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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest31:葛葉を討伐せよ その3


※


 芳ばしい匂いが漂っている。

 匂いのする方を見ると、メアリ達――荷物持ちの冒険者が料理をしていた。

 湯気を上げる寸胴鍋を中心に手際よく料理をしている。

 皆、実に手際がいい。

 どうして、こんなに手際がいいのだろう。

 そんなことを考え、あることに気付く。

 マコト達はユウカの魔法でダンジョンと街を往復できる。

 だが、彼らはできないのだ。

 当然、携帯食を持つか、ダンジョンの中で料理することになる。

 その差が料理の腕に表れているのだろう。

 隣を見ると、ユウカがボーッと天井を見上げていた。


「……暇ね」

「だったら、料理を手伝ってこいよ」

「嫌よ。なんで、あたしがそんなことをしなきゃならないのよ」


 ユウカはムッとしたような表情を浮かべた。


「暇なんだろ?」

「あたしは料理をしたくないの。大体、なんであたしに言うのよ? 他の四人だって暇してるじゃない」

「うひぃ! また巻き込まれたし!」


 フジカは首をすぼめたが、フェーネ、リブ、ローラは何処吹く風だ。


「あ、あれ? びっくりしたのは私だけみたいな?」

「いい加減に慣れた方がいいッスよ」

「いつも通りだろ、いつも通り」


 フェーネとリブは怠そうに言った。

 普段ならもっと元気なのだが、温度と湿度が高いせいだろうか。

 フジカはローラに視線を向けた。


「ローラさんは私と同じポジかと思ってたみたいな」

「ポジ?」


 反応したのはローラではなく、ユウカだった。


「ポジションみたいな」

「なんだ、ポジティブのことかと思ったわ」

「や、それだと意味が通じないし」


 同じポジティブ――確かに意味は通じない。

 と言うか、ユウカもポジションのことだと分かっているだろう。

 それでも、絡んでいくのがユウカなのだ。


「いるのよね、意味も分からずに略語を使うヤツって」

「分かっていると言ったのに強引だし」

「意味も分からず、ノンポリとか言っちゃうタイプね」

「……ノンポリ」


 フジカは呻くように言った。


「ノンポリって死語じゃねーか?」

「人も、言葉も忘れられた時に死を迎えるのよ」


 ユウカは鼻を鳴らし、髪を掻き上げた。


「つまり! あたしが生きている限り、ノンポリは死語じゃないのよ!」

「くそッ、ここは何処だ? ユウカ時空か?」

「ユウカ時空って何よ!」

「あ~? ユウカ時空ってのは……宇宙●事の悪役が使う不思議空間のことだよ。その中だと悪役がパワーアップするんだ」

「それだと説明にならないからパラレルワールドって言って」

「駄目だしされちまった」


 マコトは呻いた。


「だって、そっちの方がしっくりくるもの。だから、訂正して」

「分かった分かった」


 マコトはうんざりした気分で呟いた。


「くそッ、ここは何処だ? パラレルワールドかッ?」

「まあまあの演技ね」

「時々、マコトさんの演技力の高さに感心するみたいな」

「分かってないわね」


 ユウカはやれやれと言わんばかりに首を振った。


「何が、みたいな?」

「マコトはプロの社畜だったのよ」

「サラリーマンだっての」


 ついでに言えばプロは必要ない。

 それで金を稼いでいればプロだし、新人でも客にはプロとして扱われる。

 まあ、スポーツ選手と違ってプロはつかないが。


「マコトにとって演技でその場を取り繕うなんて朝飯前よ」

「そんな訳ないし」

「演技でその場を凌ぐことはあったぞ」

「ど、どんな状況で演技力が……」


 フジカは恐れおののくように言った。


「クレームになりかけている時は申し訳なさそうな声を出すのが効果的だ。こう、申し訳ございませンンッみたいな感じで」

「抑揚が変だし、すごくイラッとしたんだけど? 本当に凌げるの?」

「気持ちは分かる。俺も先輩社員がやっているのを見た時は馬鹿じゃねーのと思ったが、やってみると効果的なんだよ。体感だが、クレーム発展率が半分くらいになったぞ」

「……クレーム発展率」


 ユウカは呻くように言い、溜息を吐いた。


「どうして、ユウカが溜息を吐くみたいな?」

「その演技は無理だわ」

「いきなり諦めるのはどうかと思うし」

「はッ、社長令嬢は綺麗事を言うわね!」


 フジカが困ったように眉根を寄せて言うと、ユウカはいきなり声を荒らげた。


「どーせ、アンタはパパの会社に就職して定時出勤・定時退社をして……役員報酬までもらうつもりなんでしょ!」

「や、うん、まあ、無事に元の世界に戻れたらそうなるかもみたいな」

「チッ、世の中はちっとも平等じゃないわ。世の中を舐めてるアンタみたいなのが年収一千万円とか、マジで間違ってるわ」

「な、何だか、とんでもないことを言われてるし」


 フジカはぶつくさと文句を言うユウカから少しだけ距離を取った。


「なんで、役員報酬なんて言葉を知ってるんだ?」

「勉強してるもの」


 ユウカはしれっと言ったが、高校生で役員報酬という言葉を知っているのはすごい。

 一体、何処でそういう知識を仕入れてくるのだろう。


「本当に、碌でもない女ね」

「未来のことで評価を下げられても困るし」


 フジカは小さく溜息を吐いた。


「ところで、ノンポリってどんな意味みたいな?」

「アンタみたいな女のことよ」


 ふふん、とユウカは鼻で笑った。


「……マコトさん」

「ノンポリはノンポリティカルの略だ。要するに政治に無関心ってことだな」

「へ~、でも、まあ、確かにないし」

「ったく、これだからアンタは駄目なのよ」

「でも、政治に興味のある高校生なんて多くないし。マコトさんは高校生の頃どうだったみたいな?」

「政治には興味がなかったな」


 クラスメイトに政治に興味を持っているヤツはいた。

 だが、今にして思えば彼は政治そのものより政争に興味があったように思う。

 何とかさんがどーだ、こーだと言われても興味なんて持てるはずがない。


「ほら、普通だし」

「二十年以上前と比べてどうするのよ」

「今も昔もそうそう変わるもんじゃないし」


 ユウカが呆れたと言わんばかりの口調で言い、フジカは拗ねたように唇を尖らせる。


「って、アンタはいい所のお嬢様なんでしょ? 政治にくらい興味を持ちなさいよ」

「それは偏見だし」

「偏見じゃないわよ。まあ、でも、アンタを見てたら、どうして人類が野蛮な時代を乗り越えられないのか分かるわ」

「人類?」

「そう、人類よ」


 ユウカは腕を組み、何度か頷いた。


「他人事みたいに考えている内に取り返しの付かない事態に陥って……ふふん、こうやって金持ちはギロチンの露と消えるのね」

「マコトさん! ユウカが怖い事を言ってるし!」

「いつも通りだよ」


 フジカが悲鳴じみた声を上げたが、ユウカはいつも通りだ。

 マコトは天井を見上げる。


「きっと、そいつらは善人だったんだろ」

「善人? 間抜けの間違いでしょ」


 ふふん、とユウカが小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「まさか、自分達の近くにユウカみたいなのがいるなんて夢にも思わなかったんだよ」

「ちょっと! あたしみたいなのってどういう意味よッ!」

「分かるだろ?」

「分からないから聞いてるんじゃない」


 ユウカはムッとしたように言った。


「自分達を殺すために牙を研いでるヤツがいるなんて普通は考えねーよ」

「それは警戒心が足りないのよ。男は敷居を跨げば五万の敵がいるって言うじゃない」

「いねーよ。つか、どんな悪事をしたら五万も敵を作れるんだよ」

「SNS時代だもの」

「お前はSNS時代を履き違えている」

「何がよ? 今はただで刺客を量産できる時代なんでしょ?」


 マコトが突っ込むと、ユウカはきょとんとした顔をした。

 何が間違っているのか分からない。

 そんな気持ちが伝わってくる。


「いいか? ヘイトは駄目だ」

「何でよ?」

「SNSの利用規約違反だからだ」


 マコトの言葉にいち早く反応したのはフジカだった。

 ギョッとしたような顔でこちらを見ている。

 気持ちは分かる。

 だが、ユウカを相手にする時は規範や倫理を持ち出すより効果的だ。


「え? そんな面倒臭い規約があるの?」

「あるんだよ」

「ネットはもっと自由な世界かと思ってたわ」

「お前は十分に自由(フリーダム)だろ」

「何処がよ?」


 マコトはフェーネ、リブ、ローラ、フジカに視線を向けた。

 フジカはともかく、フェーネ、リブ、ローラの三人はこちらに興味がなさそうだ。


「なに? ハーレム自慢?」

「違ーよ。お前を理解してくれる人間がいて、何が不満なのか聞きたかったんだよ」

「そうね」


 ユウカは神妙な面持ちで頷いた。


「マコト以外に三人も理解者がいるんだもの。謙虚な気持ちにならないと駄目よね」

「さらっと私が除外されてるし」

「なんで、あたしがアンタに謙虚な気持ちを持たなきゃならないのよ?」

「うぐぐ、ユウカは傲慢の罪を犯してるし」

「アンタ相手ならいくらでも傲慢になってやるわよ」


 ふん、とユウカは鼻を鳴らした。


「けど、まあ、ちょっと心配だな」

「何が?」

「怒る時はそれが個人的なものなのか、そうでないのかきちんと考えろよ」

「説教?」

「忠告だよ、忠告。自分を取り巻く状況に対する怒りを社会とか、政治とか、大きなものに向ける前によく考えましょうって話だ」

「説教じゃない」


 ユウカはうんざりしたように言った。

 リーマンショックの時に部署移動させられた時の話をしてやろうと思ったが、止めておく。


「でも、心に留めておくわ」

「そうしてくれ」


 マコトが肩を竦めた直後、ザッという音が響いた。

 靴の裏が地面を擦る音だ。

 何事かを思って音のした方を見ると、ロインが立っていた。


「何の用?」

「俺の活躍を見たか?」


 ユウカの問いかけにロインは誇らしげに胸を張って言った。

 黒いスケルトンを倒した時のことを言っているのだろう。


「まあまあ、ね」

「まあまあだと?」


 ロインが不愉快そうに顔を顰めて足を踏み出す。

 すると、ユウカはマコトに擦り寄ってきた。

 怯えている訳ではない。

 ユウカはロインが自分に片思いしていると勘違いしている。

 なので、今回も口説きに来たと考えているはずだ。

 つまり、ナンパ避け――骸王のダンジョンで好きな人がいるからと言い出したあれだ。

 仕方がねーな、とマコトは立ち上がった。


「なんだ、やる気か?」

「マコト、止めて!」


 止めてと言いながらユウカはちょっと嬉しそうだ。

 二人の男があたしを取り合ってとか考えているに違いない。


「……穏便に話したいだけだよ」

「――ッ!」


 マコトはうんざりした気分で呟き、一気に距離を詰める。

 すると、彼はぎょっと目を剥いた。

 レイピアの柄にそっと触れる。

 ロインの息は荒い。

 多分、フランクからこちらの強さを聞いていたはずだ。

 だが、こう考えたはずだ。

 いくら強いと言ってもそれほど差はないはずだ、と。

 だからこそ、突っ掛かって来ていたのだ。


「二人きりで話をしてぇんだが?」

「あ、ああ、分かった」


 ロインがぎくしゃくした動きで回れ右して歩き出し、マコトは肩を並べて歩く。


「ど、どうするつもりだ? 俺を殺すつもりか?」

「違ーよ」


 何と説明すればいいのか、とマコトは頭を掻いた。

 まあ、考えても仕方がない。

 ここは正直に話すべきだろう。


「ユウカは……」

「……ユウカは」


 ロインは鸚鵡返しに呟き、ごくりと喉を鳴らした。


「お前が自分に惚れてると思ってるぞ」

「な――」

「振り返るな」


 マコトは振り返ろうとしたロインを制する。


「振り返るな。普通に歩け」

「わ、分かった」


 ロインは上擦った声で言い、ぎくしゃくと歩き始める。


「い、一体、何がどうなっているんだ?」

「お前が突っ掛かるから」

「俺は……見返してやりたかっただけだ」


 それだけだったのに、とロインは嘆くように言った。


「なんで、そこまでへこむんだよ?」

「好きでもない女に片思いされてると思われて嬉しいと思うか?」


 ロインは真顔で反論してきた。


「それに、俺には将来を誓った女性がいる。さる貴族の令嬢で――」

「なんで、フラグを立てるような真似を……」


 マコトはロインの言葉を遮って呻いた。


「何が問題なんだ?」

「あのな、死神ってのはお前みたいな人間が大好きなんだよ」

「何を言うかと思えば」


 ふん、とロインは鼻で笑った。


「死神など俺の魔法で追い払ってやる」

「そういう所だぞ」

「どういう所だ?」

「慢心してる所だよ。どれだけ努力しても、どれだけ気を付けてても死神はお構いなしにやってくるんだ」

「それでは何をやっても無意味ではないか」

「最終的には運否天賦の問題になるかも知れねぇけど、だからって言って何もしない訳にゃいかないだろ」


 備えあれば憂いなし――備えが無駄になればよかったで済む。

 どうせ無駄だからとノーガード戦法を執る方が愚かだ。


「ガキのくせに利いた風な口をきく」

「見た目は、な」


 ロインが吐き捨てるように言い、マコトは軽く肩を竦めた。

 ガキ扱いされるのは嫌だが、見た目はガキなのだ。

 仕方がないと考える程度の自制心はある。


「けど、まあ、これでも人生経験は豊富な方でね」

「……分かった。お前の言葉を信じよう」


 ロインはしばらく間を置いて答えた。

 ガキのくせにと言った割に随分と聞き分けがいい。

 フランクが評価しているようだから頷いてやろうとでも考えたのかも知れない。


「ところで、お前のツレの件だが……今からでも誤解を解けないか?」

「……難しいんじゃねーか」


 マコトは少しだけ間を置いて答えた。

 そんなに否定しなくていいのに、と笑っているユウカの姿が目に浮かぶようだ。

 本当に言いそうで怖い。


「どうすればいい?」

「距離を置け、へりくだれ。マウントを取られるかも知れねぇが、色目を使ってるって思われるよりもマシだろ」

「くッ、どうしてこんな目に……」

「分かる。気持ちはよ~く分かるぜ。だが、野良犬に噛まれたと思って諦めろ。変な噂を立てられて、さる貴族の令嬢とご破算になりたくないだろ?」

「その時はお前達も道連れだと言っても無駄だな」

「俺は一発くらいなら殴られてやってもいいけど、ユウカを殴ろうとするなよ」

「麗しい――」

「殺されるぞ」


 ロインはぎょっとこちらを見た。

 道連れと言ったくせに殺されるのは嫌らしい。


「魔法使いだぞ。しかも、女の」

「勝てると思うんならやってみろよ。骨が折れるか、内臓が破裂するか、できればあいつに人を殺させたくねーんだが」


 人を殺したくらいでギャーギャー騒がれたくない。


「……マズいな」

「何がだ?」

「人殺しを大したことがねぇと思ってる俺がいる」

「――ッ!」


 ロインは息を呑んだ。

 信じられないと言いたげな表情を浮かべている。

 気持ちは分かる。

 隣に立っているのが殺人鬼だと分かって平然としていられる人間は少数派だろう。


「とにかく、馬鹿なことは考えるな。じゃあ、行け」

「わ、分かった」


 ロインは上擦った声で言い、離れて行った。

 やれやれ、とマコトは肩を落としながら仲間の下に戻る。


「兄貴、お疲れ様ッス」

「おう、お疲れ」

「お疲れ様です」

「お疲れ様だし」


 フェーネ、リブ、ローラ、フジカが労ってくれる。

 ユウカはと言えば目を輝かせてこちらを見ていた。

 何に期待をしているのだろう。

 いや、分かっている。

 モテるって罪ねとか、そんな思い上がったことを考えているのだろう。


「どうだった? ガツンと言ってきた?」

「ああ、ガツンと言ってきたよ」


 嬉しそうに言うユウカに答える。

 疲労が増したような気がする。

 食事を終えたら早めに寝てしまおうか。

 そんなことを考えながら自分の寝床に座ると――。


「食事をお持ちしました!」

「……お持ちしました」


 メアリとアンがトレイに料理を載せてやって来た。

 メニューはナンらしき物とスープだ。

 干し肉もある。

 メアリとアンは立ち尽くし、顔を見合わせた。

 トレイを地面に置いてよいものか悩んでいるのかも知れない。

 その時、ユウカが口を開いた。


「地面に置いてくれればいいわよ」

「で、でも……」

「……よろしいのですか?」

「トレイの上だもの。大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 メアリとアンはおずおずと地面にトレイを置いた。

 さて、とマコトは立ち上がり、トレイの近くに座り直した。

 それは仲間も同じだ。

 トレイを中心に輪になって座る。


「アンタ達も座りなさいよ」

「え、えっと……」

「……お言葉に甘えます」


 ユウカの言葉にメアリは戸惑っていたが、アンは素直に従った。


「えへへ、お言葉に甘えます」

「人間、素直が一番よ」


 メアリが頭を掻きながら座り、ユウカは満足そうに頷いた。


「ゆ、ユウカが、ユウカが優しいし!」

「失礼ね。あたしは誰にでも優しいわよ」


 フジカの言葉にユウカはムッとしたような表情を浮かべた。


「その優しさの半分でも分けて欲しいし」

「アンタの面の皮の厚さを半分でも分けて欲しいわ」


 ユウカは呻くように言った。

 ダンジョンに置き去りにされたことを思い出しているに違いない。

 まあ、ユウカの立場からすれば優しくするのは難しいだろう。


「あ、あの、二人とも喧嘩は――」

「いつものことだから大丈夫ッスよ」

「気にするとハゲるぞ」

「いつも通りです」


 メアリが収めようとするが、フェーネ、リブ、ローラは料理に手を伸ばす。


「マ、マコト様?」

「いつも通りだよ」


 マコトはナンを手に取り、メアリに渡した。


「あ、ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 メアリとアンはナンを千切って口に運んだ。


※


 食事が終わると、メアリとアンは食器を重ねてトレイの上に置いた。


「では、あたし達は片付けてきますので」

「……皆さんはごゆっくり」


 そう言って、二人は去って行った。

 二人が向かった先にいるのはフランクと荷物持ちの冒険者だ。

 フランクは上手く冒険者達を纏めているようだ。

 適材適所。

 丸投げしてよかったとつくづく思う。

 もし、自分が彼の立場ならば上手く纏めきれなかったに違いない。

 さて、と隣を見る。

 すると、ユウカが本を読んでいた。

 革の装丁の本だ。


「こんな所で読書か?」

「魔法の勉強よ、勉強」


 ユウカは二回目の勉強に嫌味なくらい力を込めて言った。

 ふとどんな勉強をしているのか興味が湧いてきた。


「呪文の丸暗記じゃ駄目なのか?」

「駄目ってことはないわよ。丸暗記しても使えるし……でも、どういう理屈で動いているのか理解することは無駄じゃないわ。呪文に改良の余地があるかも知れないし」

「ユウカは学者肌なんだな」

「ふふん、そうでもないわ」


 ユウカは満更でもなさそうに言った。


「で、どんな勉強をしてるんだ?」

「あたしが一番力を入れてるのは魔法史よ」

「魔法史?」

「所謂、研究開発の歴史ってヤツね。これがなかなか面白いのよ」

「何が面白いんだ?」

「そうね。たとえば廃れた魔法ね」

「廃れた魔法ですか」


 ユウカの言葉に反応したのはローラだ。


「ん? 興味があるの?」

「ええ、ジョブが騎士なので使うことはできませんが、興味はあります」

「アンタのジョブは暗黒騎士でしょ」

「ジョブは騎士ですが、興味はあります」


 ユウカが呆れたように言うが、ローラは譲らない。

 まだ聖騎士に未練があるのだろう。

 強くなれたのだから、もう開き直ってもいいのではないかと思わないでもない。


「それで、廃れた魔法についてですが……」

「そんなに興味があるの?」

「ええ、もちろんです」

「まあ、いいけど」


 ローラが身を乗り出して言うと、ユウカは軽く咳払いをした。


「えっと、あたし……魔法使いが使える魔法は基本的に攻撃魔法なの」

「ん? 前にユウカは土を操ってたみたいな」


 食い付いてきたのはフジカだ。


「大した規模じゃないし、そういうのはどちらかと言えば精霊術士の専門なのよ」

「確かに精霊術士向きですね」

「この向き、不向きってのが面白いのよ。魔法でも同じことができるけど、他のジョブに及ばないからみたいな理由で研究されなくなった魔法がかなりあるの」

「たとえばどんな?」


 フジカが可愛らしく首を傾げる。


「防御、回復、戦闘補助……アンタの得意分野よ」

「うぉぉぉぉ、ユウカが、ユウカが私の居場所を取ろうとしてるし」

「……一応、私も回復魔法は使えますが」


 ローラはフジカの嘆きを無視し、耳のイヤリングを指で弾いた。


「あたしもマジックアイテムのサポートがあれば使えるわよ。思うにジョブによって御使い――ペリオリスに干渉できる領域が決まってて、マジックアイテムはそれを拡張するためのものじゃないかなって」

「なるほどみたいな」


 フジカがこくこくと頷く。


「と言う訳であたしは新しい魔法を開発してみせるわ」

「あ、あの、ユウカ、僧侶系の魔法は、ちょっと、手心を加えて欲しい、みたいな?」

「嫌よ」

「案の上だし」


 ユウカに即答され、フジカは呻いた。


※


 皆が寝静まった頃、マコトは体を起こした。

 見張りはフランクのチームだ。


「……さて」


 マコトが立ち上がると、隣で寝ていたユウカが体を起こした。


「どうかしたの?」

「便所だよ、便所」

「そう、あたしも行くわ」


 ユウカは新しい杖を手に取り、立ち上がった。


「ツレションならフジカと行けよ」

「アンタが本当にトイレに行くつもりなら付いて行くなんて言わないわよ」


 他のメンバーに気を遣っているのか、ユウカは小さな声で言った。

 参った、とマコトは頭を掻いた。

 どうやら見透かされていたらしい。

 しばらくして、マコト達が立っていることに気付いたのだろう。

 フランクが近づいてきた。


「どうした?」

「ああ、ちょっと便所にな」

「……便所」


 フランクはしげしげとマコト達を眺め、ニヤリと笑った。


「そういうことか」

「念のために言っておくけど、あたし達が…………そういうことをしに行くと考えたんなら去勢するわよ」

「……分かっている。戦いに行くのだろう」


 フランクは溜息交じりに言い、腰のポーチから透明な板を取り出した。


「持っていけ」

「これは?」

「迷うことはないと思うが、俺達の居場所を教えてくれるマジックアイテムだ」

「へ~、便利なアイテムだな。ありがたく、借りておく」


 マコトはフランクからマジックアイテムを受け取り、ポーチに収めた。


「じゃあ、一時間くらい留守にする」

「ああ、遅いようならこちらから迎えに行く」


 マコトはフランクと握手を交わし、歩き出した。

 やや遅れてユウカが付いてくる。

 向かうのは休憩後に探索する通路だ。

 結界を越え、道なりに進む。

 しばらくしてユウカが口を開いた。


「それにしても、どういう風の吹き回しよ?」

「今まで実戦経験とステータスに頼って戦ってきたからな。技術の方を底上げしておこうと思ったんだよ」

「今更だけど、葛葉にバレないかしら?」

「大丈夫だろ」

「根拠は?」

「ダンジョンのことを全部把握してるんなら物量戦を挑むだろ」


 少なくともマコトならそうする。

 単にアンデッドに命令を下せないだけかも知れないが、相手は自分が作り出したダンジョン内においても万能ではない。


「ただ、格下相手の戦闘でどれだけ技術を磨けるかちょっと不安なんだよな。ユウカは新しい魔法の試し打ちか?」

「それもあるけど……」


 ユウカは口籠もった。


「戦闘スタイルを変えようと思って」

「どんな風に?」

「近接戦闘もこなせるようになりたいのよ」

「今まで通りでもいいんじゃねーか?」


 移動力がそこそこある砲台でも十分通用すると思うのだが――。


「それも考えたんだけど、葛葉のヤツに一矢報いないと気が済まないわ」

「あ~」


 そう言えばユウカは葛葉に一撃喰らっていた。


「だから、あたしのことは守らなくて大丈夫よ」

「本気か?」

「守らなくて大丈夫だけど、だからって敵をスルーするのは止めて。できるだけあたしが怪我しないように気を配りつつ、ピンチの時には……あたしが攻撃を受ける前に助けてくれると嬉しいわ」

「面倒臭ぇ。今まで通りでいいじゃねーか」

「嫌よ! あたしはあいつに攻撃されたのよ! この恨みは絶対に、絶対に、絶対に晴らしてやるんだから!」


 なんで、ユウカが七悪じゃないんだ? とマコトは深々と溜息を吐いた。


「どうして、溜息を吐くのよ?」

「何でもねーよ」

「何でもないのに溜息なんて吐かないでしょ」


 言い返そうとした時、首筋がチクッと痛んだ。


「……ユウカ」

「何よ!」

「敵だ」

「それを早く言いなさいよ!」


 ユウカは杖を構えた。

 なかなか堂に入った構え方だ。

 もしかしたら、一人で練習をしていたのかも知れない。

 しばらくして二体の黒いスケルトンが姿を現す。

 簡素な鎧と剣で武装している。


「よし、行くぞ」

「分かってるわよ」


 マコトは拳を打ち合わせ、左足を前に出しつつ、右足で地面を蹴る。

 基本的な歩法だが、一足で数メートルの距離を移動する。

 元の世界では不可能な動きだ。

 だからこそ、今まで使わなかったのだが、かなりしっくりくる。

 格闘家(ジョブ)によって補正が掛かっているのだろう。

 マコトは狭い通路をジグザグかつ滑るように進み、一体目の黒いスケルトンを躱す。

 二体目の黒いスケルトンが剣を振り上げる。

 チャンス、と口角を吊り上げる。

 攻撃ではなく、技を試すチャンスだ。

 黒いスケルトンが剣を振り下ろす。

 マコトは移動しながら前腕で刃を受け、そのまま流す。

 そのまま背後に回り込んで振り返る。

 すると、黒いスケルトンは前のめりになっていた。

 マコトは踏み込み、上段の後ろ回し蹴り――ハイキックを放つ。

 爪先が黒いスケルトンの頭蓋骨を砕く。

 骨がバラバラと地面に落ち、乾いた音を立てる。

 最後にカチッという音が響いた。

 恐らく、魔石の音だろう。


「よしッ!」


 マコトは構えたままガッツポーズ。

 地道な柔軟の成果だ。

 途中で軌道を変えてブラジリアンキックのようにしたかったが、まあ、良しとする。


「そう言えばユウカは……」


 顔を上げると、ユウカが黒いスケルトンと対峙していた。

 黒いスケルトンが剣を振り下ろし、ユウカは後方に跳躍して距離を取る。

 すぐさま距離を詰め、杖を振り下ろした。

 狙いは首だ。

 杖の先端が剣を振り切ったままの姿勢で動きを止めていた黒いスケルトンを捉える。

 首の骨が砕け、黒いスケルトンはバラバラになった。


「スゲーな」


 マコトが魔石を拾って歩み寄ると、ユウカは大きく息を吐いた。


「……すごく怖かったわ」

「その割には思い切りがよかったように見えたんだが……」


 普通は攻撃を避けた直後に反撃に転じられないものだ。


「怖かったのよ!」

「じゃあ、止めておくか?」

「冗談でしょ! あたしは葛葉に一発お見舞いしてやるのよ!」


 そう言って、ユウカは拳を握り締めた。

 どうして、こいつが魔法使いなんだろうと思わないでもない。

 性格的に戦士が向いていると思うのだが。

 まあ、本人の性格と適性は別問題ということか。


「さあ、行くわよ!」


 ユウカは魔石を拾い、歩き出した。

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