Quest31:葛葉を討伐せよ その2
※
「――っと!」
声が聞こえた。
聞き慣れた声だ。
それを切っ掛けとしてマコトの意識は覚醒した。
と言っても今はまだ半覚醒と言うべき状態だ。
インクが滲むように意識は覚醒状態へと移こ――。
「起きろって言ってるでしょうがッ!」
「……」
ユウカの怒鳴り声でマコトは目を開けた。
いきなりアクセルをベタ踏みするような急激な覚醒だ。
もう少し寝かせてくれてもバチは当たらないと思うのだが――。
「何だよ?」
「何よ、ダンジョンに着いたから起こしてやったのに」
対面に座っていたユウカがムッとしたような口調で言った。
いや、険しい表情を浮かべているので実際にムッとしているのだろう。
視線を巡らせるが、ユウカ以外のメンバーはいない。
どうやら先に馬車から降りたようだ。
「もう着いたのか?」
「もうって、ロックウェルを出て一日半が過ぎてるわよ」
「いや、それは分かってるけどよ」
マコトは指を突っ込んで首とシャツの間に空間を作る。
箱馬車の中はよほど暑かったのか首元がぐっしょりと濡れている。
「さあ、行くわよ」
「分かってるよ」
ユウカが箱馬車を降り、マコトは頭を掻きながら後に続いた。
馬車を降りたそこには何もなかった。
ダンジョンの入口を中心に直径五十メートルほどが更地になっている。
討伐隊――人数は五十名ほど、三十人弱は荷物持ちだ――はまだ準備中なのだろうか。
いくつかのグループに別れて何やら話し合っている。
「いい予感がしねーな」
「わざわざ言わなくても分かってるわよ」
「こういうことは口にしておく主義なんだ」
「そうだったかしら?」
「そうなんだよ」
訝しげに眉根を寄せるユウカに答える。
いい予感がしない、あるいは悪い予感がするという言葉を何度口にしたか覚えていない。
だが、こういうことは言ったもん勝ちなのだ。
「フェーネ達は?」
マコトは視線を巡らせ、仲間達――フェーネ、リブ、ローラ、フジカを発見する。
仲間達の下に向かい、目眩に襲われた。
目の焦点が急に合わなくなったような感じだ。
立ち止まり、軽く頭を振る。
もちろん、それで何とかなるとは思っていないが、しばらくして目眩は収まった。
「……何なんだ?」
「境界を越えたからよ」
「境界?」
マコトが鸚鵡返しに呟くと、ユウカは地面を指差した。
地面を見ると、土の色が異なっていた。
ダンジョンの入口に近い方は乾き、遠い方は湿っている。
「乾いた所に入ると目眩を起こすみたいなの」
「先に言えよ」
「聞かれなかったもの」
「そりゃ、分からないものは聞きようがねーだろ」
マコトは呻いた。
多分、土の色が違うことに気付いたとしても教えてくれなかったに違いない。
ユウカはそういう女だ。
大丈夫だろうか? と拳を握ったり、開いたりする。
「厨二病?」
「違ーよ。どんな影響があるのか確かめたんだよ」
「大丈夫? 目が疼かない?」
「目が疼くって何だよ」
腕が疼くなら分かるが、目が疼くとはどんな状況だろうか。
「多分、目に違和感があるのよ」
「俺は目医者でたむろってる爺ちゃん婆ちゃんかよ」
「ちょっと目がごろごろするからって目医者に行くのは感心しないわ。お陰でコンタクトを買うにも一苦労よ」
「コンタクトくらい眼鏡屋で買えるんじゃねーの?」
「はッ、これだから裸眼は嫌なのよ」
ユウカは髪を掻き上げて言った。
「日本人の六割が眼鏡やコンタクトをしてるって聞いた覚えがあるんだが?」
「マコトはマイノリティってことね」
「ここじゃ、ユウカがマイノリティだぞ」
この世界の眼鏡率は非常に低い。
「眼鏡を掛けてるからって差別するつもり? 信じられないわ!」
「それくらいで差別なんてしねーよ。ガキか、俺は」
「分かってないわね。自己主張が大事なのよ」
「そうか?」
マコトは首を傾げた。
変に自己主張してたら逆に差別されそうな気がするのだが――。
「つか、ユウカってコンタクトを使ってたのか?」
「使ってる訳ないじゃない。眼球に異物を挿入するなんて無理よ、無理」
「嫌な言い方をしやがるな」
「事実じゃない」
「そりゃそうだけどよ。そう言えば――」
「コンタクトを買う時は処方箋が必要なのよ」
「いや、そっちじゃねーよ」
「じゃあ、何なのよ?」
ユウカは拗ねたように唇を尖らせて言った。
「灯火は試したよな?」
「……」
ユウカは無言で視線を逸らした。
灯火は転移をする際の目印を作る魔法だ。
転移が使えればダンジョンの攻略が楽になるので葛葉も手を打っているはずだ。
だが、うっかりしている可能性もある。
まあ、ゼロではないというレベルだが。
「マジで勘弁してくれ」
「う、うっかりしてたのよ」
「お前はゴー●トバスターズか」
「は?」
「おいおい、マジかよ。マジでゴー●トバスターズを知らねぇの?」
「リメイクされてたわよね?」
自信がないのか、ユウカの口調はいつもより少しだけ弱々しい。
「ああ、その程度の知識か。ユウカは人生の半分くらい損してるぞ」
「なんで、そこまで映画に人生を左右されなきゃならないのよ」
「いいから。元の世界に戻ったらゴー●トバスターズを見ろよ。絶対だぞ」
「T●TAYAで百円セールやってたら見るわ、多分」
「百円セールやってなくても見ろよ。そのためにお前を元の世界に帰すんだからな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ユウカは慌てた様子で言った。
「何だよ?」
「マコトがあたしを元の世界に帰そうとしてくれるのはありがたいわ。えっと、照れ臭いんだけど、これでも感謝してるの」
だから、とユウカは続けた。
「映画を見せたいからって理由は止めて、お願い」
「俺的には少しだけモチベーションが上がるんだが?」
「あたしは下がるのよ。元の世界に戻って、お母さんのことじゃなくて、ゴー●トバスターズを見なきゃとか思っちゃったらどうするのよ? 涙が引っ込んじゃうわよ。これまでの、そして、これからの冒険が台無しになるわ。だから、お願い」
「まあ、いいけどよ」
「で、ゴー●トバスターズがどうかしたの?」
「映画じゃゴーストを捕獲するのにプ●トンパックってのを背負うんだが――」
「長いわ。もっと短く」
「チッ、仕方がねーな」
マコトは腕を組み、どうすれば分かり易いかを考える。
「劇中で試運転なしに小型原子炉のスイッチを入れたんだよ」
「頭がおかしい――はッ!」
ユウカは口元を押さえた。
怒りからか、顔が赤く染まる。
「誰の頭がおかしいのよ!」
「俺は頭がおかしいとまでは言ってねーよ」
頭がおかしいと言おうとしたのはユウカだ。
「まあ、要するに俺はユウカが試運転なしに小型原子炉のスイッチを入れるようなミスをしたって言いたかったんだよ」
「回りくどいのよ! と言うか、そこまでひどいミスじゃないわ!」
ユウカは手の甲でマコトの二の腕を叩いた。
「そうか?」
「そうなの!」
ユウカはムキになったように言った。
どちらも命に関わるようなミスのような気がするのだが、これ以上は不毛かと諦める。
「……ユウカ」
「何よ?」
「魔法魔法、灯火灯火」
「そ、そうね!」
ユウカは新しい杖を構えた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、導け導け灯火の如く、我を導く灯火となれ! 顕現せよ! 灯火!」
呪文が完成し、魔法陣が杖の先端に浮かび上がる。
普段なら強烈な光が発生するのだが――。
「線香花火みてぇだな」
「そうね」
マコトの呟きにユウカは頷いた。
光の球が空中に浮かび、パチパチと火花が散っている。
やがて火花が小さくなり、光の球は消えた。
「駄目か?」
「待って」
ユウカはこめかみに触れ、目を細めた。
「何も感じないわ。失敗ね」
「成功するとどうなるんだ?」
「そうね」
ユウカは思案するように腕を組んだ。
「何となく繋がってる感があるわ」
「なんだ、その程度か」
「あたしに何を期待してるのよ?」
「宇宙的かつ狂気的な表現を期待してたんだよ」
「そんな期待には――」
「そろそろ、出発するぞ」
いつの間にやって来たのか、フランクが言葉を遮る。
すると、ユウカはぎぬろッとフランクを睨んだ。
フランクは後退ったが――。
「俺とロインが先頭、次に荷物持ち、最後尾はシャンクだ」
「ってことは俺達はシャンクの前か」
「そういうことだ。異論はないな?」
「ああ、もちろんだ」
「頼んだぞ」
フランクはマコトの肩に手を置き、目だけを動かしてユウカを見た。
きちんと手綱を握っておけよという心の声が聞こえたような気がした。
「そう言えば武器は持ってねーのか?」
「俺の武器はこれだ」
フランクは軽く拳を突き出した。
金属製の籠手が肘までを覆っている。
足下を見るが、脚甲はない。
「格闘家だったのか」
「拳闘だ」
「へ~、珍しいジョブな――」
「ジョブは格闘家になってるわよ」
ユウカがマコトの言葉を遮った。
「とにかく、頼んだぞ」
「分かった」
マコトが一瞬だけユウカを見ると、安心したのか、フランクは去って行った。
「アイツ、あたしを見てたわよね?」
「……どんだけ自意識過剰なんだよ。ほら、行くぞ」
マコトが歩き出すと、ユウカはやや遅れて付いてきた。
「いえ、見てたわ。絶対に見てた」
「いいから行くぞ」
「……マコトも見てたわよね?」
「何を言ってんだか」
マコトは肩を竦めた。
心臓がバクバクと鳴っているが、平静を装う。
「見てたわ――」
「兄貴! こっちッスよ!」
「命拾いしたわね」
フェーネに言葉を遮られ、ユウカは低く押し殺したような声で言った。
※
何だか遊園地のアトラクションに並んでる気分だな、とマコトはダンジョンに入っていく荷物持ちの冒険者を見ながら、そんな感想を抱いた。
荷物持ちの冒険者の後にリブとローラ、フェーネとフジカ、ユウカの順で続く。
ダンジョンに入った瞬間、ユウカは顔を顰めた。
マコトは不審に思いながら後に続き、その理由を理解した。
このダンジョンは今まで攻略してきたものに比べて湿度と温度が高かったのだ。
少しマズいか、と首筋を掻く。
湿度と温度が高い――つまり、それは体力の消耗が激しいということだ。
集中力にも影響を与えることだろう。
すぐにどうにかなる訳ではないが、後々どのような影響を及ぼすか不安になる。
「地味な嫌がらせをしてくるわね」
「ああ、気を付けねーとな」
「水は持ってきてるから脱水症の心配はいらないわ」
そう言って、ユウカはポーチを叩いた。
多分、水筒のことを言っているのだろう。
確かにあれは際限なく水が湧き出るアイテムなので脱水症の心配はいらないが――。
「心配って、そこかよ」
「それ以外に何を心配しろってのよ?」
「体力とか、精神的な消耗とか、色々あるだろ」
「そうね。でも、マコトなら大丈夫でしょ」
「何がだよ?」
「熊谷出身だもの。あたしはちょっと自信ないわ。二十三区出身だし」
「大して変わらねーよ」
いくぶん東京の方が過ごしやすいような気がするが、東京だろうが、熊谷だろうが、エアコンが必要という意味では似たようなものだ。
「変わるわよ。気温が二、三度違えば天国と地獄くらい違うわよ」
「そこまで違わねぇって」
「平熱から三度違えば命の危機じゃない」
「気温と体温を一緒にするなよ」
「それくらい違うって言いたかったのよ」
「だから、そこまで違わねーよ」
「まあ、そういうことにしてあげるわ」
ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。
「そう言えば……フジカ!」
「何の用みたいな?」
マコトの声にフジカが振り返る。
「ユウカって二十三区に住んでるのか?」
「ちょッ! 何を聞いてるのよ!」
ユウカがギョッとマコトを見る。
「いや、同じ学校に通ってるんなら住所くらい知ってると思ってよ」
「個人情報! コンプライアンスはどうなってるのよ!」
「コンプライアンスも何も異世界には個人情報保護法なんてねーよ」
「法律に反してなければ何をしてもいいの?」
ユウカは責めるような声音で言った。
「いいんじゃねーの?」
「駄目に決まってるでしょ! モラルの問題よ!」
「残念だが、俺はモラルよりも好奇心を優先させたいんだ」
「鬼!」
「う~ん、ユウカの住所は――」
「ちょっと!」
「って、ユウカの住所なんて知らないし」
フジカの言葉にユウカはホッと息を吐いた。
「ちょっと! ユウカの住所なんてって何よ!」
ん? とフジカは不思議そうに首を傾げた。
「なんてよ! な、ん、て! 気の弱い子なら死んじゃうわよ!」
「死ぬかどうかは分からないけど、ちょっと配慮が足りなかったかもみたいな」
「気を付けなさいよ」
「ユウカにも配慮を求めたいと思ったり」
「はッ、人間関係は錬金術じゃないのよ」
ユウカは鼻で笑い、髪を掻き上げた。
言葉の意味はよく分からないが、等価交換ではないと言いたかったのだろう。
「フジカと友達じゃなくて正解だったわ」
「……何だか釈然としないけど、それはさておき、学校の場所的にユウカが二十三区に住んでるのは間違いないと思うみたいな」
マコトマコト、とユウカが二の腕を叩く。
「何だよ?」
「何か言うことがあるんじゃないの?」
ユウカはドヤ顔で胸を張った。
「悪かったよ」
「うんうん、素直に非を認めるのはいいことね。人間、謙虚が一番よ。それでそれで?」
何を期待しているのか、ユウカは目を輝かせている。
「二十三区外の出身だと思って悪かったよ」
「そうね! あたしはすっごく傷付いたわ!」
すっごく傷付いたという割に嬉しそうだ。
一体、何がそんなに嬉しいのだろう。
そんなユウカを見ているとちょっとだけイラッとする。
「悪かったよ。ユウカが群馬県出身だって疑って」
「なんで、群馬なのよ!」
ユウカは声を荒らげた。
「ご当地ネタに詳しいから群馬出身だと思ったんだよ」
「焼き饅頭なんて一般常識じゃない!」
「一般常識じゃねーよ!」
思わず本気で言い返す。
マコトだってマンガで焼き饅頭が群馬の郷土食と知ったのだ。
それだけでもユウカが群馬出身だと疑うのに十分ではないか。
「……マコト殿」
シャンクがマコトの肩に触れる。
「悪ぃ、いつもの調子で」
「ナーバスになっている者もいるので」
「ああ、気を付けるよ」
「助かります」
シャンクが手を離したその時、首筋がチクッと痛んだ。
敵――アンデッドが近づいているのだ。
やや遅れてフランクが手を上げ、討伐隊が止まる。
「兄貴、正面から来るッスよ! ガチャガチャ音がして、数は二体ッス!」
「フランク達に任せとけば大丈夫だと思うが――」
「分かってるって」
「戦う準備はできてます」
リブとローラが軽く武器を持ち上げる。
頼もしい二人だ。
ダンジョンの奥からカチャカチャという音が響き、二体のスケルトンが姿を現す。
いや、スケルトン・ウォーリアだろうか。
簡素な鎧と剣で武装している。
だが、色が違う。
骨が黒いのだ。
亜種なのかも知れない。
最初に動いたのはロインだった。
フランクの隣に立ち、レイピアの切っ先を天井に向ける。
レイピアで攻撃しても大したダメージを与えられないと思うのだが――。
「魔弾!」
ロインは切っ先を向け、魔法を放った。
魔弾が膝に直撃し、スケルトン・ウォーリアが転倒する。
もう一体のスケルトン・ウォーリアはそのまま突っ込んでくる。
その時、フランクが動いた。
地面を蹴り、スケルトン・ウォーリアに突っ込む。
スケルトン・ウォーリアが剣を振り上げる。
だが、フランクはスピードを落とさない。
スケルトン・ウォーリアが剣を振り下ろし、耳障りな音が響いた。
フランクはそのままスケルトン・ウォーリアの脇を駆け抜ける。
振り下ろされた剣を籠手で受け流したのだ。
「おぉぉぉぉぉッ!」
フランクは雄叫びを上げ、立ち上がろうとしていたスケルトン・ウォーリアを殴る。
アッパーカットのような掬い上げるような一撃だ。
一体、どれほどの威力があったのか。
スケルトン・ウォーリアが仰け反り、そこにフランクは拳を打ち下ろした。
スケルトン・ウォーリアは地面に叩き付けられ、ど派手な音がダンジョンに響いた。
それでも、戦闘不能には陥っていないらしく立ち上がろうとしている。
フランクは大丈夫そうだな、とマコトはロイン達を見る。
スケルトン・ウォーリアが剣を振り下ろす。
それを受け止めたのは盾だ。
四人の盾役が通路を塞ぐように横一列に並んでいる。
恐らく、フランクとロインのチームが協力しているのだろう。
守りは完璧だが、これでは魔法による援護は期待できない。
どうするのか見ていると、四人の盾役が動き出す。
四人の盾役は急造とは思えないほどのチームワークを発揮してスケルトン・ウォーリアをダンジョンの壁に押し付ける。
苦し紛れにか、スケルトン・ウォーリアは剣を振り回す。
だが、それは盾役の背中を打つだけだった。
苦しげな声が聞こえるのでダメージはあるようだが、斬られるよりはマシだろう。
「魔弾!」
「地の精霊よ!」
「魔弾!」
ロイン他二名が魔法を放つ。
スケルトン・ウォーリアの頭蓋骨が砕け、骨が結合する力を失って地面に落ちた。
丁度その時、乾いた音が響いた。
音のした方を見ると、フランクの足下に骨が転がっていた。
「フランクは強いんだな」
「それはそうですよ」
答えたのはシャンクだ。
「あれでも一族最強と言われてるんです」
「あれでも?」
「……流石に褌はちょっと。肌が剥き出しだと怪我しますし」
シャンクはごにょごにょと言った。
バイソンホーン族にも色々あるようだ。
「……ちょっと」
ペシペシ、とユウカがマコトの二の腕を叩いた。
「何だよ?」
「あれを見て」
ユウカが指差した方を見ると、ロインがこちらを見ていた。
いや、ユウカを見ていたと言うべきか。
「あれは……」
「あれは?」
「あたしに色目を使ってるわね」
「違うだろ、絶対」
「分かってないわね、マコトは」
ユウカは肩を竦め、首を振った。
「あれは自分の強さを誇示してるのよ。つまり、どうだ? 俺はこんなに強いんだってアピールしてるのよ」
「……アピールしてるのは確かだろうが」
昨日は馬鹿にしやがって。どうだ、俺は強いんだ。驚いたか。これに懲りたら少しは敬意を払え、とロインは言いたいのではないだろうか。
「さあ、先を急ぐぞ」
フランクが声を張り上げ、討伐隊が動き出した。
※
マコト達――討伐隊はダンジョンを無言で探索した。
いや、さまよったと言うべきかも知れない。
行き止まりにぶち当たっては戻るという行為を何度も繰り返したのだから。
「……違うな」
マコトは小さく呟き、頭を振った。
ダンジョンの探索では行ったり来たりを繰り返すなんてザラにある。
ましてやここは未探索のダンジョンだ。
行ったり来たりを繰り返して当たり前なのだ。
恐らく、温度と湿度が高いせいだろう。
早めに夜営しようと伝えるべきか悩んでいると広い空間に出た。
マコト達が通ってきたのとは別の通路があるので行き止まりではないようだ。
空間の中央でフランクは振り返った。
「今日はここで夜営をする!」
「よかった!」
「かなり疲れてたんだよな」
「群体ダンジョンとはかなり違うよな」
フランクが夜営を宣言すると、荷物持ちの冒険者達はそんな言葉を口にした。
その間にフランクとロインのチームに所属する冒険者達は通路に金属の棒――恐らく、結界――と罠のようなものを仕掛ける。
すると、フェーネがいきなり駆け出した。
「兄貴、隅っこッス! 隅っこを取るッス!」
「……俺を置いてってるじゃん」
フェーネは隅に行くと大きなリュックを下ろした。
毛布を広げ、人数分のスペースを確保する。
いい働きぶりだ。
マコトはフェーネに歩み寄った。
「座るのは何処でも大丈夫か?」
「大丈夫ッス」
フェーネは親指を立て、地面に釘のように細い短剣を突き刺して結界を作る。
マコトが毛布の上に座ると、ユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカも座った。
「今日はしんどかったな」
「そうね」
ユウカはポーチから水筒を取り出して呷った。
「ップハーーー! 水が美味しいわ!」
「……そんなに美味いのか?」
普段ならおっさん臭いと突っ込む所だが、ユウカがあまりに美味しそうに飲むので好奇心が勝った。
マコトは水筒を取り出し、少しだけ口に含んだ。
冷たい。
疲れた体に染み入るような冷たさだ。
今度は多めに水を飲む。
冷水が口、喉、食道を通って胃に到達する。
その心地よさに体が震えた。
「美味いな」
「そうでしょ」
マコトが感想を口にすると、ユウカは上機嫌で頷いた。
「時間的には普段の探索と大して変わらないはずですが……」
「この暑さだからな」
ローラの言葉にリブがパレオをパタパタさせながら答える。
「おいら、暑いのは苦手ッス」
「まあ、フェーネちゃんは」
フジカはフェーネの尻尾を見つめた。
二股に分かれている上、もふもふしている。
見るからに暑さに弱そうだ。
突然、フェーネの耳がピクッと動いた。
「あの、すみません」
「……ここで寝てもいいでしょうか?」
声のした方を見ると、メアリとアンが所在なさそうに立っていた。
「どうかしたの?」
「えへへ、実は駆け出しで知り合いがいなくて」
「……駆け出し二人では不安なので」
ユウカが尋ねると、二人は少しだけ申し訳なさそうに言った。
「マコト、いいわよね?」
「構わねーよ」
「はい、座って座って」
「ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
「いいのよ。旅は道連れ、世は情けって言うじゃない」
二人がぺこりと頭を下げると、ユウカは上機嫌で言った。
「ユウカの態度が違うし! 私はあんな優しい言葉を掛けてもらったことがないし!」
「……スタート地点が違うッスからねぇ」
メアリとアンが毛布を敷いている間にフェーネは短剣を差し直して結界を広げ、元の位置に戻って座る。
「荷物持ちは集まって食事の準備だ!」
「行ってきます」
「……お世話になります」
メアリとアンは頭を下げ、フランクの下に向かった。
「そういや、あのアンデッドをどう思う?」
「スケルトン・ウォーリアよりちょっと強いくらいじゃねーの」
「マコト様達と冒険をするようになって色々な書物に目を通すようにしているのですが、黒いスケルトン・ウォーリアがいるとは思いませんでした」
リブとローラが自分の意見を口にする。
「フランクが遭遇した上位種じゃねーよな。そういうことって割とあるのか?」
「そういうことって何スか?」
「強いアンデッドが上の階層に出没するケースだよ」
「う~ん、どうなんスかね?」
フェーネは難しそうに眉根を寄せ、首を傾げた。
「確かにダンジョンは下の階層に行くほど強いアンデッドが出現する傾向にありますが、あくまで傾向です」
「そう言えば赤いスケルトンの件もあったッスね」
「ああ、あいつか」
「美味しい相手だったわね。また、会いたいわ」
リブは顔を顰めたが、ユウカは期待に目を輝かせている。
「美味しいと言えば美味しい相手だったが、転移してきたり、転移させられたりはな~。少なくともここでは遭遇したくねーな」
「……作戦が頓挫するわね。残念だけど、今回は遭わないように祈っておくわ」
ローラとフジカはきょとんとしていたが、質問しようとはしなかった。