ったんだから」

「……たかが水薬一本で」


 ユウカはフジカを睨み付けた。


「アンタ達に置き去りにされたダンジョンで! 水しかない状況で! 貴重な水薬を使ったのよ! どれだけマコトが役に立つか分からない状況で!」

「ん? そうだったのか?」

「そうよ!」


 まあ、言われてみればユウカがマコトのステータスを確認したのは目を覚ました後だったような気がする。


「お前って、本当にいいヤツなんだな」

「ようやく気付いたの?」

「いや、いいヤツだってのは知ってたけどよ」


 骸王のダンジョンが崩壊する時に肩を貸してくれたのだから。


「ユウカのために頑張る理由がもう一つできたな」

「頑張って恩を返してよね」


 ユウカは偉そうに言ったが、少しだけ顔が赤くなっている。

 普段からこうならもっと気合を入れるのだが。

 まあ、仕方がない。

 ユウカはこういう人間なのだ。


「納得したか?」

「マコトさんが義理堅いってことは分かったみたいな」


 えへへ、とフジカは笑った。


「……気持ち悪いわね」

「気持ち悪くないし!」


 ユウカが理解できないような物を見るような視線を向けると、フジカは声を荒らげた。


「つか、なんでアンタがへらへら笑ってんのよ」

「もう、ユウカってば分かってるくせに」

「はいはい、アンタはそういうヤツね」


 ユウカは深々と溜息を吐いた。


「まあ、これで話は終わりだな」

「いえ、まだ終わっていません」


 声を上げたのはローラだ。


「何かあるのか?」

「マコト様とユウカさんがふ、二人で、な、な何をしていたかがまだ……」


 ローラは呻くように言った。


「二人で技の練習をしてたんだよ」

「あッ!」


 今度、声を上げたのはユウカだ。

 驚愕からか、大きく目を見開いている。


「何だよ?」

「な、何でもないわよ」

「姐さんのことだから魔石のことじゃないッスか?」


 背後から声が響く。

 肩越しに背後を見ると、フェーネが毛布を丸めていた。

 毛布を抱えてリブとローラの下に行き、輪になるように地面に置く。


「ユウカ、別に寄越せとか言ったりしないし」

「……そんなんじゃないわよ」


 ユウカはフジカから顔を背けながら呟いた。

 嘘を吐いた理由は分かったが、事前に仲間に相談しておくべきだったかも知れない。


※


 マコト達――討伐隊は簡単な食事を終え、ダンジョンの探索を再開した。

 先頭はフランクのチーム、二番手はロインのチームだ。

 荷物持ちの冒険者が並び、マコト達、シャンクのチームとなる。

 討伐隊は順調にダンジョンを進む。

 敵に遭遇することもなければ、行き止まりで引き返すこともない。


「今日は順調ね」

「そうだな」


 ユウカが小さく呟き、マコトは頷いた。

 フランクは二階層に続く坂道が何処にあるのか知っているように進んでいる。


「……あたし達が歩いたルートが分かってるのかしら?」

「かも、な」


 マコトはフランクが貸してくれたマジックアイテムを思い出す。

 フランク達の居場所を教えてくれると言っていた。

 実際、戻るのに役に立った。


「あたし達の手柄を横取りしたって訳ね。ムカつくわ」

「そうとも限らねーだろ」


 フランクは信用できる男だ。

 そんな彼が他人の手柄を横取りするとは思えなかった。

 多分、マジックアイテムを解析すればルートが分かる程度のものだろう。

 仮に手柄を横取りするつもりたったとしてもレンタル料だと思えば腹も立たない。


「けど、失敗だったか」

「何がよ?」

「敵が出てこねぇ」

「ふふ、ちょっとは苦労しろってことね。いいわ、すごくいい。マコトのそういう所、好きよ。でも、あたしを陥れようとしたら報復するから」

「そんなんじゃねーよ」


 にんまりと笑うユウカにドン引きしながら突っ込む。


「と言うか、お前は俺を何だと思ってるんだ」

「善人寄りのネズミ男って感じね」

「……善人寄りのネズミ男」


 マコトは鸚鵡返しに呟いた。


「基本的に善人だけど、状況次第で裏切りそう」

「割と普通だな」

「基本的に善人って言ったでしょ」

「まあ、そうだな。けど、それを言ったら大抵の人に当てはまるんじゃねーか?」

「……世の中はネズミ男だらけなのね。合点がいったわ」


 ユウカはふっと笑った。

 そこまで悲惨な人生を送っているとは思わないが、元の世界に帰る時に備えて換金できそうな物を用意してやるべきかも知れない。


「ネズミ男の話は置いておくとして、なんで敵に出てきて欲しいのよ?」

「フランクの技を見てみたいんだよ」

「少林寺拳法の技は覚えてないの?」

「二十年前のことだからな。柔法と演武はさっぱり覚えてねぇ」

「演武は何となく分かるけど、柔法って?」

「所謂、関節技だな」

「へ~、色々あるのね」

「忘れてちゃ意味がないんだけどな」


 マコトはこめかみを押さえた。


「まあ、殴ったり蹴ったりできるんだからいいじゃない」

「そっちも割と適当なんだよな」

「……よく生き延びられたわね、あたし達」


 ユウカは呻くように言った。


「だから、技を身に付けられるんなら身に付けておこうと思ったんだよ」

「納得だわ」


 ユウカが溜息を吐くように言った。

 しばらく無言で進むと、フェーネが口を開いた。


「そう言えば兄貴と姐さんはダンジョンを探索したんスよね?」


 ああ、とマコトは答える。


「どんな敵がいたんスか?」

「黒いスケルトンばかりだったな」

「そうッスか」

「気になることでもあるのか?」

「階層を下るごとに敵が強くなるならしんどいと思ったんス」

「……そうだな」


 マコト達は大丈夫だが、他のチーム――特に荷物持ちの冒険者はキツい。

 不意打ちで死んでしまうかも知れない。

 だが、彼らはリスクを承知でここにいるのだ。

 とは言え、目の前で死なれるのは心によくないものを残す。


「まあ、できるだけのことはするさ」

「兄貴は兄貴ッスね」

「何だ、そりゃ?」

「偽善者ってことよ」

「違うッスよ」


 フェーネはユウカに突っ込んだ。

 直後、討伐隊の動きが止まる。

 前を見ると、フランクが手を上げていた。

 確か、ここは――。


「坂道に辿り着いたみたいね」

「このダンジョンは坂道なんスか?」


 ああ、とマコトは頷いた。

 フランクのチームが坂道を下り、しばらくして戻ってきた。

 どうやら、敵が坂を下りた所で待ち構えているという展開はないようだ。

 討伐隊が動き出し、マコト達は坂を下った。

 第二階層も第一階層と同じ構造だった。


「第二階層も暑くて蒸してるわね」

「早く慣れろよ」

「あたしはマコトと違って繊細にできてるのよ」

「どうせ、俺は熊谷出身だよ」


 討伐隊は一列になってダンジョンを進む。

 いや、昨日と同じように行ったり来たりを繰り返していると言うべきか。


「やっぱり、手間が掛かるな」

「だから、昔のおいらみたいに地図を売るヤツが出るんス」

「需要と供給みたいな」

「売るヤツが悪いのか、買うヤツが悪いのか。悩ましい問題ね」


 ユウカがポツリと呟く。

 地図のことを言っていないのは間違いないが、それを指摘しても仕方がない。

 セクシャルな話題は止めてと言う割に自分から踏み込んでいく。

 まあ、それだけフジカのことが嫌いなのだろう。

 個人的にはもう少し仲よくして欲しいが、難しいか。

 マコトだって両親、兄とその家族を恨んでいるのだ。

 怒りを呑み込むのは難しいのだ。

 そんなことを考えていると、首筋がチクッと痛んだ。

 前を見ると、通路が二手に分かれていた。

 直線に伸びる通路には何もいない。

 と言うことは敵はもう一方から来る。

 フェーネとリブの耳がピクピクと動く。

 フランクがそっと通路を覗き込み――。


「マンティスッス!」

「マンティスだ!」


 フェーネとリブが同時に叫んだ時には遅かった。

 三体のマンティスは天井を歩き、フランクの上を通り過ぎていた。


「荷物持ちは壁際に寄れ!」


 フランクが叫んだ直後、一体のマンティスが地面に降り立った。

 すぐにフランクに向け、鎌を繰り出す。

 腕を折り畳んでいるためリーチがあり、下手な避け方をすると首を刈られる。

 果たして、どう対処するのか。

 フランクは踏み込みながら前腕で鎌をいなし、頭蓋骨に肘鉄を叩き込んだ。

 どれほどの威力があったのか頭蓋骨が陥没する。

 さらに腕と頭蓋骨を掴み、マンティスを壁に叩き付ける。

 それで終わりだ。

 骨がバラバラになり、乾いた音を立てて地面に落ちる。

 勉強になるが、残る二体のマンティスを倒さなければならない。

 ロインはレイピアを抜き、呪文を唱えているようだ。

 彼の仲間はマンティスの下で攻めあぐねている。


「……ユウカ」

「仕方がないわね」


 ユウカは拳を天井にしがみつく、マンティスに向けた。


「魔弾(ブリット)!」


 ユウカの拳から少し離れた空間に魔法陣が展開し、光弾が飛び出す。

 魔弾の指輪(リング・オブ・ブリット)の効果だ。

 さらに――。


「再詠唱(リピート)!」


 杖から光弾が放たれる。

 一つ目の光弾が手前にいたマンティスの胴体に、二つ目の光弾は手前にいたマンティスを避けて奥にいた個体の頭蓋骨に突き刺さる。

 杖から放たれた魔法は追尾弾(ホーミング・ブリット)だ。

 魔弾の指輪(マジックアイテム)と再詠唱(スキル)は競合しないのだ。

 追尾弾を喰らったマンティスはバラバラになって地面に落ちるが、魔弾を喰らったマンティスは地面に落ちただけだった。

 とは言え、かなりダメージを負っているらしく、なかなか立ち上がれない。


「魔弾!」


 ロインが魔法を放ち、マンティスの頭蓋骨が砕け散った。

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